中国とロシアは、いずれも巨額の外貨準備高を保有する国家ですが、その規模や中身、そして運用方針には大きな違いがあります。本稿では2025年7月時点における両国の外貨準備高の総額を最新データで比較し、それぞれの特徴的な構成(外貨の内訳や金(ゴールド)の比重)や最近の動向を分析します。また、両国中央銀行による金準備(ゴールド保有量)の現状についても触れ、各国が金をどの程度備蓄しているかを明らかにします。さらに、こうした外貨準備および金準備に対するアプローチの違いを、両国の経済体制・対西側戦略・通貨体制の自立性といった観点から弁証法的に論じます。最後に、全体の比較結果をまとめて要約します。
中国の外貨準備高と金準備の現状と特徴
- 圧倒的な規模と緩やかな増加傾向: 中国の外貨準備高は世界最大であり、2025年6月末時点で約3兆3,174億ドル(約3.317兆ドル)に達しています。これは2010年代半ば以降ほぼ横ばいから緩やかな増減を経ており、最近ではドル安や資産価格上昇の影響もあって2015年末以来の高水準となっています。中国の外貨準備は2014年に約4兆ドルの史上最高値を記録した後、人民元安防衛や資本流出への対応で一時減少しましたが、その後はおおむね3兆ドル前後で安定推移しています。直近数か月では小幅ながら増加傾向にあり、市場の予想を上回る水準で推移しています。
- 主要通貨中心の資産構成と金の組入比率: 中国の外貨準備の内訳は公表されていないものの、米ドル建て資産が依然として過半を占めると見られます。具体的には、アメリカ国債など米ドル資産のほか、ユーロや日本円、英国ポンドなど主要国通貨建ての債券に広く分散投資しています。もっとも近年、中国は米ドル資産の比率を徐々に引き下げる動きを見せており、米国債保有額はピーク時より減少しています。この背景には、外貨資産の多様化や対米リスクへの警戒感があると指摘されています。一方で、中国人民銀行は公式外貨準備の中で金(ゴールド)の比重を徐々に高めています。2025年6月末時点で中国が保有する公式金準備は約2,300トン(約73.9百万トロイオンス)に上り、その時価は約2,430億ドルと推計されます。これは中国の総外貨準備の約7%前後に相当し、ここ数年で緩やかに上昇してきた割合です。実際、人民銀行は2022年末以降約8か月連続で金準備を増やすなど積極的に金を買い増しており、金保有量は過去数年間で顕著に積み増しされています。ただし依然として金の占める割合は一桁台に留まり、残りの大部分は流動性の高い外国債券や預金などで構成されています。
ロシアの外貨準備高と金準備の現状と特徴
- 中国に比べ小規模だが過去最高水準: ロシアの外貨準備高は中国には及ばないものの、2025年6月末時点で約6,900億ドル(約0.69兆ドル)と過去最高水準に達しています。ロシアは2000年代以降、石油・ガス収入を背景に外貨準備を急増させ、ウクライナ危機前の2021年には約6,300億ドルに達していました。2022年のウクライナ侵攻に際して欧米諸国がロシア国外にあった準備資産を凍結したため、一時はロシアの利用可能準備高が大きく目減りしました。しかしその後、エネルギー高や輸入減による経常黒字を追い風に、ロシア当局は制裁下でも準備高を再積み上げました。実際には欧米に凍結された約3,000億ドル相当の資産(主にドル・ユーロ建て)が手付かずのまま残る一方、ロシア中央銀行は利用可能な外貨建て資産や金を増強することで総額ベースでは戦前を上回る水準まで準備高を回復させています。もっとも、凍結された外貨は依然使えないため、見かけ上の総額の大きさに対し実際に運用可能な部分は制限されている点に留意が必要です。
- 金と人民元に偏重した独自の資産構成: ロシアの外貨準備は、その構成面で中国と大きく異なる特徴を持ちます。まず突出しているのが金(ゴールド)の割合で、ロシア中央銀行は長年にわたり金を戦略的資産と位置付けて積極的に購入してきました。ロシアの公式金保有量は約2,330トン(2025年3月時点)と中国をわずかに上回り、金の準備高は総額の35~40%近く(評価額ベース)にも達しています。これは主要国の中でも極めて高い比率であり、ロシアが自国で保管する金を「制裁耐性」のある資産として重視していることが伺えます。また、金以外の外貨準備の通貨構成もロシアは特異です。2014年のクリミア危機以降、ロシアは米ドル資産を段階的に削減し、2022年初時点で外貨準備に占める米ドルの割合を1割程度まで落としていました。代わってユーロや人民元、中国国債への投資を増やし、特に人民元建て資産の比重を大きく高めています。ウクライナ侵攻後はドルやユーロ資産の大半が凍結され事実上利用不能となったため、人民元と金がロシア準備の中核となりました。実際、ロシア中央銀行は「人民元以外に信頼できる準備通貨の選択肢がない」と表明するなど、中国人民元を事実上の主要外貨準備として位置付けています。このようにロシアの準備資産は、金(実物資産)と人民元など「友好国通貨」への偏重という特徴的な構成になっています。
外貨準備・金準備に対する両国のアプローチの相違(弁証法的考察)
両国の外貨準備政策と金準備に対するアプローチには、経済構造, 対西側戦略, 通貨体制の自立性の観点で際立った違いが見られます。以下、それぞれの視点から両国の姿勢を比較します。
- 経済構造の違いに基づく準備高運用: 中国は「世界の工場」として大規模な輸出産業を持ち、恒常的な経常黒字によって潤沢な外貨が流入します。そのため外貨準備は主に為替レートの安定維持(人民元の過度な上昇抑制や下落防止)のために蓄積・活用されてきました。体制としては社会主義市場経済を掲げつつもグローバル経済に深く組み込まれており、準備資産も国際金融市場で流動性と安全性が高い形で保有することが重視されます。これに対しロシアは、経済の基盤が石油・天然ガスなど資源輸出による収入に大きく依存しています。外貨準備は資源価格の変動や制裁による景気変動に備える**「国家のクッション」としての色合いが強く、必要に応じて為替介入や非常時の財政支出に充当されます。中国が巨額の準備を対外不均衡の結果として蓄積しているのに対し、ロシアは資源収入の安定化基金として準備を位置付けるという目的の差**が見られます。
- 対西側戦略による方針の差異: 両国とも西側諸国との関係を念頭に外貨準備戦略を調整していますが、そのスタンスは対照的です。中国は米国をはじめとする先進国と経済的に相互依存関係にあり、対立を深めつつも公然たる経済決裂は回避する戦略を取っています。したがって外貨準備の運用でも、米ドル資産を急激に手放すような動きは避けつつ、長期的にリスクを減らすため徐々に多極化を図るという漸進的アプローチです。例えば米国債の保有削減や、SDR(特別引出権)・ユーロ・円建て資産の活用、そして金の積み増しなどがその表れです。一方ロシアは、2014年以降制裁の経験から**「脱ドル化」を国家戦略として鮮明に打ち出しました。特に2022年のウクライナ侵攻後、西側諸国とは金融・経済面で全面的に対峙する構図となり、ドルやユーロに極力依存しない体制づくりが急務となりました。結果として、先述のように人民元資産と金へのシフトが劇的に進み、西側の通貨・金融システムからの切り離しが図られています。要するに、中国が対立と依存のバランスを取りながらリスク分散を模索するのに対し、ロシアは対立を前提に西側資産から自らを遮断**し代替手段に集中するという、戦略上の違いが明確です。
- 通貨体制の自立性に対する考え方の違い: 自国通貨の国際的地位や金融主権に関する姿勢にも相違があります。中国は人民元の国際化を推進しつつも、自国の金融システム防衛のため依然として資本取引に規制を残し、管理フロート制による為替管理を行っています。巨額の外貨準備は人民元への信認維持と為替安定の裏付けとなり、中国は自国通貨を徐々に国際舞台に押し出す戦略(例えばデジタル人民元の導入や、人民元建て貿易の拡大)を採りながらも、当面はドル主導の既存体制と併存せざるを得ない状況です。そのため外貨準備運用も国際ルール内での漸進的改革という色彩が強く、自立性と現行制度の利益との両立を図っています。これに対しロシアは、制裁によって西側の通貨・決済網から締め出されたこともあり、通貨主権の確立を急務として掲げます。外貨準備を国内外で自由に使えない状況を踏まえ、ルーブル建て経済圏の防衛や友好国との現地通貨建て取引推進など、自給自足的な金融体制を模索しています。例えば輸出代金のルーブル決済要求や、中国との間での人民元・ルーブル直接決済の拡充などはその一環です。しかしながら、ルーブル自体は国際的な信用通貨ではないため、ロシアは金という普遍的価値資産と、人民元という新興の頼みうる基軸通貨に頼らざるを得ず、自立性確保の手段としてそれらに集中投資していると言えます。この点で、通貨体制の自立性という理念は共通しつつも、中国が現体制内での漸進的な自立を目指すのに対し、ロシアは急激かつ強制的な自立追求を強いられているという違いが浮かび上がります。
全体の比較と分析のまとめ
中国とロシアの外貨準備高および金準備を比較すると、総量では中国がロシアを大きく凌駕している一方、その中身と運用方針は両国の置かれた状況に応じて対照的であることがわかります。中国は世界最大の外貨準備を背景に、米ドルを中心とした主要通貨建て資産を幅広く保有しつつ、近年は金の積み増しや米資産依存低下により静かに備えを固める戦略を取っています。ロシアは規模こそ中国の約5分の1に過ぎませんが、金と人民元に偏重した構成で西側金融システムからの自立を図る戦略を鮮明にしています。また、金準備に関しては両国とも近年増強傾向にあるものの、その役割と比重はロシアで遥かに大きいと言えます。これらの違いは、両国の経済構造(輸出大国 vs 資源大国)の相違、米欧との関係性(競合しつつも協調 vs 制裁下の対立)、および自国通貨体制のあり方(漸進的国際化 vs 急速な脱ドル化)と深く結びついています。
総じて、中国はグローバルな金融秩序との共存とリスク分散のバランスを重視し、ロシアは国家経済の主権防衛と制裁耐性の最大化を最優先して外貨・金準備を運用していると位置付けられます。今回の比較分析から、両国とも膨大な外貨準備と金保有を通じて経済安全保障を追求しているものの、そのアプローチは各国の置かれた地政学的・経済的条件によって大きく形作られていることが明らかになりました。各国が直面する課題と戦略の違いは、外貨準備の構成や運用にも如実に反映されており、世界経済における通貨体制の多極化と変動を示唆しています。
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