テーゼ(正)
戦後、アメリカは日本をはじめとする輸出国との経済的な相互依存関係を深め、基軸通貨ドルと米国債への継続的な需要を確保してきた。日本は輸出で稼いだドルを米国債に投資し、アメリカの財政赤字を間接的に支える役割を担った。その結果、アメリカは巨額の貿易赤字と財政赤字(双子の赤字)を長期にわたり維持することが可能になった。また、ドル高が維持されたことで輸出国側にとって米国市場は一層魅力的な輸出先となった。このような循環によってドルの国際的地位と米国債の信用は盤石となり、アメリカは世界における覇権を確立してきた。
アンチテーゼ(反)
しかし、このような依存関係は永続しなかった。アメリカはドル高がもたらす貿易不均衡を是正するため、1985年のプラザ合意に代表される協調介入で意図的にドル安政策へ舵を切った。強すぎるドルを反転させたことで一時は貿易赤字の縮小に寄与したが、同時にそれまでドルと米国債を買い支えてきた日本などの役割も縮小した。さらに近年では、中国との対立激化による貿易戦争やサプライチェーンのデカップリング(経済分断)を通じて、米中間の相互依存関係を断とうと試みている。こうした政策転換は、ドルと米国債の主要な買い手であった国々を遠ざけ、ドル基軸体制への信認低下という新たな脆弱性をアメリカにもたらした。実際、プラザ合意後の急激なドル安や1987年のブラックマンデー(株価大暴落)は、従来の構造に亀裂が入ったことを象徴する出来事であった。
ジンテーゼ(合)
依存なき覇権体制の構築が模索されている。しかし、その道筋は平坦ではない。日本や中国に続く「第3の買い手国」(例:今後の急成長が期待されるインド)は現状存在しない。仮に新興国が台頭しても、日本や中国のように米国債を買い支える保証はない。さらに、現在のアメリカの政府債務残高は1980年代とは桁違いに膨らんでおり、ドルと米国債への信用低下がもたらす悪影響は当時より格段に深刻になり得る。こうした現実を踏まえれば、アメリカは従来のように他国の貯蓄に依存せずとも覇権を維持できる持続可能な体制への再構築を迫られている。
要約
戦後の米国は日本や中国との相互依存を通じドル需要を確保し覇権を築いた。しかしドル高是正策(プラザ合意)や対中デカップリングで構造に亀裂が入り、ドルと米国債の信認低下という脆弱性が露呈した。今後、第3の買い手を欠き巨額債務を抱える米国は、依存に頼らない新たな覇権体制の構築を迫られている。
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