『彼はそれを「賢者の投資術」と言った』の弁証法的分析

正:長期・分散・低コストのインデックス投資哲学

水瀬ケンイチは、自身の25年にわたる投資経験から長期・分散・低コストを柱とするインデックス投資の理念を説いています。もともと26歳で貯金ゼロ・ローンありという状況から投資を始めた水瀬氏は、当初は個別株の売買やテクニカル分析に没頭しました。しかし思うような成果が出ず手数料ばかり嵩んだため、投資の王道を模索する中でバートン・マルキール著『ウォール街のランダム・ウォーカー』に出会います。この運命的な一冊によって市場の効率性を知り、「誰にも未来の相場は読めないなら、市場全体に長期投資するのが賢明だ」という信念を抱きました。こうして彼はインデックスファンドを活用した長期投資へとかじを切り、その実践を続けていきます。

長期投資の理念に沿って、水瀬氏は数十年単位のスパンで資産形成に取り組みました。日々の値動きに一喜一憂せず、「お金は寝かせて増やしなさい」「ほったらかし投資」という言葉通り、一度構築したポートフォリオは基本的に手を加えずじっくり育てます。実際に2000年代初頭から毎月コツコツと積み立て投資を継続し、時間の力で資産を増やしてきました。

また分散投資も重要な理念です。水瀬氏は「世界中に幅広く分散せよ」という考えのもと、国内外の株式市場全体に投資できるインデックスファンドを選好しました。特定の国やセクターに偏らず、全世界株式など幅広い市場に投資することで、リスクを抑えつつ世界経済の成長をまるごと享受できると考えたのです。このグローバル分散によって、一国の不況や特定業種の低迷に左右されにくい安定したポートフォリオを目指しました。

さらに低コストの追求も欠かせません。長期投資ではコストの差がリターンに大きな影響を与えるため、水瀬氏は信託報酬など運用コストが業界最低水準のインデックスファンドを厳選してきました。実際、彼が「夢の金融商品」と呼ぶ**全世界株式インデックスファンド(いわゆる『オルカン』)は、幅広い分散と超低コストを両立した理想的な商品であり、新NISA制度の拡充と相まって個人投資家に追い風となっています。水瀬氏の投資哲学においては、このように「長期にわたり、広く分散し、コストを極限まで下げて、市場全体の成長に乗る」**ことが賢者の投資術の正攻法なのです。

反:投資哲学への疑念と現実的な困難

とはいえ、そのようなインデックス投資の哲学も現実の試練や疑念に晒されました。水瀬氏自身、長期投資を続ける中で何度か訪れた暴落局面では心理的に揺さぶられています。例えば2008年のリーマン・ショックでは、せっかく築いていた資産が一気に半減し、大きな絶望感に見舞われました。「市場に居座り続ければいつか報われる」という信念は、このような未曾有の危機の前に大きく揺らぎかねません。実際、水瀬氏は当時パニックに陥らぬよう自分に言い聞かせ、感情的な売買を避けましたが、それは決して容易なことではなく、胸の奥では「このまま続けて本当に大丈夫か」という不安と戦っていたに違いありません。

また2010年代前半には、リーマン・ショック後の低迷で5年もの長期にわたり資産がマイナス圏に沈み続けるという苦難も経験しました。最も厳しいこの停滞期、周囲には「下手なナンピン(※平均買い下げ)は身を滅ぼすだけ」といった冷ややかな声もあり、淡々と積み立てを続けることが正しいのか自問する日々が続いたと想像されます。毎月投資を続けても評価額が増えないどころか減り続ける――そんな状況下で平常心を保ち哲学を貫くことは、多くの投資家にとって大きな試練です。水瀬氏も心が折れそうになるのを必死に耐え、「継続は力」を信じて踏みとどまったのでしょう。

さらに、市場の変化や周囲の雑音も投資哲学への疑念を生む要因でした。時代が移りゆく中で、新興国ブームやハイテク株バブル、仮想通貨の台頭など、インデックス以外の投資が脚光を浴びる場面もありました。そうした局面では、「本当に何もせず市場平均に任せていてよいのか」「もっと良い儲けのチャンスがあるのではないか」という誘惑に駆られるものです。また、市場全体に投資するインデックス戦略に対し、「平均に投資しても大儲けはできない」「みんながインデックスに殺到したら機能しなくなるのでは」という批判的な見方も時に聞かれます。加えて、日本ではバブル崩壊後に長期低迷した株式市場の記憶もあり、「将来も株価が上がり続ける保証はないのでは」という不安もつきまといます。

暴落時の心理的不安、長引く停滞相場での焦燥感、そして周囲からの雑音――こうした現実的な困難が「王道を信じてじっと耐える」という哲学を何度も試しました。水瀬氏にとっても2020年のコロナ・ショックは記憶に新しい試練です。わずか1か月で世界の株価が30%以上急落する異常事態に直面し、18年近く積み立てを続けてきた自身の資産が巨額の含み損を抱えたとき、「さすがに今回はヤバいかも……」と内心たじろいだといいます。それでも彼は過去の教訓から感情的な行動をぐっと堪え、なんとか平常心を保とうと努めました。このように、インデックス投資の哲学は現実の荒波の中で度重なる疑念に晒されましたが、その都度ギリギリのところで信念を手放さずに踏みとどまった点に、水瀬氏の投資家としての矜持が光ります。

合:25年で得た統合的な知見と投資哲学の深化

四半世紀におよぶ投資の道のりを経て、水瀬ケンイチはインデックス投資の理念と現実の試練を統合し、より深みのある投資哲学を確立しました。その中核には、当初掲げた長期・分散・低コストという合理的戦略への揺るぎない信念の確立があります。同時に、幾多の困難を乗り越えたことで投資家心理への深い洞察と、愚直に投資を継続することの意義が強く胸に刻まれました。水瀬氏が第II部「理論編」で述べる「5つの真理」は、まさに正と反の双方を踏まえて得られた英知と言えるでしょう。主なポイントを挙げると以下のようになります。

  • 「ほったらかしでも株価は上がる」 – 世界経済は長期的には成長し株式市場も拡大する傾向があります。歴史を振り返れば一時的な暴落があっても株価はやがて回復し過去の高値を超えてきました。したがって、短期的な変動に右往左往せず市場に居続けることこそが利益につながるという真理です。水瀬氏自身、何度も暴落を経験しながらも市場から退場しなかったことで、その恩恵を受け資産を大きく増やすことができました。**長期投資を貫けば「時間がお金を増やしてくれる」**という教訓を、自らの成功体験として示したのです。
  • 「投資は手段であって目的ではない」 – 水瀬氏は、資産形成のゴールは単に「お金持ちになる」ことではなく、経済的自由を得て自分らしい人生を送ることだと強調しています。投資そのものは人生を豊かにするための手段に過ぎず、金銭的豊かさと同時に心の豊かさも追求すべきだという哲学です。実際、彼は資産1億円を達成してもすぐに仕事を辞めて隠居するような道は選びませんでした。働く意義や日々の充実を大切にし、資産が増えても生活や心の在り方を見失わないようにしているのです。「お金に囚われず、お金を活かして人生を豊かにする」という境地は、長年の投資を通じて得た悟りといえるでしょう。
  • 「暴落時の冷静さと投資家心理の克服」投資家心理に打ち克つことの重要性も、水瀬氏は痛感しています。相場が急落する局面では人間の本能的恐怖が湧き起こりますが、その心理に流されてパニック売りすることこそ最大の失敗であると身をもって学びました。リーマン・ショック時もコロナ・ショック時も、恐怖心に押されて狼狽売りしていたら資産の大幅な目減りを確定させていたでしょう。彼は「暴落こそが冷静さを試されるときだ」と述懐し、平常心を保つことがいかに難しいかを認めつつも、リスク許容度に見合った資産配分を守り感情的な判断を避ける大切さを強調します。この教訓は投資のみならず人生のあらゆる危機に通じると語られており、25年間の試練から得た心理面での成長と言えます。
  • 「継続の意義と複利の力」継続は力なりという格言を、水瀬氏の物語ほど雄弁に物語るものはありません。彼は20年以上にわたり積立投資を休むことなく続けてきました。その結果、当初は微々たる金額だった投資元本が複利効果で雪だるま式に増えていき、大きな財産を築くに至ったのです。途中で投資を中断したり撤退してしまえば得られなかったであろう果実を手にできたのは、平凡なサラリーマンである自分でも一貫して続ければ資産形成は可能だということを身をもって証明した格好です。継続する中で新NISA制度など追い風も受けましたが、それも投資をやめずにいたからこそ享受できました。長期投資の威力と時間の恩恵を、彼の歩み自体が示しているのです。
  • 「合理的な戦略への信念と柔軟な適応」 – 最後に、水瀬氏は合理的な投資戦略に対する揺るぎない信念を確立しています。それはインデックス投資こそ最も効率的で合理的だという確信です。ただし頑なという意味ではなく、常に合理性の観点から環境変化に適応してきた点も重要です。例えば運用コストが下がる商品が出れば乗り換え、税制優遇(NISA等)は最大限活用するなど、合理的判断に基づいて戦略を微調整する柔軟さも持ち合わせています。マーケットの短期的な雑音に振り回されない一方で、制度改善やより良い手段には素早く対応する姿勢です。このように芯はブレずとも時代に応じて最善手を選ぶことで、25年の間に投資効率を高め続けた点も彼の知見と言えるでしょう。

以上のような統合的知見を得た水瀬ケンイチの姿は、まさに「賢者の投資術」の体現者です。理論として正しい戦略を掲げるだけでなく、人間としての弱さや欲にも向き合い、それらを克服しながら実践を貫いたことで、単なる経済的成功にとどまらない投資哲学を築き上げました。経済的豊かさと精神的豊かさのバランスを追求する彼のメッセージは、多くの投資家に長く投資を続ける勇気と指針を与えてくれるでしょう。

まとめ

水瀬ケンイチの25年間のインデックス投資の歩みを振り返ると、「長期・分散・低コスト」を信条とする王道の投資術が、一見地味ながらも最終的に確かな成果をもたらすことがわかります。一方で、その道程には暴落や停滞による心理的試練や戦略への疑念も潜んでいました。しかし水瀬氏は愚直なまでに投資を継続し、理性的な判断で困難を乗り越えることで、当初の理念を現実の中で磨き上げてきたのです。最終的に彼が到達したのは、経済的豊かさと心の豊かさを両立させる賢明な投資観です。それはすなわち、**「市場と時間を信頼し、自分のブレない軸を持ちつつも心健やかに資産形成に取り組むこと」**に他なりません。長期投資の果実と教訓を身をもって示した水瀬氏の物語は、私たちに投資との向き合い方について大切な示唆を与えてくれます。

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