「地代」の定義と支払対象
「地代」とは、土地を他者に貸し付けてその使用料として受け取る賃貸料のことです。所得税法上、個人が土地や建物を貸して得る収入は不動産所得に区分され、地代(借地料)や家賃、権利金などがこれに該当します。例えば、法人が個人から駐車場用地や営業用地として土地を借りる場合、その借主である法人が貸主である個人に支払う金銭が「地代」に当たります。
一般的に「家賃」は建物の賃貸料を指し、「地代」は建物のない土地そのものの賃貸料を指します。しかし、税務上の取扱いは基本的に土地のみの賃貸であれ建物付き土地の賃貸であれ、不動産の使用料として同様に検討されます。したがって、本回答では法人が日本国内の居住者である個人に土地の賃貸料(地代)を支払うケースについて、源泉徴収に関するポイントを解説します。
源泉徴収の適用要件と対象範囲
日本の所得税法では、一定の所得について支払者(源泉徴収義務者)が支払時に所得税を天引きし、国に納付する源泉徴収制度があります。典型例は給与ですが、それ以外にも弁護士報酬や原稿料など様々な報酬・料金が源泉徴収の対象に定められています。
**地代(不動産の賃借料)**に関して源泉徴収義務が生じるかどうかは、受取人の属性によって異なります。ポイントは次の通りです:
- 受取人が日本国内の居住者である個人の場合(本設問の前提):法人から居住者個人へ支払う地代は、実は源泉徴収の対象には含まれていません。所得税法第204条に列挙された源泉徴収対象の報酬・料金等に地代や家賃は含まれておらず、居住者個人への不動産賃料について法人は所得税を天引きする義務を負わないのが原則です。したがって、法人が国内居住者の大家さんに土地の賃貸料を支払う場合、源泉徴収は不要であり、満額を支払います。受け取った個人はその地代収入を自身の不動産所得として確定申告で申告・納税することになります。
- 受取人が非居住者(海外在住者)または外国法人の場合:この場合は取扱いが異なり、支払う側に源泉徴収義務が生じます。日本国内源泉所得としての不動産の賃貸料について、支払者は所得税及び復興特別所得税を天引きして納税しなければなりません。つまり、地主が非居住者である場合には、借主が法人であれ個人事業者であれ源泉徴収が必要です(※ただし後述の例外あり)。本設問は居住者個人が相手なので直接関係ありませんが、誤って処理しないよう留意が必要です。
- 受取人が法人の場合:貸主が法人(内国法人)であるときは、源泉徴収の規定はありません。源泉徴収は基本的に個人に対する一定の支払に適用される制度のため、賃料の支払先が法人であれば天引き不要です。その代わり、支払調書の提出義務も生じません(後述)。
まとめると、居住者である個人大家への地代支払は源泉不要、これが本ケースの前提条件です。源泉徴収が必要になるのは、「支払先が非居住者等の場合」や「(給与・報酬など)法定で定められた他の所得の場合」に限られます。事業者や経理担当者は、支払先が国内居住者の個人であるかどうかをまず確認し、それに応じて源泉徴収の要否を判断することが大切です。
源泉徴収税率と税額の計算方法
居住者個人への地代は源泉徴収不要ですが、制度の理解のため税率計算について触れます。源泉徴収を行う場合、所得税本税に加えて復興特別所得税が付加されるため、実効税率は所定の税率の**102.1%**となります。具体的には以下の通りです。
- 居住者に対する源泉徴収税率:居住者個人への報酬・料金を源泉徴収する場合、通常は**10%**の所得税を控除します。さらに、その10%に対し2.1%の復興特別所得税が加算されるため、**実効税率は10.21%**となります。例えば、源泉徴収の対象となる支払が10万円であれば、10万円×10.21%=10,210円を源泉徴収税額として差し引きます。残りの89,790円を受取人に支払うイメージです。復興特別所得税は東日本大震災からの復興財源確保のための税で、2013年~2037年まで所得税額の2.1%分が上乗せ課税されます。
- 非居住者に対する源泉徴収税率:貸主が非居住者の場合、不動産の賃貸料にかかる源泉所得税の本税率は**20%**です。ここに同様に2.1%の復興特別所得税が加算されるため、実効税率は20.42%(20%×102.1%)となります。つまり非居住者オーナーへの家賃100万円につき20万4,200円を源泉徴収する計算です。
以上の税率は法律で定められており、必要がある場合には支払者がこの率で所得税を控除しなければなりません。繰り返しになりますが、居住者個人への土地賃料支払は法定の源泉徴収対象ではないため、実務上は税率を当てはめる場面はありません。しかし、万一貸主の居住者判定に誤りがあって非居住者だった場合などは20.42%を控除しなければならないので、事前に相手の居住者/非居住者区分を正確に把握することが重要です。なお、所得税法上、地代や家賃について居住者に対しては1回の支払金額による税率の変動(100万円超部分20%課税のような措置)は規定されていません。原稿料など特定の報酬には超過部分20%課税のルールがありますが、不動産賃料の場合は非居住者か否かで税率そのものが変わる仕組みです。
源泉徴収が不要なケースとその法的根拠
源泉徴収が不要となるケースについて整理します。法人が支払う不動産賃借料に関しては、以下の場合に源泉徴収を行う必要はありません。
- 貸主が居住者である場合(本ケース):前述の通り、支払先が日本国内の居住者(個人)の地代・家賃は源泉徴収の対象外です。これは所得税法で源泉徴収すべき所得の範囲に含まれていないためであり、法的には**「列挙なきものは不要」**という形で根拠づけられます。具体的な条文名を挙げると、所得税法204条は居住者に支払う報酬・料金等で源泉徴収すべきものを列挙していますが、その中に不動産の賃借料は含まれていません。したがって、居住者大家への賃料支払いについて源泉徴収義務は及ばないのです。日常の実務でも、社宅やオフィスとして個人オーナー物件を借りても賃料の天引きは行わないのが通常であり、「源泉漏れ」には当たりません。
- 建物付きの土地(家屋)の賃貸料の場合:借りた不動産に建物があるケース、つまり建物賃貸(家賃)についても、貸主が居住者であれば源泉徴収は不要です。例えば法人が個人所有の事務所や倉庫を借り、その建物賃料を支払う場合も、税法上は前項と同様に扱われます。そもそも居住者への賃料は土地のみであれ建物付きであれ不要ですし、仮に貸主が非居住者であった場合でも一定の例外があります。所得税法の規定では、不動産の賃借料であっても借主が個人で自己または親族の居住の用に供するために借りる場合には源泉徴収を要しないと明記されています。これは主に非居住者オーナーの場合の特例ですが、裏を返せば「居住用の物件の賃料については源泉徴収という煩雑な手続きを免除する」という考え方が法的に認められていることを示しています。例えば、海外赴任中の非居住者が貸主でも、日本の借主が自分の住居用として借りる場合には家賃から税金を差し引く必要はありません。このように居住用目的の賃貸については源泉徴収が免除されるケースがあり、居住者間取引では元々不要であるため実務上も意識されないことになります。
- 貸主が法人である場合:賃料の支払先が法人の場合、源泉徴収不要であることは既に触れました。補足すると、こうしたケースでは法定調書(支払調書)の提出義務もありません。つまり、支払先が個人ではない場合、源泉徴収も情報提供も求められない点も押さえておきましょう。
以上から、法人が支払う不動産の賃貸料で源泉徴収が求められるのは**「貸主が非居住者または外国法人」であるケースに限定**されます。それ以外(貸主が居住者個人、または法人)の場合は、土地のみの地代であろうと建物付きの家賃であろうと、原則として所得税の天引きは不要です。法的根拠は所得税法204条および212条等に基づくもので、国税庁のタックスアンサーでも「不動産の賃借料の支払について、居住者への支払には源泉徴収の必要がない」旨の説明がなされています。経理担当者は、「家賃や地代=必ず源泉徴収」ではない点を誤解しないよう注意してください。
源泉徴収に関する実務処理(控除手続・納付期限・支払調書など)
源泉徴収が必要な場合の実務処理と、必要ない場合でも求められる手続きについて整理します。
- 支払時の控除と納付:源泉徴収が必要な支払いでは、支払者は報酬・賃料の支払額から所定の所得税額を天引きし、差し引いた後の金額を受取人に支払います。控除した源泉所得税は、原則としてその源泉徴収を行った月の翌月10日までに税務署に納付する義務があります(納付期限が土日祝日の場合は翌営業日)。例えば12月分の家賃から源泉徴収した場合は翌年1月10日までに納付します。納付の際は所定の源泉所得税の納付書を用い、税額と対応する支払年月などを記載して金融機関経由で納付します。中小事業者で源泉徴収額が少額の場合、税務署長の承認を受けて**納期の特例(年2回まとめて納付)**を適用することも可能です。この特例を利用すると1月~6月分を7月10日までに、7月~12月分を翌年1月20日までに納付すればよくなります(資金繰り上、有利になる措置ですが、適用には届出が必要です)。
- 源泉徴収しない場合の支払い:本件のように源泉徴収が不要な場合、法人は賃料全額をそのまま個人に支払います。経理処理上は、支払った賃料全額を経費(地代家賃等)として計上し、源泉税預り金等の仕訳は発生しません。貸主側の個人は源泉徴収されていないため、確定申告でその地代収入に対する所得税を自分で計算・納付することになります。法人としては源泉税の納付手続きは不要ですが、誰に対しても全て源泉不要というわけではない点に留意が必要です。賃貸期間中に貸主が非居住者へ転居した場合など状況が変われば、その時点から源泉徴収義務が生じる可能性があります。その際は賃貸契約の相手方に変更がないか(住所変更や国外転出の有無など)適宜情報を得て、必要なら契約条件(税負担の取決め等)を見直すことも検討してください。逆に、誤って源泉徴収してしまった場合は、貸主が居住者で源泉不要だったなら速やかに満額支払うよう是正し、万一税務署に納付済みなら貸主と相談の上で適切な対応(貸主が確定申告で過誤納の還付を受ける等)を取る必要があります。
- 支払調書の作成・提出:源泉徴収の要否にかかわらず、法人が個人に地代や家賃を支払った場合は法定調書(支払調書)の提出義務が生じる点にも注意しましょう。具体的には、「不動産の使用料等の支払調書」という様式を毎年作成し、所轄税務署に提出します。提出が必要となるのは、同一の個人に対し年間15万円超の賃料を支払った場合です。月額換算で1万2千5百円を超えるような賃料なら年間15万円を超えますので、実務上ほとんどの賃貸契約が対象になるでしょう。支払調書には、貸主である個人の氏名・住所、支払金額、源泉徴収税額(今回のケースでは0円)などを記載します。これを支払年月日が属する年の翌年1月31日までに、「法定調書合計表」とともに提出する必要があります。例えば、令和6年中(1月~12月)に地代を支払った場合は令和7年1月31日までに令和6年分の支払調書を提出します。提出先は支払事務所等の所在地を管轄する税務署です。 提出漏れや記載誤りがあると、源泉徴収が不要なケースでも罰則(過怠税)が科される可能性がありますので注意してください。なお、支払調書は税務署提出用の書類であり、原則として受取人本人に交付する必要はありません(源泉徴収票とは異なります)。法人間取引のみで賃料を支払っている場合はこの調書提出自体が不要となります。
- 関連法令や通達の参照:実務を正確に行うためには、根拠となる法令等を把握しておくことも有用です。居住者への地代に源泉徴収義務が無いことは前述の所得税法204条によります。また、非居住者への賃料について源泉徴収義務を課しているのは所得税法212条および所得税基本通達212-4などで、「源泉徴収を要しない居住用土地建物等の貸付けによる対価」として居住用物件の例外規定が置かれています。国税庁のタックスアンサーや質疑応答事例などにも同趣旨の解説があり、源泉徴収漏れを指摘されがちなケースとして非居住者オーナー物件の家賃が挙げられています。経理担当者は、「誰に支払う何の対価か」に応じて源泉徴収の要否を判断し、不明点があれば税務署や税理士等に確認することが肝要です。
以上の点を踏まえ、法人が居住者である個人に土地の地代を支払う場合は原則として源泉徴収不要ですが、支払調書の提出など忘れてはならない事務があります。また、取引相手の属性変更(居住者→非居住者など)や契約内容の変化にも注意を払い、適切に源泉税務を処理してください。法律に則った正しい手続きを行うことで、事業者として余計な税務リスクを負わずに済みます。
以下に、法人が日本の居住者である個人に土地の地代(賃貸料)を支払う場合の源泉徴収制度についての要点を簡潔にまとめます:
◆ 要約:法人が居住者個人に支払う地代と源泉徴収の関係
✅ 1. 基本原則
- 居住者個人への地代支払には、原則として所得税の源泉徴収は不要。
- 所得税法第204条に地代は列挙されておらず、源泉徴収対象外。
✅ 2. 源泉徴収が必要となる例外
- 支払先が非居住者(海外在住の個人)または外国法人の場合:
→ 原則 20.42%(所得税20%+復興特別所得税) を天引きして納付が必要。 - **個人でも非居住者化した場合(例:海外転居)**は、源泉義務が発生。
✅ 3. 実務上の注意点
- 源泉徴収が不要でも、「不動産の使用料等の支払調書」の提出が必要(年間15万円超の場合)。
- 誤って源泉徴収してしまった場合は、受取人が確定申告で還付申請可能。
✅ 4. よくある誤解
- 「家賃=源泉徴収が必要」と混同しがちだが、賃料は一般的に対象外。
- 居住用不動産の賃料支払でも、貸主が非居住者の場合は源泉対象になる点に注意。
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