序論
中国とロシア(以下「中露」)が近年急速に金(ゴールド)準備を積み増しつつ、その詳細を公表しない姿勢を示しています。その背景には、世界経済におけるドル基軸体制への挑戦や、制裁リスクへの備えなどがあると指摘されています。しかし本稿では、この現象を単なる経済政策に留まらず、ヘーゲル的・マルクス主義的な弁証法の視点から分析します。すなわち、「支配的なドル体制」と「対抗的な金戦略」という矛盾する力の対立がどのように展開し、新たな秩序(止揚)へと向かう可能性があるのかを論じます。また、情報を秘匿するという否定的行為そのものが戦略上持つ意味や、隠蔽と顕在化のダイナミクスにも焦点を当て、中露が置かれた歴史的・地政学的文脈と結びつけて考察します。
以下では、理論的な抽象(ヘーゲル哲学やマルクス経済論の概念)と現実的な事例(国際金融の動向や中露の政策)の間を行き来しながら、論理的に展開していきます。
ドル基軸体制への対抗戦略としての金保有
第二次大戦後のブレトンウッズ体制以降、米ドルは世界経済の基軸通貨(World Money)として君臨し、米国はその発行特権による莫大な恩恵(いわゆる**「法外な特権」)を享受してきました。1971年のニクソン・ショックで金とドルの兌換が停止された後も、ドルは依然として普遍的な価値尺度・決済手段として機能し続け、各国は貿易決済や外貨準備のためにドルを蓄積してきました。しかし、このドル覇権体制こそが現代の帝国主義的支配構造であるというのがマルクス主義経済学者の視点です。周辺国が対外準備としてドル資産(米国債など)を積み上げることは、実質的に周辺から中枢(米国)への富の移転であり、自国経済の発展よりも低金利の米国債購入に資金を充てざるを得ない構造は「従属的金融化」の表れとされます。ここには国家間の経済的主従関係という矛盾**が横たわっています。
こうした支配構造への対抗戦略として、中露は「金の保有」という手段に活路を見出しています。金は歴史的に**「世界貨幣」の地位を持ち、いかなる信用主体にも依存しない普遍的価値を有する資産です。米ドルという一国通貨が世界貨幣を代替することには内在的な不安定性と矛盾**が伴います。それはドルが本来商品(価値の実体)ではなく信用であるためで、過剰発行や信用収縮による価値変動のリスクが常に存在するからです。現にアメリカの対外債務拡大や量的緩和によるドル価値の希薄化は、各国にドル離れの動機を与えています。ヘーゲル哲学の用語で言えば、ドル基軸という「正」に対し、金本位回帰的な動きが「反」として現れている状況です。
特に中国とロシアは近年、**脱ドル化(de-dollarization)**の文脈で世界最多規模の金購買を進めており、過去20年の公式統計上でも両国で全世界中央銀行の金購入量の約半分を占めています。ロシアは2014年以降(クリミア制裁以降)大量の金を買い増し、公式保有高を2,000トン超へ押し上げ世界第5位の金保有国となりました。一方、中国も世界最大の産金国かつ輸入国でありながら、中央銀行(中国人民銀行)による金保有量の公式発表は控えめで、実際には公表値を大きく上回る金を蓄えている可能性が指摘されています。一部の分析では、「中国の実際の保有高は公式発表(現在約2,100トン)の数倍、場合によっては米国(8,000トン超)に匹敵しうる」とすら言われます。このように、中露は表向きドル資産を減らし金の比重を高めることで、ドル体制への依存を体系的に減らす戦略を取っているのです。
マルクス主義的に見れば、これは資本主義的世界秩序の内的矛盾への挑戦と捉えられます。すなわち、ドルという他国通貨を基軸に据える現行秩序(帝国主義的金融構造)に対し、自立的な価値尺度としての金を蓄えることは、その矛盾を突き破る試みです。ヘーゲル流に言えば、支配的な「定立」に対する「反定立」としての動きであり、やがて訪れるかもしれないドル中心体制の揺らぎに備えた新たな総合(ジンテーゼ)への模索でもあります。実際、両国は将来的にドル一極支配から多極的通貨体制への移行(例えば自国通貨やBRICS諸国による通貨バスケット、そして金を含む形での価値担保)の可能性を見据えているとされます。この点で金の保有は、単なる資産防衛に留まらず、世界経済の覇権構造に対する挑戦的意思の表明と位置付けられます。
金融資本と実体経済・国家主権の矛盾
中露の金戦略を読み解く上では、現代資本主義に内在する「金融資本と実体経済の乖離(かいり)」という矛盾も重要です。マルクス経済学は、資本主義の発展に伴い資本が産業資本(生産を通じて剰余価値を生む部門)から金融資本(貨幣や信用取引によって利潤を追求する部門)へと肥大化するにつれ、しばしば**「虚構資本(fictitious capital)」**の膨張が実体経済との不均衡をもたらすと指摘します。現代のドル体制下では、巨額のドル建て資本移動やデリバティブ取引が世界中を駆け巡り、各国の通貨・金融はグローバルな投機資本の影響を強く受けます。これは一方で米国を中心とする金融資本の利益には適っていますが、他方で各国の実体経済や国家主権との間で深刻な緊張を生みます。
例えば、新興国は自国通貨ではなくドル建てで資金調達せざるを得ないため、米連邦準備制度(FRB)の政策ひとつで資本流出や通貨危機に見舞われます。1980年代のラテンアメリカ債務危機や1997年のアジア通貨危機は、まさにドル高・ドル不足というグローバル金融要因が引き金となり、実体経済を破綻寸前に追い込みました。各国がこうした危機を防ぐためには、大量の外貨(主にドル)準備を保持しなければならず、それ自体が国内投資機会の損失につながります。ここに**「金融の論理」と「生産・国家の論理」**の矛盾が存在します。
中露はまさにこの矛盾を痛感してきた国々です。ロシアは自国経済を守るため、エネルギー収入で得たドルをせっせと積み上げていましたが、2014年のクリミア併合以降に西側の経済制裁に直面し、ドル資産凍結のリスクが現実味を帯びました。これを契機にロシアはドル建て資産の比率を下げ、手元に残せる金現物の保有に注力します。同様に中国も、2008年の金融危機後に米国債をはじめとする巨額のドル資産を抱えることへの不安を募らせました。近年では米中対立や台湾問題を背景に、米国がいずれ中国の外貨資産をも制裁凍結する可能性が議論されています。このような脅威に対し、**「国家主権の最後の拠り所」**として浮上するのが金です。
金は**「他国の信用」に依存しない唯一の国際準備資産です。極論すれば、金さえ保有していれば、どの国との間でも価値を交換できるため、自国通貨が信用されなくとも物資調達が可能になります。また金そのものは他国の金融制裁によって没収・凍結されにくい資産です(もっとも保管場所によってはリスクがありますが、中露は金を国内保管する体制を強化しています)。米ドルやユーロのような通貨資産は、発行国(米・欧)の意思で国際決済網(SWIFTなど)から排除されたり価値を凍結されたりする危険がありますが、金現物はそうした他者依存性(対カウンターパーティーリスク)から自由なのです。2022年にロシア中央銀行の外貨準備の一部が実際に凍結されると(約3,000億ドル規模)、それは全世界に「国家の外貨準備さえ政治的武器化され得る」という前例を示しました。中国にとっても他人事ではなく、「ならば凍結不能な金を蓄えるしかない」**との戦略的判断が働いたと考えられます。
さらに、金へのシフトは長期的には自国通貨の信認強化にもつながります。ロシアはルーブル防衛のため金とのリンクを活用した例もありますし、中国も将来的にデジタル人民元や通貨バスケット制度に金を組み入れる可能性が取り沙汰されています。これは金融資本主導の国際通貨秩序に対し、「実物資産による裏付け」という実体経済の論理で応答する動きです。マルクス主義の視点では、資本主義の矛盾はやがて爆発的に表面化し新たな質への転化が起こるとされます(量から質への転化)。過剰なドル供給や債務膨張という矛盾が臨界点に達したとき、金という実物価値の存在が通貨システム再編の触媒になる可能性があります。その意味で、中露の金蓄積はグローバル金融の矛盾に対する「否定的な対抗」であり、同時に将来の基軸通貨の在り方を巡る構造転換の一契機といえます。
情報秘匿の戦略的意味:否定性と反転
興味深いのは、中露が金を買い増す際に取っている情報秘匿の戦術です。中国人民銀行やロシア中央銀行は、金準備を公式に更新する際に意図的なタイムラグや過少報告を行うことで知られています。例えば中国は2009年と2015年に突如それまで非公表だった数百トン単位の増加を公表して市場を驚かせました。またロシアも、ウクライナ侵攻後は月次の金準備データの公表を停止し、市場に対して真の保有量を明かさない態度を取りました。**「買っているが報告しない」**というこの姿勢は一見すると不透明で奇異にも映りますが、そこには緻密な戦略的計算が存在します。
第一に、市場への影響抑制です。大量の金購入を公表すれば金価格が急騰し、自国にとって不利な価格で買わざるを得なくなる可能性があります。情報を伏せておけば、市場価格を過度に押し上げずに安値で着実に買い増しできる利点があります。実際、中国人民銀行がロンドン市場で行う秘密取引では、金を**「非通貨用(金)」として輸出入統計上カウントしない工夫すら行われています。英国から中国への金の移送時に書類上は民間向けの「非貨幣用地金」とし、中国に届いた後に中央銀行の金庫に組み入れることで、公式統計上は購入を小さく見せつつ実際には備蓄を増やすという巧妙な手段です。この情報の秘匿という「否定」**を通じて、彼らは市場を鎮静し(価格高騰という反作用を抑え)、静かに目的を達成しているのです。
第二に、地政学的・外交的な配慮です。仮に中国やロシアが急激に金準備高を公表すれば、ドル体制への露骨な挑戦と見なされ、米国をはじめとする西側諸国の警戒心を必要以上に煽る恐れがあります。ドルの信認低下につながる動きを公然と示せば、金融制裁や資本規制などさらなる圧力を招くかもしれません。情報秘匿はカモフラージュとなり、相手に反撃の機会を与えずに既成事実を積み上げる効果があります。これは孫子の兵法で言う「兵不在勇,勇在謀(戦いは勇ましさでなく謀略による)」にも通じ、「意図を隠しつつ目的を遂行する」戦略の一環と言えます。
第三に、心理的効果とネガティブ・パワーの活用です。ヘーゲル哲学では、「否定的なものの力」が強調されます。つまり、何かを「存在しないものとする(否定する)」行為が、新たな現実を産み出す原動力となるのです。中露が金購入の事実を伏せることは、表面的には「何も起きていない(存在しない)」状態を装う否定的行為ですが、その蓄積された否定はやがて既存秩序の転覆につながる正反対の結果(反転)をもたらし得ます。弁証法的には、現状への否定(negation)が一定限度を超えると、それ自体がひとつの力として顕在化し、状況をひっくり返す契機となるのです。中露の秘密裏の金蓄積も、長い否定のプロセスを経て、ある臨界点で「ドル支配からの転換」という肯定的結果(否定の否定の止揚)が現れる可能性があります。
具体例として、ロシアは2022年の経済制裁下でルーブル暴落に見舞われた際、金の存在をテコに状況を反転させました。中央銀行が一定価格で金を買い取ると宣言しルーブルと金の交換比率を事実上保証した結果、ルーブル相場は急速に安定を取り戻しました。これは、それまで蓄えていた金(隠されていた力)を部分的に公開し通貨価値の裏付けに用いた例です。まさに潜在していたものを顕在化させて矛盾を乗り越えた瞬間でした。同様に、中国もいざという時には秘蔵の金準備を公表し、自国通貨や金融システムへの信認を劇的に高めるカードを持っていると考えられます。実際、「中国は非常時に備え5,000トン超の金を隠し持っている」との報道もなされています。こうした隠された力は、平時には否定性として水面下に留まりますが、有事には一挙に表面化して現状を覆す革命的契機となり得るのです。
情報秘匿という行為には、他にも情報非対称性の演出という側面があります。相手(米国や市場)が自分たちの真の力を正確に把握できなければ、対応策を講じづらくなります。これは一種のパワーゲームであり、「知らしめないこと」が「力」となる逆説です。マルクス主義的に言えば、支配階級(ここでは米主導の国際金融勢力)は自らに有利なルール(透明性や国際機関への報告)を押し付けますが、被支配側はそのルールを意図的に破る(否定する)ことで独自の行動空間を確保します。中露の金購入秘匿は、このような支配への抵抗の一形態とも位置付けられるでしょう。
隠蔽と顕在化の運動:弁証法的構造
以上の議論を踏まえると、中露の金戦略には**「隠蔽から顕在化へ」という一連の弁証法的運動が潜んでいることが浮かび上がります。ヘーゲル流に言えば、ある現象(ここでは金の大量保有)が本質(Wesen)としては進行しているのに、それが現象(Erscheinung)**のレベルでは隠されている状態が続いているのです。しかし本質と現象の乖離も永遠には続かず、やがて本質は自己を現象界に現し統一される(本質の顕在化)局面が訪れます。このプロセス自体が弁証法的発展です。
現在、金蓄積という本質は伏流となってグローバル金融秩序の水面下にあります。しかしその流れは日増しに勢いを増しつつあり(中央銀行の金購入量はここ数年で倍増しています)、表層では依然ドル体制が支配的に見えても、深層では新たな価値原理(多極・実物裏付け)の胚芽が成長しています。この潜勢力が一定の質的転換点に達すれば、隠されていたものが一挙に姿を現し、現存秩序を揺るがすでしょう。
その兆候は既に表れ始めています。例えば、各国中銀の金購入ペースが記録的水準に達していることは周知の事実ですが、その**「真の買い手」の多くが匿名化されています。スイス経由の貿易統計などから、中国がその相当部分を占めると推定されますが、公式には明かされません。これは本質が半ば現象化しつつある過渡期とも言えます。市場や専門家は「見えざる購買主体」の存在を感じ取り始めており、実際に「中央銀行による秘密の金買いが金価格高騰の原動力になっている」との報道も出ています。つまり、隠蔽という否定がそのまま市場に影響を及ぼす実体(肯定)に転じ始めている**のです。
さらに地政学的文脈でも、隠されたものが露呈する局面が増えています。先述の通り、ロシアは制裁を機に自国の金準備活用を表面化させざるを得ませんでした。また中国も、2022年末以降は毎月の公式金購入を再開し始めました(それでも実際の購入量の一部のみ公表)。これは米政界で対中強硬派が台頭し将来の金融制裁も現実味を帯びる中、一定の牽制メッセージとして「金保有の事実」を示す意味もあったと考えられます。つまり「我々は備えがあるぞ」と暗に知らせることで、相手の出方を制する戦略です。このように、隠蔽と顕在化は固定的な状態ではなく、情勢に応じて揺れ動く弁証法的運動そのものです。必要な時には秘匿し、時機が来れば一部を顕在化させ、再び状況に応じて情報統制する——そうした動的な駆け引きが行われています。
ヘーゲル哲学には「理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である」という命題があります。一見不合理に見える中露の情報秘匿戦略も、弁証法的全体像の中では極めて合理的(理性的)な動きとして理解できます。それは現在の矛盾した現実(ドル支配と制裁リスク)に対し、否定を通じて新たな現実(多極的秩序)を準備する合理性なのです。
中露が共有する歴史的・地政学的文脈
最後に、中露の金戦略を考える上で不可欠な歴史的・地政学的背景について述べます。中国とロシアは共に、**「米国主導の国際秩序への挑戦者」**という立場を共有しています。そのため西側から経済的圧力や制裁を受けてきた歴史があり、これが両国の金重視政策を強く後押ししています。
ロシアの文脈:冷戦後、ロシアは米欧中心の国際経済に組み込まれつつも、NATO東方拡大など安全保障上の不満を抱えていました。2014年のクリミア併合に対する米欧の金融制裁(ドル取引制限、国債購入禁止など)はロシアに衝撃を与えます。この時、ロシアはSWIFTからの排除こそ免れましたが、西側資本の引き上げやルーブル急落に見舞われました。危機感を持ったロシア政府は、中央銀行を通じてドル資産の削減と金備蓄の倍増を推進します。さらに米国債も2010年代後半に大半を売却し、外貨準備はドル以外(ユーロや人民元、そして金)へシフトしました。こうした「脱ドル・金増持」の方向性は、2022年のウクライナ侵攻による前例のない制裁(SWIFT排除・外貨準備凍結)によって決定的になります。ロシアは国家規模で経済的包囲網に対抗する中で、金という最後の価値手段に頼らざるを得なくなったのです。結果としてロシアは、金現物を国内で流通させたり、友好国との貿易をドルではなく金建て・ルーブル建てで行う模索を始めました。例えばインドや中国との間では、エネルギー代金の支払い手段としてドル以外(ルーブル建て・人民元建て、あるいは間接的に金担保を用いた取引)が増えています。これは、国際経済の分断と二極化(西側 vs 中露とパートナー諸国)という新たな局面を生みつつあります。
中国の文脈:中国もまた、1970年代以降ドル体制の恩恵を受けつつも、常に米国から経済的牽制を受けてきました。特に21世紀に入り中国が第二の経済大国となると、米国は貿易摩擦やハイテク制裁(Huaweiなどへの禁輸措置)で中国を圧迫し始めます。2018年以降の米中貿易戦争、さらに近年の対中半導体輸出規制は、中国に経済安全保障の危機感を抱かせました。加えて、台湾海峡を巡る緊張が高まれば、米国は金融制裁(例えば中国をSWIFTから排除、人民元決済網の遮断、在米中国資産の凍結)というカードを切る可能性があります。実際、米シンクタンク等では「台湾有事における対中制裁シナリオ」が公然と議論され始めています。このような状況下、中国がドル資産への依存を減らし**「有事に凍結されない資産」として金を重視**するのは理の当然と言えます。中国は約3兆ドルという巨額の外貨準備を抱えていますが、その運用先は米国債から徐々に多様化され、さらには公式統計に表れない形で金購入が進んでいると見られます。習近平政権は「国家の経済安全」を強調し、自前の決済システムCIPSの拡充やデジタル人民元の実験など、ドル覇権の支配力を相対化するインフラ構築にも力を入れています。金備蓄の極秘強化は、こうした総合的な経済安全保障策の一環として位置付けられるでしょう。
中露の協調:地政学上の接近も見逃せません。中国とロシアは近年戦略的パートナーシップを深め、「米国による覇権に反対する」という共通言語で結ばれています。経済面でも、上海協力機構(SCO)やBRICSなどの枠組みで貿易決済のドル離れが議題に上ります。BRICS諸国は相互に通貨スワップ協定を締結し、貿易を自国通貨建てで行う割合を増やしています。ロシア産エネルギーの中国向け輸出は人民元建て決済に移行しつつあり、両国は「ドルを使わない経済圏」を現実のものにし始めています。この延長線上で、「BRICS共通通貨」や「アジア版IMF」のような構想も取り沙汰されています。その際、基軸価値の裏付けとして金が中心的役割を果たす可能性があります。中露両国とも自国通貨だけではドルに対抗し得ないため、歴史的信用を持つ金を組み込んだ多国間通貨体制は魅力的な選択肢となるでしょう。実際、国際会議でも「金本位制の復活」こそ公には唱えないまでも、「金の積極的活用」について両国の発言は増えています。例えばロシアは2023年にBRICS首脳会議で、加盟国の金保有量が世界のかなりの割合を占めることに言及し、多極通貨体制での金の役割に含みを持たせました。中国も国営メディアを通じて「ドルの信用低下に備えよ」と国内に呼びかけるなど、徐々に金戦略を公式言説空間で正当化・顕在化させつつあります。
以上のように、中露が金購入を秘匿しつつ蓄積する背後には、ドル基軸への挑戦、金融と実体の矛盾からの脱却、国家主権防衛、情報戦略上の計算といった多面的な動機が絡み合っています。それらはヘーゲルやマルクスの分析した矛盾運動そのものであり、一国の政策というよりは世界史的な力動プロセスの表れでもあります。支配と対抗、顕在と潜在、肯定と否定——これらの相互作用が「金」を媒介に展開されている図式は、まさに弁証法の生きた事例と言えるでしょう。将来的にこのプロセスがどのような止揚(新たな秩序)に至るかは未知数ですが、少なくとも現時点で言えるのは、中露の金秘匿の戦略は現代世界経済の矛盾を映し出し、その行方を左右し得る意味深長な動きであるということです。
要約
- ドル覇権への挑戦: 中国とロシアは、米ドル基軸の国際経済体制への対抗策として金の大量保有を進めています。金は米国の信用に依存しない普遍的価値資産であり、両国はドルに代わる多極的通貨秩序(あるいは価値の裏付け)の一要素として金を位置付けています。これはヘーゲル的にいえば現状秩序(ドル体制)に対する**「反定立」**の動きです。
- 金融 vs 実体経済の矛盾: マルクス主義の視点から、ドルを含むグローバル金融資本の支配は各国の実体経済や主権と矛盾を孕みます。他国通貨に依存すれば制裁や資本逃避の脅威に晒され、蓄積した富も帝国主義的に吸い上げられます。中露の金蓄積はこの矛盾への対応策であり、金現物によって経済主権と実体価値を確保する試みです(ドル資産の凍結リスクへの保険、インフレヘッジ等)。
- 情報秘匿の戦略: 両国は金購入を意図的に秘匿・過少報告しています。これは市場への影響を抑えつつ安価に購入を続けるため、またドル離れの意図を隠し米国の警戒を和らげるための戦略的偽装です。同時に「情報を出さない」否定的行為によって主導権を握る情報戦でもあります。ヘーゲル哲学でいう**「否定の力」**を活用し、裏で力を蓄える策といえます。
- 隠蔽から顕在化へのダイナミクス: 秘匿された金備蓄は将来的に一挙に顕在化し、現行のドル体制を揺るがす可能性があります。現在は水面下の動きですが、危機時にはそれが表に出て通貨防衛や新通貨創設に使われるでしょう(矛盾の表面化)。この隠蔽と顕在化の動的な交互作用それ自体が弁証法的運動であり、最終的に世界経済の構造転換という止揚的結果を導く可能性があります。
- 中露の地政学的背景: 両国は制裁(SWIFT排除や資産凍結)を受けてきた歴史を持ち、ドル体制から自立する必要に迫られてきました。協調して脱ドルの経済圏を模索する中で、金は共通の戦略資産となっています。これは帝国主義的支配への対抗軸であり、歴史的には覇権国と挑戦国の構図の中で理解できる動きです。
- 結論: 中国とロシアが金購入を秘匿する真の理由は、単なる蓄財ではなく現行世界秩序の矛盾に対する挑戦と変革の意図にあります。それはドル覇権に依存しない経済主権の追求であり、金融と実体の乖離を是正する動きであり、隠された力をもって既存の力関係を反転させる弁証法的戦略なのです。
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