金利低下でも金が売られるケースとは?
米国をはじめとする金融市場では、通常、利下げ(政策金利の引き下げ)が行われると金利の付かない金(ゴールド)は相対的に魅力を増し、買われやすいとされています。これは、金が生み出す利息がゼロである分、金利の低下によって他の利息を生む資産との機会費用が下がるためです。また、利下げは景気減速や金融緩和と結びつくことが多く、経済の先行き不透明感や通貨価値下落へのヘッジとして金需要が高まる傾向があります。
しかし例外的に、利下げ局面にもかかわらず金が売られる(価格が下落する)状況がいくつも存在します。以下に、金利低下期に金価格が下落した主なパターンを整理します。
ケース(局面) | 背景・理由(利下げでも金が売られるメカニズム) | 具体的な例 |
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金融危機での流動性不足(セリングクライマックス型) | 深刻な金融危機下では、利下げによる支援策が講じられても市場心理はパニック状態となり、投資家はあらゆる資産を現金化しようとします。その過程で安全資産の金さえ売却されることがあります。利下げ環境でも流動性確保のために金が手放され、価格下落を招きます。 | 2008年リーマンショック直後、2020年3月のコロナ・ショック初期など、連邦準備制度理事会(FRB)が緊急利下げを実施した局面で金価格が急落。 |
デフレ・低インフレ下の利下げ(実質金利の上昇局面) | 景気後退や物価下落に対処するための利下げ局面では、インフレ率が極端に低下またはマイナス(デフレ)の場合があります。この場合、名目金利を下げても物価下落幅が大きければ実質金利(名目金利-インフレ率)が高い水準で推移し、無利息の金の魅力が低下します。また将来のインフレ懸念が小さいため金のヘッジ需要も弱まり、結果として利下げにもかかわらず金が売られます。 | 1980年代前半の米国(ボルカー議長によるインフレ沈静化後、金利は低下したが実質金利が高く金価格は大幅下落)。また2010年代前半(世界的に低インフレが続き、ゼロ金利政策下でも金価格は調整局面に入った)。 |
景気回復・リスク選好の高まり(安全資産からの資金シフト) | 利下げが効果を発揮して景気や市場心理が安定・好転に向かうと、投資家の資金は安全資産からリスク資産へと戻り始めます。株式などの資産が魅力を増す中で、ヘッジ目的で保有されていた金が売却されることがあります。このリスクオン局面では、たとえ政策金利が下がっていても金需要が減少し、価格が下落し得ます。 | 1998年のLTCM危機後の利下げ局面(FRBの緊急利下げで市場不安が後退し、株価が急回復すると金は低迷)。また2013年前後(金融緩和が続く中で株式市場が好調となり、金は2011年の高値から下落傾向に転じた)。 |
ドル高・通貨信用の維持(通貨要因による金安) | 通常利下げは自国通貨安を伴いやすいものの、場合によっては他国より相対的にましな経済状況や政策への信認から、利下げ局面でも基軸通貨である米ドルが堅調・上昇するケースがあります。ドル高になるとドル建て金価格は割高となり下落圧力がかかります。利下げによるドル安効果を上回る通貨要因(他国中央銀行の大幅緩和や安全通貨としてのドル需要増)があると、金は売られやすくなります。 | 1990年代後半(アジア通貨危機後~ITバブル期、米国は利下げも実施したが米ドルが独歩高となり金は低迷)。また2013年頃(米国の量的緩和縮小観測でドルが強含み、利下げ継続下でも金は下落した)。 |
上述のように、利下げ局面でも金融危機による換金売りやデフレ的環境下での実質金利上昇、景気安定化によるリスクオン、通貨要因によるドル高など、複数の理由で金価格が下落に転じることがあります。 (金価格と米国金利の関係|過去の歴史からセオリー通りにならない時期についても解説 | OANDA FX/CFD Lab-education(オアンダ ラボ))下の図は金先物価格(青、右軸)と米10年債利回り(橙、左軸)の推移を比較したものです。利回り低下期には一般に金価格は上昇する逆相関関係が見られますが、例外的に両者が同時に低下した局面も確認できます。例えば図中2012~2015年頃では、米長期金利が低下する一方で金価格も下降基調となっており、利下げ(低金利)環境でも金が売られたケースに相当します。
金に投資すべき経済・金融環境:弁証法による検討
正(Thesis):低金利・緩和局面は金の好機という通説
まず「正」としての立場は、金利低下や金融緩和の局面は金投資に適した環境だという通説です。利下げによって債券利回りや預金金利が下がれば、金の機会費用の低下により相対的魅力が増します。また金融緩和は将来のインフレ懸念や通貨価値下落(法定通貨の信認低下)につながりやすく、金はインフレヘッジや通貨代替資産として需要が高まると考えられます。さらに景気悪化懸念でリスク資産から資金が逃避する局面では安全資産として金が買われやすく、実際に中央銀行の利下げ開始と前後して金価格が上昇する歴史的傾向も多く指摘されています。総じて、**「利下げ=金価格上昇」**という図式が基本シナリオとして広く認識されています。
反(Antithesis):利下げでも金が下落する状況への着目
一方「反」として、前述したような利下げ環境下で金が売られるケースに着目すると、金投資のタイミングは単純な通説ほど簡単ではないことがわかります。金融危機時のように市場の流動性が枯渇している局面では、利下げが行われても金まで手放され価格下落を招くため、安易に金を買うと一時的な急落リスクに晒されます。またデフレや極端な低インフレ下では、実質金利が依然高水準に留まるため金利低下の恩恵が相殺され、金の魅力は限定的です。同様に、利下げによって景気や投資家心理が安定化すると安全資産離れが起こり、金から資金が流出してしまいます。さらに米ドル高が並行して進む局面では、ドル建ての金価格は下押しされがちです。つまり、利下げそれ自体が金価格を押し上げる必要十分条件ではなく、その利下げの背景となる経済・市場状況次第で金の動きは大きく変わるということです。
合(Synthesis):統合的視点—金投資に適した環境とは
正と反の主張を統合すると、金に投資すべき経済・金融環境は「単に利下げ局面である」というだけでは不十分で、金に好影響を与える他の要因が揃っている環境であるといえます。すなわち、金利低下そのものよりも、実質金利が低下またはマイナス圏に入る状況が重要です。具体的には、利下げによって名目金利が下がる一方でインフレ期待が高まっている局面や、極端な危機対応で法定通貨の信認が揺らぎ代替資産として金が求められる局面が望ましいでしょう。例えば、金融緩和で潤沢な資金供給が行われインフレ率が上向き(将来的な通貨価値の希薄化懸念)かつ債券利回りは低迷している状況では、金の相対的魅力が高まります。また地政学リスクや市場の不確実性が高まり安全資産需要が根強い環境であれば、利下げとの相乗効果で金価格は上昇しやすくなります。
要約すれば、金に投資すべきは「低金利(金融緩和)で、なおかつ実質金利が低下傾向にあり、インフレや通貨不安・リスク回避ムードが高まっている経済・金融環境」です。このような環境では利下げによる金の追い風効果が真に発揮されやすく、一時的な逆風要因(流動性逼迫やドル高など)があっても中長期的に金の価値が見直される可能性が高いと言えます。一方で、利下げであってもインフレ懸念がなく実質金利が高いままの安定局面や、危機的でも流動性パニックの最中といった環境では、金への投資効果は限定的となるでしょう。したがって、金投資の判断には金利動向に加えて物価動向(インフレ期待)や実質金利、ドルなど通貨の動き、そして市場のリスク心理といった要素を総合的に見極めることが肝要です。
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