所得区分(給与所得・譲渡所得 等)
親会社の取締役が子会社の株式に係るストックオプション(新株予約権)の付与を受け、その権利行使によって利益を得た場合、その利益は一般に給与所得として扱われます。これは、ストックオプションが子会社に対する役務提供(例えば経営支援や監督など)への対価とみなされるためです。具体的には、権利行使時における利益(行使時の時価から権利行使価格を差し引いた差額)が給与所得(またはこれに類する所得)となります。
一方、株式を譲渡(売却)した時に生じる利益は、通常どおり**譲渡所得(株式譲渡益)**として扱われます。つまり、ストックオプション行使後に取得した子会社株式を売却して利益が出た場合、その売却益は譲渡所得(分離課税)となります。
補足: 仮にストックオプションの付与が雇用契約等によらず行われ、職務の対価と認められない特殊な場合には、その行使益が雑所得として扱われるケースもあります。しかし、親子関係に基づき付与されるストックオプションは通常、何らかの役務提供と関連づけられるため、基本的には給与所得課税の対象と考えるのが一般的です。
課税タイミング(付与時・行使時・譲渡時)
ストックオプションに対する課税のタイミングは、付与時・権利行使時・譲渡時の3つの段階に分かれます。それぞれ以下のような取扱いとなります。
- 付与時(ストックオプション付与時): 通常、この時点では課税関係は発生しません。新株予約権が無償で付与された場合でも、多くのストックオプション契約は譲渡制限や行使制限が付いているため、付与時点では経済的利益が確定しておらず、所得税の対象にならないのが一般的です。
- 権利行使時(株式取得時): 税制非適格ストックオプションの場合、権利行使時に課税が行われます。具体的には、行使時点の株式の時価と権利行使価格(購入価格)との差額に相当する経済的利益が、その年の所得になります。前述のとおりこの利益は通常「給与所得」として課税され(累進課税の対象)、所得税・住民税の課税対象となります。一方、税制適格ストックオプションに該当する場合には、権利行使時には課税されません(行使益は課税を繰り延べ)。
- 譲渡時(株式売却時): 子会社株式を売却した時点で利益が出れば、その売却益に課税されます。これは譲渡所得(株式の譲渡による所得)として分離課税され、原則20.315%(所得税15%+復興特別所得税及び住民税5%)の税率が適用されます。税制適格ストックオプションの場合、この譲渡時の課税が初めての課税ポイントとなり、行使から譲渡までの全利益が譲渡所得課税されます。税制非適格の場合は、**権利行使時に課税済みの部分(行使時点までの値上がり益)**は譲渡所得の計算上、取得費として考慮され、行使後から譲渡までの値上がり益のみが譲渡所得課税の対象となります。
親子関係が与える影響(役務提供の対価等)
親会社と子会社の関係自体は、ストックオプションの所得税上の基本的な課税構造に直接の変更を与えるものではありません。つまり、「親会社の役員が受けた場合」であっても、「子会社の役員・従業員が受けた場合」と比べて課税上の根本的な違いはありません。重要なのは、そのストックオプションがどのような関係にもとづいて付与されたかです。
- 役務提供の対価としての位置づけ: 子会社から見ると、親会社役員へのストックオプション付与は、子会社の業務に対する何らかの貢献や役務提供への対価と考えられます。例えば、親会社役員が子会社の経営指導やグループ全体の戦略策定に関与している場合、その報酬として子会社株式のストックオプションを付与することがあります。このように雇用契約またはそれに類する関係に基づいて付与されたと認められる場合には、前述のとおり行使益は給与所得として課税されます。親会社所属か子会社所属かにかかわらず、「業務に対する報酬」と位置付けられる限り課税関係は同様です。
- 費用計上や損金算入(法人税): なお親子関係に関連して企業側の取扱いを補足すると、子会社が親会社役員にストックオプションを付与した場合、そのストックオプション費用を子会社側で役務提供に対する費用(役員報酬等)として計上できるか、といった論点があります。会計基準上は、親会社の役職員へのストックオプション付与も**「グループ全体の報酬制度」として位置づけられ、子会社が受けた役務の対価と考えられるケースでは子会社の費用計上が認められます。ただし税務上は、親会社役員に対するストックオプションが子会社の業務への対価であることを明確にしておく必要があります。そうでないと、子会社側で損金算入できない恐れや、取扱いによっては子会社から親会社への経済的な利益供与(寄附金や利益配当的な扱い)**とみなされるリスクも考えられます。親子間取引ゆえに税務上不当に利益移転が行われたと疑われないよう、適切な契約関係・役務提供事実の整備が重要です。
- 雇用関係の有無: 親会社の取締役は通常子会社の従業員ではありません。そのため形式上は子会社との雇用契約はなく、「使用人でも役員でもない外部者」にストックオプションを付与する形になります。ただし上記のとおり、実質的に子会社の業務に貢献している場合は「雇用に類する関係」と評価されることが多いです。一方で、もし子会社との関係が薄く純粋な外部者へのインセンティブ付与と判断される場合には、権利行使益を給与所得ではなく事業所得または雑所得として扱う余地もあります(税務当局が職務関連性が低いと判断したケースなど)が、実務上は親会社役員への付与であってもグループ内の報酬とみなして給与課税するのが通常です。
税制適格ストックオプションの適用可否
税制適格ストックオプションとは、一定の要件を満たすストックオプションについて、所得税の課税を優遇する制度です。適格ストックオプションに該当すると、前述のとおり権利行使時には課税されず、株式売却時に譲渡所得として一度だけ課税されます(税率20.315%の分離課税)。給与課税(累進課税)が生じないため、受益者にとって大きなメリットがあります。
しかし、親会社役員が子会社株式のストックオプション付与を受けたケースで、この適格ストックオプション制度を利用することは通常困難です。主な理由は付与対象者に関する要件です。
- 付与対象者要件: 租税特別措置法第29条の2では、税制適格ストックオプションの対象者は「発行会社(オプションを発行する会社)およびその子会社の取締役、執行役、使用人」であることが求められています。今回のケースでは、ストックオプションを発行するのは子会社です。その子会社自身およびその子会社が有するさらに下位の子会社の役職員は対象になり得ますが、親会社の役員(=発行会社から見れば親会社側の人間)はこの定義に含まれません。したがって、親会社取締役という立場のみで子会社から付与されるストックオプションは、制度上「税制適格」と認められないのが原則です。
- 大口株主・特別関係者の除外: 適格要件には他にも、大口株主やその特別関係者には付与しないことという条件があります。親会社の取締役は、子会社に対して直接株式を持っていないとしても、親会社自体が子会社の大株主であるケースが大半です。その親会社を代表・管理する立場の取締役に株式を渡すことは、広義には大口株主側への利益供与とみなされる可能性があります。この点からも、適格ストックオプションの趣旨に合致せず、対象外となる可能性が高いでしょう。
- その他の要件充足の難しさ: 税制適格ストックオプションには、権利行使期間が付与決議日から2年超〜10年以内であること、権利行使価格が発行時の時価以上であること、年間の発行限度(権利行使価額の合計)、権利の譲渡禁止、無償発行であること等、さまざまな条件があります。これらは親会社役員への付与であっても技術的には満たすことはできますが、上記の付与対象者要件をクリアできない以上、基本的には税制適格制度の恩恵は受けられません。したがって、親会社役員が受ける子会社株式オプションは税制非適格ストックオプションとして取り扱う前提で、税務計算や手続きを進める必要があります。
例外的なケース: 近年の法改正により、スタートアップ支援策として社外の協力者に付与するストックオプションでも一定の条件下で税制適格扱いが認められる制度が設けられました(令和元年改正の「中小企業等経営強化法」に基づく認定制度)。これは社外の専門人材(高度人材)に対し新事業開拓へ貢献してもらう場合などに、ストックオプションを報酬として付与するものです。もし親会社役員が単に親子関係というだけでなく、子会社の新事業に専門的貢献をする外部人材という位置づけに該当し、かつ子会社が所定の認定計画を取得するようなケースでは、この特例により税制適格ストックオプション扱いとする道も理論上はあり得ます。ただし非常に要件が厳しく実務上レアなケースであり、通常の親子会社間では適用困難です。
税務上の留意点・課税リスク
親会社役員が子会社ストックオプションを得る場合、以下のような税務上の注意点や課税リスクがあります。
- 権利行使時の税負担とキャッシュフロー: 税制非適格ストックオプションでは、権利行使益に対して給与所得課税が行われます。この課税は株式売却を待たずに発生するため、現物所得に対する現金納税という問題が生じます。特に未上場子会社の株式の場合、行使後すぐに売却して資金化することが難しいケースもあり、行使益に対する所得税・住民税(累進税率最大約55%)を納付するためのキャッシュが手元に必要となります。株価が大幅上昇していると税額も多額となるため、税負担先行のリスクに注意が必要です。最悪の場合、株価変動で後に株式価値が下落しても、一度納めた税金は戻ってこないため、慎重な計画が求められます。
- 源泉徴収義務: 給与所得として課税される場合、原則としてその支給者(ストックオプションを付与した子会社)には源泉徴収義務が生じます。ところが親会社役員は子会社の従業員ではないため、子会社側で日常的な給与支給の経理経路が無いケースがあります。ストックオプション行使時には、子会社はその経済的利益相当額について給与支給とみなし、所得税を源泉徴収・納付しなければなりません。適切に源泉徴収・支払調書の提出等を行わないと、子会社に対して源泉徴収漏れによるペナルティや追徴課税のリスクが生じます。親会社役員本人も、自身で確定申告を行い不足税額を納める義務があります。
- 税制適格要件を満たさないことによるリスク: 万一、ストックオプション制度の設計誤りや誤解により「適格ストックオプションのつもりでいたが、要件を満たしておらず非適格だった」という事態になると、当初想定より早期に大きな税負担が発生する恐れがあります。親会社役員への付与は上述のとおりほとんどの場合非適格扱いとなるため、税負担タイミングについて誤った前提で進めないよう留意が必要です。適格要件を満たさない場合は権利行使時課税となる点を踏まえ、事前に行使時の株価見通しや税額試算を行っておくことが望ましいでしょう。
- 株価評価と時価算定の留意点: 非上場子会社株式のストックオプションでは、権利行使時の“時価”をいかに適正に評価するかも重要です。この評価額が課税対象額を左右します。税務上、著しく低い評価であった場合、後日税務調査で指摘され評価額を引き上げられるリスクがあります(結果として行使益が増え追徴課税)。親会社役員への付与であっても他の従業員への付与と同様、公正な時価算定を行い、税務リスクを軽減することが求められます。
- 法人間取引・利益移転リスク: 子会社が親会社役員に有利な条件で新株予約権を発行することは、グループ内の資産移転とみなされる可能性もあります。例えば、子会社が親会社役員に極端に低い行使価額で大量のオプションを付与した場合、子会社の企業価値が親会社側の個人に移転したと税務当局に見做され、子会社側で寄附金認定(損金不算入)されたり、最悪の場合親会社へのみなし配当や役員賞与問題など、グループ内の不透明な利益移転と指摘されるリスクがあります。適正な発行数・行使価額で、適切な手続きを経て付与することが大前提です。
以上の点を踏まえ、親会社役員に対する子会社株式ストックオプションは、グループ全体の報酬戦略として有効である一方、税務面では非適格扱いによる課税タイミング・税率の違いや手続上の注意点があることに十分注意する必要があります。
まとめ(要約)
親会社の取締役が子会社株式のストックオプションを受け取った場合、その行使益は基本的に給与所得として課税され、株式売却益は譲渡所得となります。付与時には通常課税されず、税制非適格ストックオプションとして扱われるケースでは行使時に給与課税、売却時に譲渡課税が発生します。親子会社の関係だからといって特別な非課税措置があるわけではなく、原則として他の従業員へのストックオプションと同様の課税関係です。ただし、親会社役員は発行会社の従業員等ではないため税制適格ストックオプションの恩恵は受けにくいことに注意が必要です。総じて、本件では行使時課税に伴うキャッシュフロー計画や源泉徴収など実務手続に留意しつつ、制度設計・運用を行うことが重要となります。
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