主要国の外貨準備における暗号資産の保有状況

はじめに

各国の外貨準備(外国通貨や金などの準備資産)は、国の金融・経済の安定を支える重要な要素です。近年、ビットコインをはじめとする**暗号資産(仮想通貨)**が新たな資産クラスとして注目されていますが、政府・中央銀行がそれらを外貨準備の一部として公式に組み入れている例はまだ限られています。本レポートでは、アメリカ合衆国、中国、日本、ロシア、ドイツ、スイス、シンガポール、アラブ首長国連邦(UAE)など主要国における外貨準備への暗号資産の組み入れ状況を調査し、各国の保有状況や公式見解、そして全体的な傾向について解説します。

アメリカ合衆国(米国)

暗号資産の保有割合:0%(公式保有なし)

米国では、中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)や財務省は、ビットコインなどの暗号資産を外貨準備として保有していません。FRBのパウエル議長も「米国の中央銀行はビットコインを一切保有していない」と明言しており、法律上もFRBが暗号資産を購入・保有することは許可されていません。米国政府は過去に犯罪収益としてビットコイン等を押収した例がありますが、押収資産は競売などで現金化されるのが通例であり、公式な外貨準備として保持されることはありません

米国の外貨準備はそもそも規模が小さく(基軸通貨国であるため自国通貨建て資産が中心)、主な準備資産は他国通貨建ての預金・債券や金です。現在、それらの中に暗号資産は含まれておらず、**暗号資産の割合は0%**です。政府・中央銀行は暗号資産を外貨準備に取り入れる必要性を感じておらず、その高いボラティリティ(価格変動の大きさ)や法的枠組みの不足を理由に、公式準備資産としては採用していません。

中華人民共和国(中国)

暗号資産の保有割合:0%(公式保有なし)

中国でも、人民銀行(中央銀行)や政府当局が暗号資産を外貨準備に組み入れている事例はありません。中国政府は暗号資産に対して厳格な姿勢を取っており、国内での仮想通貨取引やマイニング(採掘)を禁止しています。暗号資産は法的に通貨や資産として認められておらず、公式準備資産には含まれていません。したがって、**中国の外貨準備に占めるビットコイン等の割合は0%**です。

他方、中国当局は違法取引の取締りで大量のビットコインやその他暗号資産を押収してきた経緯があります。地方政府は押収したコインをオフショア市場で売却し、人民元に換えて財政に充当するケースが報告されています。近年、押収暗号資産の扱いについて規則を整備すべきだという議論も起きていますが、押収分を政府がそのまま保有し「国家の暗号資産準備」とする公式方針は現時点で打ち出されていません。つまり、現状では中国政府が暗号資産を自国の外貨準備として保有している事実は確認されていない状況です。

日本

暗号資産の保有割合:0%(公式保有なし)

日本政府および日本銀行(中央銀行)は、暗号資産を外貨準備に含めていません。日本では法律上、暗号資産(仮想通貨)は外貨準備の対象となる「外国通貨」や「準備資産」として位置付けられておらず、公式に外貨準備へ組み入れることは想定されていません。実際に日本政府は「外貨準備にビットコインを追加する計画はない」と公式に表明しており、その理由として価格の極端な変動性流動性(すぐ現金化できるか)の問題、そして政府が十分に理解・管理できる資産ではないことなどを挙げています。

日本の外貨準備高は世界でも上位にあり、その内訳は米ドルなどの外貨建て資産(国債や預金)および金が中心です。こうした安全資産に比べ、ビットコインなど暗号資産は価値が安定せず中央銀行の準備としては不適当とみなされています。したがって**暗号資産の割合は0%**であり、日本政府が公式に暗号資産を保有している事実はありません。

ロシア

暗号資産の保有割合:0%(公式保有なし)

ロシア連邦も、中央銀行(ロシア銀行)や財務省が暗号資産を外貨準備として公式に保有しているとの情報はありません。ロシアは伝統的に外貨準備として米ドルやユーロなどの外国通貨、そして金を大量に保有してきました。しかし2022年以降、西側諸国による制裁でロシアの外貨準備の一部(海外に置かれていたドル・ユーロ資産)が凍結されたため、ロシアは準備資産の構成を見直し、米ドル依存を減らしてゴールド(金)や中国人民元の保有比率を高める動きを見せています。

暗号資産に関して、ロシア政府・中央銀行は長らく慎重または否定的な姿勢でした(2022年頃には全面禁止案も検討されたほどです)。しかし制裁下での国際決済手段としてビットコイン等に言及する動きも出てきています。例えば、ロシア財務省は2023年以降、対外貿易での暗号資産利用を限定的に認め、実際にロシア企業が輸出入決済でビットコイン等を用いる試みも始まりました。またプーチン大統領は「ドル建て資産は政治的に凍結され得るが、ビットコインはどの国にも干渉できない」という趣旨の発言を行い、暗号資産を代替資産の一例として挙げています。

とはいえ、**ロシア中央銀行自体が公式準備としてビットコインを保有しているという発表はなく、現時点でその割合は0%**です。暗号資産の活用は主に制裁回避のための決済手段として議論されているに留まり、ロシア銀行の外貨準備ポートフォリオに暗号資産が含まれている証拠は確認されていません。

ドイツ

暗号資産の保有割合:0%(公式保有なし)

ドイツの中央銀行であるブンデスバンク(ドイツ連邦銀行)も、暗号資産を外貨準備に組み入れていません。ドイツはユーロ圏の一員であり、自国通貨を持たないため外貨準備の大半はユーロ建て資産や金になります。公式な外貨準備統計にビットコインなど暗号資産は登場しておらず、**割合は0%**です。

ドイツ連邦銀行の総裁や欧州中央銀行(ECB)の高官も暗号資産を準備資産とすることに否定的な見解を示しています。例えばブンデスバンク総裁のヨアヒム・ナーゲル氏はビットコインを「デジタル・チューリップ」にたとえ、17世紀の球根バブルになぞらえて投機的で本質的価値に欠けるとの懸念を表明しました。またECB関係者も「ビットコインの公正価値はゼロに等しい」と論じ、決済手段や投資対象として不適切だと指摘しています。このように、ドイツを含む欧州の金融当局は暗号資産を公式準備に採用する考えはなく、現状では保有は確認されていません

スイス

暗号資産の保有割合:0%(公式保有なし)

スイスの中央銀行であるスイス国立銀行(SNB)は、暗号資産を外貨準備に含めていないと明言しています。スイスは国民投票(国民発議)によって政策を変更できる独特の制度がありますが、近年一部の暗号資産支持者が「SNBもビットコインを金と並んで準備資産として持つべきだ」という提案を行い、憲法改正を問う国民投票のキャンペーンを開始しました。しかしSNBのトップはこの動きを明確に拒否しています。

2025年4月、SNB理事(会長代理)であるマーティン・シュレギル氏は年次総会において、「暗号通貨は現時点で当行の通貨準備の要件を満たしていない」と述べました。懸念点として、中央銀行の準備はいつでも必要な時に売買できる流動性が重要ですが、暗号資産市場は流動性に制約があること、そして価値の変動幅が非常に大きいことを挙げています。これらの問題から、ビットコインを含む暗号資産は安定した価値保存手段とは言えず、準備資産には不適格との判断です。

そのため、スイス国立銀行は現在ビットコイン等を一切保有していません(割合0%)。もっとも、スイスはブロックチェーン企業の育成や暗号資産の民間利用には比較的寛容で、「クリプトバレー」と呼ばれる地域(ツーク州など)もあります。しかし中央銀行レベルでは引き続き慎重姿勢であり、少なくとも近い将来に公式準備へ暗号資産を加える予定はないと見られます。

シンガポール

暗号資産の保有割合:0%(公式保有なし)

シンガポールの中央銀行に相当する金融管理局(MAS)は、公式外貨準備として暗号資産を保有していません。シンガポールは金融ハブとして暗号資産やフィンテックに積極的であり、暗号資産取引所やブロックチェーン事業に友好的な規制環境を整えています。しかし、MASが管理する国家の外貨準備ポートフォリオは、依然として安全性と流動性を重視した伝統的資産(主要国通貨建ての有価証券や預金、金、国際通貨基金IMFの特別引出権など)が中心です。

2023年にはシンガポール当局がステーブルコイン規制の枠組みを世界に先駆けて発表するなど、デジタル通貨分野で先進的な動きを見せています。ただしそれらは民間発行通貨の規制・監督や、自国通貨シンガポールドルに連動した**デジタル貨幣(CBDCやステーブルコイン)**の発行検討といった文脈であり、国家準備資産としてビットコイン等を保有することとは別の話です。現状、シンガポール政府やMASが暗号資産を準備資産として公式に組み入れたとの報告はなく、**割合は0%**となっています。

アラブ首長国連邦(UAE)

暗号資産の保有割合:0%(公式保有なし)

アラブ首長国連邦(UAE)の中央銀行も、現時点で暗号資産を外貨準備に含めていないとみられます。UAEはドバイを中心に暗号資産・ブロックチェーン産業を積極的に誘致しており、規制面でも比較的前向きな姿勢を示しています(例えば仮想資産規制庁の設立や、暗号企業の免許制度整備など)。しかし、同国通貨ディルハムは米ドルにペッグ(固定)されていることもあり、中央銀行の外貨準備は主に米ドルなど外貨預金・証券と金で構成されています。

最近では、UAE中央銀行が**「AEコイン」**と呼ばれるディルハム連動型のステーブルコイン発行を承認するなど、デジタル通貨への取り組みも始まっています。また、2025年には中央銀行デジタル通貨(CBDC)の試験導入を計画するなど、自国発のデジタル通貨には意欲を示しています。一方で、ビットコインなど価格変動の大きい暗号資産を公式準備として保有しているという公的な情報はありません。したがって、**UAEの外貨準備に占める暗号資産割合は現状0%**と考えられます。

その他の国と例外的な事例

上記の主要国以外で、政府が暗号資産を外貨準備・国家資産として保有している稀な例も存在します。代表的なのがエルサルバドルです。同国は2021年にビットコインを法定通貨に採用し、政府としてビットコインの購入・保有を公式に行っています。エルサルバドル政府は現在約6,000 BTC以上を保有しているとされ、価格にもよりますが数億ドル相当の規模になります。これは同国の外貨準備(数十億ドル規模)の中では無視できない割合となっており、暗号資産を国家準備の一部として公言している珍しいケースです。ただし、エルサルバドルは世界的には経済規模が小さく、主要通貨国ではありません。そのため、主要経済国のトレンドとは一線を画す特殊例と言えます。

他にも中央アフリカ共和国は2022年にビットコインを法定通貨の一つとしましたが、同国は中部アフリカCFAフラン通貨圏に属しており、自国の中央銀行が独自に大量の暗号資産を保有しているわけではないようです。ウクライナなどは紛争下で暗号資産の寄付を受け取り活用しましたが、これも準備資産ではなく戦費調達手段でした。ブルガリア政府が犯罪捜査で大量のビットコインを押収した事例もありますが、その後売却処分されたとも報じられ、国家準備として保持しているかは明確ではありません。

チェコは先進国の中では特筆すべき動きがあり、2025年に入りチェコ国立銀行の総裁が「外貨準備の数%規模でビットコインを試験的に保有することを検討する」と発言しました。チェコの外貨準備は約1,400億ユーロにのぼりますが、その最大5%をビットコインに割り当てる可能性に言及したことで注目されています。ただし、これはあくまで検討段階であり「すぐに決定するものではない」と慎重姿勢も示されています。仮にチェコ中銀が実行に移せば、西側主要国の中央銀行としては初の暗号資産保有例となりますが、現時点ではまだ実現していない計画です。

政府・中央銀行による暗号資産受け入れの全体的な傾向

総じて見ると、主要国の政府や中央銀行は暗号資産を外貨準備の一部として公式に受け入れている例はほとんどありません。その割合は現在のところどの国も0%に等しく、伝統的な法定通貨や金といった資産が圧倒的に主流です。主な理由としては以下のような点が挙げられます:

  • 価格の不安定性:ビットコインをはじめ暗号資産の価格は乱高下が激しく、安定した価値の貯蔵手段とは言い難いです。外貨準備は有事の為替介入や国際収支調整に使われるため、価値が急落するリスクのある資産は敬遠されます。
  • 流動性と市場規模:中央銀行は必要なときに巨額の資金を即座に動かせることが重要です。暗号資産市場は拡大しているとはいえ、主要通貨や米国債市場に比べれば狭く、国家規模の取引では流動性不足や市場への影響が懸念されます。
  • 法的・制度的制約:多くの国では中央銀行が保有できる資産の種類や運用手段が法律で定められており、暗号資産は想定されていません。法律上「通貨」や「金融資産」と見なされていないため、公式に購入・保有することができないケースもあります。
  • 信用・信頼性:政府・中央銀行は伝統的に、他国政府が発行する通貨や国債、国際機関の資産(IMFの特別引出権など)、そして実物資産である金など「信頼のおける」資産に投資します。分散型で発行主体のない暗号資産に対しては慎重で、未だ信用リスクや詐欺・ハッキングの問題も指摘されています。

こうした理由から、現時点で暗号資産を外貨準備に公式組入れする動きは限定的です。しかし、近年の動向を見ると完全に否定一辺倒とも言えません。一部の国では将来的な可能性を模索し始めています。前述のチェコのように試験的に保有を検討する例や、また主要国でも法規制の検討や研究が進みつつあります。また米国では暗号資産のETF(上場投資信託)承認の動きや大手金融機関の参入によって、市場の成熟が進めば準備資産としての受容性が高まる可能性も議論されています。

地政学的リスクも一因です。例えばロシアのように制裁でドル資産を凍結された国や、基軸通貨体制への不信感を抱く国々では、暗号資産を**「政治的に中立な代替資産」**として注目する向きもあります。ただし、それが直ちに中央銀行の準備に組み入れられるかというとハードルは依然高いと言えます。

おわりに

現状では、主要国の外貨準備に占める暗号資産の割合はほぼゼロであり、多くの政府・中央銀行は公式にはビットコインなどを保有していません。暗号資産はボラティリティや制度上の課題から、国の準備資産としては敬遠されているのが実情です。しかし、金融環境の変化やデジタル化の波の中で、暗号資産の位置付けについて再評価する動きも少しずつ生まれてきています。今後、中小国や特殊な状況下の国から徐々に採用例が出てくる可能性もあり、それが実績を積めば主要国が追随を検討する日が来るかもしれません。ただ当面は、各国とも安全性・安定性を最優先し、暗号資産を公式準備に加える動きは慎重であると結論付けられます。

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