米国の保護主義的関税政策と多極化の弁証法

はじめに

米国は近年、「アメリカ第一」を掲げて保護主義的な関税政策を推し進めてきた。特に、中国からの輸入品に対する高関税や、同盟国にまで及んだ鉄鋼・アルミニウム製品への関税措置は、その象徴である。

本稿では、この米国の関税政策を弁証法的視点から分析する。ヘーゲル哲学の正・反・合の枠組みと、マルクス主義の歴史的唯物論(階級闘争の国際関係への拡張)を手がかりに、以下の三段階で論じる。まず米国の関税政策を「正(テーゼ)」として捉え、次にBRICSをはじめとするグローバルサウス諸国・非西側諸国による対抗を「反(アンチテーゼ)」として提示する。最後に、その矛盾から将来的に生じうる「合(ジンテーゼ)」として、米国主導の一極秩序の退潮と新たな多極的秩序の形成を論じる。哲学的な分析に加え、国際政治経済における現実主義の視点も織り交ぜながら、米国の保護主義が多極化の進展の中でいかに自らの破綻を招きつつあるかを考察する。

米国の保護主義的関税政策(正)

米国政府は、自国の産業と雇用を守る名目で攻撃的な関税措置を打ち出してきた。とりわけ2018年以降、中国からの輸入品に大規模な追加関税を課し、数千億ドル規模の中国製品に最高25%もの関税率を適用した。また、安全保障上の理由を掲げて同盟国からの鉄鋼・アルミニウム製品に対しても25%前後の関税を発動し、従来の友好国にも制裁的措置を取った。これら一連の保護貿易策は「アメリカ第一」のスローガンの下で推進され、米国の経済的主導権を維持するための正面からの主張(テーゼ)と位置づけられる。

この「正」としての関税政策の背景には、米国内の経済的不均衡や政治的圧力がある。グローバル化による製造業の空洞化や貿易赤字の拡大により、米国の労働者階級には不満が蓄積していた。現実主義的に見れば、超大国である米国が相対的な地位低下を食い止め、自国の覇権的利益を守ろうとする行動である。関税引き上げによって輸入品を高騰させ、「公平な競争条件の回復」を謳いつつ国内産業をテコ入れする狙いがあった。

しかし、この政策には内在的な矛盾が潜んでいる。本来、米国は第二次世界大戦後に自由貿易体制と多国間主義の旗振り役だったが、自ら高関税によってその秩序を揺るがしている。盟友にまで関税を課したことは同盟関係を軋ませ、米国主導の経済秩序への信頼を損なわせた。ヘーゲル哲学の観点では、現状維持を図るこのテーゼはすでに反作用を孕んでおり、自らの原理(自由貿易と同盟網)と衝突する矛盾した動きを含んでいるといえる。つまり、米国の関税政策という「正」の中には、後に噴出する対立の芽が内包されていたのである。

BRICSとグローバルサウスの対抗(反)

米国の関税攻勢という「正」に対し、世界では逆方向の動き(アンチテーゼ)が加速した。高関税を課された国々は対抗措置を講じ、米国主導の経済システムからの自立を模索し始めたのである。特にBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)や広義のグローバルサウス諸国は協調して経済的な結束を強め、米国への依存度を下げる戦略を取っている。その主な対抗策は以下のとおりである。

  • 報復関税と貿易再編: 中国をはじめとする対象国は米国製品への報復関税を実施し、貿易相手先の多角化を図った。例えば、中国は他のアジア・欧州諸国との貿易を拡大し、自国市場でも輸入代替を進めた。米国から締め出された市場を補完するため、地域的な貿易協定(RCEPなど)や南南協力を通じて新たな輸出先を開拓している。
  • 経済ブロックの形成: BRICS諸国は首脳会議を通じて結束を固め、新興経済圏としての存在感を高めた。BRICSは加盟国間での貿易や投資を促進し、さらに他の新興国(例: サウジアラビアやアルゼンチンなどの加盟検討国)との連携を深めている。これにより、従来G7が牛耳っていた国際経済秩序に対抗する、多極的な経済ブロックが台頭しつつある。
  • ドル依存からの脱却(脱ドル化): 米国が制裁や関税でドル決済網を武器化する可能性に備え、各国はドル以外の通貨で取引する動きを強めている。例えば、ロシアと中国は二国間貿易で自国通貨(ルーブルと人民元)による決済を拡大し、インドも原油購入にルピー建て決済を模索している。BRICS銀行(新開発銀行)は加盟国通貨での融資枠を設け、湾岸産油国も石油取引でドル以外の通貨受け入れに言及するなど、国際決済体制の多極化が進展している。
  • 供給網・技術面での自律: 米国による関税や輸出規制を受けて、中国を中心にハイテク部門での自給自足体制の構築が加速した。半導体や電気自動車のサプライチェーンを国内もしくは友好国間で完結できるよう投資が拡大し、「デカップリング(経済分断)」への耐性を高めている。他の新興国も基幹産業で米国技術への依存脱却を志向し、代替技術やサプライヤーの確保に動いている。

以上のように、「反」としてのグローバルサウスの対抗運動は、米国による一極支配的なテーゼに対する全面的な否定となって現れた。それはヘーゲル的にはテーゼの否定(揚棄)であり、マルクス的に見れば、先進国中心の秩序に挑む被支配側の階級闘争にも喩えられる。国際関係のリアリズムの文脈では、単極的な強国に対し他の国家群が「バランス」を取るべく連帯し、自助努力で権力の分散を図った結果ともいえる。この反作用によって、米国の影響力は相対的に低下し、従来は考えにくかった多極的な連携が現実味を帯び始めたのである。

新たな多極的秩序の形成(合)

上述の正・反の対立は、最終的に「合」として新たな秩序へと収斂していくと考えられる。米国主導の一極体制は徐々に退潮し、替わって複数の勢力が併存する多極的な世界経済秩序が姿を現しつつある。この合(ジンテーゼ)は、米国の覇権的優位とグローバルサウスの対抗がせめぎ合った結果生じる「止揚」として、両者の要素を部分的に継承しながら新しい均衡を形成するものだ。すなわち、米国が築いた自由貿易やグローバルな相互依存という基盤自体は存続するが、それはもはや単一の超大国によって仕切られるのではなく、複数の大国・地域ブロックによって分有される世界となる。

この新秩序の特徴の一つは地域通貨圏の出現である。ドルは依然として主要通貨であり続けようが、ユーロや人民元をはじめとする他の基軸通貨が存在感を増し、世界は事実上の複数通貨体制へ移行していく。例えば、アジアでは中国とその貿易圏で人民元建て決済が広がり、中東・ロシアとのエネルギー取引でもドル以外の通貨が用いられる傾向が強まるだろう。南米やアフリカでも地域開発銀行や決済ネットワークを通じて、自地域内で資金を循環させる仕組みが整えられつつある。各地域がそれぞれの経済圏を発展させ、相互に緩やかに連結する、多中心的な国際通貨・金融体系が形づくられると予想される。

また、貿易の多角化と分散も顕著になる。サプライチェーンは特定の国やルートへの過度な集中を避け、複数地域に分散したネットワークとして再構築される。これは米中貿易戦争を契機に加速した傾向であり、企業も国家も一国への依存リスクを減らす方向に舵を切った結果である。欧米市場だけでなく、アジア・アフリカ・中南米といった新興市場同士の貿易や投資が拡大し、南南協力の比重が高まる。複数の自由貿易協定(FTA)や経済連携協定が重層的に結ばれ、WTO中心の普遍的一体系から、ブロック間交渉によるネットワーク型の秩序へと移行するだろう。各国は複数の経済圏にまたがって関係を築き、一国に依存しない柔軟性を備えるようになる。

この「合」としての多極秩序は、対立する利害を調停し新たな安定をもたらす可能性がある。ヘーゲル的に言えば、テーゼ(米国の一極体制)とアンチテーゼ(それへの挑戦)の矛盾はここで総合され、高次の秩序へと発展する。そこでは米国も依然重要な一極として機能するが、もはや自らのルールを一方的に押し付けることはできず、他の極との調整と協調が不可避となる。マルクス的な見立てでは、経済力の興隆した新興諸国という「下からの突き上げ」により古い支配体制が更新され、生産力に見合った権力配分がなされるとも考えられる。いずれにせよ、米国の保護主義的な関税政策は皮肉にもその覇権体制の終焉を早め、世界はより多元的で相互依存的な新秩序へと移行しつつあると言えよう。

以下が要約です:

米国の保護主義的関税政策(正)は、自国産業保護を目的とした高関税措置により、従来の米国主導の自由貿易秩序と矛盾を抱えている。一方、BRICSやグローバルサウス諸国はこれに対抗(反)し、報復関税、多角的な貿易関係構築、脱ドル化を推進し、米国の一極支配からの脱却を図っている。この相克から、新たな多極的秩序(合)が形成されつつあり、地域通貨圏の拡大や貿易の多角化・分散化が進展すると見込まれる。結果として、米国の関税政策は皮肉にも米国中心の覇権的秩序の弱体化を招き、より均衡した国際経済秩序への移行を促すことになるだろう。

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