ロシアの教訓に見る中国の金戦略:人民元・金連動の可能性とインドとの比較

はじめに

ロシアによるウクライナ侵攻(2022年)以降、国際金融体制を巡る地政学リスクが高まっている。とりわけ、ロシアは侵攻前に自国の外貨準備で金の保有割合を増やし、SWIFT(国際銀行間通信協会)から排除され経済制裁を受けた直後には、ルーブルを事実上**金と連動(ペッグ)**させる措置を講じた。この非常策によってルーブルの急落を食い止め、制裁下でも通貨・経済の崩壊を回避したとされる。こうした事例は、**金(ゴールド)**が国家通貨の価値維持や金融制裁回避の手段として再評価される契機となった。

一方、米中間の覇権争いが激化し将来的に何らかの衝突が避けられないとの見方もある中、同様の文脈で中国の通貨戦略が注目されている。中国は近年、外貨準備に占める米ドル資産の比率を下げ、代わりに金の購入を増やしていると指摘される。また、中国が米国債の保有削減と並行して金準備を積み増す動きは、将来の金融対立に備えて人民元と金の連動を模索する布石とも見られる。本稿では、ロシアの例を踏まえて中国が今後も金購入を進める蓋然性を**弁証法(正-反-合)**の手法で論じ、さらに人民元と金の連動の可能性を分析する。加えて、インドの立場にも目を配り、金購入や通貨戦略における中国とインドの比較を通じて、将来的なアジアの通貨秩序再編(事実上の金本位制復権)の可能性について考察する。

ロシアのルーブル金連動と通貨防衛の事例

ロシアは2014年のクリミア併合以降、西側制裁に備えて外貨準備の「要塞化(Fortress Russia)」を進めてきた。具体的にはドル建て資産の比率を下げ、その代替として自国産出のを大規模に購入・蓄積している。侵攻直前までにロシア中銀の金保有量は2,000トン超に達し、外貨準備の中で米ドル資産を下回らぬ存在感を持つまでになっていた。

ウクライナ侵攻に伴いロシアはSWIFTからの排除や外貨準備凍結など史上例のない制裁を受け、ルーブルは急落した。しかしロシア当局はただちに通貨防衛策を打ち出す。その中核がルーブルと金の連動である。2022年3月、ロシア中銀は一定期間に限り**固定レートでの金買い取り(例えば1グラム=5,000ルーブルという価格保証)**を表明し、ルーブルの価値を金に紐づけた【※】。さらに非友好国に対し天然ガス代金をルーブル建てで支払うよう要求し、実質的にルーブル需要を創出する措置も講じた。こうした政策によってルーブル相場は制裁初期の暴落から短期間で持ち直し、戦時下にもかかわらず通貨の信認をある程度確保することに成功した。ロシアは金準備を裏付け資産として活用し、「金本位制の復活」に踏み切ることで自国通貨を防衛したのである。

※厳密にはロシア中銀が金とルーブルの交換比率を一定水準で保証することで市場にルーブルの下値(価値の下限)を意識させた措置である。この事実上のペッグにより、金の国際価格を基準にルーブルの実質価値に下支えがなされた。

中国の金購入戦略:継続の蓋然性を弁証法的に考察

中国はロシアと同様に、国家戦略として金の重要性を再認識している。米中覇権競争が激化する中、将来的な対立や制裁発動の可能性を視野に入れた動きとも言える。中国が今後も金購入を進めるかについて、正-反-合の観点から以下に分析する。

正(テーゼ): ロシアの例が示す通り、中国は今後も積極的に金準備を拡大していく可能性が高い。最大の根拠は、万一米中間で深刻な対立が生じた際に、中国もまたドル資産凍結や金融制裁のリスクに晒され得る点である。中国当局はロシアへの制裁を「他人事ではない」と受け止めており、自国の外貨準備を**「人質」としないための方策として金の保有拡大を進めていると考えられる。事実、中国は近年公式に保有する米国債残高を減らし続ける一方、人民銀行(中央銀行)は定期的に金購入を公表している。2022年末以降、月ベースで数十トン規模の金を買い増す動きが報じられ、公式金準備は2025年には約2,300トン**(公表ベース)に達してロシアに匹敵する水準となった。中国は世界最大の金生産国であり、その地の利も活かして内外から金を調達し、着々と蓄積している。金は他国による没収や凍結が困難であり、有事の際の価値保全手段として最適である。ゆえに、米中衝突が不可避とすれば中国が「第二のロシア」として金備蓄を続ける蓋然性は極めて高い

反(アンチテーゼ): 他方で、中国による金購入拡大には慎重論も存在する。第一に、中国経済は米国主導の国際金融システムと深く結びついており、ロシア以上にドル資産への依存度が高い。仮に急激なドル離れ(金偏重)を行えば、市場の動揺や米国からの警戒を招きかねない。中国が保有する米国債は依然として7千億ドル台と巨額であり、一挙に売却すれば自国の保有資産価値の毀損や米債市場の混乱を通じたブーメラン効果を被る恐れがある。第二に、金は安全資産とはいえ価格変動リスクがあり、また利息を生まないため大量保有の機会費用も無視できない。外貨準備をあまりに金に振り向けすぎると、平時には運用収益の低下を招きかねない。第三に、金融安全保障の観点では金だけでなく多角化が重要であり、中国も実際には金のほか外貨準備の一部をユーロや円など非ドル資産へ分散していると見られる。さらにデジタル人民元の開発や、SWIFTに代わる自前の決済網(CIPS)整備など、金以外のアプローチでも対米金融依存の低減を図っている。これら代替策が進む中で、金だけに過度に傾斜するのは現実的でないとの指摘も成り立つ。

合(ジンテーゼ): 上記の正反双方を踏まえると、中国は今後も金購入を続ける公算が大きいが、その歩みは慎重かつ段階的になると考えられる。すなわち、中国はロシアの教訓から得た「金の戦略的価値」を認識しつつも、自国経済への副作用を最小化するようバランスを取って金備蓄を拡大していくだろう。具体的には、外貨準備のドル依存度を徐々に引き下げ、その受け皿として毎年一定量の金を継続的に買い増す戦略が予想される。一方でドル資産の急激な投げ売りや極端な金本位制への移行は避け、平時においては市場安定と金価格の睨み合いの中で巧みにポートフォリオ調整を図るだろう。このような漸進的アプローチにより、中国は制裁リスクに備えた「静かな要塞化」を進めると同時に、現行の国際金融秩序との共存も維持するとみられる。総合すると、米中対立が先鋭化するほどに金の戦略的重要性は高まるものの、中国はロシア的な大胆さと慎重な現実路線の折衷によって、自らの金購入を今後も着実に推進していくであろう。

人民元と金の連動の可能性

中国が金を備蓄するもう一つの狙いとして、将来的に人民元と金の価値を連動させるオプションを確保することが挙げられる。ロシアは制裁下でルーブルと金の連動策を採用し、通貨防衛に成果を上げた。この事例は、中国にとっても有事の際の一手として参考になっている可能性が高い。では、人民元を金に連動させることは現実に起こり得るだろうか。

現状、中国は人民元を管理フロート制(通貨バスケットに連動)で運用しており、金への公式なペッグ(固定)は行っていない。中国経済規模や金融市場の大きさを考えれば、平時から金本位制を採ることは事実上不可能であり、当局もその考えは示していない。しかし、米中衝突による金融分断や制裁発動といった非常事態に陥った場合、人民元と金を連動させる大胆な策が取られる可能性は否定できない。中国が十分な金準備を蓄えていれば、人民元の一定価値を金で裏付ける宣言を行うことで、マーケットの不安を鎮め通貨の下落を食い止める効果が期待できるからである。ロシアが示したように、金と結び付いた通貨には最低限の信用支持が生まれる。中国もまた最悪の局面では「最後の切り札」として金連動を検討するであろう。

実際、中国は人民元と金の間接的な連動策をすでに整備しつつある。代表例が上海黄金取引所における人民元建て金取引の拡大である。中国は2017年以降、人民元建ての原油先物市場(上海国際エネルギー取引所)を開設し、そこで得た人民元収入を上海・香港の市場で金に交換可能にするスキームを打ち出した。例えば、中国から原油を人民元で輸出した国(ロシアや中東産油国など)は、受け取った人民元を使って中国国内の市場で金を購入できる。この仕組みにより、人民元を受け取った国は必要に応じてそれを金に換金できるため、人民元で決済しても最終的に金(ハードアセット)に裏付けられる安心感を得られることになる。中国は公式に人民元を金と兌換すると宣言してはいないが、実質的には「人民元で貿易決済→中国市場で金現物に転換」というルートを用意することで、人民元の受容性を高めていると言える。

また、中国人民銀行自体も、自国通貨と金価格の安定的な関係を意識している節がある。内部的にどの水準で人民元と金の交換価値を維持できるか検討している可能性は十分にあり、外貨準備中の金比率や金価格動向が人民元政策に影響を与えているとも指摘される。さらに長期的には、デジタル人民元(中央銀行デジタル通貨)の信用裏付け資産の一部に金を組み入れる案や、BRICS・上海協力機構(SCO)といった多国間枠組みで金・資源バスケットに基づく決済通貨を創設する構想も取り沙汰されている。これらはいずれも人民元と金の連動強化と軌を一にする発想である。

もっとも、中国が直ちに人民元を金本位制に戻す可能性は低い。前述のように、平時においては金融政策の柔軟性維持や経済成長との両立が優先されるためだ。しかし「背に腹は代えられない」状況下では、ロシアが実践した金連動策が中国でも採用されるシナリオは十分考えられる。そのために中国は足元で着々と金という担保資産を積み増し、いざという時には人民元防衛の切り札として行使できる準備を整えていると見るべきだ。平時は静かな金準備蓄積と金市場インフラの拡充に努め、非常時には金との連動で人民元の信用を下支えする——こうした二段構えの戦略が垣間見えるのである。

インドの視点:金戦略・通貨戦略における中印比較

中国とともにアジアの大国であるインドもまた、近年その金戦略と通貨戦略において重要な動きを示している。インドは伝統的に民間部門での金需要(宝飾品や資産保有)が極めて大きい国だが、近年は中央銀行(インド準備銀行,RBI)も公的な金準備を増強している。世界経済の不確実性が高まる中、インドは金融安定の確保と通貨ルピーの信認維持を目的として金保有を拡大していると分析される。

まず金購入の動向について、中国とインドを比較する。中国人民銀行は公表ベースでも2022年末から2023年にかけて合計100トン以上の金を購入し、前述の通り2025年までに約2,300トンの保有高となった。一方インド準備銀行も負けずに金を買い増しており、2020年頃に650トン程度だった公式金準備は2025年に約880トンへと35%以上増加した。インドはこの結果、金保有量で世界第7位(アジアでは中国に次ぐ)となり、公的準備の中で金が占める割合も一時の6~7%から直近では11~12%超へ上昇した。さらに注目すべきは、インドが保有する金の一部を海外保管から国内保管へ積極的に移し替えている点である。2022年以降、RBIは約200トン超の金地金をロンドンなど国外の保管庫から本国へ輸送・移管しており、これは国際情勢不安定化の下で金資産を手元に置いておこうという意思の表れと受け取れる。ロシアのように直接制裁を受けるリスクは低いとはいえ、将来的に何らかの理由で海外預託の金が凍結・引き出し不能となる事態(例えば第三国制裁や金融危機による流動性逼迫など)が起こらないとも限らない。インドはそうした最悪の事態も想定し、安全策として金の国内回帰を図っていると推測できる。

次に通貨戦略の面で中印を比較すると、そのアプローチには明確な違いが見られる。中国は人民元の国際化を国家戦略として掲げ、BRICS銀行(新開発銀行)の設立や一帯一路構想での人民元融資、各国との通貨スワップ協定締結、さらにデジタル人民元の試験運用など、多方面から人民元のグローバル展開を推進している。これに対しインドは、自国通貨ルピーの国際的地位向上には関心を示しつつも、その取り組みはより限定的かつ段階的である。インドは近年、一部の貿易相手国(ロシアや周辺アジア・アフリカ諸国)との間でルピー建て貿易決済のメカニズムを構築し、ドルを介さずに二国間決済を行う試みを始めた。またデジタル・ルピーの導入準備や、国内即時決済システム(UPI)の国際連携にも力を入れている。しかし、人民元が既にIMFのSDR構成通貨となり国際決済の数%を占めるまでに至っているのに比べ、ルピーの国際利用はまだごくわずかであり、インド自身もルピーを覇権通貨にしようという意図は持っていない。むしろインドの狙いは、ドル一極支配に対抗して自前の通貨圏を築くというより、多極化する世界で自国経済の安定性と交渉力を高めることにあると言えよう。そのため、インドは金準備の拡充によってルピーの裏付けを厚くし、必要に応じて対外支払い能力を金で支える準備を進めつつも、ドル基軸体制そのものへ正面から挑戦する姿勢は抑制している。これは、米国を主要な安保・経済パートナーとしつつロシアとも友好関係を維持するという多角外交を展開するインドのバランス感覚に合致するものである。

要するに、中国とインドはいずれも金購入を増やし通貨価値の安定化を図っている点で共通するが、その戦略目的と射程には違いがある。中国は将来の米国との対立を見据え、人民元の国際的地位向上および制裁耐性強化という覇権競争上の動機から金戦略を推進している。一方インドは、自国経済の安全弁確保と漸進的なデドル化(ドル依存低減)という慎重な動機に基づき、金とルピーの基盤強化を進めている。この違いは、両国の立場(米国との関係性や国際秩序に対するビジョン)の差異を反映していると言えよう。ただし共通点として、アジアの新興大国がそろって金に注目し備蓄を増やしていることは特筆に値する。これは裏を返せば、従来ドルや米国債が担ってきた「究極の安全資産」の座を金が奪いつつある兆候とも解釈でき、次節ではその延長線上にある将来的な通貨秩序の変化について考察する。

アジア通貨秩序再編と金本位制復権の展望

中国やインドをはじめ、新興国の中央銀行が競うように金準備を積み増している現象は、将来の国際通貨秩序の変容を予感させる。特にアジアにおいて、米ドル一強体制からより多極的な通貨体制への移行が議論される中で、金本位制的な要素の復権が一つのシナリオとして浮上している。

21世紀初頭まで、各国の中央銀行はむしろ金準備を縮小する傾向にあった。冷戦後の米国優位と金融グローバル化の中で、「金はもはや古い資産」とみなされ、欧米諸国は保有金を売却し、新興国も米ドル建て資産(米国債など)を蓄積することが通念だった。しかし、リーマン・ショック以降の金融不安や今回のロシア制裁劇を経て、その潮流は大きく転換した。今や中央銀行による金の年間購入量は過去数十年で最高水準となり、世界の外貨準備構成に占める金の比率がじわじわと上昇している。特にロシア、中国、インド、トルコ、カザフスタンなどユーラシア勢の貢献が大きく、アジア新興国が金保有拡大を主導している構図が明確である。このことは、将来的にアジア発で金重視の通貨ブロックが形成される可能性を示唆する。

具体的な展望としては、いくつかの段階が考えられる。最も緩やかな形では、各国が独自に金準備を増やし各自の通貨価値の裏付けを強化する動きが続く。これはすでに現実に進行中であり、その延長でアジア諸国通貨の信頼性が相対的に高まれば、結果的にアジア全体でドル依存度が低下するだろう。次のステップでは、地域的な金の活用協調が考えられる。例えば、アジア版の通貨スワップ協定に金を組み込む(有事の際に不足通貨を融通する際、引き換えに金を担保提供する)とか、BRICSやASEAN+3といった枠組みで金を含むバスケット通貨を創設し域内決済に用いる、といったアイデアである。ロシアはBRICS開発銀行を通じて加盟国間の取引に新たな準備通貨(資源や金の裏付けを持つ)の導入を提唱しており、中国も表立ってはないものの潜在的に賛同していると見られる。仮に実現すれば、域内貿易でドルやユーロではなく金連動型の共通清算単位を用いることで、アジア版ブロック経済圏が形成されうる。しかしこの段階には大きな課題も伴う。とりわけ、中国とインドという二大国間の政治的摩擦や利害対立が障壁である。インドは自国が主導権を取れない国際通貨制度には慎重であり、たとえBRICS内でも中国主導の通貨案には賛同しにくい。また自国通貨の統一通貨への移行は金融主権の一部放棄を意味するため、双方とも簡単には受け入れ難い。ゆえに、アジア共通通貨正式な金本位ブロックの出現は中長期的なハードルが高い。

とはいえ、アジアの通貨秩序は既にゆるやかに再編が始まっているとも評価できる。各国が金を蓄え始めた事実自体、世界的な信用収束点がドルから金へ一部シフトしている兆候だからだ。今後、米ドルの信認が何らかの要因(米国の双子の赤字拡大や金融緩和の限界など)で揺らぐ局面があれば、そのシフトは一気に進む可能性もある。アジアにおける**「事実上の金本位制」とは、必ずしも古典的な金本位制(各国通貨が固定レートで金と兌換可能)を意味しない。むしろ各国が自主的に金保有を厚くし、自国通貨の信用を高めるとともに、相互間で金を担保に通貨交換や貿易金融を行うようなハイブリッド型**の体制を指すと考えられる。デジタル通貨技術の発展もこれを後押しし得る。例えば、各国中央銀行が金を裏付けとするデジタル資産を発行し、それを基盤に貿易決済ネットワークを構築するシナリオも描ける。これは金本位制の現代版とも言うべき試みであり、技術的には徐々に実現可能性が高まっている。

総じて、アジアの通貨・金融当局は「ポスト米ドル体制」を見据えて金という普遍的価値資産を戦略的に活用し始めていると言えるだろう。その先にどのような秩序が待つかは断言できないが、少なくとも金の重要性が半世紀ぶりに高まっていることは確かである。ロシア、中国、インドという大国が直面する地政学リスクと通貨の信認問題に対し、それぞれが導き出した解の一つが「金の再評価」なのである。そしてそれは、アジア発の新たな通貨秩序—より多極的で、金をはじめとする実物資産に価値基盤を求める秩序—への胎動と見ることができる。

結論

ロシアがウクライナ侵攻前後に示した金戦略と通貨防衛の成功例は、中国をはじめとする新興国に大きな示唆を与えた。米中覇権争いという文脈で中国は「第二のロシア」として振る舞う可能性が高く、実際に金準備の積み増しとドル離れを進めている。弁証法的に検討した結果も、中国が今後も金購入を継続する蓋然性は高いことを示唆した。ただし中国はロシアより経済規模が桁違いに大きく、世界金融との結びつきも強いため、そのアプローチはより慎重で段階的なものとなろう。人民元と金の連動についても、平時からの公式ペッグは採用しないにせよ、制裁発動時には金連動策で通貨下支えを図る選択肢を十分に備えている。実際、中国は金市場インフラや代替決済網を整備し、緩やかな形で人民元と金の結び付きを強めている。

インドもまた安全策として金準備を増強し、ルピーの信認向上を図っている点で中国と軌を一にする。しかしインドの戦略はより分散志向であり、米ドル体制との決別ではなく併存を志向する点で中国とは一線を画す。両国のアプローチの違いはあれど、アジアにおける金の重みが増している潮流は明確である。この潮流は将来的なアジア発の通貨秩序再編へとつながる可能性がある。すなわち、ドル一極体制に対抗して各国が金という普遍的価値をテコに自国通貨の安定と相互協力を図る、多極的金融秩序である。古典的な金本位制への回帰こそ非現実的だが、各国が金を重視することで事実上金に支えられた新たな通貨協調が芽生える余地は十分にあるだろう。ロシアの轍を踏まえた中国の金戦略、そしてそれに呼応するインドの動きは、アジアのみならず世界全体の通貨体制の将来像を映す兆しと言える。

要約

  • ロシアの事例: ロシアはウクライナ侵攻前に金準備を増強し、制裁でSWIFTから排除されるとルーブルを金と事実上連動させて通貨暴落を防いだ。この「金本位的」措置がルーブルの下支えに奏功した。
  • 中国の金戦略(正-反-合): 米中対立が避けられない中、中国も制裁リスクに備えて金購入を継続する可能性が高い。ロシアの教訓から金の戦略価値を認識し、外貨準備のドル依存低減と並行して金保有を拡大している。ただし経済規模やドル依存の現実から慎重論もあり、極端な金本位制ではなく漸進的かつバランス重視の金戦略を採る見通し。総合的に、中国は今後も静かに金備蓄を増やし「金融の要塞化」を図る公算が大きい。
  • 人民元と金の連動: 中国は平時に公式に人民元を金にペッグしてはいないが、非常時には金連動策を発動しうる準備を進めている。ロシア同様に有事の通貨防衛手段として金を担保に使う可能性があり、そのため金準備を潤沢に蓄積している。また上海黄金取引所を通じて人民元で受け取った代金を金に交換可能な枠組みを整え、人民元と金の間接的連動を実現している。
  • インドの動向: インドも近年金準備を大幅に増やし、自国通貨ルピーの安定と信用強化を図っている。中国が覇権争いを見据えて金戦略を進めるのに対し、インドはリスク分散と安全策として金を積み増す点が特徴的である。インドはルピー建て貿易などデドル化を模索するが、対米関係も重視するため中国ほど急進的ではなく、金保有拡大も通貨覇権というより経済防衛の意味合いが強い。
  • アジア通貨秩序の未来: 中国やインドの金戦略は、将来的なアジアにおける通貨秩序再編の一端となり得る。各国が金を増備することで自国通貨に事実上の金裏付けを持たせ、ドルへの依存を低減する動きが進む可能性が高い。完全な金本位制復活は現実的でないものの、金を重視した多極的通貨体制(例:金・資源バスケットによる決済通貨、金担保のデジタル通貨活用など)の芽が育ちつつある。ロシアの先例に学んだ中国、その中国に触発されるインドという構図は、アジア発の新たな金融秩序へ向けた胎動を示唆している。

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