新興国に投資妙味があるか否か

政治経済

はじめに

2025年に米国株式市場が下落傾向にある中で、一部の投資家は相対的に割安で成長余地が大きいとされる新興国市場への投資を推奨しています。事実、年初から新興国株式指数(MSCI EM)は上昇し、米国市場を上回るパフォーマンスを示す場面も見られました。しかし、「新興国経済の実態は株高に見合うのか」という根本的な疑問が投げかけられています。特に、新興国は一次産品(コモディティ)以外に世界的に競争力のある財やサービスを十分には持たないのではないか、という指摘があります。通貨の価値の本質は「その通貨で購入できる当該国の財・サービスへの需要」によって支えられることを踏まえると、新興国株式の上昇に正当性があるのか慎重に検討する必要があります。本稿では、ヘーゲルの弁証法(三段階:定立→反定立→統合)の視座を用い、この問題を多角的に考察します。まず近年の新興国市場全体の競争力や輸出構造を概観し、次に通貨価値と購買力に関する理論的背景を整理します。その上で、新興国株高の背景要因と投資家の期待する成長ストーリーを整理し、それに対する批判的分析を行います。最後に、実体経済面で何が新興国通貨と株式の価値を支えているのかを、具体的事例と理論根拠を交えつつ、ヘーゲル弁証法の定立・反定立・統合という枠組みでまとめます。

新興国市場の競争力と輸出構造

新興国経済の競争力を測る一指標として、何を世界に輸出しているかを見ることができます。近年、新興国全体(とりわけ途上国)の輸出に占める一次産品の割合は依然高く、付加価値の高い製造業製品や先進的サービスの存在感は限定的だと指摘されています。世界経済フォーラムの分析によれば、2012年時点で途上国全体では輸出額に占めるコモディティの割合が49%と、工業製品の32%を大きく上回りました (Can emerging markets move away from manufacturing? | World Economic Forum)。さらに中国を除外すると、途上国のコモディティ輸出額は製造業輸出額の3倍にも達し、価値付加ベースで見ればその差は一層開くと報告されています (Can emerging markets move away from manufacturing? | World Economic Forum)。これは、多くの新興国が自国で生産した原材料や資源を輸出するものの、高度な工業製品の輸出では中国など一部を除き存在感が小さいことを示唆しています。

この傾向は一次産品への依存度として統計にも表れています。国連UNCTADの報告によれば、輸出収入に占めるコモディティの割合が60%以上の「一次産品依存国」は、先進国では13%に過ぎないのに対し、開発途上国では実に85%に上ります (Commodity dependence: 5 things you need to know | UN Trade and Development (UNCTAD))。UNCTAD加盟195カ国中95カ国がコモディティ依存の途上国と分類されており、特に後発開発途上国の大半がこれに該当します (Commodity dependence: 5 things you need to know | UN Trade and Development (UNCTAD))。例えば中南米やアフリカの多くの国では、鉱物資源や農産品といった一次産品が輸出の主力であり、製造業による高付加価値輸出の比重は小さい傾向があります (第4節 新興国・途上国で高まる債務リスク – 経済産業省)。こうした構造では、世界景気や資源価格の変動に左右されやすく、自国の付加価値やブランド力で安定した輸出を継続することが難しいと考えられます。

もっとも、新興国の中にも一部には工業製品やサービスで競争力を高めている例もあります。例えば東アジアの新興国・地域はグローバルなサプライチェーンに組み込まれ、電子機器や自動車部品などの輸出を伸ばしています。またインドはITサービス輸出で一定の地位を築いてきました。しかし新興国全体として見ると、依然として「世界が積極的に買いたい」独自の財やサービス(高級消費財ブランドや先端技術製品など)の育成は道半ばと言えるでしょう。製造業については、各国が低コスト労働力を武器に輸出主導成長を目指してきましたが、中国の台頭による競争激化や自動化技術の進展により、新興国が単純な製造業だけで成長する道は狭まっています (Can emerging markets move away from manufacturing? | World Economic Forum) (Can emerging markets move away from manufacturing? | World Economic Forum)。サービス面でも、観光やアウトソーシングなどで外貨を稼ぐ国はあるものの、グローバル企業を生むような高度サービス分野で台頭している国は限定的です。

総じて、新興国市場の輸出構造は「自国資源の切り売り」から脱却しきれていない面があり、グローバルな価値鎖(バリューチェーン)における地位は素材供給や安価な加工組立といった低付加価値段階に留まるケースが目立ちます。この構造的課題は、次節で述べる通貨価値にも影響を与えています。

通貨の本質と購買力平価:理論的背景

通貨の価値は長期的にはその通貨で買える財・サービスの価値(購買力)によって規定される、というのが経済学の基本的な考え方です。購買力平価(PPP)説によれば、為替レートは各国の物価水準の比率によって決まり、同じ商品がどの通貨でも等価で買えるように調整されるとされます ([PDF] Ⅳ 為替レートの長期モデル テキスト第4章)。極端に言えば、「1ドルで買える物の量」と「その時の為替レートで換算した1ドル相当の他国通貨で買える物の量」は長期的に等しくなる傾向があるということです。もしある国の通貨が実体とかけ離れて高評価されれば、その国の輸出財は割高になり売れなくなり、逆に他国から安い輸入品が流入して貿易赤字が拡大します。すると自国通貨を売って外貨を買う動き(輸入代金支払いのための外貨需要)が強まり、自国通貨安・外貨高が進行します (5 Factors That Influence Exchange Rates)。最終的に自国通貨建ての商品・サービスが外国人にとって「安売り」状態になるまで通貨安が進み、国際収支は均衡に向かいます。このメカニズムにより、通貨価値は自国の財・サービスの国際的な購買需要によって裏付けられることになります。

別の視点では、為替市場における通貨の需給が価値を決めますが、その通貨需要の源泉は「その通貨で決済しなければ買えないもの」への需要です (Lesson summary: effect of changes in policies and economic …)。具体的には、外国人がある国の通貨を欲しがるのは、その国から財・サービスを輸入したり、あるいはその国の資産に投資したりする場合です (Lesson summary: effect of changes in policies and economic …)。裏を返せば、自国から魅力的な商品やサービスの輸出がなく、投資対象としての魅力(安全で高収益な資産市場など)も乏しければ、外国人がその通貨を買う動機は弱くなります。そのような国の通貨は需要が細く、過剰に供給(自国民が輸入のために外貨と交換)されれば容易に下落します。実際、経常収支が慢性的赤字の国では「自国通貨を供給する量が、外国人がその国の産品を買うために需要とする量を上回る」状態となり、通貨安圧力がかかり続けると説明されています (5 Factors That Influence Exchange Rates)。

この理論を踏まえると、通貨の本質的価値は当該国の経済力・財サービス競争力に根差すと言えます。例えば世界の基軸通貨である米ドルは「世界最大の経済規模と最も厚みのある資本市場、確立された法制度によって裏付けられている」ために高い信認を保っています (Next up for markets: A crisis of confidence in the dollar | Reuters)。米国は膨大な種類の財・サービスを生産し、投資先としても魅力的な企業や債券が数多く存在するため、世界中から常にドルへの需要があります。他方で、新興国の中には経常赤字と高インフレに苦しみ通貨が慢性的に下落している国もあります。その典型例としてアルゼンチンやトルコなどを挙げることができますが、これらの国では自国通貨建て資産への信頼が低く、恒常的な通貨安と物価高に陥っています。原因の一端は、自国通貨への需要を支える輸出競争力や産業競争力が弱いことにあります。

要するに、「その国ならでは」の財・サービスを供給できなければ通貨の価値も上がらないというのが理論的背景です。新興国通貨の将来価値を考える上でも、単に短期的な金利差や思惑だけでなく、最終的にはその国の実体経済が生み出す商品やサービスへの国際的需要が決め手となる点を押さえておく必要があります。

新興国株式上昇の背景要因:マクロ環境と資金フロー

それでは、そうした通貨の本質論を踏まえた上で、2025年前後に新興国株式が上昇している要因を整理します。マクロ経済環境の変化と国際資金フローの動きが大きな役割を果たしています。

まず、米国金利とドル相場の転換が挙げられます。米国ではインフレ鎮静化と景気減速を背景に金融引き締めサイクルがピークアウトしつつあり、2025年にかけては利下げ観測も出ています。フィデリティ投信の新興国ファンドマネージャーは「米国の金利低下によって、新興国では通貨下落や資本流出が落ち着く」と述べ、インフレ等の悪材料も和らぐとの見通しを示しています (2025年NISAは中国株とブラジル株に注目! 「米国株偏重はリスクが大きい」フィデリティのファンドマネジャーが新興国を“狙う”ワケ|ダイヤモンド・ザイNISA投信グランプリ[2025年]|ザイ・オンライン)。実際、米金利上昇局面では新興国から資金が流出し通貨安・株安に見舞われるケースが多いですが、金利低下局面に入ればその逆回転が期待できます。利回り低下で魅力の薄れた米国資産から資金がシフトし、高成長が見込めバリュエーションも割安な新興国市場へと投資マネーが流入しやすくなるからです。2025年にかけて足元では、米国株式からの資金流出と海外市場への流入が報じられており (Next up for markets: A crisis of confidence in the dollar | Reuters) (Next up for markets: A crisis of confidence in the dollar | Reuters)、新興国市場もその受け皿の一つになっています。

次に、米ドル安傾向です。ドルは2022年前後に主要通貨に対して高騰しましたが、その後はやや軟化しています。State Street Global Advisorsは2025年のシナリオとして「米中貿易協定の合意や米ドル安、インフレ抑制による世界経済の安定成長」が実現すれば新興国株式を押し上げるだろうと指摘しています (2025年に市場を動かす可能性がある6つのグレイ・スワン)。ドル安は新興国にとって二重のメリットがあります。ひとつはドル建て債務負担の軽減や輸入インフレ圧力の低下という経済面での追い風、もうひとつは相対的な通貨高を通じた投資リターン向上期待です(ドルベースで見た新興国資産の価値が上がる)。2025年時点でのドル安観測は、米国の財政・経常赤字や政局不安もあり、市場で意識されています (Next up for markets: A crisis of confidence in the dollar | Reuters) (Next up for markets: A crisis of confidence in the dollar | Reuters)。歴史的にもドルが下落基調のとき、新興国市場への資金流入が活発化しやすい傾向があります。

さらに、コモディティ市況の動向も新興国株に影響します。一般に資源価格が上昇すると、資源輸出国(ブラジル、南アフリカ、湾岸産油国など)の収益改善や財政改善につながり、その国の株価指数や通貨を押し上げる要因となります。逆に資源価格が下落すれば、それまで恩恵を受けていた国には向かい風です。ただし新興国は一枚岩ではなく、資源高がプラスに働く国とマイナスに働く国が混在します。例えばインドやトルコのような資源純輸入国にとっては、原油などの下落は輸入コスト減となり有利です。2024年時点ではウクライナ危機もあって資源価格が乱高下しましたが、世界銀行の見通しでは2025年のエネルギー価格は供給過剰で低下し、コモディティ全体でも5年ぶり低水準に落ち着くとされています (Commodity Markets)。ただし依然としてコロナ前5年平均を30%ほど上回る水準にあり、高止まり傾向とも指摘されています (Commodity Markets)。資源価格の高止まりは資源国の追い風であり、新興国株式全体でも資源セクターの収益改善を通じて指数を支える面があります。一方で価格下落は資源輸入国のマクロ指標を改善させ、内需セクター中心の国の株式にプラスとなり得ます。このように一次産品価格の変動は新興国株高の一要因ですが、その効果は国によりまちまちです。

加えて、各国の景気・政策要因も見逃せません。例えばブラジルでは政策金利引下げサイクル入りや財政健全化の進展を背景に、企業業績が堅調で株式市場も底堅いとの評価があります (2025年NISAは中国株とブラジル株に注目! 「米国株偏重はリスクが大きい」フィデリティのファンドマネジャーが新興国を“狙う”ワケ|ダイヤモンド・ザイNISA投信グランプリ[2025年]|ザイ・オンライン) (2025年NISAは中国株とブラジル株に注目! 「米国株偏重はリスクが大きい」フィデリティのファンドマネジャーが新興国を“狙う”ワケ|ダイヤモンド・ザイNISA投信グランプリ[2025年]|ザイ・オンライン)。中国もゼロコロナ政策終了後に景気刺激策を講じており、個人消費主導への転換が進めば利益拡大が見込める企業が多いと期待されています (2025年NISAは中国株とブラジル株に注目! 「米国株偏重はリスクが大きい」フィデリティのファンドマネジャーが新興国を“狙う”ワケ|ダイヤモンド・ザイNISA投信グランプリ[2025年]|ザイ・オンライン)。インドは人口ボーナスとデジタル化による生産性向上が謳われ、インフラ投資拡大もあって高成長が続くとの見通しです (メキシコ追加関税発動下での新興国株投資戦略 – ピクテ・ジャパン)。このように国別の成長ストーリーが存在し、投資マネーはそれらを織り込んで流入しています。

最後に、バリュエーション(株価評価)の妙味も一因です。米国株式が長年強気相場を続け割高感が指摘される一方、新興国株式の平均的な株価収益率(PER)は先進国に比べ低い水準にありました (Should You Have Emerging Markets In Your Portfolio? How To Decide)。例えば2024年時点でMSCI新興国指数の予想PERは先進国指数よりも低く抑えられており、高成長にもかかわらず割安に放置されているとの見方がありました。米国株偏重を見直そうとする機関投資家の動きも報じられており、分散投資の観点から新興国への資金シフトを促す要因となっています (2025年NISAは中国株とブラジル株に注目! 「米国株偏重はリスクが大きい」フィデリティのファンドマネジャーが新興国を“狙う”ワケ|ダイヤモンド・ザイNISA投信グランプリ[2025年]|ザイ・オンライン)。

以上まとめると、新興国株高の背景には**(1)米金利低下とドル安による資金流入環境の好転、(2)資源価格動向による追い風、(3)各国固有の成長期待ストーリー、(4)相対的な割安感**といった要因が挙げられます。それゆえに現在の新興国株高は一定の合理性があるように見えます。しかし次節では、その「成長ストーリー」の中身と実現可能性について検証し、批判的な視点を提示します。

投資家が期待する成長ストーリーとその検証

新興国株への投資が支持される背後には、魅力的な成長ストーリーがあります。投資家がよく挙げるポイントとしては、「若年人口が多く消費者市場が拡大する」「都市化やインフラ整備で内需が旺盛」「ITやモバイル技術の普及で生産性革命が起きる」「中国+1の流れで製造業の新たな拠点になる」といったものがあります。例えばインドや東南アジア諸国では、急増する中間層やデジタル経済の台頭により、今後数十年にわたる高成長が期待されています。また中国やブラジルのように市場規模が大きい国では、自国の巨大な消費市場を背景に国内企業が飛躍するシナリオが描かれています。要するに、「これから伸びる新興国企業に今のうちに投資しておこう」という将来期待が新興国株買いを正当化する主張です。

しかし、こうしたバラ色のストーリーに対しては批判的な分析も必要です。まず指摘されるのが、新興国の多くが直面する**「中所得国の罠」**という課題です。世界銀行によれば、現在108か国もの国が中所得国の域で足踏みしており、中国・ブラジル・トルコ・インドといった主要新興国も含まれるとされています (The ‘middle-income trap’ is holding back over 100 countries | World Economic Forum)。中所得国の罠とは、一定の所得水準までは成長できても、その先の先進国入り(高所得国化)を遂げられない現象です。その要因としては賃金上昇で低コスト競争力を失う一方、先端技術や高付加価値分野で先進国に追いつけず成長が鈍化することが挙げられます (Explanations for the Middle-Income Trap in Emerging Markets – The Emerging Markets Investor) (Explanations for the Middle-Income Trap in Emerging Markets – The Emerging Markets Investor)。世界銀行のチーフエコノミスト、インダーミット・ギル氏は「多くの中所得国は未だに前世紀型のアプローチに固執している」と指摘しており、新興国の成長モデルが旧来型の延長では限界に直面していることを示唆しています (The ‘middle-income trap’ is holding back over 100 countries | World Economic Forum)。実際、世界銀行の報告書は「中所得国は競争とイノベーション(技術革新)の面で深刻な逆風に直面し、表面的な効率改善策に頼った政策を続けている。それにより発展が早期に減速してしまう」と分析しています (The ‘middle-income trap’ is holding back over 100 countries | World Economic Forum)。さらに多くの国では生産性をイノベーションによって高めることが困難であり、現在の成長率が続くだけでは高所得国になるまでに何世代も要するとも警告されています (The ‘middle-income trap’ is holding back over 100 countries | World Economic Forum)。換言すれば、技術革新力や高度人材育成・制度改革といった質的向上なしには、新興国が期待されるような持続的高成長を成し遂げるのは容易ではないのです。

次に、新興国企業のブランド力・技術力の不足も課題です。新興国から世界的ブランド企業が次々現れているわけではありません。例えば中国企業は世界のフォーチュン500企業に数多くランクインするまでになりましたが、ブランド価値ランキング(インターブランドの「世界ベスト100ブランド」など)では中国発の名前は一つも見当たらないと指摘されています (Emerging market firms don’t have a plan to create the next global brand)。欧州市場で中国ブランドを自発的に挙げられる消費者はわずか数%程度という調査もあります (Emerging market firms don’t have a plan to create the next global brand)。これは中国に限らず多くの新興国企業にも当てはまり、BtoCの分野で先進国消費者にアピールできるブランドを築けていない現状があります。その背景には、「新興国製=低品質」という先入観や、グローバル市場向けのマーケティング経験の不足があると指摘されています (Emerging market firms don’t have a plan to create the next global brand)。UNCケナン・フラグラー校の研究では、「新興国企業は強力なグローバルブランドを構築するマーケティング人材やリーダーシップ経験が不足し、先進国消費者が求めるものやブランドに抱く感情的なつながりを十分に理解していない」点が障害になっていると述べられています (Emerging market firms don’t have a plan to create the next global brand)。たとえ自国市場で成功していても、国際市場で認知され信頼を得るブランドを作るのは容易ではありません。加えて、新興国企業は先端技術の多くを海外から輸入または外資企業に依存している場合も多く、真の技術リーダーになるには時間がかかります。韓国や台湾のように自前の技術で世界市場を席巻する企業を生み出した例もありますが、それには政府主導の産業政策や莫大な研究開発投資、そして何十年もの努力が必要でした。多くの新興国にとって、そうしたイノベーション能力の開発こそが成長ストーリー実現のハードルなのです (Explanations for the Middle-Income Trap in Emerging Markets – The Emerging Markets Investor)。

また、制度的な弱点も無視できません。腐敗や政治不安、法制度の未整備といった問題がビジネス環境を損ない、新興国企業の国際競争力向上を妨げる場合があります (Explanations for the Middle-Income Trap in Emerging Markets – The Emerging Markets Investor)。例えば同じ中南米でもチリやコスタリカは比較的安定した制度を背景に高度化を図っていますが、アルゼンチンやベネズエラは経済政策の失敗や政治的混乱で成長機会を逸してきました。制度改革なくして持続的成長は難しいというのも国際機関の共通認識であり、IMFや世界銀行はガバナンス向上や法の支配確立などを各国に提言しています (Explanations for the Middle-Income Trap in Emerging Markets – The Emerging Markets Investor) (Explanations for the Middle-Income Trap in Emerging Markets – The Emerging Markets Investor)。

以上のように、新興国株に織り込まれた成長期待には過大な楽観も含まれている可能性があります。人口増や資源が豊富といった定量的条件だけでは先進国並みの豊かさには直結せず、質的発展が伴わねば中進国の罠に陥りうること、そして世界市場で勝てるブランド・技術を持つ企業をどれだけ生み出せるかが課題となることを見てきました。

では最終的に、新興国の通貨と株式の価値を支える実体経済上の裏付けとは何なのか、ヘーゲル弁証法のフレームワーク(三段階論法)を用いてまとめます。

ヘーゲル弁証法による総合的考察:定立・反定立・統合

定立(テーゼ): 新興国市場への楽観的見解

定立としてまず提示されるのは、「新興国市場は今後の世界経済の成長エンジンであり、その資産価格上昇は十分に正当化される」という楽観的見解です。米国市場の不透明感が増す中、若い人口構成や都市化による内需拡大、高い経済成長率と相対的低バリュエーションといった強みを持つ新興国への期待が高まっています。実際、新興国全体の経済成長率は先進国を上回り、インフレも安定化、経常収支も改善基調、政府債務も低水準と、ファンダメンタルズが強固になりつつあると指摘する声もあります (2025 Emerging Market Fixed Income Outlook | PineBridge Investments)。こうした状況下で、世界的な投資マネーが新興国に流入し株価を押し上げているのは、グローバルな資源配分の見直しとして当然とも言えます。新興国株式の上昇は、米金利低下・ドル安・資源高といったマクロ環境による順風と、新興国自体の成長ポテンシャルへの正当な評価が合わさった結果であり、新興国通貨も外貨準備の充実や輸出競争力向上で安定性が増しているとの見方です (2025年NISAは中国株とブラジル株に注目! 「米国株偏重はリスクが大きい」フィデリティのファンドマネジャーが新興国を“狙う”ワケ|ダイヤモンド・ザイNISA投信グランプリ[2025年]|ザイ・オンライン) (2025 Emerging Market Fixed Income Outlook | PineBridge Investments)。総じてテーゼとしては、「新興国には高成長を裏付ける実体経済的強さがあり、資本流入と相まって通貨・株価の上昇は理にかなっている」という主張が立てられます。

反定立(アンチテーゼ): 新興国市場への懐疑的見解

それに対し反定立として提示されるのは、「新興国の株高・通貨高は実体経済とかけ離れており、持続性に乏しい」とする懐疑的見解です。前述のように多くの新興国は一次産品輸出に依存し、肝心の工業製品や先端サービスで国際的な競争力を欠いています (Can emerging markets move away from manufacturing? | World Economic Forum)。これは通貨の価値を支える「その国でしか買えない魅力的な財・サービス」が乏しいことを意味し、長期的には自国通貨安要因となります。つまり、目先の資金流入で株価や通貨が上がっていても、肝心の実体経済が伴わなければいずれ調整は避けられません。実際、経常収支が悪化すればその国の通貨は下落圧力を受け、結果として株式の外貨建て価値も低下します (5 Factors That Influence Exchange Rates)。さらに中長期的には、前述した中所得国の罠やイノベーション不足の問題から、新興国の成長率自体が減速するリスクも高いです (The ‘middle-income trap’ is holding back over 100 countries | World Economic Forum) (The ‘middle-income trap’ is holding back over 100 countries | World Economic Forum)。過去にも、ブリックス(BRICS)と期待された国々の中で持続的に先進国入りできた例はほとんどなく、多くは成長の頭打ちに直面しています。加えて、新興国株高には投機的な資金も含まれ、不安定なグローバル要因(米国の通商政策や地政学リスク)の変化で一転しかねない脆弱性も指摘されます (Emerging economies brace for Trump tariff ‘turning point’ | Reuters)。反定立の立場からは、「新興国通貨と株式の上昇は一時的なマネーゲームの側面が強く、実体経済の裏付け(国際的競争力や革新的産業)が不足している限り正当化は難しい」という批判が展開されます。

統合(ジンテーゼ): 実体価値に根差したバランス評価

最後に統合として導かれるのは、上記二つの視点を総合したバランスの取れた評価です。すなわち、「新興国通貨・株式の価値には確かに上昇を正当化し得る実体経済上のポテンシャルが存在するものの、それが顕在化して初めて持続的な価値支えとなる」という考え方です。新興国群は一様ではなく、実体経済の中身にも濃淡があります。例えば一次産品に依存する国では、その商品市況に左右される脆さが残りますが、製造業やサービス輸出で頭角を現しつつある国(ベトナムやバングラデシュなど労働集約型製造業で台頭している国、ITサービスで存在感を増すインドなど)もあります。今後の鍵は、新興国それぞれが付加価値の高い産業を育成し、自国通貨建てで売れる財・サービスを増やせるかにかかっています。もし各国が教育投資やイノベーション政策、ビジネス環境整備によって産業高度化に成功すれば、それが通貨価値の裏付けとなり株式も実体的な収益力向上によって報われるでしょう。例えば韓国はかつて新興国の一員でしたが、政府と企業が協力してエレクトロニクスや自動車といった製造業を育成し、サムスンや現代自動車といった世界的企業を生み出すことで国富を増大させ通貨(ウォン)の信認も高めました (Explanations for the Middle-Income Trap in Emerging Markets – The Emerging Markets Investor)。このように実体経済の中身を変革し得た例も存在します。一方で改革に失敗すれば、かつてのアルゼンチンのように一時は豊かでも低迷に陥り通貨価値も暴落するリスクがあります。

したがって、統合的見地からは「新興国通貨・株式の真の価値は、その国の実体経済が将来どれだけ付加価値を生み出せるかに依存する」との結論が導かれます。現在の株高が持続可能かどうかは、新興国側の努力と世界経済の変化次第です。ヘーゲル弁証法的に言えば、楽観論(定立)も悲観論(反定立)も一部真理を含みつつ極論に偏っています。現実の実体経済データや各国の政策動向を注意深く見極め、国ごとに通貨・株式の妥当な価値を判断することが重要です。投資家にとっては、新興国全般を十把一絡げに論じるのではなく、実体経済の中身(輸出構造、競争力、技術力、制度健全性など)のファンダメンタルズを精査し、「価値を支える中身」が充実した国・企業を選別するアプローチが求められるでしょう。

おわりに

2025年時点の新興国株式市場の盛り上がりは、世界的な資金循環の変化と新興国への期待感によるところが大きいものの、その正当性を評価するには各国の実体経済の裏付けを冷静に分析する必要があります。本稿ではヘーゲル弁証法の枠組みで、新興国株高をめぐる肯定・否定両論とそれらの統合的視点を考察しました。結論として、新興国通貨と株式の価値を長期にわたり支えるのは他ならぬ実体経済(国際的に競争力ある財・サービス、生産性、制度)であり、金融市場の熱気はやがてこの現実に収斂していくと考えられます。短期的な相場変動に一喜一憂するのでなく、新興国経済の構造変化や産業発展の行方を注視することが、投資判断においても重要になってくるでしょう。

【参考資料】

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