レイ・ダリオが警鐘を鳴らす米国経済の懸念(2024〜2025年)

巨額債務の持続可能性に対する懸念

  • 米国の財政赤字がGDPの7%を超える状態が続き、累積債務は約36兆ドル(2024年末時点でGDPの120%以上)と歴史的高水準に達している。ダリオ氏はこの状態を「持続不可能」と指摘し、債務の需給不均衡が深刻化していると警告する。つまり政府が大量の国債を発行し続ける一方で、その消化を引き受ける投資家需要が追いつかず、近い将来市場で国債がさばき切れなくなる恐れがあるという。
  • このままでは遠からず**「債務危機」が避けられず、政府は財政再建に踏み切るか、極端な措置を講じざるを得なくなると述べる。例えば債務のリストラクチャリング(再編)**や、外国政府に対して自国債の追加購入を強いる措置、場合によっては特定の債権国への支払いを停止するといった、通常では考えにくい手段に言及しており、現実にそうした対応が必要になるリスクを指摘している。
  • ダリオ氏はさらに、問題解決を先送りすれば危機は目前に迫っていると強調する。2025年初頭のインタビューでは、財政赤字の削減に今すぐ取り組まなければ「3年後(±1年)」程度で経済が“心臓発作”のような急性危機に陥り得るとの見通しを示し、「今がまさにゲームタイム(正念場)だ」と表現した。つまりあと数年の猶予しかなく、時間切れになる前に断固たる措置が必要だと訴えている。
  • 財政健全化の必要性: ダリオ氏は米国財政を立て直すため、早急に歳出削減と増収策を組み合わせて財政赤字をGDP比3%程度に抑えるべきだと提唱している。現在の赤字水準(7%超)からの大幅圧縮は「非常に大きな調整」だが、そうしなければ債務残高の膨張によっていずれ政府が「破産状態(go broke)」に陥るリスクが高まると指摘する。実際、議会関係者との対話でも「赤字を3%に削減しない限り国債の供給過多で問題が避けられない」という認識は共有されつつあるという。ダリオ氏は歴史研究に基づき「国家が債務で破綻に向かうメカニズム」を示しながら、危機回避のための具体策(増税・歳出削減の組み合わせなど)を提示している。

利上げ政策と長期金利への警戒

  • 金利急上昇の影響: インフレ抑制のため米連邦準備制度(FRB)は2022~2023年に急速な利上げを実施し、政策金利は近年にない高水準に達した。ダリオ氏は、この金融引き締めが市場や経済に与える影響に注視している。2023年時点では予想されたほどの大打撃は生じなかったものの、これは企業・家計のバランスシートが比較的健全で、利上げに一定の耐性を示したためであり、利上げの本格的な痛みはタイムラグを伴って徐々に表面化し得ると見ている。
  • 長期金利の上昇圧力: 財政赤字による国債増発が続く限り、国債利回り(長期金利)の上昇圧力が高まる。ダリオ氏は「国債の供給過多に対し需要が追いつかない場合、市場原理で金利が上昇せざるを得ない」点を強調する。実際に2024年には米10年国債利回りが一時5%台に達し、市場では巨額の政府債務と今後の国債消化に対する不安が金利を押し上げたと考えられている。ダリオ氏はこの状況を放置すれば、政府の利払い負担がさらに増大し、民間の借入コストも上昇して景気を下押しするという悪循環につながると懸念する。
  • 金利負担の増大: 金利上昇は政府の債務サービスコスト(利払い費)を急増させている。2024年度には利払い額が年間約1兆ドル規模に達し、主要歳出項目である国防や社会保障を上回る支出となる見込みと報じられた。税収に対する利払いの比率も直近で**約38%に急上昇しており、将来の財政を大きく圧迫している。ダリオ氏は、このまま金利負担が雪だるま式に膨らめば財政悪化→金利上昇→財政悪化という「債務の悪循環」**に陥りかねないと強い危機感を示している。
    米政府の四半期ごとの税収(青)と利払い費(赤)の推移。金利上昇の影響で利払い費が近年急増し、2023年には税収の約40%に相当する額にまで達した。これは米財政の債務負担増大を如実に示す。
  • 金融政策のジレンマ: ダリオ氏によれば、金融当局は難しい舵取りを迫られている。景気が減速局面にあっても、インフレ圧力や財政悪化が続く限り市場が期待するような早期利下げは困難との見方を示している。一方で景気維持のために過度な金融緩和(利下げや量的緩和)に転じれば、再び過剰な信用膨張やインフレ再燃を招きかねず、長期的な不安定要因を増やしてしまう恐れがある。
  • 政策介入の副作用: 市場金利の高騰を抑えるため中央銀行が国債を大量購入するなど介入すれば、それは**事実上の財政ファイナンス(紙幣増刷による国債穴埋め)**となり通貨価値の棄損を招く可能性が高い。ダリオ氏は、このように金融政策が板挟みの状況で安易に緩和へ舵を切れば、将来的により深刻な問題――例えば制御不能なインフレや金融システムの動揺――を招くリスクがあると警告している。言い換えれば、目先の金利抑制策が基軸通貨としてのドルの信認低下や世界的な市場不安につながりかねないため、慎重な対応が必要だと示唆している。

基軸通貨ドルの信認低下への不安

  • 「通貨・金融秩序の崩壊」の兆候: ダリオ氏は、現在世界で進行しているのは「主要な通貨体制および国際秩序のクラシックな崩壊」であると述べている。その根底には、前述の巨額債務と各国間の不均衡がある。米国は慢性的な経常赤字・財政赤字によって対外債務を積み上げ、他国(例:中国)は米国債を大量保有してドル体制を支えてきた。しかし米中間の信頼関係は揺らいでおり、米国側は「他国への過度の依存は安全保障上問題だ」と懸念する一方、中国側は「米国に貸したお金が約束通り返ってこないのでは」と不安を募らせている。ダリオ氏はこのような相互不信の高まりにより、従来の「米国が借金で消費を賄い、貿易黒字国がその債券を買って支える」という循環は持続困難になりつつあると指摘する。言い換えれば、米ドルを軸とした現在の国際通貨秩序が歴史的な転換点に差し掛かかっているという見解である。
  • 基軸通貨としての地位低下リスク: ダリオ氏は歴史研究から「基軸通貨の地位は永遠ではない」ことを強調している。オランダのギルダーから英国ポンド、そして米ドルへと、世界の準備通貨は数世紀ごとに移り変わってきた。現在も米ドルの優位は続いているものの、米国の経済力相対低下や財政の乱れによって、将来的にドルの信認が揺らぐ可能性が高まっている。特に、債務問題が深刻化した場合にアメリカが取るであろう対応(例えば中央銀行による国債引受=事実上のドル増発)は、ドルの実質価値を下落させ世界の投資家離れを招く恐れがある。ダリオ氏は「ドル一極体制」が今後弱まるシナリオとして、各国がドル以外の通貨や資産で価値を蓄える動きを強め、国際決済での脱ドル化が進む展開も想定している。実際、近年は中国やロシアをはじめとする新興国がドル建て資産の比率を下げ、自国通貨や第三国通貨による取引を模索する動きも顕在化しており、こうした潮流にも注目が必要である。
  • 国際対立と通貨不安: 2024~2025年には地政学的緊張も高まっている。ダリオ氏は、米国が関税引き上げや制裁といった手段で相手国に圧力をかければ、報復として相手国はドル資産からの資本引揚げや他通貨圏の構築を進める可能性があると指摘する。彼は各国が自国経済を守るため**「醜い通貨安競争」**に陥るリスクにも言及しており、主要国が競って自国通貨を切り下げるような状況になれば基軸通貨ドルへの信頼も揺らぎかねないと警鐘を鳴らしている。実際問題として、主要通貨国がいずれも高インフレや財政赤字に悩む中で、自国通貨を相対的に弱くして輸出競争力を維持しようとする動きが出れば、ドルとて例外ではなくその価値の安定性に疑念が生じるだろう。こうした通貨システムの不安定化は国際経済全体のリスク要因となり得る。
  • 資産分散と「ビッグサイクル」の視点: ダリオ氏は自身の投資哲学に基づき、通貨価値の下落リスクに備えた資産分散の重要性を説いている。彼は歴史上の基軸通貨崩壊局面では実物資産や他通貨への分散が資産防衛に有効だったことを挙げ、現代においても金(ゴールド)などへの一定配分を推奨してきた。さらに近年では、各国政府が通貨を乱発する事態へのヘッジとしてビットコインのような供給量が制限されたデジタル資産にも注目している。ダリオ氏は「投資家は『供給が安定している代替通貨は何か』を自問すべきだ」と述べ、ビットコインはその一部を担い得るとコメントしている(法定通貨の価値毀損に対する保険という位置付け)。この発言は、ドルをはじめとする既存通貨への信認低下を念頭に置いたものであり、今後の通貨体制の変化に備える必要性を示唆していると言える。

結論:歴史に学ぶ警鐘と早期対策の必要性

レイ・ダリオ氏の最新の発言や見解は、米国経済が巨額債務・高金利・ドルの信認低下という三重の課題に直面している現状を浮き彫りにしている。これらは同氏が提唱する「ビッグサイクル(長期的大循環)」理論における衰退期の兆候とも合致しており、放置すればやがてアメリカ経済のみならず世界秩序にも大きな変動をもたらしかねないものだ。ダリオ氏は歴史に照らして現状を冷静に分析する一方、危機的シナリオを回避するためには先手を打った政策転換が不可欠だと強調する。巨額債務の削減や財政規律の回復、適切な金融政策運営、そして国際協調による秩序立て直し——こうした難題に取り組むことが、米国が今後も安定と繁栄を維持するために避けて通れないと示唆しており、同氏の警鐘は現在進行形の課題への的確な指摘として重く受け止められている。

レイ・ダリオ氏が最新(2024〜2025年)の発言で示した米国経済への懸念を要約すると以下の通りである。

1. 巨額債務の懸念

  • 米国の累積債務はGDP比120%を超え、持続不可能な水準。
  • 財政赤字がGDP比7%以上を継続し、市場での国債消化能力を超えるリスクがある。
  • 債務危機は目前に迫り、早期に財政赤字(GDP比3%程度)を抑えなければ、数年内に深刻な経済危機が起こる恐れがある。

2. 高金利の影響への懸念

  • 巨額の債務発行により長期金利が上昇し、政府の利払い負担が増加している(利払い費は年間1兆ドル超)。
  • 高金利が続けば財政悪化と金利上昇の悪循環に陥るリスクがある。
  • 中央銀行が利上げ・利下げの間で板挟みとなり、緩和策に転じればインフレ再燃やドル価値の低下を招く可能性がある。

3. 米ドルの信認低下リスク

  • 米国の財政悪化や対外債務の増加により、ドル基軸通貨体制の信頼性が低下しつつある。
  • 国際的な地政学的緊張がドル離れや脱ドル化を加速させる恐れがある。
  • ドルへの信頼低下から、金やビットコインなど代替資産への分散投資の必要性が高まっている。

結論

ダリオ氏は歴史的なサイクルに照らし、米国が債務削減や財政規律の回復、適切な金融政策を速やかに講じない限り、経済的・通貨的な深刻な危機に陥る可能性が高いと強調している。

レイ・ダリオが提言する米国債務・金利・通貨問題への包括的解決策

はじめに:危機的状況と歴史的視点
ヘッジファンドの創設者であるレイ・ダリオ氏は、巨額の政府債務や高金利、通貨価値への不安が米国経済に「心臓発作」のような深刻な危機をもたらしかねないと警告しています。2024〜2025年にかけての発言では、米国の財政赤字が急速に拡大し債務残高が膨張する現状を「動脈に蓄積するプラーク(歯垢)」になぞらえ、このままでは金融システムの中枢が詰まりかねないと述べています。またダリオ氏は、歴史上の大国の興亡を分析した「ビッグサイクル理論」に照らし、現在の米国が債務問題や内部対立の深刻化によって覇権の黄昏期に差し掛かっている可能性を指摘します。こうした状況を打開し、ドルの信認と基軸通貨体制を守るために、ダリオ氏は以下のような包括的な政策提言を行っています。

1. 財政政策:債務圧縮・赤字削減の具体策

大幅な財政赤字の削減目標 – ダリオ氏はまず、政府の年間財政赤字を現状のGDP比約6%前後から約3%程度に縮小する必要性を強調しています。債務残高を安定させるには、この程度の赤字圧縮が不可欠であり、向こう数年で段階的に達成すべき目標としています。過去の例では1990年代に米国が7年間で赤字をGDP比5%縮減(赤字4%→1%の黒字化)した成功例もあり、十分実現可能な水準だと指摘します。

歳出削減と増税のバランス – 赤字削減を達成する具体策として、歳出削減(政府支出の見直し)と増税(歳入の増強)の両面からバランスよく取り組むべきだと提言しています。例えば、目標を達成するために一方的な手段に頼ると極端な負担になりますが、複数の手段を組み合わせれば各項目の負担を抑えられます。試算では、単一手段で3%のGDP比赤字削減を行うには「支出の約12%削減」または「税収の約11%増加」が必要ですが、これは一つだけでは非現実的です。そのため支出の削減(不要不急なプログラムの縮小や非効率の是正)と税収の増加(適正な増税や新たな収入源の確保)を適度に組み合わせることが現実的解とされます。ダリオ氏自身は具体的な項目には踏み込まないものの、「痛みの平等な分かち合い」を重視しており、富裕層や法人への増税や補助金の見直しなど広く薄く負担を求める一方で、教育投資のように将来の生産性向上に資する支出や低所得者層へのセーフティネットは極力損なわないよう配慮すべきだと述べています。加えて、歴史的に関税収入が財源となった例に触れ、関税の活用(例えば一律10%関税でGDP比0.6%の歳入増との試算)なども選択肢になり得ると示唆しています。

超党派の「グランドバーゲン」とフォールバック案 – ダリオ氏は、財政再建策が政治的な綱引きで実行されない事態を最も懸念しています。そこでトップダウン型のアプローチを提案します。まず与野党で赤字削減の総額目標(GDP比○%)を合意し、それを達成するための大枠(支出削減と増税の割合)を決め、その後に細目を詰める方法です。万一細部で合意できない場合に備え、自動的なフォールバック措置として「削減可能な支出項目を一律○%削減し、増税可能な税目を一律○%引き上げる」ような包括的ルールを定めておきます(ダリオ氏の試算では支出・歳入それぞれ6%程度の調整でGDP比3%の赤字削減が可能)。このように全分野で均等割合のカットと増収を保険として設定すれば、最悪対立が続いても必要な削減は実行できます。その上で、与野党が協力してそのフォールバックより望ましい代替案を練る「超党派の財政再建協議」を進めればよいとしています。要は具体策の優劣よりも「速やかに実行すること」自体が肝要であり、合意失敗による債務危機という最悪の結果だけは絶対に避けよ、と強調しています。また赤字削減は**景気の良い時期に前倒しで行う(景気循環に対してカウンターシクリカルに実施する)**ことが望ましく、失業率が低く経済が堅調なうちに痛みを伴う改革を断行することで、景気悪化時に追加の財政余力を持てるとも指摘します。

2. 金融政策:インフレ抑制と債務負担軽減の両立

財政緊縮+金融緩和の組み合わせ – ダリオ氏は、大胆な財政赤字削減と並行して金融政策を適切に運用すれば、インフレの抑制債務負担の軽減を両立できると主張します。その鍵は、財政と金融のポリシーミックスです。具体的には、政府が支出削減・増税による財政引き締めを行う一方で、中央銀行(連邦準備制度)が金利引下げや金融緩和で景気を下支えするという戦略です。この組み合わせにより、一方では財政健全化によって過剰需要とインフレ圧力を抑えつつ、他方では低金利によって政府の利払い負担を減らし経済活動を刺激するという相乗効果が期待できます。

金利引下げによる債務軽減効果 – ダリオ氏の分析によれば、金利は財政収支に対する最も強力なレバー(てこ)です。例えば国債金利を1%下げるだけで、20年後の債務対収入比率は1%の増税実施よりも4倍も大きく改善すると試算されています。低金利にすれば政府の債務利払い費用が減るだけでなく、資産価格の上昇によって民間の資本利得が増え、その結果税収も増加します。また多少のインフレ促進につながりますが、それも名目経済成長と税収を押し上げる要因となり、相対的に債務を軽くします。逆に歳出カットや増税は第二次効果として経済成長を下押しし税収減を招く恐れがあります。つまり適度な金融緩和は財政改善を助け、悪影響よりメリットの方が大きいのです。ただし無制限の緩和は悪性インフレを招くため、財政面でしっかり赤字を減らすことが前提になります。ダリオ氏は「議会が大幅な赤字削減に踏み切れば、債券市場はそれを好感して金利低下で応えるだろう」と述べており、政府が信頼できる財政計画を示すだけでも市場の力で金利低下(=金融緩和に近い効果)が得られる可能性を示唆します。

協調と自動安定装置 – 形式上、FRBは政府から独立していますが、ダリオ氏は歴史上政府の財政再建と中央銀行の低金利維持が暗黙の了解で協調した例があると指摘します(例えば第二次大戦後の債務圧縮期など)。仮に現在、FRBが公に協調を約束できなくとも、もし大幅な財政緊縮が景気を冷やしすぎればFRBは結果的に利下げで景気を支えるでしょう。従って政府・議会が取るべき行動はまず財政赤字を必要十分減らすことであり、その過程で景気に下押し圧力がかかりすぎた場合は自動的に金融政策が緩和方向に反応する、とダリオ氏は見ています。重要なのは財政赤字を放置しないことで市場と中央銀行の信認を得ることです。彼は「巨額債務が累積し急増している局面では、(1)問題を解消するのに十分な規模で赤字を削減し、(2)景気の良いタイミングでそれを実行し、(3)同時に金融政策を緩和的にして経済を支えること」が不可欠だと説いています。これこそが過去に債務問題を「美しく取り除いた(beautiful deleveraging)」共通パターンであり、今回もその道筋を辿るべきだと示唆しています。要するに、適度なインフレ率を維持しつつ金利をコントロールする金融政策と、持続可能な財政運営を組み合わせることで、インフレを暴走させることなく債務の実質的な負担を軽減できるということです。

3. 通貨戦略:ドルの信認維持と基軸通貨体制の安定

ドル基軸の恩恵と危機 – 米ドルが世界の基軸通貨であることは、米国にとって莫大な経済的恩恵をもたらしています(低金利での資金調達や貿易決済の優位性など)。しかしダリオ氏は、巨額の債務と財政赤字をこのまま放置しドルを増発し続ければ、いずれドルの信用が揺らぎ、この特権的地位を失いかねないと警鐘を鳴らします。彼によれば、現在すでに各国の中央銀行や投資家は将来を見越して「代替資産」にシフトし始めており、米国債離れや金の積極的な購入といった動きが現実に進行しています。基軸通貨としてのドルの信認低下は、米国のみならず世界の金融秩序を不安定化させるリスクがあり、「グローバルな通貨体制の崩壊(monetary order breakdown)」すら懸念されます。

信認維持のための方策 – ダリオ氏の見解では、ドルへの信認を維持する唯一の道は、健全な財政・金融運営によって通貨価値の安定を示すことです。具体的には、前述のように財政赤字を縮小し債務膨張を食い止めることで、「これ以上ドルを乱発しないし、将来もインフレで債務をチャラにするようなことはしない」というシグナルを市場に送る必要があります。インフレ率を中長期的に安定させ(極端なインフレやデフレを避け)、米国債の増発ペースを抑えることで、国内外の債券保有者に安心感を与えることが肝要です。また、政治的にも債務上限問題でデフォルト寸前になるような不信を招く事態(政府閉鎖や債務不履行のちらつかせ)を繰り返さないことが重要です。超党派の協調で財政を立て直し、米国が**「債務は最後まで責任をもって履行する」**との信頼を取り戻せば、ドル離れの動きに歯止めがかかるでしょう。

国際協調と基軸体制の行方 – ダリオ氏は、歴史的に見て基軸通貨の地位は永遠ではなく、財政悪化や内乱・国際紛争などで覇権国が衰退すると通貨の信認も崩れ、新たな体制へ移行してきたと指摘します(例:英ポンドから米ドルへの交代)。彼は米国がそのような局面に差し掛かっている兆候を無視できないとしつつも、適切な政策対応によって軟着陸は可能だと示唆します。ドルの基軸維持には米国単独の努力だけでなく、主要貿易相手国や同盟国との経済協調も役立つでしょう。例えば各国がドル資産を安心して保有できるよう、通貨スワップやIMF体制を通じた国際的な流動性支援策を強化することなども考えられます。最終的に、ドルの価値が安定し続けるとの信頼を守り抜くことが、現在の基軸通貨体制を維持する決め手です。ダリオ氏は「ドルの地位低下には代替通貨の台頭が必要だが、主要国が足並み揃えて通貨を価値棄損させれば(どの通貨も同時に刷られれば)相対的な地位変動は緩やかになる」とも述べています。裏を返せば、米国が無秩序にドルを乱発すれば他国は代替として金やデジタル通貨を選好しはじめ、ドル覇権の終焉が加速しかねません。ゆえに米国は歴史の教訓を踏まえて早期に財政・金融の信頼回復に努め、ドルへの信認低下が臨界点に達する前に手を打つ必要があるのです。

4. 投資戦略的視点:民間投資家に求められる資産分散と対応

債務危機への備えとしての分散投資 – ダリオ氏の提言は政府向けに留まらず、民間の投資家に対しても示唆に富んでいます。彼は「今後5〜10年を見据え、債務まみれの資産への偏重を避けよ」と助言しています。具体的には、過度な借金依存の資産(国債などの債券や、債務膨張で価値が毀損しやすい通貨)に集中したポートフォリオはリスクが高まるため避けるべきです。米国債やドルに資産の大部分を置いていると、インフレによる通貨価値の目減りや金利上昇による債券価格下落で大きな損失を被る可能性があります。

複数資産・通貨への分散 – ダリオ氏は**「一つの資産クラス、一つの国、一つの通貨に集中投資すべきではない」**と強調します。代わりに、異なる値動きをする多様な資産に分散することでリスクを低減できます。例えば、金(ゴールド)やコモディティといったインフレ耐性資産は、貨幣価値が下がる局面で資産の購買力を保護する役割を果たします。実際、各国の中央銀行自身が外貨準備の一部を金に振り向けている現状からも、金は「究極の価値保蔵手段」の一つと見なせます。また、外国株式・外国債券、不動産、代替投資など地理的・通貨的に分散された資産を組み入れることで、米ドルや米国市場特有のリスクに対するヘッジとなります。例えば欧州やアジアの市場、新興国の成長機会など、米国以外の経済にも目を向けて資産を配置することが望ましいでしょう。

現金や仮想通貨の位置づけ – 一般にインフレ期には現預金(キャッシュ)の実質価値が目減りするため「現金はゴミ(Cash is trash)」とも言われますが、金利が十分高ければ現金も短期的安全資産として一定の役割を果たします。ダリオ氏は基本的にインフレで実質価値が毀損しにくい資産を重視しますが、流動性確保のための短期国債や現金もリスクヘッジの一部として保持しつつ、過度な比率にならないよう注意すべきとしています。一方で近年台頭した暗号資産(仮想通貨)についても、ダリオ氏は「社会全体が代替のお金を考える時期に来ている」と述べており、ビットコインなどの仮想通貨がデジタル黄金のような役割を果たす可能性に言及しています。ただし暗号資産は価格変動が大きく信認も発展途上であるため、ポートフォリオのコアに据えるよりごく一部を保有する選択肢として触れている程度です。いずれにせよ民間投資家は、今後ドルの価値下落やインフレが進むシナリオにも備えて複数の資産に卵を分けておく(Eggs in different baskets)必要があります。ダリオ氏の提唱する「オールウェザー」型のポートフォリオ運営は、インフレ・デフレや景気変動といったあらゆる天候に耐え得る資産配分を目指すものです。債券・株式・コモディティ・現金などをバランスよく組み合わせ、どの局面でも致命的損失を避けつつ安定した実質リターンを狙う戦略が推奨されています。

総括すれば、レイ・ダリオ氏は米国の財政・債務問題に対し、歴史の教訓を踏まえた大胆かつ実行可能な解決策を提示しています。それは**「財政の大手術」と「金融政策との協調」によるソフトランディング**のシナリオと言えます。巨額債務という難題に正面から取り組み赤字を減らすことで、将来のインフレ懸念と通貨不安を抑え込み、結果的にドルの信用力を守る。一方、適切な金融緩和策との両輪運用で景気失速を防ぎながら債務負担を和らげる。そして万一に備えて投資家は自衛策として分散投資を進める——これらがダリオ氏の示す包括的なロードマップです。彼の歴史観によれば、今この転換点で賢明な選択ができるか否かが、米国の経済的繁栄とドル体制の未来を左右するといっても過言ではありません。改革の痛みを一時的に受け入れてでも持続可能な道に舵を切ることが、次の世代に安定と繁栄を引き継ぐ唯一の道筋だとダリオ氏は訴えています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました