関税は、輸入国政府が輸入品に対して課す税金です。一般に、輸入者(商品を正式に輸入する者)が税関に対して関税を納付します。税関では、インボイスなどに記載された申告価格や品目に応じて関税額を算出し、輸入者がその税額を支払う仕組みです。関税率は品目ごとに異なり、各国の税関が定めた関税率表(Harmonized System)に基づいて計算されます。関税は主に国内産業の保護や財政収入を目的として設定されており、輸入品のCIF(Cost, Insurance, Freight込)の価格に対して課税されることが一般的です。
通常、関税は輸入者が支払うことが原則です。輸入通関の際、輸入者またはその通関業者が税関にインボイスやパッキングリストを提出し、関税や消費税などの輸入諸税を納付します。輸入者は貨物の輸入を許可された時点で関税を納税し、納税後に貨物は国内で流通可能となります。ただし、契約条件や実務上の取り決めによっては、この「名目上の納税者(輸入者)」と「実際に経済的に負担する者」が異なる場合があります。
インコタームズと関税負担の関係
インコタームズ(ICC国際商業会議所の定める国際貿易条件)は、売主(輸出者)と買主(輸入者)の間で輸送費用・リスク・通関費用などの責任分担を規定するルールです。インコタームズによって、関税や輸入通関費用をどちらが負担するかが明確に決まります。主な例を挙げると次のようになります:
- EXW(工場渡し):輸出者は工場や倉庫で商品を引き渡すのみで、輸送・通関・関税はすべて輸入者負担となります。
- FOB(本船渡し):輸出港で商品を船舶に載せるまでの費用・手配は輸出者負担ですが、本船載荷後の運賃・保険料や輸入地での通関費用・関税は輸入者負担です。
- CIF/CFR(運賃・保険料込み):輸出者が輸出港までの運賃(CFR)および保険料(CIF)を負担しますが、輸入地での通関・関税は輸入者負担となります。
- DAP/DPU(仕向地持込渡し/荷卸込持込渡し):輸出者が指定した仕向地まで商品を届け(DPUでは荷降ろしまで含む)、その地点で引き渡します。ただし輸入通関手続きおよび関税は輸入者が負担します。
- DDP(関税込み持込渡し):輸出者が輸入国での通関手続きと関税・付加価値税(VAT)などすべての費用を負担します。輸出者が関税を支払って輸入通関を完了させた後、輸入者は費用負担なく商品を受け取ります。
以上のように、インコタームズの種類によって関税・輸入通関費用の負担者が変わります。特にDDP条件では輸出者が「関税込み」の価格で商品を輸出するため、輸入者は輸入時に関税を別途支払わない形式となります。
輸出者が関税を実質的に負担するケース
原則として関税の納税義務者は輸入者ですが、契約内容や取引形態によっては輸出者が実質的な負担をするケースがあります。最も明確な例がDDP条件の取引です。売主がDDPで契約すれば、輸出者が関税・輸入諸税を立て替えて納付し、その分を含めた価格で販売します。この場合、輸入者は関税を請求されないため「関税なしの価格」で輸入することになります。
ただし、DDP取引は現実の国際取引では難しい点が多く、広く利用されているわけではありません。多くの国では外資系企業が直接輸入者となって関税を納付することに規制があり、輸出者が輸入者の立場になることは難しい場合があります。例えば、ブラジルでは外国企業による輸入には現地法人の納税者番号(CNPJ)が必要で、輸出者が関税を立替えてもその請求根拠が乏しく、さらに送金時に高い税が課されるため、実務上DDP取引はほとんど利用されていません。このように取引コストや規制面で負担が大きく、輸出者が直接関税を支払うのは非現実的とされています。
実務的には、輸出者があらかじめ輸入時の関税相当分を見越した価格(CIFやDDP価格)を提示する形で契約することで、結果的に輸入者が関税分の追加支払いをしない取引はあります。例えば、売主が「関税込み」の金額で見積もりを行い、輸入者はそれを支払うケースです。この場合も法的には輸入者が関税を納付しますが、売主が代わりに納税・請求を行うため、輸入者にとっては関税負担が生じません。ただし、価格設定を透明に行わないと税関から実勢価格との差異を追及される可能性があるため注意が必要です。いずれの場合も、形式上は「輸入者が納税義務者」ですが、輸出者がコストをカバーすることで輸入者の実質負担が軽減されます。
自由貿易協定(FTA)による関税免除の場合との違い
自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)に基づく関税免除は、輸出者が支払うケースとは本質的に異なります。FTA/EPAでは締約国間で関税率が協定上で定められ(多くの場合0%に軽減され)、原産地ルールを満たした商品について輸入時に関税が免除されます。例えば日EU・EPAでは協定発効後、両地域で大半の工業製品の関税が撤廃され、一定の原産地証明を提出すれば輸入者は関税を支払わずに済みます。
このような免税は協定によって公式に決まった措置であり、輸出者の判断や費用負担とは別枠です。輸入者は税関に適用関税率0%で申告し、関税自体がゼロで算出されるため、DDP取引のように輸出者が現金を納付するわけではありません。つまりFTA/EPA下の関税免除は「政策・協定上の措置」であり、輸出者がコストを負担する構造とは異なります。FTA適用には事前の原産地証明書発行や書類審査が必要ですが、条件が整えば輸入者は関税を一切支払わずに輸入できます。
「関税なしの価格」で輸入できる具体例
輸出者が関税分を含めた価格で販売するなどして、輸入者があたかも「関税なし」で輸入したように見えるケースはいくつかあります。具体例を挙げると以下のようなものがあります。
- DDP条件での取引(関税込み輸出):輸出者が輸入国での通関手続きから関税・税金の納付まで全て行い、関税込み価格で商品を販売する形態です。海外のECサイトや越境通販では、販売ページに「関税込価格」として表示することが増えています。この場合、消費者や輸入者には通関時の追加請求が発生しないため、実質的に「関税なし」で商品を受け取ることができます。例として、ヨーロッパや中国の業者が日本向けにDDP発送し、購入者に輸入関税・消費税込みの価格を提示するケースがあります。
- 輸入代行・物流サービスの利用:フォワーダー(通関業者)や輸入代行業者が一旦輸入者として通関・関税支払いを代行し、輸入者に対して関税分を請求しないケースです。企業が自社グループの現地法人を利用して輸入手続きし、そのコストを企業間取引で相殺するような内部調整も含まれます。例えば、日系企業が現地法人を通じて商品を輸入し、その費用を本国の親会社からの売上で相殺することで、最終的に輸入者(親会社)は関税を意識せずに済む場合があります。
- FTA/EPA適用による実質無税輸入:前節の通り、FTA/EPAで関税率が0%に設定された場合、輸入者が原産地証明書を提出して輸入すれば関税は課されません。技術的には関税率がゼロなので「関税なしで輸入した」状況になります。例えば日米貿易協定(USMCAやCPTPPなども含む)や日EU・EPAに基づく輸入では、対象品目が免税となることで、輸入者は追加コストなく輸入できます。
- 輸入関税還付制度の利用:日本では、輸入した貨物を展示会や修理のために一時的に輸入し、再輸出する場合に関税が払い戻される制度があります。この場合、輸入時に一旦関税を納付しますが、条件を満たせば後で全額が返還されます。実質的に最終輸入者は関税負担をしない形となり、「関税なしで輸入できた」ようになります。
以上のように、形式的・技術的には輸入時に関税が発生している場合でも、取引方法によって輸入者の負担感をなくすことは可能です。ただし、どの場合も最終的には誰かが関税相当分のコストを負担している点に注意が必要です。業務上は見かけ上「輸入者負担なし」の取引条件として契約することはできますが、根本的には関税は輸入国政府に納付される税金であることを理解しておく必要があります。
要約
関税は原則として輸入国の税関が輸入者に課し、輸入者が納付義務を負います。ただし実務では、貿易条件(インコタームズ)により負担者が変わります。特にDDP(関税込持込渡し)条件では輸出者が関税や輸入諸税を含むすべてのコストを負担し、輸入者は追加費用なく商品を受け取ります。この場合、輸入者は「関税なしの価格」で輸入できることになります。
また、FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)で関税がゼロになる場合もありますが、これは政策的措置であり、輸出者が負担する構造とは異なります。
つまり形式上、輸入者に関税の納税義務がありますが、貿易条件次第では輸出者が実質的に負担し、輸入者に関税が発生しない形で輸入できるケースも存在します。
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