正:遺産分割や登記を行わない一見上の利点
相続税が発生しないような比較的少額の遺産の場合、被相続人の死亡後にあえて遺産分割協議や相続登記を行わずに済ませることには、いくつかの一見した利点があります。まず、正式な手続きを省略できるため、時間的・経済的コストを節約できます。専門家への依頼や登記の際の登録免許税などの費用負担を避けられ、相続税の申告が不要なケースでは税務上の手続きも発生しないため、急いで対応する必要がないと感じられます。また、遺産分割協議をしないことで当面の相続人同士の衝突を回避できる面もあります。例えば、不動産などの分け方をめぐって対立が起こりそうな場合でも、話し合い自体を先送りにすれば当座は家庭内の平穏を保てると期待できるでしょう。このように、手続きを敢えて行わないことは、一時的には「現状維持による安心感」や「余計な手間を省く効率性」といった利点をもたらすように見えます。
反:遺産分割や登記を先延ばしにした場合に生じる不都合
しかし、遺産分割や相続登記を行わずに放置しておくことによって、後々重大な不都合が発生します。当初は手間を省けていても、法的手続きの未完了が原因で各種の法的・行政的な問題が表面化してきます。例えば、被相続人名義のままの不動産は売却や有効活用が困難です。遺産が相続人全員の共有状態のままだと、不動産の売却や担保設定など重要な処分を行う際に相続人全員の同意が必要になります。一人でも反対者がいれば自由に処分できず、資産の有効活用の機会を逃す恐れがあります。また、遺産分割協議書を作成していなければ、銀行預金の払い戻しなど基本的な相続手続きすら進められず、現金の分配や支払いが滞るケースもあります。さらに、2024年4月の法改正により相続登記が義務化されており、正当な理由なく所定の期限(相続開始から3年以内)を過ぎても登記を怠ると**過料(罰則)**の対象ともなりました。したがって、手続きを先延ばしにすることは法的リスクさえ包含しているのです。
経済的観点からも、放置のデメリットは無視できません。遺産が適切に分割・登記されていない状態では、相続人各自が自分の持分を自由に処分・管理できず、資産価値の減少や機会損失を招きかねません。例えば、不動産を売却して現金化し各自の資金に充てたり、有効な投資に回したりするチャンスを逸する可能性があります。また、時間の経過とともに不動産の老朽化や市場価値の変動が起きても、共有のままでは迅速な意思決定ができず対応が遅れるため、結果的に資産の目減りや追加コスト(維持管理費の長期化等)につながります。後になって登記や分割を行う際も、当初より手続き費用が増大したり(相続人が増えれば書類作成や調整が煩雑になる)、専門家への依頼費用が余計にかかったりする場合があります。初めに節約できていたはずのコスト以上に、将来的な経済的負担が膨らむリスクがあるのです。
人間関係の面でも、手続きを放置することは大きな禍根を残します。相続人間で当初は「先送りで合意」していたとしても、年月が経てば各人の生活状況や心情は変化し、協力姿勢が揺らぐ可能性があります。時間の経過に伴い、相続人同士の連絡が取りにくくなったり、新たな不信感が生じたりするかもしれません。特に、相続人の一人が高齢となり認知症を患って判断能力を失った場合や、最悪その相続人が死亡してさらに二次的な相続(数次相続)が発生した場合、当初よりも遥かに複雑で解決困難な権利関係が生じます。放置された遺産について、本来関係のなかった遠縁の親族まで巻き込んだ話し合いが必要になるケースもあり、親族間の負担と精神的ストレスは計り知れません。また、遺産を巡る話し合いが長年未解決であること自体が一族の軋轢の火種となり、家族関係の悪化や紛争を引き起こす恐れも高まります。当初は争いを避けるための先延ばしであっても、それが結果的により深刻な不仲や訴訟沙汰に発展してしまっては本末転倒と言えます。
合:対立を解消する高次の統一的解決策
上記の利点(正)と不都合(反)の対立を解消するためには、双方の要素を踏まえたより高次の解決策を講じる必要があります。それはすなわち、「相続税がかからなくても、できるだけ早期に円満に遺産分割協議と相続登記を完了させる」というアプローチです。具体的には、被相続人の死亡後なるべく速やかに相続人全員で話し合いの場を持ち、各人の取り分や遺産の扱いについて合意形成を図ります。その際、当初懸念されていたような相続人同士の対立を最小限に抑える工夫が重要です。例えば、利害の調整が難しい場合には専門家(弁護士・司法書士等)や第三者の調停役を立てて公平・中立な視点で助言を受ける、遺産の評価額算定や分割案の作成に専門知識を活用する、といった方法が考えられます。家族内の円満さを維持しつつ迅速に合意に達することで、初期段階で抱いていた「揉めたくない」「手間をかけたくない」という願いを損なわずに手続きを完了させることが可能となります。
合意が成立したら、それを法律的に有効な形で文書化・登記することが肝要です。遺産分割協議書を作成し、各相続人の権利を明確化したうえで、不動産については速やかに相続登記を申請して名義を書き換えます。これにより将来発生しうる法的リスクを遮断し、各相続人は自らの財産として自由に資産を管理・処分できるようになります。仮に遺産の分け方で合意が難航する事情がある場合でも、新制度である**「相続人申告登記」**などを活用し、ひとまず法務局に相続が発生した事実と相続人の存在を届け出ておく方法もあります。そうしておけば、登記義務違反の罰則リスクを避けつつ時間を確保でき、後日の正式な遺産分割に備えることができます。このように早期に適法な対応をしておけば、長期的には経済的損失や家族の紛争を未然に防止できるため、短期的な手間の軽減(正)と長期的な安全確保(反の解消)を両立させる解決策と言えるでしょう。
要するに、真の意味で相続人全員の負担と不安を減らすには「迅速かつ円満な遺産整理」が不可欠です。初期段階で多少の労力や譲歩を要したとしても、それによって後々の大きな混乱や出費を防げるのであれば、結果的に各相続人にとって最も合理的で納得感のある選択となるはずです。社会的にも、相続登記の義務化に象徴されるように、遺産の放置ではなく速やかな名義・権利の整理が求められています。以上の高次の方策に従うことで、当初の利点と後発の不都合という対立は統一的に解決され、相続人全員が安心して次の生活の段階に進むことができるでしょう。
まとめ
相続税がかからないからといって遺産分割や相続登記を怠ると、後に法的手続きの困難、資産活用の妨げ、家族関係の悪化といった多方面の不都合が生じます。当初は手間を省けて得をしたように見えても、長い目で見ると却って大きな損失や争いを招きかねません。したがって、たとえ相続税非課税のケースであっても、早期に相続人全員の合意をまとめ正式に登記を行うことが、将来の安心と円満のために最善の策と言えるでしょう。
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