2024–2026年のプロダクトタンカー新造船投入計画
近年、プロダクトタンカー(石油製品船)の新造発注が急増しており、2025年~2026年にかけて大量の新造船が市場に投入される見通しです。2024年の引き渡しはわずか49隻(約337万DWT)と過去20年で最低水準でしたが、2025年には179隻(約1,209万DWT)が引き渡され、前年比256%増の大幅な増加となると報告されています。また、2026年も新造船引き渡しはさらに増加し、MR型タンカー(中型、約5万DWT級)約139隻、LR2型タンカー(大型、約11万DWT級)約77隻を含め合計約216隻が就航予定とされています。この規模の供給増は2009年以来の高水準であり、16年ぶりの記録的な供給拡大となります。
構造別には、過去2年間での新造契約数ではMR型が278隻と最も多く、積載容量ではLR2型の契約容量が最大(約1,920万DWT)でした。2025年引き渡し分もMR型98隻、LR2型52隻が中心で、両者で約1,090万DWT(MR型4.9百万+LR2型6.0百万DWT)に達します。LR1型(約7.5万DWT級)やハンディサイズ船の発注もありますが、主力はMRおよびLR2型です。
この発注ラッシュにより、プロダクトタンカーのオーダーブック(建造待ち残高)は2023年初めの約1,060万DWTから2025年初めに約4,120万DWTへと約4倍に膨らみました。オーダーブック/既存船隊比率も6%から22%に急上昇しており、過去十年では低水準だったオーダーブック比率が急増しています。造船所では、コンテナ船・LNG船ブームの後退で船台に余裕が出始め、中国造船所が受注を牽引しており、プロダクトタンカー建造の約70%が中国勢に割り当てられています。現状、造船所の2026年引き渡し分スロットはほぼ埋まっていますが、2027年以降はまだ余裕があります。実際には2026年の引き渡し予測は当初想定より約77%も上振れており、特にMR型引き渡しは当初の60隻見込みから144隻へと倍増しています(ただし、遅延やキャンセルの可能性も伴います)。
市場の需給バランス見通しと運賃への影響
これほど大量の新造船投入は、プロダクトタンカー市場に供給過剰リスクをもたらします。2025年は船隊総トン数が5~6%成長すると予想される一方、需要成長率は約2~3%程度に留まると見込まれており、供給の伸びが需要を上回る見通しです。実際に2024年後半から紅海航路リスクの低下やロシア産精製品の貿易安定化により航路非効率が解消しつつあり、2025年も需要増加は穏やかになる一方で船腹供給増加が上回ると予想されています。主要調査機関は「2025年は需要不安と供給改善により運賃が調整局面に入る」「2026年はさらに供給過剰懸念が強まる」と指摘しており、プロダクトタンカーの収益は2024年比でやや低下する見通しです。
短期的なスポット運賃を見ると、2022–23年のウクライナ紛争などで急騰し日当たり6万ドル超の水準となりましたが、その後は下落傾向で2024年末には約2.5万ドルに落ち着いています。2025年初もその水準で推移しており、用船者は1年・3年物の定期用船契約を比較的高水準で保守的に確保しています(長期契約レートはスポットに比べ下落幅が小さい傾向です)。しかし、新造船が本格的に供給増となる2025年後半から2026年にかけては、特にスポット運賃が下押し圧力を受ける可能性が高いと予想されています。ClashsonsやBIMCOも2025年は需給緩和方向、2026年は供給過剰懸念が一層強まると報じています。
加えて、世界石油需要は年間+1%程度の緩やかな成長にとどまる見込みで、特にガソリン需要は伸び悩み、先進国では電気自動車普及で輸送燃料需要が頭打ちになる可能性があります。一方でジェット燃料・ナフサなど一部石油製品の需要は増加し、積み荷ミックスは変化しています。しかし2025~26年の船腹供給増は明らかに大きいため、足元のタイトな需給バランスは緩和し、用船料(運賃)には全般的に低下圧力がかかると考えられます。
ただし、市場には不確実要素も多く、需給や運賃に影響を与え得る主なファクターが複数存在します。例えば、ホルムズ海峡の緊張激化など航路寸断が起これば需給が一気に引き締まり運賃が急騰する一方、紅海経由航路の安全確保やロシア紛争終結で輸送距離が短縮すれば運賃下落要因となります。また、ナイジェリア・ダンゴート製油所の稼働が前倒しで西アフリカの製品輸入需要が減少すればMR船の需要圏が縮小し得ます(反対に中東→欧州長距離輸出増は需給を支える要素)。船齢面では現在、20年以上の高経年船が船腹全体の約10%を占めるオーバーハング(過剰供給要因)となっており、2025~26年の新造船ラッシュで採算の合わない旧船の解体は進む見込みですが、規制や制裁逃れ船舶(シャドーフリート)の動向次第では解体遅延が起こり得ます。環境規制対応では、2025年納入船のうち7%が代替燃料対応済み、12%が改造準備中であり、現状では大半が従来燃料仕様です。このため、新造船の代替燃料比率は限定的で、短期的な競争力差には直結しにくいと見られています。
以上を総合すると、プロダクトタンカー市場は2025年以降、船腹供給増により徐々に緩和し、スポット運賃・短期契約運賃ともに2022-23年のピークから低下基調に転じると考えられます。ただし、大幅な低迷局面に陥るかどうかは不透明で、長距離輸送需要の定着や調整に伴う在庫需要など需給を支える要素もあります。多くの市場関係者は「2025年は収益の調整局面」、また需給が再び好転する局面で拡大した船隊が力を発揮すると見ており、現局面を「次の上昇サイクルへの準備段階」と位置づける見方が一般的です。
主要リスク・シナリオ要素(例):
- 航路安全:紅海・スエズ運河経由の航路安全確保が達成されれば輸送距離短縮となり需要減、逆にリスク続くと長距離航路確保で運賃上振れ。
- ホルムズ海峡情勢:緊張激化で原油・製品需給逼迫し運賃急騰要因。
- ロシア情勢:戦争終結でロシア産品の長距離輸送が減り、市場が緩む要因。
- 製油所稼働動向:ダンゴート製油所の早期稼働は欧州→西アフリカ輸出を減らしMR需要減、一方、欧州製油所閉鎖や新規稼働で貿易構造変化も。
- 老朽船淘汰:高経年船の解体動向が需給に影響。規制緩和やシャドーフリート増加で需給緩和が遅れる懸念。
- 燃料規制:代替燃料対応船はまだ少数(市場全体で2割弱)、規制時の淘汰インパクトは限定的。
TORM社(TRMD)の船隊構成と運航状況
デンマークのTORM plc(NASDAQ: TRMD)は世界屈指のプロダクトタンカー船主で、LR2型(約11万DWT級)、LR1型(約7.5万DWT級)、MR型(約5万DWT級)に特化したフリートを保有・運航しています。2024年末時点(引き渡し予定分含む)の運航船数は約94隻で、その内訳は大まかにLR2型約21隻(船隊比約22%)、LR1型約10隻(約11%)、MR型約60隻(約64%)です。TORMのフリート平均船齢は約11年とやや高めで、主要大手船主の中では高齢船が多い部類に入ります。これは近年新造船発注を抑制し、中古船取得で船隊を拡大してきた戦略の結果です。
ただし近年は市場好調を受けて船隊の若返りを図っています。2023年には中古の環境配慮型タンカー22隻を取得し(うちLR2型9隻、LR1型7隻、MR型7隻)、同時に老朽船11隻を売却・解体しました(2024年第1四半期にもLR2型1隻取得)。また2024年下期には2014-15年建造のMR型8隻(うち6隻にスクラバー搭載)を約3.4億ドルで取得し、これにより2024年末のフリート規模は約96隻に達すると発表されました。これら取引の結果、フリートはやや若返ったものの、なお多くの船が10年超であり、今後も入れ替えニーズが残ります。
運航面では、TORMは原則として自社で船舶を運航し、現物(スポット)市場で収益を追求する戦略を採っています。一部で定期用船契約も活用しますがカバー率は限定的で、2025年通年の稼働日ベースでは約26.9%のみが既に定期契約で予約されています(残り約73%はスポット依存)。2025年第1四半期時点では全船隊の稼働日数の84%が定期契約で確保済みで、平均日当り約26,612ドルです(LR2型が92%を32,397ドル/日、LR1型が81%を23,540ドル/日、MR型が81%を24,870ドル/日)。これらは比較的短期の契約が多く、年後半以降の運賃変動に対する露出は大きい状況です。
利用率自体は高く、2024年の稼働日は31,287日(2023年:29,152日)と前年を上回り、ほぼフル稼働に近い状態でした。TORMの全船舶はIMO級別で清潔油(ガソリン・ジェット燃料・軽油など)に対応する装備を備えており、自社プールでLR2/LR1とMRを一括運用して需給状況に応じた柔軟な配船を行っています。また、取得手法としては自社保有が主体ですが、一部船舶はリースバックや長期チャーターイン方式で調達しており、94隻は運航船数ベースの数値となっています(実際の所有ベース数はこれより少ない可能性があります)。このように資産効率と経営柔軟性を両立させつつ、巨大船隊を運用しています。
TORM社の最新業績と戦略・見通しへの影響
2022–23年のプロダクトタンカー市況好調の恩恵で、TORM社の業績も極めて好調でした。2023年通年の税引後純利益は6億4,800万ドル、2024年も6億1,150万ドルと高水準を維持しています。2024年通年のTCE(実効用船料)は平均36,061ドル/日(2023年:37,124ドル)で、船型別ではLR2型が45,053ドル/日、LR1型が37,014ドル/日、MR型が32,948ドル/日を稼ぎ出しました。しかし第4四半期(Q4)には市場の季節変動要因が弱まり、同期間の平均TCEは25,775ドル/日にとどまり、前年同期(37,985ドル)から約12,000ドル下回りました。この結果、Q4純利益は7,740万ドルと前年同期(1億8,500万ドル)の半分以下に落ち込み、市況の変動リスクが鮮明になりました。
TORMは高収益環境下で積極的な株主還元を実施しています。2023年通期配当は1株あたり5.78ドル、2024年通期では5.10ドル(いずれも利益配分率約75%、年間配当利回り20%以上)と、業績好調に応じて高い配当を維持しています。一方で、今後市況が調整局面に入れば利益縮小に伴い配当も減少する可能性があります。実際、2025年の業績見通しとしてTORM経営陣は、通年TCE収入を6.5億~9.5億ドル(前年11.35億ドル)と予想し、EBITDAを3.5億~6.5億ドル(前年8.51億ドル)と前年実績を下回るレンジを示しています。これはスポット市況の不透明感を反映したもので、同社試算では未確定部分の運航日1日あたり1,000ドルの変動が年間EBITDAに約2,400万ドルの影響を与えるとしています。
市場需給の緩和局面では、スポット運賃下落がダイレクトにTORMの収益を押し下げます。高齢船は採算低下時に売船・解体の圧力が高まりますが、同社は近年の中古船取得でフリートの大型化・近代化を進めており、極端な陳腐化リスクは以前より緩和されています。なお、中古船価格は2023年時点で史上最高水準に達していましたが、今後供給増が進めば船価も軟化する可能性があります。TORMはこれまで新造船発注には慎重で中古船取引で拡大してきており、新造船市場の変動リスクを直接負っていない点はリスク回避策になっています。むしろ造船市況が軟化して船価が下がれば、老朽船を新鋭船に更新する好機とも言えます。
船隊構成の観点では、大型船(LR2/LR1)中心へのシフトは進行中ですが、供給過剰局面では大型船から調整圧力がかかる可能性があります。LR2型は一部で原油タンカー(アフラマックス型)市場とも競合するため、市況悪化時には原油船への転用需要が増える場合があります。実際、2023年後半は原油タンカーがクリーンカーゴ輸送に参入しMR型需要を奪う場面がありました。TORMはこうした動きに対し、フリート内で船型相互運用が可能な体制を築いており、市況に応じて最適な船種を投入できる柔軟性を有しています。さらに新規取得船には大形スクラバー搭載が進んでおり(昨年取得のMR型8隻のうち6隻に搭載)、SOx規制への対応も一部進展しています。代替燃料対応船は同社でも限定的ですが、市場全体でも未だ少数派(2025年納入予定船の7%が対応船)であるため、短期的には競争力差には大きく影響しないと見込まれます。
総じて、TORM社は2025年以降の需給緩和局面で収益が調整することを避けられませんが、好業績で蓄えた財務基盤(2024年末時点で約2.95億ドルの現預金と約7.73億ドルのネット負債)や大型船中心のポートフォリオは、中長期的な市場シェア拡大のチャンスにつながります。同社は「市況は循環的な調整局面」としつつ、利益の50~75%を配当に回す高配当政策と機動的な船隊更新で株主価値を維持・向上させる戦略を掲げています。需給が再び引き締まる局面が来れば、拡大した船隊で再度高収益を追求できるポジションにあり、現在の供給増局面を「次の市況上昇サイクルへの備え」と位置付けています。
要約
- 新造船供給急増:2025年179隻、2026年約216隻の大規模なプロダクトタンカー新造船が市場投入され、需給バランスは2009年以来の供給拡大局面を迎える。特にMR型とLR2型が主力となる。
- 需給緩和・運賃低下:2025年以降は船腹供給増(年5~6%)が需要増(約2~3%)を上回る見通しで、スポット運賃・短期契約運賃ともに下押し圧力が強まる可能性が高い。ただし、地政学情勢や製油所稼働など多くの不確定要素が影響を与える。
- TORMの船隊:94隻(自社運航ベース)のプロダクトタンカー船隊を保有し、LR2/LR1/MR型を強みとする。近年大量の中古エコ船を取得して船隊拡大・近代化を図っており、平均船齢約11年と業界トップクラスに若返りつつある。主にスポット運航で収益を上げ、2025年通年で約27%の日数が定期契約で既に確保されている。
- 業績動向と対応:2023・24年は高収益を上げ、配当性向約75%で高配当を実施したが、2025年のTCE収入見通しは前年1.135億ドルから6.5~9.5千万ドルに縮小見込み。市場悪化に伴う収益減少は避けられないが、手持ちのキャッシュや大型船ポートフォリオを活かしつつ、柔軟な船隊運用とスクラバー搭載で環境規制対応を進めている。
- 中長期的展望:市場が再びタイト化する局面では、大規模化した船隊で高収益を取りにいけるポジションにある。現在は供給増期の調整局面と捉えつつ、高配当政策とフリート更新で投資家価値を維持する戦略を掲げている。供給過剰リスクがピークを迎える2026年以降は、新造船発注動向や老朽船解体の進捗が注視される。
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