米国債からゴールドへの資金逃避は長期トレンドか

テーゼ: 財政赤字・インフレ・信認低下による米国債離れとゴールド高騰

米国の巨額な財政赤字と累積債務、そしてパンデミック以降の度重なる金融緩和によって、将来的なインフレや通貨価値の目減りへの懸念が広がっている。インフレ率が高止まりする一方で、名目金利の上昇にもかかわらず実質金利が低水準に留まる局面もあり、ドルへの信認低下が意識され始めた。その結果、安全資産と見做されてきた米国債が売られ、代わって金(ゴールド)の価格が急騰する動きが顕在化している。実際、近年の市場では株式などリスク資産が下落する局面で、通常なら逆相関で上昇するはずの米国債までも同時に下落し、代わりに金が買われるという異例の現象が起きている。2008年の金融危機時には米国債こそが「最後の避難先」として買われたが、足元ではその主役が金に交代しつつあるかのようにも見える。このパラダイムシフトの背景には、米国の財政・金融運営への長期的な信頼感の揺らぎがある。

特に各国中央銀行の動向はこの潮流を象徴している。従来、各国中銀は基軸通貨ドルへの厚い信頼のもと、外貨準備の多くを米国債などドル建て資産で保有し、金の保有割合を減らしてきた。しかし地政学的リスクの高まり(例:対ロシア制裁に伴うドル決済網からの排除リスク)やドル覇権の先行き不透明感から、戦略は転換しつつある。アメリカでは歳出拡大による債務累増と度重なる紙幣増発が将来の通貨価値下落を招くとの警戒感も強まっており、これらが相まって「ドル離れ」の動きが意識され始めた。その受け皿として各国中央銀行は外貨準備の構成見直しを進め、ドル資産の比率を下げて金を積極的に買い増す傾向が顕著である。事実、ここ数年の中央銀行による金購入量は数十年ぶりの高水準に達し、金は公式準備資産として再評価されている。民間投資家にとっても、インフレによる資産目減りへの防衛策として金の魅力が増大している。ETFの普及で金市場の流動性が向上し、個人から機関投資家まで金をポートフォリオに組み込む動きが広がっている。総じて、慢性的な財政赤字とインフレ圧力に加え、米国の金融・外交政策への信頼低下が重なった結果、米国債から金への資金逃避という長期トレンドが形成されつつあるといえる。

アンチテーゼ: 米国債の流動性・制度的優位とFRBの制御力が支える安全資産としての地位

しかし、上述の見方に対しては、米国債の依然揺るがぬ安全資産としての地位を強調する反論が成り立つ。第一に、米国債市場は世界最大かつ最も流動的な債券市場であり、取引規模や厚みで他の追随を許さない。ドル建て米国債は国際金融の基盤であり、各国の準備資産や金融機関の担保資産として不可欠な存在である。この制度的優位は一朝一夕に代替できるものではなく、金や他国通貨資産のみでその役割を賄うことは困難である。米国債は満期まで保有すれば元本と利息の支払いが保証された「信用リスクフリー」の資産であり、歴史的にも米国政府が債務不履行に陥った例はほぼ皆無である。一方、金は確かに価値保蔵手段だが価格変動が大きく、保管コストや利子を生まない点で機会費用がある。利息収入と安定性という観点から、巨大な年金基金や投資ファンド、各国政府にとっても、米国債を完全に手放して金だけに置き換えることは現実的ではない。

第二に、米連邦準備制度理事会(FRB)の統制力が米国債の信頼性を下支えしている点も見逃せない。FRBはインフレ抑制のため大胆な利上げを断行し、インフレ率が低下局面に入れば実質金利は再びプラス幅を拡大する可能性が高い。仮にインフレが鎮静化すれば通貨価値への不安も和らぎ、投資家が金を買い増す動機は弱まるだろう。また、景気後退が兆せばFRBは迅速に金融緩和に転じ、市場に潤沢なドル流動性を供給することで米国債利回りの急騰を抑制してきた(事実、過去の危機時には量的緩和で米国債市場を安定させた)。このように最後の貸し手たるFRBの存在は、米国債への根強い信認を支える柱である。さらに、たとえ新興国を中心に「脱ドル化」の声が上がっても、国際貿易・金融取引におけるドルの支配的地位はなお盤石であり、主要先進国をはじめ多くの市場参加者は米国債の信用力と利便性を引き続き評価している。米国が財政健全化に舵を切ったり高金利で海外資金を呼び込めば、ドル資産回帰の動きが強まって金需要が一服する可能性もある。実際、金価格が急騰すると一部の中央銀行や政府系ファンドは購入を見合わせたり利益確定売りに動く例も見られ、過度な金一極集中を避ける慎重姿勢も保たれている。以上の点から、米国債の安全資産としての優位性は依然堅固であり、金への資金シフトが直線的に進むとは限らないという見解が導かれる。

ジンテーゼ: 地政学的分断と通貨多極化の時代における米国債と金の共存・相互補完

最後に、両者の主張を統合する形で、新たな均衡像を探ってみる。ヘーゲル的弁証法における「合」(ジンテーゼ)は、対立する力が相互作用した末に生まれる発展的な統合である。現在進みつつある地政学的なブロック分断と国際通貨体制の多極化という潮流を踏まえれば、今後は米国債と金が並存し相互補完的な役割を果たす体制が構築されると考えられる。具体的には、各国の準備資産ポートフォリオにおいて金の占める割合がこれまでより徐々に高まる一方、依然ドル建て資産も重要な地位を保つという分散化された安全資産構成が定着していく可能性が高い。これは第二次大戦後のブレトンウッズ体制でドルと金が両輪を成した構図とも通じるが、現代ではドル一極支配ではなく複数の通貨・資産が補完し合う秩序へと移行する点に特徴がある。その中で金は「究極の価値の拠り所」として位置付けられ、各国は自国通貨の信用を補完する保険として一定量の金を保有することが新常識となろう。一方、米国債は引き続き流動性と収益性を提供し、グローバル金融の潤滑油として機能し続ける。こうした並存体制の下では、金価格は需要基盤の拡大によって過去ほど暴落しにくくなり、高止まりした水準で推移しやすくなると予想されるが、それでもインフレ率やドル金利動向に応じて上下に変動する緩やかな上昇トレンドを描くだろう。同時に米国債も、市場環境に応じた金利変動を通じて投資資金を呼び込み、危機時には価格が上昇(利回り低下)して資本を保全するという本来の機能を維持する。要するに、金と米国債は互いの欠点を補い合う形で安全資産の二本柱となる展開が予想される。投資家や各国当局は状況に応じてリスク資産と安全資産(米国債・金)の配分を機動的に見直し、極端な一極集中を避けることで全体の安定を図るだろう。こうしたプロセスを経て、従来ドルに過度に偏っていた国際金融体制は徐々に是正され、金と米国債を含む複数の価値保蔵手段が併存する持続的な秩序へ移行していくと考えられる。

要約

『米国債からゴールドへの資金逃避は長期トレンドである』との命題をめぐり、以上の議論を総括する。まず、財政赤字の拡大やインフレ高進、ドル信認低下を背景に**「金こそ新たな安全資産」として台頭する潮流が生まれている(テーゼ)。これに対し、米国債の流動性や制度的信頼性、FRBによる市場安定化の力を根拠に依然として米国債が安全資産の座を維持するという反論もある(アンチテーゼ)。最終的には両者の力が相まって、地政学的分断と通貨多極化の時代にふさわしい金と米国債の共存的な安全保障体制**が形成されつつある(ジンテーゼ)。この新たな均衡の下、金は従来以上に重要な価値保蔵資産として定着し、米国債も引き続き世界経済の基盤資産として機能することで、相互に補完し合いながら長期的な安定をもたらすだろう。

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