2020年以降の貿易関係と脱ドル化の進展

2020年以降の主要国間貿易規模の推移

2020年以降、中露(中国‐ロシア)、米中(米国‐中国)、米露(米国‐ロシア)間の貿易額には大きな変動が見られます。それぞれの年間貿易総額(輸出入合計)を米ドル換算で整理すると、以下の通りです。各数値と前年からの変化傾向から、パンデミックや地政学的要因の影響が読み取れます。

中露貿易額 (億ドル)米中貿易額 (億ドル)米露貿易額 (億ドル)
2020年1,0805,560220
2021年1,470 (+35%)6,550 (+18%)360 (+約65%)
2022年1,900 (+29%)6,900 (+5%)160 (−約55%)
2023年2,400 (+26%)5,750 (−17%)50 (−約70%)

※カッコ内は前年からの増減率(概算)です。

中露間の貿易規模の推移

中国とロシアの貿易は、2020年以降急速に拡大しています。2020年の中露貿易額は約1,080億ドルでしたが、2021年には前年比約35%増の1,470億ドルに達しました。さらに2022年には前年比約29%増の1,900億ドルと過去最高を更新し、ロシアにとって中国が最大の貿易相手国となる関係が強まりました。こうした傾向はロシアのウクライナ侵攻後に一段と顕著になり、2023年には前年比約26%増の約2,400億ドルに達して初めて2,000億ドルの大台を突破しました。ロシア産エネルギー資源に対する中国の需要拡大や、西側諸国の対露制裁に伴うロシアの対中依存の高まりが、中露貿易を押し上げた主な要因です。

米中間の貿易規模の推移

米国と中国の貿易は依然として世界最大級の規模ですが、近年は増減の波があります。新型コロナウイルスの影響で2020年は約5,560億ドルと前年並みにとどまりましたが、2021年には約6,550億ドルと前年比約18%増加し過去最高水準に達しました。2022年も約6,900億ドルと前年比約5%増で過去最高を更新し、米中間の貿易は拡大を続けました。しかし米中対立の激化やサプライチェーン見直しの動きを背景に、2023年の米中貿易額は約5,750億ドルへと前年から約17%減少し、2019年以来初めて前年割れとなりました。米国の対中輸入が大きく減少(約20%減)したことが全体の縮小につながり、2023年に米国の最大輸入相手国の座は中国からメキシコへと替わりました。

米露間の貿易規模の推移

米国とロシアの貿易は、ウクライナ情勢を境に激減しました。パンデミック下の2020年は約220億ドルでしたが、2021年には約360億ドルと前年から大きく増加しています(エネルギー価格上昇等によりロシアからの輸入額が増加)。しかし2022年には約160億ドルと前年の半分以下に急減しました。これは同年2月のロシアによるウクライナ侵攻に対し、米国が厳しい経済制裁を課して対露貿易を大幅に制限したためです。制裁措置により米国企業の対露輸出入が停止・縮小し、2023年には米露貿易額が50億ドル程度まで激減して、もはや米露間の直接的な貿易関係はごく僅かな規模に留まっています。

以上のように、中露貿易は近年大きく増加し、米中貿易は一時拡大した後に減速、米露貿易は制裁で壊滅的な縮小を示しました。次節では、これら貿易関係の変化を背景として進行する「米ドル離れ(脱ドル化)」の動きを、弁証法の三段階(テーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼ)で分析します。

テーゼ:国際基軸通貨としての米ドル支配

第二次世界大戦後、一貫して米ドルは国際経済における基軸通貨の地位を占めてきました。米ドルの国際通貨としての支配は、以下のような特徴に支えられています。

  • 貿易決済と商品取引の中心:原油をはじめ主要な資源・商品取引はドル建てで行われ、世界の貿易決済の多くをドルが担っています。米国と中国の巨額な貿易も基本的にはドル決済で行われ、他国間の取引でもドルが共通の媒介通貨として用いられてきました。こうしたドルの利用は、取引コストの低減と市場の流動性向上に寄与し、貿易拡大の下支えとなってきました。
  • 準備通貨・金融取引での独占的地位:各国中央銀行の外貨準備高に占めるドルの比率は近年低下傾向とはいえ依然として約6割に達し、ユーロや円など他通貨を大きく引き離しています。国際送金網のSWIFTにおいても、ドル建て取引が支配的です。国際金融市場では、米国債をはじめとするドル建て資産が安全資産として扱われ、多くの国がドル建て資産に投資しています。この「ドル体制」により、米国は自国通貨を事実上無制限に供給できるという特権(いわゆる「超過特権」)を享受してきました。
  • 政治・軍事的信頼と信用力:米国の経済規模、軍事力、政治的安定性はドルへの信認を支える根幹です。とりわけ1970年代以降、サウジアラビアなど産油国との協定により石油取引がドル建てで固定化された「ペットロドル体制」は、ドルの国際支配を盤石なものとしました。主要国間の金融協力やIMF・世界銀行といった戦後秩序の国際金融機関もドルを中心に機能しており、世界経済は長らく米ドルを中心軸に回ってきたのです。

以上のテーゼ(命題)として、米ドルは国際通貨システムを支配し各国の貿易・金融活動を支える不可欠な基盤となってきました。このドル支配の下で、中露や米中など各国間の貿易も円滑に行われてきましたが、同時に米国はドルの支配力を外交・制裁の手段として用いる力も有しています。その構造が近年、大きな揺らぎに直面しつつあります。

アンチテーゼ:中露を中心とした脱ドル化の進展

米ドル体制への対抗として、中国とロシアを中心に「脱ドル化(ドル離れ)」の動きが近年顕著に進展しています。これは上記テーゼへの反命題にあたり、米ドル支配に挑戦・代替しようとする潮流です。中露両国の貿易関係の変化はこの脱ドル化推進の重要な背景となっており、いくつかの要因と具体的進展が見られます。

1. 米国の制裁と金融リスクへの備え:ロシアに対する米欧の経済制裁(SWIFT金融ネットワークからの排除、ロシア中央銀行資産凍結など)は、米ドル体制が地政学的手段として用いられる現実を露わにしました。ロシアは制裁によってドル決済や米国市場へのアクセスを断たれたため、生き残りのために急速な脱ドル化を迫られました。中国もまた、自国や同盟国が米国から経済的に締め付けられるリスクを意識し始めています。米中対立が深まる中、中国はドル決済網に過度に依存することの危険を認識し、金融面での自立性強化に動いています。

2. 中露間の自国通貨決済の拡大:中国とロシアは互いの貿易拡大に合わせて、ドル以外の通貨で取引する比率を飛躍的に高めました。とりわけ中露貿易では人民元とロシアルーブルによる決済が主流になりつつあります。ウクライナ侵攻以降、エネルギー・軍需物資など戦略物資の取引を含め、2023年時点で中露貿易の決済の大半が人民元またはルーブル建てとなったとの報告もあります。これは数年前まで多くがドル建てであった状況からの劇的な転換です。ロシア側は人民元建て貿易を受け入れることで中国からの輸入を確保し、同時に獲得した人民元を第三国との取引や外貨準備に活用しています。中国側もロシアとの取引で得たルーブルや自国通貨建て債権を蓄積し、ドルを介さずに資源を調達できるメリットを享受しています。

3. 人民元国際化と多国間通貨協調:中国は国家戦略として人民元の国際化を推進し、近年その動きを加速させています。アジアやアフリカなど新興国との間で通貨スワップ協定を締結し、貿易取引で人民元建て決済を奨励しています。例えば、中国はロシア以外にも中東の産油国と人民元建ての原油取引を模索し、一部で実現しています。また、ブラジルやインド、東南アジア諸国との間でも、自国通貨建ての貿易決済を拡大する取り組みが報じられています。ロシアも中国との協調のもと、自国を含むBRICS諸国や「グローバルサウス」と呼ばれる新興国に対し、ドル依存を減らすよう働きかけています。BRICSは2023年に加盟国を拡大し、首脳会議では共通通貨の検討や貿易決済の多様化が議題となりました。こうした多国間協調も、中露が主導する形で脱ドル化の潮流を後押ししています。

4. 金融インフラの代替化:ドル支配を支える既存の金融インフラに対抗して、新たなネットワークの構築も進んでいます。中国は独自の国際決済システム(CIPS)を拡充し、ロシアの金融機関も参加させることで、SWIFTに代わる資金決済経路を確保しました。ロシアはまた、自国の決済ネットワーク(SPFS)の整備や、ミール(MIR)と呼ばれる独自クレジットカードの発行など、西側ネットワークに依存しない金融エコシステムを模索しています。これらはドル建て決済網から排除された際の受け皿となり、制裁の迂回や自立的な決済を可能にするものです。また、中国とロシアの中央銀行は金(ゴールド)の備蓄を着実に増やしており、価値の裏付け資産としてドル以外の選択肢を強化しています。各国の外貨準備に占めるドル比率も低下傾向にあり、ユーロや人民元、金などへの分散が進んでいます。

以上のアンチテーゼ(反命題)として、中国・ロシア両国は中心となってドル支配への挑戦を進め、国際経済における取引通貨の多極化を図っているといえます。中露貿易における自国通貨決済への移行は、その象徴的な成果です。また、米露貿易が制裁で断たれた結果、ロシアは中国や他の友好国との貿易を増やし、それらもドル以外の通貨で決済するようになりました。米中貿易についても、依然ドル建てが中心ではあるものの、巨額のドル資金を中国が蓄積する構図は中国側の警戒を招き、米ドル資産(米国債)の売却や対米投資抑制といった形で間接的な「ドル離れ」が進んでいます。要するに、中露両国の動きを軸とした脱ドル化の潮流が、国際通貨体制におけるドルの独占的地位を揺さぶり始めているのです。

ジンテーゼ:国際金融秩序の新段階

テーゼ(米ドル支配)とアンチテーゼ(脱ドル化)の相克の結果、国際金融秩序は現在新たな段階(ジンテーゼ)へ移行しつつあります。これは、ドルが依然強力な地位を保ちながらも、かつての一極支配とは異なる多極化・分散化が進んだ秩序です。

この新段階では、国際通貨体制の二極化・多極化が顕著になります。一方の極には、依然としてドルと欧米の金融ネットワークが存在し、先進国や多くの開発途上国が当面はドルを主要準備・決済通貨とし続ける世界があります。他方の極には、中国・ロシアをはじめドル覇権に挑む国々が、自国通貨や代替通貨で相互に取引し合う並行的な経済圏が形成されつつあります。例えば、ロシアはエネルギー輸出先を中国やインド、中東にシフトし、それらの取引で人民元やルーブル、ルピーなどを活用しています。中国も「一帯一路」参加国との間で人民元建て融資や決済を増やし、アフリカや南米でも人民元の流通が広がり始めました。この結果、国際取引に占めるドルの比重は徐々に低下し、かつてほど一国(米国)の通貨に全面的に依存しない構造が芽生えています。

また、国際金融ルールと枠組みの変容も進むでしょう。ドルを中心としたIMF体制や世界銀行に対し、BRICSニューデベロップメントバンク(NDB)やアジアインフラ投資銀行(AIIB)など、中露が主導する新たな多国間金融機関が台頭しています。これらの機関は融資や決済でドル以外の通貨を積極的に活用し、従来の秩序に代わる補完的選択肢を提供しています。将来的には、SDR(特別引出権)のような複数通貨バスケットや、BRICS間のデジタル通貨など、単一通貨に依存しない国際決済の仕組みが模索される可能性もあります。つまり、新段階の国際金融秩序は、複数の通貨と多元的なルールが併存・競合する秩序といえます。

もっとも、ジンテーゼとしての新秩序は従来の延長線上に生まれるため、ドルの完全な退場ではなく均衡点の模索となります。米ドルは依然として信用力・市場規模で突出しており、短中期的にこれを凌駕する通貨は存在しません。実際、世界の基軸通貨としてのドルの役割(安全資産や決済手段)は今後も続き、多くの国がドルを必要とする状況は続くでしょう。しかし同時に、ドルの支配力は絶対的ではなくなり、地域ごと・取引相手ごとに通貨使用が分散する相対的な力関係の変化が起きています。これは各国にとって、米国による金融制裁や為替変動リスクへの耐性が高まる一方、新たな通貨間競争や為替管理の課題も生じることを意味します。

総じて、近年の中露・米中・米露間の貿易変動とそれに伴う脱ドル化の動きは、戦後続いた米ドル一極体制に揺らぎを与え、国際金融秩序をより複雑な新段階へ移行させつつあります。テーゼ(ドル支配)とアンチテーゼ(脱ドル化)の相克は、ジンテーゼとしての新たな均衡を模索する段階に入ったと言えるでしょう。今後も貿易の流れや地政学的関係に応じて通貨秩序は変容し続け、ドルと他通貨の共存する多極的な金融秩序が定着するのか、それとも再び新たな基軸通貨体制へ収斂するのかが注目されます。今回整理した動向は、その過程における過渡期的な特徴を示していると言えるでしょう。

2020年以降の貿易規模の推移を踏まえ、米ドル離れを弁証法的に要約する。

貿易規模推移

  • 中露貿易:2020年の約1080億ドルから2023年には約2400億ドルに急増。
  • 米中貿易:2022年に約6900億ドルでピークを迎えたが、2023年には5750億ドルへと減少。
  • 米露貿易:2021年に360億ドルに増加後、2022年のウクライナ侵攻以降は激減し、2023年は50億ドルにまで縮小。

弁証法による分析

  • テーゼ(米ドル支配)
    戦後、米ドルは基軸通貨として国際貿易や金融市場を支配。米ドルは貿易決済や外貨準備の中心として強力な地位を維持してきた。
  • アンチテーゼ(中露主導の脱ドル化)
    米国の経済制裁や中露間の貿易拡大を背景に、人民元やルーブルによる貿易決済が急速に拡大。中国は人民元の国際化を推進し、ロシアは米ドルからの独立を目指す金融体制を模索している。
  • ジンテーゼ(新たな国際金融秩序)
    国際金融秩序は米ドルが依然重要な位置を占めつつも、人民元など複数通貨が併存する多極的な構造に移行しつつある。米ドルの一極支配は崩れ始め、ドルと他通貨が並存する新たな均衡点が模索される段階に入った。

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