米国債とインフレの関係

名目利回りと実質利回りに対するインフレの影響

債券の利回り(名目利回り)は、投資家が要求する利率であり、インフレ期待を含む。一般に名目利回りは「実質利回り+期待インフレ率」で表されるため、期待インフレ率が上昇すると名目利回りも上昇する。例えば、表面利率4%の債券を持ち、インフレ率が3%ならば実質利回りは1%となる。言い換えれば、インフレが高まると将来の購買力が下がるため、投資家は名目利回りにインフレ分の上乗せを要求し、結果として名目利回りが上昇する。一方、実質利回りは物価上昇を差し引いた利回りを指し、インフレ率が予想以上に上昇すれば(名目利回りの調整前には)実質利回りは低下することになる。逆にインフレが低下・抑制されると、名目利回りが相対的に抑えられ、実質利回りは改善する傾向にある。

インフレ変動時の米国債価格への影響

債券価格は利回りと逆の動きをするため、インフレ率の変動が価格に直接影響する。インフレ率が上昇する局面では、市場金利(債券利回り)が上昇しやすく、固定金利の米国債価格は下落する。一方、インフレ率が低下または抑制されると金利も低下し、既存の債券価格は上昇する。具体的には以下の関係になる:

  • インフレ率上昇時:期待インフレ分が加算されるため名目利回りが上昇 → 債券価格は低下
  • インフレ率低下時:期待インフレ分が縮小されるため名目利回りが低下 → 債券価格は上昇

長期債ほど価格変動の幅(デュレーション)が大きいため、インフレ変動の影響を強く受けやすい。また中央銀行が金融政策で金利を上げ下げする場合も同様の効果を及ぼすため、インフレ上昇時には政策金利も上昇する可能性が高く、利回り上昇・価格下落が顕著となる。

長期米国債とインフレヘッジ

一般に、固定利付債はインフレヘッジには適していない。固定金利で将来の利息・元本が決まっているため、インフレが進むと受け取る現金の実質価値が目減りするからである。特に長期債はインフレ影響を受けやすい。例えば、予想以上のインフレに直面すると実質利回りが低下し、長期間にわたり購買力が損なわれるリスクがある。一方で、長期債を保有することで将来インフレ率が低下した局面では恩恵を受けられる可能性もある。

  • 長所:インフレが収束して金利が低下した場合、事前に固定された高い利回りを維持できることがある。つまり、インフレがピークアウトすれば利回り差益が見込める。
  • 短所:固定利率のため、インフレ上昇局面では購買力が大きく目減りし、名目利回りの上昇によって債券価格が下落する。また長期間の金利変動リスク(デュレーションリスク)が大きいため、予期せぬインフレショックに対して脆弱である。

したがって長期の米国債は一般的に単独ではインフレヘッジとは言えず、インフレ対策には物価連動債(TIPS)や金・不動産などの実物資産、株式など分散投資が重視される。

歴史的動向:インフレと金利

米国の長期金利の歴史をみると、インフレ率の推移と債券利回りは概ね連動してきた。上の図は1962年以降の米国10年物国債利回りの推移である。1970年代から1980年代初頭にかけて石油ショックなどでインフレ率が急上昇すると、10年債利回りも15%以上に急騰した。その後1980年代後半以降はインフレ抑制政策(高金利政策)により金利は徐々に低下し、1990年代以降も低インフレの下で年率5%以下へ沈静化した。リーマン・ショック前後の2000年代後半や最近の2010年代後半以降は歴史的に低い水準が続いた。しかし、2021年からのポスト・パンデミック期にはインフレ率が急上昇し、10年債利回りも再び4%前後に上昇している。こうした事実から、長期的に見ると物価上昇率が高まる局面では債券利回りも上昇(価格下落)し、インフレが抑制される局面では利回りが低下(価格上昇)する傾向が確認できる。

インフレ連動債(TIPS)と名目国債の違い

インフレ連動国債(TIPS: Treasury Inflation-Protected Securities)は、元本価額が消費者物価指数(CPI)の変動に連動して調整される点が特徴である。具体的には、CPI上昇に応じて債券の元本が増加し、その元本に対して固定クーポンが支払われるため、インフレ局面でも実質的な価値や利息が目減りしない仕組みとなっている。
一方、通常の名目国債は元本・クーポンともに固定であり、インフレによる物価上昇分を考慮しないため、インフレ上昇期には実質価値が低下する。市場では名目債とTIPSの利回り差(ブレークイーブン・インフレ率)がおおよその期待インフレ率とみなされる。例えば2025年時点で米10年物国債の名目利回りが約4.5%であるのに対し、同額面TIPSの実質利回りは約2.1%であり、その差約2.4%が市場の期待インフレ率を示している。これは連邦準備制度のインフレ目標(年2%程度)に概ね一致する水準である。

両者の違いをまとめると:

  • 名目国債:利子と元本が固定されており、インフレが進行すると受取額の実質的価値は減少する。利回りには期待インフレ分が含まれるが、実際の物価上昇を直接補償するものではない。市場での利回りはインフレ期待や政策金利の変化に敏感で、インフレ上昇時には利回り増加・価格下落が起こりやすい。
  • 物価連動国債(TIPS):元本が物価上昇に連動して調整されるため、インフレ時でも実質元本価値が維持される。利回り表示はインフレ調整後の実質利回りであり、名目利回りとの差が期待インフレ率に相当する。インフレ上昇期には元本調整で受け取りが増えるため、実質でのリターンを確保しやすい。
  • 市場での役割:TIPSはインフレリスクをヘッジする手段として用いられ、ポートフォリオに組み入れることで実質リターンを支える。名目国債はインフレ状況に応じて価格変動リスクを負うが、安全資産として金利収入を重視する投資に利用される。名目債とTIPSの利回り差(ブレークイーブン・インフレ率)は市場のインフレ期待を示す重要指標となっている。

以上のように、TIPSは元本をインフレ調整することで購買力低下を防ぐ設計であり、名目国債よりもインフレヘッジ性が高い。一方、通常の米国債はインフレに弱い構造であるため、インフレ期には実質リターンの低下に注意が必要となる。

要約

インフレと米国債の関係(要約)

  • 利回りへの影響
    インフレが上昇すると投資家は購買力低下を避けるため、より高い名目利回りを要求する。そのため名目利回り(実質利回り+期待インフレ率)は上昇する。一方、インフレが予想以上になると実質利回りは低下する。
  • 債券価格への影響
    インフレ率上昇時は市場金利が上昇し、米国債価格は下落する。逆にインフレ低下時には債券価格が上昇する。特に長期債は価格変動リスクが大きい。
  • インフレヘッジとしての米国債の適性
    通常の長期米国債は固定金利のため、インフレヘッジとしては適切でない。インフレ期には実質価値が減少するためである。一方、インフレ低下時には有利になる可能性がある。
  • 歴史的傾向
    歴史的にインフレ率と米国債利回りは連動し、1970-80年代の高インフレ期には利回りが急騰し、その後低インフレ時代には利回りが低下した。
  • TIPS(物価連動債)との比較
    インフレ連動債(TIPS)はインフレに応じて元本が調整されるため、インフレ期にも実質価値が守られる。一方、通常の米国債はインフレに弱く、実質価値は低下する。

結論として、通常の米国債はインフレに弱い資産であり、インフレヘッジにはTIPSや他の資産が適している。

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