ブレトンウッズ体制の本質(特に通貨体制の側面)と、スコット・ベッセント氏が提唱する「新しいブレトンウッズ体制」について解説します。 このテーマについて調査を進め、過去と現在の比較、構造の変化、ベッセント氏の提案内容やその背景となる国際金融の潮流を含めて整理し、わかりやすく解説します。少々お待ちください。
ブレトンウッズ体制の本質とスコット・ベッセント氏の提唱する「新しいブレトンウッズ体制」
第二次世界大戦後に誕生したブレトンウッズ体制は、国際通貨制度における歴史的な転換点でした。本稿ではまず、ブレトンウッズ体制の成立背景とその通貨制度上の仕組み(固定為替レートとドルの基軸通貨としての役割)を解説し、次に同体制がなぜ崩壊したかを説明します。その上で、近年スコット・ベッセント氏(米国財務長官)が言及する「新しいブレトンウッズ体制」とは何か、その内容と狙いを整理し、現代の通貨体制(ドル基軸体制の現状、多極化の動き、CBDC=中央銀行デジタル通貨の潮流など)との関連について考察します。
ブレトンウッズ体制の成立背景と通貨制度の仕組み
戦後の国際通貨秩序の構想: 1944年7月、米国ニューハンプシャー州ブレトンウッズに連合国44か国が集い、「国連通貨金融会議」(ブレトンウッズ会議)が開催されました (ブレトン=ウッズ会議/ブレトン=ウッズ体制)。これは大戦後の平和と繁栄の基盤を築くため、戦間期のブロック経済や保護貿易の反省から生まれた試みでした (ブレトン=ウッズ会議/ブレトン=ウッズ体制)。アメリカとイギリス主導で、戦前のような通貨・貿易の無秩序を繰り返さないルール作りが目指され、ここで**IMF(国際通貨基金)とIBRD(国際復興開発銀行、世界銀行)**の設立が決定されます (ブレトン=ウッズ会議/ブレトン=ウッズ体制)。
固定為替相場制とドルの基軸通貨化: ブレトンウッズ協定によって確立した体制の本質は、「ドルを基軸とした固定為替相場制」でした (ブレトン=ウッズ会議/ブレトン=ウッズ体制) (ブレトン=ウッズ会議/ブレトン=ウッズ体制)。各国通貨は米ドルとの平価を定めてその値を固定し(1ドル=○○自国通貨)、米ドルのみが金との交換比率を1オンス=35ドルに固定するという仕組みです (ブレトン・ウッズ体制 – みずほ証券 ファイナンス用語集)。この制度の下で米ドルは世界の基軸通貨(基軸=主要な準備・決済通貨)となり、各国はドルと自国通貨との交換比率を維持することで為替相場の安定を図りました (ブレトン=ウッズ会議/ブレトン=ウッズ体制)。実質的に**「金・ドル本位制」**(Gold Exchange Standard)の形をとり、ドルはいつでも金と兌換できる信用を担保されていたため、各国はドルを外貨準備として保有しました (ブレトン・ウッズ体制 – みずほ証券 ファイナンス用語集)。例えば日本では1949年に1ドル=360円という平価が設定され、それが1971年まで約20年以上維持されるなど、戦後復興期の経済成長に寄与しました (ブレトン・ウッズで見た夢)。
ドルの役割とIMFの監督: ドルは“世界の銀行”として機能し、国際取引の決済通貨・準備通貨の中心となりました。IMFは加盟各国の平価維持を監視し、一時的な収支不均衡に対して融資を行うことで体制を支えました。各国は通貨危機時にIMFから資金支援を受けつつ、為替平価の調整(平価切り下げなど)はIMFの承認のもとで例外的に認められる仕組みでした。また各国は為替相場維持のために外貨(ドル)準備を積み上げる必要があり、経常収支黒字国は余剰ドルをIMF体制下で融通し、赤字国は不足ドルをIMFから借りることで、全体として固定相場の安定を図りました。こうした枠組みにより、戦後の国際貿易は著しく拡大し、各国経済の安定と成長が促進されました(この時代を“ブレトンウッズ時代”と呼びます)。
ブレトンウッズ体制の崩壊とその要因
安定的に見えたブレトンウッズ体制も、1960年代末から深刻な歪みが顕在化します。最大の問題はアメリカのドル供給と金の裏付けの矛盾でした。
「トリフィンのジレンマ」とドル供給問題: エール大学の経済学者ロバート・トリフィンは早くも1960年代初頭に、この体制の内包する自己矛盾を指摘しました。すなわち「世界が必要とするドルの流動性を供給するには、基軸通貨発行国の米国が経常赤字を出し続けねばならない。しかし赤字によって世界に過剰にドルが出回れば、いずれそのドルの価値(=35ドルでの金との等価)が信認できなくなる」という問題です (米国製造業とドルの地位、「マール・ア・ラーゴ合意」は受け入れられるのか――マーティン・ウルフ(1/3) | JBpress (ジェイビープレス))。実際、ベトナム戦争や巨額の対外援助・民生支出でアメリカの財政・経常赤字が拡大し、1960年代末には海外に流出したドル残高に対し米国の金準備高が不足する事態となりました。各国、とりわけフランスなどはドルの信認低下を見越してドルを金に交換すべく要求を強め、アメリカの金準備は減少の一途をたどりました。
ニクソン・ショックと固定相場制の終焉: ついに1971年8月、米国のニクソン大統領はドル防衛のためドルと金の兌換停止(いわゆる「ニクソン・ショック」)を電撃的に宣言します (米国製造業とドルの地位、「マール・ア・ラーゴ合意」は受け入れられるのか――マーティン・ウルフ(1/3) | JBpress (ジェイビープレス))。これによりドルは金本位から離脱し、ブレトンウッズ体制は事実上崩壊しました。その後、主要国間で新たな固定為替レートを模索する試み(1971年12月のスミソニアン協定による平価調整など)も行われましたが、各国通貨の切り下げ・切り上げ合意は長続きせず、ドルへの信認回復には至りませんでした (米国製造業とドルの地位、「マール・ア・ラーゴ合意」は受け入れられるのか――マーティン・ウルフ(1/3) | JBpress (ジェイビープレス))。1973年までに主要国は相次いで為替の変動相場制への移行を余儀なくされ、戦後約30年続いた固定為替レートの時代は終わりを迎えます。
崩壊の本質: ブレトンウッズ体制崩壊の根本原因は、「基軸通貨国が世界供給する流動性(ドル)と、その通貨価値の維持(金兌換保証)との両立が不可能になったこと」です。米国が基軸通貨発行国として赤字を垂れ流す一方、金準備という有限の裏付けでドル価値を固定する矛盾が限界に達したのです (ブレトン・ウッズで見た夢)。これはまさにトリフィンが予見したジレンマであり、ブレトンウッズ体制の**「内在的な必然性」による崩壊**でした (ブレトン・ウッズで見た夢)。もっと平易に言えば、世界経済の成長にドル供給が追いつかず、ドルの信用維持策(=金との固定レート)が破綻したということです。
崩壊後、国際通貨制度はIMFの下で変動為替相場制の時代に移行します。主要国は市場原理で通貨価値が決まる体制を容認し、為替レートは基本的に自由に変動するようになりました。ただし、その後もアメリカのドルは事実上の基軸通貨として君臨し続けます。石油取引のドル決済慣行(いわゆる「ペトロダラー」体制)や、各国の外貨準備の中心がドル資産である状況は続き、1970年代後半以降を**「ドル本位制」**とも呼び得る体制が展開しました。冷戦期、西側諸国にとってドルは依然として国際経済の要であり、世界の通貨秩序は形を変えつつも「ドル基軸」の構図が現在まで持続しています (ブレトン・ウッズで見た夢)。
スコット・ベッセント氏が提唱する「新しいブレトンウッズ体制」
ベッセント氏とは: スコット・ベッセント氏は著名なヘッジファンドマネージャーでジョージ・ソロス氏の右腕を務めた経歴を持ち、エール大学で経済史を教えた経験もある人物です (アメリカを「再工業化」するベッセント財務長官の戦略は成功するのか | アゴラ 言論プラットフォーム)。2025年より発足したトランプ政権(第2期)で米国財務長官に就任し、その発言が国際経済の専門家やメディアで注目されています。同氏は**「経済史家の視座を持つ財務長官」**とも評され、過去の通貨体制の変遷に通暁していることから、現行の国際通貨秩序を再構築する大胆な構想を唱えています ()。
新ブレトンウッズ体制への言及: ベッセント長官は2024年の大統領選挙前から、「近い将来、大規模な世界経済の再編が起こり得る」と指摘し、それを**「新しいブレトンウッズ体制に相当するもの」と表現してきました (トランプ関税の衝撃とトランプ・プットの時期 | トウシル 楽天証券の投資情報メディア)。彼は「今後数年間で我々はブレトンウッズになぞらえられる経済再編を経験するだろう。今後4年以内にそれが起こる可能性は極めて高く、自分もそれに関与したい」と述べており (トランプ関税の衝撃とトランプ・プットの時期 | トウシル 楽天証券の投資情報メディア)、現在の国際経済システムを戦後直後になされたような包括的合意によって作り直す必要性を示唆しています。この発言から伺えるのは、ベッセント氏が第二次大戦後のブレトンウッズ協定になぞらえた規模での通貨・経済体制の再設計**を志向しているということです。
現行体制への問題意識: ベッセント氏は、現在のドルを基軸とした国際経済システムについて「機能不全に陥っている」との認識を示しています (アメリカを「再工業化」するベッセント財務長官の戦略は成功するのか | アゴラ 言論プラットフォーム)。具体的には、米国が世界の消費市場と安全保障を提供し、その下で各国(特に貿易黒字国)がドルを蓄積するという戦後の構図は限界に来ているとみています (アメリカを「再工業化」するベッセント財務長官の戦略は成功するのか | アゴラ 言論プラットフォーム)。ドル基軸によって米国は経常赤字と債務を膨らませ、一方で製造業が空洞化し国内産業が衰退する一因ともなりました。また中国をはじめとする新興国の台頭で、米国主導の秩序を揺るがす動きも出ています。ベッセント氏は、こうした現行システムを放置すれば米国経済の持続可能性が損なわれるだけでなく、ドルの地位もいずれ揺らぎかねないと懸念しているのです。
「新ブレトンウッズ体制」の内容と狙い: ベッセント氏が目指す新体制のキーワードは、ずばり**「米国の再工業化」と「通貨・安全保障の連動」**です (アメリカを「再工業化」するベッセント財務長官の戦略は成功するのか | アゴラ 言論プラットフォーム)。彼の戦略は以下のような柱で語られています (アメリカを「再工業化」するベッセント財務長官の戦略は成功するのか | アゴラ 言論プラットフォーム)。
- 米国製造業の復活(再工業化): 輸入関税の導入やサプライチェーンの見直しを通じて、国内に製造業を呼び戻し中間層の雇用と所得を底上げすることを狙います。これは「空洞化した産業基盤を取り戻す」という野心的目標ですが、トランプ政権の経済政策としても掲げられており、ベッセント氏はその理論的支柱となっています (アメリカを「再工業化」するベッセント財務長官の戦略は成功するのか | アゴラ 言論プラットフォーム) (アメリカを「再工業化」するベッセント財務長官の戦略は成功するのか | アゴラ 言論プラットフォーム)。
- ドル高是正と為替協調: 同氏は、米国経済の競争力を削いできた長年のドル高を是正し、各国との貿易不均衡を是正するため為替相場の国際協調を提唱しています (アメリカを「再工業化」するベッセント財務長官の戦略は成功するのか | アゴラ 言論プラットフォーム) (アメリカを「再工業化」するベッセント財務長官の戦略は成功するのか | アゴラ 言論プラットフォーム)。具体策として、関税政策でドル安を誘導しつつ主要貿易相手国に通貨調整を迫ることで、初期のブレトンウッズ体制のように米国が為替を主導管理する体制に戻そうとしています (アメリカを「再工業化」するベッセント財務長官の戦略は成功するのか | アゴラ 言論プラットフォーム)。実際「関税とドル安誘導で為替相場をコントロールし、米国が通貨を管理する制度に戻す」構想であり、これは戦後すぐのブレトンウッズ体制への回帰を意図したものと報じられています (アメリカを「再工業化」するベッセント財務長官の戦略は成功するのか | アゴラ 言論プラットフォーム)。ベッセント氏自身は経済史の知見から1985年のプラザ合意(主要国の協調介入によるドル高是正策)よりも1960–70年代のブレトンウッズ体制末期に起きた状況に近いと捉えており、「単発の為替調整ではなくグローバルな為替管理システムの再構築」が必要だと示唆しています (米国製造業とドルの地位、「マール・ア・ラーゴ合意」は受け入れられるのか――マーティン・ウルフ(1/3) | JBpress (ジェイビープレス))。
- 安全保障と通貨交渉のリンク: ベッセント氏の新構想でもう一つ特筆されるのは、通貨・経済交渉と安全保障を結び付けようとしている点です (アメリカを「再工業化」するベッセント財務長官の戦略は成功するのか | アゴラ 言論プラットフォーム)。彼は同盟国に対し「安保面で相応の負担を求める代わりに経済面で協調を得る」という、新しい国際ルール作りを視野に入れているとされています (アメリカを「再工業化」するベッセント財務長官の戦略は成功するのか | アゴラ 言論プラットフォーム)。これは例えば、日本や欧州に対しては米軍の安全保障提供を継続する代償として貿易不均衡是正や通貨安誘導に協力させる、といった交渉カードを想定しているとみられます。実際、2025年春から始まった日米協議では「関税の交渉材料化」「為替安定への協調」「防衛費負担増」などがセットで議論され、「ブレトンウッズ体制の再編を目指す米財務長官が日本に3本柱の要求を突きつけている」と日本経済新聞も報じています (ブレトンウッズ再編の野望 対日交渉は3本柱 – 日本経済新聞 – LinkedIn)。
要するに、ベッセント氏の「新ブレトンウッズ体制」とは、米国主導で世界経済を再編成し直す青写真です。その狙いは、ドル基軸の座は維持しつつも過度なドル高・米国赤字体質を是正し、米国の産業基盤を強化することにあります。同時に、中国やロシアといった「反米」勢力と一線を画し、価値観を共有する同盟国とのブロック経済圏を形成する構想とも言えます () ()。実際にベッセント氏は「世界経済を協調度合いに応じて3つのブロックに分ける新たな合意が必要だ」と主張しており、米国と緊密に協調するグリーン陣営、中間的なイエロー陣営、そして中国・ロシアなどレッド陣営に世界を色分けして対応すべきだと示唆しています ()。これは冷戦後のグローバル経済を米国主導で再編し直し、戦後ブレトンウッズ体制にも匹敵する秩序の再構築を目指す壮大な試みと言えるでしょう。
もっとも、こうしたベッセント氏の構想には批判的な見方もあります。ノーベル賞経済学者のポール・クルーグマン氏などは「為替を操作しても製造業は戻らず、再工業化などナンセンスだ」と指摘し (アメリカを「再工業化」するベッセント財務長官の戦略は成功するのか | アゴラ 言論プラットフォーム) (アメリカを「再工業化」するベッセント財務長官の戦略は成功するのか | アゴラ 言論プラットフォーム)、過度な保護主義やドル安政策への懸念を表明しています。実現には多くの困難が伴うものの、ベッセント氏の発言は現行のドル体制にメスを入れる議論を喚起したという意味で大きな注目を集めています。
現代の通貨体制と「新ブレトンウッズ体制」の関係
ドル基軸体制の持続: ブレトンウッズ体制崩壊後も、世界の通貨秩序は事実上ドルを中心に回ってきたという点を押さえる必要があります。現在(2020年代半ば)でも、各国の外貨準備の約6割は米ドル建て資産が占めており、次点のユーロ(約2割)を大きく引き離しています (The changing role of the US dollar)。また国際貿易決済や外国為替取引でもドルの使用比率は他通貨を凌駕し、SWIFT国際決済ネットワークにおける送金通貨の約5~6割をドルが占めるなど (The changing role of the US dollar)、**「ドル覇権」とも呼ばれる状況が続いています。これは形を変えたブレトンウッズ体制ともいえ、しばしば2000年代の米国と新興国(特に中国)との関係は「ブレトンウッズII」**と称されました。ブレトンウッズIIとは、米国が経常赤字とドル供給を続け、新興国がドル資産(米国債等)を蓄積して自国通貨を安値に維持するという、固定相場ではないものの相互依存的な構図を指す概念です。実際、中国は自国通貨人民元の対ドルレートを管理し莫大なドル準備を積み上げることで輸出主導成長を遂げ、米国は安価な輸入品と資本流入の恩恵を受けてきました。このように、1970年代以降も世界経済は暗黙のうちにドル基軸の恩恵と不均衡を享受してきたのです。
多極化の潮流: しかし21世紀に入り、国際通貨体制においても**多極化(マルチポーラリティ)**の兆しが見えています。ユーロは統一通貨として1999年に誕生し、主要準備通貨として一定の地位を築きました(もっとも欧州債務危機などもありドルに取って代わるには至っていません)。また中国人民元(RMB)は国際化政策が進められ、IMFの特別引出権(SDR)通貨バスケットに2016年に加わるなど存在感を増しています。ただ、人民元が占める世界準備資産シェアはいまだ数%程度に留まり、市場の信頼性や資本規制の面で課題も多く、真の基軸通貨候補は依然ドルとユーロが双璧という状況です (The changing role of the US dollar)。
地政学的には、ロシアや中東諸国が原油取引でドル離れ(人民元決済やルーブル決済)を模索する動きや、BRICS諸国が独自の決済ネットワークを検討する動きなど、「脱ドル化」への試みも散見されます。ウクライナ戦争を機に強化された対ロシア金融制裁は、ロシアがドル・ユーロ資産を凍結される事態を招き、ロシアと中国の関係強化や金準備増加を促しました。こうした動きは世界の通貨圏が西側陣営 vs 非西側陣営で分断される可能性を孕んでおり、ベッセント氏のいう「3つのブロック」構想とも呼応します。ベッセント氏の新ブレトンウッズ体制は、まさにこのような多極化した世界において米国陣営の結束を図り、経済面でもブロック間のルールを再設定しようとするアプローチといえます () ()。
CBDCと通貨秩序の将来: 現代の通貨体制において見逃せない新潮流として、**中央銀行デジタル通貨(CBDC)**や暗号資産の台頭があります。主要国ではこぞってCBDCの研究・試験導入が進み、例えば中国はデジタル人民元を発行して国内外で実証実験を行っています。CBDCは決済インフラの効率化だけでなく、国際決済でドル依存を低減させ得るとの見方もあり、一部には「デジタル通貨時代のブレトンウッズ協定が必要だ」という議論もあります。国際通貨基金(IMF)のゲオルギエバ専務理事も2020年に「いま再びブレトンウッズの時だ」と述べ、各国の協調行動の重要性を訴えました (ブレトンウッズの時、再び) (ブレトンウッズの時、再び)。これはパンデミック危機下での発言でしたが、デジタル化や気候変動など新たな課題に対して戦後同様の国際協調枠組みを作るべきだとの含意もあります。
もっとも、現時点でドル体制に代わるCBDC主導の国際通貨システムがすぐ実現する兆しはありません。各国のCBDCは当面自国内の決済効率化が主眼であり、国際的に相互運用する仕組み作りには時間がかかる見通しです。またビットコインのような分散型暗号資産が法定通貨に取って代わる可能性も限定的でしょう。しかし将来、主要国がCBDCを本格導入し、例えばIMFが各国CBDCを交換・清算するプラットフォームを構築するようなことになれば、新ブレトンウッズ的な「デジタル通貨協定」が議論される可能性はあります。
新ブレトンウッズ構想と現体制の関係: ベッセント氏の唱える新ブレトンウッズ体制は、このような現代の通貨体制の変化を背景に出てきたものです。ドル基軸がもたらす不均衡や地政学リスクの高まり、技術革新による通貨システムの変容など、様々な要因が新たな国際通貨協調の枠組みを必要とする声につながっています。ベッセント氏の構想は伝統的な通貨調整(為替レート管理)に重きを置いていますが、その根底には「ドル覇権を維持しつつ持続可能な形に改編する」という強い意志があります。現在のドル支配が徐々に揺らぎつつあることを考えれば、同氏の提唱は米国側から見た先手の秩序再設計ともいえます。
一方で、中国や新興国側から見れば、**「ブレトンウッズIII」とも呼ぶべき新体制は別の姿かもしれません。例えばクレディ・スイスのストラテジストであるゾルタン・ポズサール氏は、ウクライナ戦争後の世界を「ブレトンウッズIII(商品本位体制)」**と呼び、ドル・ユーロ圏 vs 中露資源圏という構図の中で金やコモディティが通貨システムの裏付けを増すと予想しています (Gold, Scott Bessent & Tariffs: The Lead Up to Bretton Woods 2.0?)。また一部の経済評論家は、将来的に金やビットコインなど複数の資産を準備・決済資産とする多元的な通貨制度が台頭する可能性にも言及しています(これは公式見解ではなくあくまで私見レベルですが)。いずれにせよ、新たなブレトンウッズ体制の議論は、単一の基軸通貨に依存しないより安定的で公平な国際通貨システムを模索する試みでもあります。
まとめ: ブレトンウッズ体制はドルと金を軸に戦後の繁栄を支えましたが、その矛盾から崩壊し、その後もドル中心の秩序が続いてきました。現在、米国のベッセント財務長官が唱える「新しいブレトンウッズ体制」は、当時に匹敵するスケールで国際通貨体制を再構築しようとする大胆な提案です。それはドル基軸体制の延命策であると同時に、多極化する世界で米国が経済的主導権を維持する戦略でもあります。現代の通貨体制は転換期にあるとも言われ、今後数年で実際に世界的な通貨合意(第二のブレトンウッズ)が実現するかは不透明ですが、その行方は国際経済の安定とパワーバランスに大きく影響するでしょう。 (トランプ関税の衝撃とトランプ・プットの時期 | トウシル 楽天証券の投資情報メディア) (米国製造業とドルの地位、「マール・ア・ラーゴ合意」は受け入れられるのか――マーティン・ウルフ(1/3) | JBpress (ジェイビープレス))
参考文献・出典:
- ブレトンウッズ会議・体制の歴史的解説 (ブレトン=ウッズ会議/ブレトン=ウッズ体制) (ブレトン=ウッズ会議/ブレトン=ウッズ体制)
- 行天豊雄「ブレトン・ウッズで見た夢」国際通貨研究所メールマガジン(2019年) (ブレトン・ウッズで見た夢) (ブレトン・ウッズで見た夢)
- マーティン・ウルフ「米国製造業とドルの地位、『マール・ア・ラーゴ合意』は受け入れられるのか」(FT, 2025年3月19日付) (米国製造業とドルの地位、「マール・ア・ラーゴ合意」は受け入れられるのか――マーティン・ウルフ(1/3) | JBpress (ジェイビープレス)) (米国製造業とドルの地位、「マール・ア・ラーゴ合意」は受け入れられるのか――マーティン・ウルフ(1/3) | JBpress (ジェイビープレス)) (米国製造業とドルの地位、「マール・ア・ラーゴ合意」は受け入れられるのか――マーティン・ウルフ(1/3) | JBpress (ジェイビープレス))
- 石原順「トランプ関税の衝撃とトランプ・プットの時期」楽天証券トウシル(2025年4月) (トランプ関税の衝撃とトランプ・プットの時期 | トウシル 楽天証券の投資情報メディア)
- 池田信夫「アメリカを『再工業化』するベッセント財務長官の戦略」アゴラ(2025年4月16日) (アメリカを「再工業化」するベッセント財務長官の戦略は成功するのか | アゴラ 言論プラットフォーム) (アメリカを「再工業化」するベッセント財務長官の戦略は成功するのか | アゴラ 言論プラットフォーム)
- JTG証券週報「ブロック化へ世界経済『大再編』の予兆」(2024年12月2日) () ()
- Brookings Institution “The changing role of the US dollar” (2024) (The changing role of the US dollar) (The changing role of the US dollar)
- IMF Georgieva専務理事スピーチ「ブレトンウッズの時、再び」(2020年10月15日) (ブレトンウッズの時、再び)
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