国外転出(贈与等)時課税における取得価額と贈与者・受贈者の申告義務の比較

定立:贈与者に課される申告義務と取得価額の扱い

国外転出時課税(出国税)の制度では、贈与者(資産を移転する側)に対して主たる確定申告義務が課されています。具体的には、対象資産(時価合計1億円以上の有価証券等)を有する居住者が非居住者へ資産を贈与した場合、贈与者は贈与を行った年の確定申告期限までに、その贈与による含み益を譲渡所得等に含めて申告・納税しなければなりません。この申告により、贈与者はあたかも贈与時に資産を時価で譲渡したものとみなされ、未実現のキャピタルゲインに所得税(及び復興特別所得税)が課されることになります。制度創設の背景には、富裕層が資産を国外に移転することで将来の課税を逃れることを防止する目的があります。したがって、日本から資産が流出する時点(国外転出や海外居住者への贈与時)で課税を確実にし、課税逃れを防ぐために贈与者側に申告・納税を義務付けているのです。

贈与者が適切に申告・納税を行った場合、その取得価額(取得費)の扱いにも特例が及びます。国外転出時課税の適用により贈与者が確定申告書を提出し課税関係が確定した後は、受贈者が取得した資産の取得費(コスト)は贈与時の時価として扱われます。これは贈与者が申告した際に算定した評価額(時価)で資産の簿価を“洗い替え”することを意味し、贈与者側で含み益に課税した分については、受贈者側で将来重ねて課税されないよう調整する趣旨です。要するに、贈与者に課された申告義務を果たすことで課税が一度完結し、受贈者に資産が引き継がれた後はその課税済み評価額が新たな取得価額として認められる仕組みになっています。これにより、贈与者に課税するという政策目的と、資産を引き継ぐ受贈者の公平(重複課税の回避)とを両立させています。

反定立:受贈者による申告・取得価額確定の視点

一方で見解によっては、受贈者(資産を受け取る側)こそが取得価額を確定するための申告を担うべきとの考え方も考察できます。贈与により資産を取得した受贈者は、将来的に当該資産を譲渡・処分する際に課税関係に入る可能性があります。その際には取得価額が課税所得計算の基礎となるため、本来受贈者自身が取得時価を税務当局に申告し確定させる方が理に適うのではないか、という議論です。また日本の贈与税制においては、贈与税は原則として受贈者(財産を受け取った者)が申告・納税する建前になっています(贈与税法の規定による)。この観点からすると、出国税における資産移転の場合にも、受贈者側で何らかの届出や申告を課し、取得価額や受贈事実を明確にさせる選択肢もあり得たと言えます。

しかし、現行制度では受贈者に対して国外転出時課税に関する特別な確定申告義務は直接には課されていません。受贈者が非居住者であるケースが多く(制度の適用要件自体が「国外に居住する親族等への贈与」であるため)、日本の課税当局が受贈者に申告を求めても実効性に乏しいことが背景にあります。そこで制度設計上、受贈者の納税・申告に依拠せず、贈与者側の申告によって課税と取得価額の調整を完了させる形が採られています。その結果、受贈者は贈与時点では特に所得税の申告を要しないものの、将来その資産を譲渡する際に課税関係が生じれば、贈与時の時価を取得費として申告に反映できることになります。仮に贈与者側で国外転出時課税の申告がなされなかった場合には、受贈者が後日その資産を譲渡した際の取得費は従来通り贈与者の元本(当初取得価額)に据え置かれることになります。つまり、受贈者の立場から見ると、贈与者が申告を果たしたか否かで自らの取得費に大きな差異が生じる仕組みであり、本来受贈者自身が関与すべき取得費の確定が贈与者の申告手続に委ねられているとも言えます。この点に着目すれば、「受贈者による申告で取得価額を確定すべきではないか」という反定立的な見解も一理ありますが、次項の統合的考察で見るとおり制度全体の整合性の中で調和が図られています。

統合:制度趣旨に基づく総合的理解と両者の役割

贈与者・受贈者それぞれの視点を踏まえると、現行の国外転出時課税制度は両者の役割分担を政策目的に沿って統合的にデザインしていることがわかります。すなわち、課税逃れ防止の観点から課税を担保しやすい贈与者側に申告・納税義務を負わせつつ、受贈者側には取得価額調整という形で配慮を施すバランスになっています。贈与者は自身の申告によって出国税相当の所得税を納め、資産移転に伴う納税責任を完結させます。その代わりに受贈者は将来の譲渡課税で不利とならないよう取得費の引上げ(ステップアップ)を受けられるわけです。この仕組みにより、一度生じた含み益について必ず一度は日本で課税される(贈与者が申告・納税するか、あるいは未申告なら受贈者譲渡時に課税され得る)状態を確保しつつ、同じ利益に二重の課税が及ぶことも防いでいます。制度の趣旨である「資産の国外流出による課税漏れ防止」と「適正課税の確保」を、贈与者・受贈者のそれぞれに適した手続で達成していると言えるでしょう。

さらに制度には、一定の要件下で課税関係を見直す救済規定も設けられています。例えば、受贈者が贈与後5年以内に日本に再居住(帰国)した場合、贈与者は当初適用した国外転出時課税を**なかったことにする申告(課税の取消し請求)**が可能です。これは、本来課税逃れの懸念があった資産移転について、その資産が結局国内の課税範囲にとどまった(再び居住者の手に渡った)場合には、課税を事後的に撤回し納税額を取り戻せる措置です。この点でも、制度は単に課税強化するだけでなく、実態に応じて贈与者・受贈者双方の負担を調整し、公平を期しているといえます。贈与者が負う申告義務と受贈者の取得価額調整措置は表裏一体であり、両者を統合的に運用することで、課税の実効性と二重課税排除の公平性が両立されています。

まとめ

  • 贈与者の申告義務:国外転出時課税(贈与の場合)の適用を受ける贈与者は、贈与を行った年分の確定申告までに含み益に対する所得税を申告・納付する必要があります。これは資産の国外流出による将来課税の封じ込め策であり、出国時点で課税を確定させる趣旨です。
  • 受贈者の申告と取得価額:受贈者には特段の確定申告義務は課されませんが、贈与者が申告を行った場合には贈与時の時価が取得価額として認められ、将来の譲渡所得計算で活用できます(贈与者が申告しなかった場合は取得価額の引上げなし)。受贈者への申告義務を課さないのは、非居住者である受贈者から適正に徴税することが困難なためであり、代わりに贈与者側の申告手続によって受贈者側の税負担も調整する制度設計となっています。
  • 制度趣旨の反映:以上のように、贈与者・受贈者それぞれに異なる役割を持たせることで、出国税制度の政策目的(課税逃れ防止と課税公平の確保)を実現しています。贈与者の申告により日本の課税権を確保しつつ、受贈者には取得価額調整を通じて二重課税の回避と課税の一貫性が担保される点に、この制度の弁証法的統合が現れています。各当事者の申告要件にはそれぞれ明確な趣旨があり、結果的に実務上も法制度上も齟齬なく機能する枠組みとなっています。

参考文献(国税庁):国外転出時課税に関する所得税法の規定・通達やQ&A等および制度導入趣旨の解説など。各種国税庁タックスアンサーやFAQも参照。なお、必要に応じ贈与税の申告(受贈者による)は通常の制度に従い検討されますが、本稿では所得税上の国外転出時課税に焦点を当てています。

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