2018年:トランプ政権、貿易戦争の火蓋を切る
- 通商法301条調査と対中追加関税開始: 2017年8月に中国の知的財産侵害などを理由に通商法301条に基づく調査を開始。2018年3月に調査報告を受けトランプ政権は対中制裁措置を決定し、7月6日に第1弾として中国からの輸入品約340億ドル分(818品目)に25%の追加関税を発動しました。続いて8月23日に第2弾として約160億ドル分(279品目)にも25%の関税を課しました。中国政府も報復関税として、同規模の米国からの輸入品(計500億ドル相当)に25%の追加関税を即座に課し、米中間の関税報復合戦が本格化しました。
- 追加関税第3弾の発動と拡大: さらに米国は9月24日、第3弾として中国からの約2,000億ドル相当の輸入品(5,745品目)に10%の追加関税を発動しました(主に消費財や中間財を含む幅広い品目)。この税率は当初2019年1月に25%へ引き上げ予定でした。中国は対抗して約600億ドル分の米国輸入品に5~10%の関税引き上げを実施し、報復しました。また、米国は第4弾として残る中国製品ほぼ全て(約3,000億ドル相当)への関税を検討開始し、リスト案を公表しました。
- 鉄鋼・アルミニウム関税(232条): 対中関税と並行して、2018年3月23日から米国は通商拡大法232条に基づき**鉄鋼製品に25%・アルミ製品に10%**の追加関税を全世界を対象に発動しました(安全保障上の理由)。当初カナダ・メキシコ・EUなど一部同盟国は適用猶予されましたが、6月までに猶予が終了すると各国・地域(EU、カナダ、メキシコ、中国など)は米国製品に報復関税を課す措置を取りました。例えば中国は4月2日に米国産豚肉や果物など128品目(約30億ドル相当)に最大25%の関税を上乗せしています。
2019年:米中貿易戦争の激化と第一段階合意への道
- 追加関税率の引き上げと交渉難航: 2019年に入り米中は交渉を続けましたが、5月に協議が決裂すると米国は第3弾(2,000億ドル分)への関税率を10%から25%へ引き上げました(5月10日発動)。中国も6月1日付で報復関税を引き上げ、約600億ドル分の米国製品に対する関税率を最大25%まで引き上げています(品目により5%、10%、20%、25%に区分)。5月中旬には米国が**第4弾(約3,000億ドル分)**の関税詳細を公表し、対象はほぼ全ての残り中国輸入品となる見込みが示されました。
- さらなる追加関税(第4弾)と報復: 交渉再開を模索する中、6月のG20大阪サミットで追加関税第4弾の先送りが一時合意されました。しかし8月になるとトランプ大統領は中国の約束不履行を理由に第4弾関税の発動を決定。9月1日からリスト4の一部(約1,200億ドル相当、リスト4A)に15%の関税を課しました(当初10%予定でしたが中国の報復を受け引き上げ)。残る品目(約1,600億ドル相当、リスト4B)は発動を12月15日に延期しました。同時期に中国も約750億ドル分の米国製品に5~10%の報復関税を9月と12月の2段階で発動すると発表し、さらに一時停止していた米国車への追加関税(25%)も12月に再開予定としました。
- 部分合意に向けた緊張緩和: 激化する関税応酬の中、米国は9月に中国建国70周年へ配慮して追加関税率引き上げ(リスト1~3の25%を30%へ)の予定を10月15日まで延期。10月11日にはワシントンで米中が部分的な合意に達したと発表され、10月15日の関税率引き上げ(25%→30%)は見送りとなりました。さらに12月には最終調整が行われ、12月15日予定のリスト4Bの発動も見送り、米中両国は貿易協議の「第一段階合意」に達しました(正式署名は後述)。一方、米国はこの年WTO紛争に基づく関税措置も実施しています。10月18日にはWTOの認可を得て、EUによる航空機メーカー(エアバス)補助金への対抗措置として、EUからの輸入品約75億ドル分に制裁関税(航空機に10%、農産品・工業製品に25%)を発動しました。これに対しEUも翌2020年に米航空機補助金への対抗措置(約40億ドル分の米国輸入品に報復関税)を準備しました。
2020年:第一段階合意の成立と関税政策の据え置き
- 米中第一段階貿易合意: 2020年1月15日、米中は第一段階の経済貿易協定(Phase One合意)に署名し、2月14日に発効しました。この合意により米国は対中追加関税の一部を削減・延期します。具体的には2019年9月発動のリスト4A関税率を15%から7.5%へ半減(2020年2月実施)し、リスト4B(約1,600億ドル)の追加関税発動を無期限延期しました。ただし第1~3弾(計2,500億ドル相当、25%)の関税は維持しています。中国側も、2019年9月の報復関税率(5~10%)を一部引き下げ(半減)たり、追加発動予定だった報復措置(自動車関税の再開など)を見送る対応を取りました。加えて中国は今後2年間で米国から約2,000億ドル相当の農産品・エネルギー・工業製品等を追加購入し、知的財産保護や強制技術移転の是正に努めることを約束しました。
- 新型コロナと関税政策: 2020年は新型コロナウイルスの世界的流行により米中貿易も影響を受けましたが、双方の追加関税措置は大部分が維持されました。中国の購入約束は履行が遅れたものの(景気減速やパンデミックの影響)、米中間の追加関税引き下げや撤廃には至りませんでした。また11月には前述のWTO航空機補助金紛争に絡み、EUが米国への対抗関税(約40億ドル分、航空機15%・その他製品25%)を実施しています。一方、米国はカナダ・メキシコとの間で2019年に鉄鋼アルミ関税を撤廃しており(USMCA発効の条件整備)、2020年は他の主要国との間で大きな関税措置の変更はありませんでした。
2021年:バイデン政権の継承と同盟国との関係改善
- 対中関税の継続方針: 2021年1月に就任したバイデン大統領は、前政権から引き継いだ対中追加関税を即座には撤回しませんでした。第一段階合意に基づく中国の履行状況を検証しつつ、中国に対する戦略的競争姿勢を維持する方針が示されました。10月には米通商代表部(USTR)のタイ代表が対中貿易政策の方針演説を行い、中国の約束不履行を指摘しつつ関税はテコとして維持する考えを表明しました。ただし米国内産業の負担軽減のため、かつて失効していた一部製品の関税適用除外(エクスクルージョン)手続きを再開する方針も示されています。バイデン政権は引き続き中国に構造改革を求める一方、新たな包括的合意(「フェーズ2」)交渉には至らず、対中関税は事実上据え置かれた形です。
- 同盟国との貿易摩擦解消: バイデン政権は同盟国との関係修復にも動き、トランプ時代の関税紛争のいくつかを解決しました。2021年10月、米国とEUは鉄鋼・アルミ関税問題で合意に達し、EUからの鉄鋼・アルミについて一定数量まで無関税とする関税割当(TRQ)制度を導入する代わりに、EU側は米国製品への報復関税を撤回しました。同様に2022年前半までに英国や日本とも鉄鋼アルミ関税に関する合意(関税撤廃・割当措置など)を行い、同盟国との232条関税を巡る対立は緩和されています。また2021年6月、米EU両政府は長年係争していた航空機補助金問題(ボーイング vs エアバス)でお互いの報復関税を5年間停止することで合意し、これにより双方の追加関税(チーズやウイスキー、航空機などへの関税)は一時停止されました。加えてデジタルサービス税を巡る通商摩擦では、米国はフランスや英国などへの301条調査に基づく報復関税を準備していましたが、経済協力開発機構(OECD)での国際課税合意を受けて発動を見送り、同問題も一旦解消しています。
2022~2023年:関税政策の見直しと維持
- 対中関税の見直しと議論: 2022年は、通商法301条対中関税の発動から4年を迎えたことから法律上の見直し手続きが始まりました。USTRは国内企業から意見募集を行い、多くの産業界が関税維持を要望したため、見直し完了まで関税措置を継続する方針を発表しました。バイデン政権内では、インフレ抑制策として対中関税の一部撤回も検討されましたが、中国への交渉上のテコを失う懸念や超党派の対中強硬世論もあり、大幅な緩和は実現しませんでした。ただし3月には一部の中国輸入品に対する関税適用除外が復活・延長され、必要物資の調達支援が図られました。結果として対中関税は概ね維持され、2023年にかけても米中間の追加関税措置は継続しています。米中貿易額は関税賦課にもかかわらず2022年に過去最大を記録するなど、関税は恒常化した状態となりました。
- WTOと米国関税: バイデン政権下でも米国はWTO紛争の難題を抱えています。トランプ時代の対中301条関税および232条鉄鋼関税について、WTO紛争処理パネルはそれぞれ協定違反との判断を示しました(※2020年9月のパネル報告で米対中関税はWTOルール違反、2022年12月には鉄鋼アルミ関税も安全保障例外の乱用と指摘)。しかし米国政府は「中国の不公正貿易是正にはWTOの従来ルールでは不十分」「232条措置は安全保障上の権限行使」としてこれら判断を事実上受け入れず、上級委員会の機能不全も相まって是正措置は取られませんでした。つまりWTOの是正勧告にもかかわらず米国は追加関税を維持しており、WTO体制と米国関税政策の齟齬が生じています。一方で、米EU間では中国や過剰生産問題に対処する新たな枠組み(カーボン調整付きのグローバルな鉄鋼協定)構想の協議が続くなど、WTO外での協調も模索されています。
- その他の動向: 2022年2月、バイデン大統領は2018年に発動された太陽光パネルに対するセーフガード(201条)措置を一部条件緩和しつつ4年間延長しました(国内太陽電池産業保護のため)。また同年夏以降、ロシアのウクライナ侵攻を受けた制裁としてロシア産品に対する関税引き上げ(最恵国待遇の停止)も実施されています。2023年には米中間でハイレベル対話の再開や関税協議の噂もありましたが、目立った進展はありませんでした。米国産業界からは依然として関税負担軽減を求める声が上がり、消費者物価抑制の観点から関税見直しを求める議論も続きましたが、国家安全保障やサプライチェーン重視の政策の中で大きな変更は見送られています。
2024~2025年初:関税政策の現状と展望
- 対中関税の再評価と強化の動き: 約2年に及んだ301条関税の包括的見直しは2024年に一つの区切りを迎えました。バイデン大統領は2024年5月、中国の不公正貿易是正と米国の経済・安全保障利益の観点から、戦略的分野における対中関税の強化をUSTRに指示しました。これに基づき、レアアース(希少鉱物)や工業用永久磁石、先端医療用品など約37品目を新たに関税対象に追加し、一部品目の関税率引き上げを検討する動きが示されました。対象品目リストは官報で公表され、パブリックコメントを経て最終決定される予定です。これにより追加関税対象は1万以上の品目に拡大し、米国は対中圧力を弱めるどころか重要分野では一段と関税措置を強める姿勢を示しています。
- 関税政策の全体像: 2025年4月時点で、米国の対中関税政策はトランプ政権期に開始した高関税措置がほぼ維持された状態にあります。具体的には中国からの輸入品約3,700億ドル相当に追加関税がかけられ、その内訳は約2,500億ドル分に25%、約1,200億ドル分に7.5%の税率が適用されています。中国も米国からの輸入品に対し報復関税(約1100億ドル規模、5~25%)を継続しており、米中双方で高関税が常態化しています。一方で同盟国との間ではトランプ時代の摩擦が和らぎ、鉄鋼・アルミ関税問題は数量制限付きで解決、WTO紛争案件(航空機補助金)は一時休戦状態です。バイデン政権は関税だけでなく輸出規制や投資制限など他の経済安全保障手段も駆使して対中圧力を強めており、関税はその一環として位置づけられています。当面、米国の関税政策は戦略的利益を守るための強硬手段として維持・調整されつつ、必要に応じて同盟国との協調や対象の精細化が図られる見通しです。
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