雇用削減の増加と景気減速の兆候
米国企業による月次の人員削減(発表ベース)推移。2025年初頭に解雇・レイオフ件数が急増し、景気減速の懸念を映し出している。
近時、米国企業の雇用削減(レイオフ)の動きが顕著に強まっています。特にハイテク業界では2022年から大規模な人員整理が相次ぎましたが、2025年前半にも入り解雇計画件数は過去数年で最大級の水準に達しています。今年第1四半期の企業による解雇発表数は四半期ベースで2009年以降で最高となり、単月では2024年同月比で2倍以上に跳ね上がる月も見られました。こうしたレイオフ増加は、企業が先行き経済の減速に備えてコスト削減に動いている兆候といえます。実際、米国経済指標にも減速のシグナルが表れ始めています。製造業景況感指数(ISM製造業PMI)は50を下回る水準で低迷し、新規受注の減少が続いています。また、景気の先行指標であるコンファレンスボード先行指数は下落基調が鮮明で、2024年後半から連続してマイナスとなりました。これらの動向から、米国景気は今後明確に減速し、年内にも景気後退(リセッション)入りする可能性が高まりつつあります。ただし足元では失業率は約4%と比較的低水準を維持しており、労働市場全体の崩れはまだ限定的です。つまり、景気が大きく落ち込むのか、それとも緩やかな減速に留まるのかは、依然流動的な状況と言えます。
安全資産への資金流入と株式市場への影響
景気先行き不透明感の高まりを受け、投資マネーは株式から安全資産へシフトする動きが見られます。代表的な安全資産である金(ゴールド)や現金同等資産への資金流入が増加傾向です。実際、金価格は近年のインフレや地政学リスクも相まって上昇基調が続き、2025年前半には一時金相場が史上最高値に迫る水準に達しました。それに伴い、金連動型の上場投資信託(ETF)にも資金が流入し、安全資産としての金の人気が改めて浮上しています。またキャッシュ(現金)への逃避も顕著で、短期国債やマネー・マーケット・ファンド(MMF)への資金移動が加速しました。2025年3月時点で米国のMMF残高は過去最高の7兆ドルを突破し、高金利を享受できる安全な運用先として個人・機関マネーが大量に流入しています。これら安全資産への資金流入は裏を返せば株式市場からの資金流出を意味し、株価の上値を抑える要因となりえます。実際、投資家心理がリスクオフ(危険資産回避)に傾く局面では、株式への新規資金流入が細り株価指数は伸び悩む傾向があります。ただ、一方で潤沢なキャッシュが市場の周辺に滞留している状況でもあります。このため、もし景気見通しが好転した場合には、これら安全資産に避難している資金が再び株式市場に戻り株価を押し上げる潜在力も秘めています。現段階では資金は守りに入りつつあり、株式市場にとっては追い風よりも向かい風が意識される状況と言えるでしょう。
金利・インフレとFRB政策の見通し
米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策は、株式市場に大きな影響を与える重要な要因です。2022年から続いた急激な利上げにより、政策金利は歴史的な速度で引き上げられました。その結果、2023年にはインフレ率が徐々に低下に転じ、2025年初時点で消費者物価上昇率は前年比3%前後まで下がってきています(ピーク時の9%台から大幅改善)。しかしながら、依然としてFRBの目標である2%を上回っており、インフレ沈静化にはまだ道半ばです。加えて、2025年には米国の通商政策変更(関税引き上げなど)に伴う物価上昇圧力も指摘され、インフレが再燃するリスクも完全には排除できません。このためFRBは金融引き締めを一旦停止しつつも、インフレ動向を慎重に見極めるスタンスを崩していません。一方で、景気減速の兆候が強まれば、年内にも利下げに転じる可能性があります。金融市場では2025年後半にかけて数回の利下げが織り込まれ始めており、実際に直近の金融環境の不安定化を受けてFRBは2024年末から2025年初にかけ小幅な利下げを実施しました。今後、景気が明確に悪化するようならFRBは政策金利を引き下げて景気下支えを図る公算が大きいでしょう。これら金利動向は株式評価に直接作用します。金利が高止まりする局面では株式の将来価値が割り引かれるためバリュエーションの重石となり、特にハイテク・グロース株中心のNASDAQ指数には下押し圧力がかかりやすくなります。一方、金利低下局面では株式の割高感が緩和されるため、市場全体にとって追い風です。ただし、それはインフレが安定していることが前提となります。仮にインフレが再加速すれば、FRBは再度タカ派姿勢を強めるため、株式市場にとっては二重のリスク(景気悪化と金融引締め)が再浮上する可能性があります。総じて、今後1年程度の間で**「インフレの沈静化と景気の軟着陸」か「インフレ高止まりと景気後退」かにより金利・政策の方向性が定まり**、それが株価指数に波及する展開が予想されます。
株価指数の短期・中長期シナリオ展望
上述の要因を踏まえ、米国の主要株価指数(S&P 500、NASDAQ総合指数など)の見通しとしてベースケース(基本シナリオ)と弱気(ベア)シナリオ、強気(ブル)シナリオの3つを想定できます。それぞれのシナリオにおける短期的な影響と中長期的な展望は以下の通りです。
ベースケース(基本シナリオ)
- 短期(今後数ヶ月): 景気は減速するものの深刻な後退は回避されるシナリオです。企業業績は横ばい圏ながら大崩れせず、失業率も穏やかな上昇に留まります。この場合、株価指数は短期的に調整局面を迎えつつも急落は避け、比較的狭いレンジでの変動が続くでしょう。高インフレの沈静化やFRBの利下げ期待が下支えとなり、S&P500指数は一時的な下落後に下げ渋る展開が予想されます。NASDAQなど金利敏感な指数もボラティリティは高いものの、企業の収益見通しが安定している限り底堅さを保つ見込みです。
- 中長期(1~2年先): 2025年後半から2026年にかけて景気が徐々に持ち直し、経済はソフトランディング(軟着陸)に成功すると想定します。インフレ率は2%付近で安定し、FRBは段階的に金融緩和に転じるでしょう。これにより株式市場も次第に安心感を取り戻し、緩やかな上昇基調に回帰すると見られます。S&P500やNASDAQは2024年前半の高値水準を回復し、中長期的には年率数%程度の穏当な上昇が期待できます。ただし、過去の強気相場のような急騰局面にはならず、上昇ペースは緩慢となる可能性が高いでしょう。このベースケースでは、株価指数は一時的な調整をはさみつつも中期的な緩やかな上昇トレンドを維持する展開です。
弱気シナリオ(悲観的シナリオ)
- 短期(今後数ヶ月): インフレが再び高止まりする一方で景気が急減速し、スタグフレーション的な状況や金融不安が現実化するシナリオです。企業収益の大幅悪化や信用収縮も重なり、株式市場は急激な調整局面に陥ります。S&P500指数やNASDAQは**短期的に20%以上の下落(弱気相場入り)**もあり得るでしょう。特に景気循環に敏感なセクターや高PERのグロース株は売り込まれ、主要指数は2022年の安値水準を試す動きになるかもしれません。投資家心理は悲観に傾き、リスク資産からの資金流出が加速して株価の下支えが弱まる局面です。
- 中長期(1~2年先): 景気後退が現実のものとなった場合、企業のリストラや倒産の増加により失業率も上昇し、実体経済の回復には時間を要します。FRBは大幅な利下げや流動性供給で景気下支えを試みるものの、景気回復の立ち上がりは鈍く、株価指数の本格的反発も遅れる可能性が高いでしょう。弱気シナリオでは、株価の低迷が長引き、数年間は前年比で見て停滞または緩慢な回復に留まる展開が想定されます。例えばS&P500指数が底打ちするのは2025年末頃となり、その水準も最高値から見て大きく下方乖離したまま、2026年になってようやく緩やかなリバウンドに入る、というシナリオです。この間、政策期待や割安感から短期的なテクニカル反発はあっても、持続的な上昇トレンドに復帰するまでには相応の時間がかかるでしょう。したがって弱気シナリオでは短期・中期的に株価指数は低迷し、下振れリスクに備える必要があります。
強気シナリオ(楽観的シナリオ)
- 短期(今後数ヶ月): インフレが着実に2%近辺まで沈静化し、景気減速も浅く済む理想的なソフトランディングのシナリオです。企業業績は底堅く、労働市場も大幅な悪化なく安定します。この場合、株式市場は比較的早い段階で安定を取り戻し、調整局面が短期間で終了するでしょう。S&P500やNASDAQは春先までの下落分を埋める形で再び上昇基調に復帰し、投資家心理も改善に向かいます。FRBの金融政策も余裕をもって緩和スタンスに転じられるため、利下げ期待が株価を押し上げる追い風となります。結果として主要株価指数は年後半にかけて堅調に推移し、早ければ2025年内にも過去最高値圏に再接近する可能性があります。
- 中長期(1~2年先): 強気シナリオが実現した場合、2026年にかけて米経済は緩やかな成長軌道を維持し、企業収益も着実に拡大します。インフレは安定的に低位で推移し、FRBの金融緩和が追い風となって投資環境は良好です。これにより株価指数は持続的な上昇トレンドを描くでしょう。S&P500やNASDAQは史上最高値を更新し、過去の強気相場に匹敵するリターンを上げる可能性もあります。特に金利低下に恩恵を受けるハイテク・成長株が市場を牽引し、指数全体を押し上げる展開が想定されます。ただし強気シナリオ下でも、株価が短期間で上昇し過ぎた場合には適宜調整が入る点には留意が必要です。しかし総じて中長期的には株式市場は堅調な拡大基調を辿ると考えられます。
総合的に, 2025年5月時点では米国株式市場に対し慎重な見方が増えているものの、悲観一色というわけではなく景気軟着陸による安定成長の余地も残された状況です。雇用や資金フロー、金融政策など多面的な要因を見極めながら、上述したベースケースを中心に据えつつも弱気・強気両シナリオの可能性を念頭に置いた投資戦略が求められる局面と言えるでしょう。
2025年5月時点の米国株式市場見通し(要約):
- 景気減速の兆候
米国企業の人員削減が急増しており、景気減速の懸念が高まっている。一方で、失業率はまだ比較的低水準であり、大幅な景気後退入りはまだ確定的ではない。 - 資金の安全資産へのシフト
景気不透明感から、金や現金(キャッシュ)への資金流入が急増。これは株式市場にとって短期的な資金流出を意味し、株価の重石となる可能性が高い。 - FRB政策・インフレ動向
インフレ率は低下したものの、まだFRB目標(2%)を上回る約3%。景気減速が続けばFRBは利下げを行う可能性が高く、それが株価を支える要素になる一方、インフレ再加速時には金融引締めが再開されるリスクも存在。 - 株価指数シナリオ予測
- ベースケース(基本シナリオ):景気の軟着陸により、短期的な調整後、株価は緩やかに上昇。
- 弱気シナリオ:スタグフレーション的状況が発生し、株価は大幅な下落(20%以上)となり、回復に時間を要する。
- 強気シナリオ:インフレが安定化し景気も良好で、株価は短期間の調整後、史上最高値更新を目指す展開。
現時点では慎重論が多いものの、まだ株価指数が大幅に下落することが確定したわけではなく、今後の経済指標や政策動向を注意深く見守る必要がある状況。
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