取得原価主義(テーゼ):その背景と意義
取得原価主義とは、資産を取得時の簿価(実際に支払った原価)で評価し、取得後に再評価せず、売却時に簿価と差額を損益とする会計処理の原則ですnomura.co.jp。日本の会計制度でも基本原則とされ、企業は工場設備や商品の取得原価を貸借対照表に計上し、減価償却や販売時に費用化します。実際の取引に基づく客観的な数値であるため、信頼性や検証可能性が高く、経営活動の収益と費用を厳密に対応させることができますnomura.co.jpclouderp.jp。この点は投下資本に対する利益(実現利益)を正しく把握する上で重要であり、企業の財務状態を明確に示す助けとなります。また、概念的には「実現主義」を支える基盤でもあります。一方で、取得原価主義は市場価格の変動を反映しないため、有価証券や商品など価格変動が大きい資産では取得原価と時価に乖離が生じますclouderp.jp。実際、取得原価主義では売却するまで含み益・損は認識されないため、長期間保有すると貸借対照表が実態からずれてしまう問題がありますclouderp.jp。それでも、安定的な経済環境下では、取得原価主義は比較可能性と慎重性を確保する有効な手法と言えますnomura.co.jpclouderp.jp。
反定立(アンチテーゼ):トレーディング目的棚卸資産の時価評価
これに対し、トレーディング目的で保有する棚卸資産(金地金などの原材料商品やコモディティ)は、市場価格による時価評価が適用されます。日本の「棚卸資産の評価に関する会計基準」第15項では、トレーディング目的棚卸資産は期末に市場価格を貸借対照表価額とし、その簿価との差額を当期損益として処理すると定められていますpdca-accounting.com。例えば、大手商社や証券会社が金地金を短期的に売買する場合、期末に市場価格で評価して評価差額を純額で利益に計上することが多く、取引の実態を財務諸表に反映しています。時価評価の利点は、経営環境の変化を素早く財務諸表に反映できる点にあります。価格変動による含み益・含み損が期末ごとに認識されるため、財務内容や業績がタイムリーに把握でき、投資家や経営者にとって有益です。特に、価格変動を狙った投機的取引や短期売買を主とする事業では、取得原価のままでは業績が低く見積もられてしまい、本来の成果が報告されません。
また、IFRS(国際会計基準)でも、商品ブローカー等のコモディティ取引在庫については公正価値(市場価格)評価が認められています。IAS第2号は一般に棚卸資産を取得原価または正味実現可能価額(原価とNRVの低い方)で測定しますが、コモディティ・ブローカーには例外があり、「公正価値-売却コスト」を用いて評価し、その変動を損益に反映させますifrs.org。これは、価格変動で収益を得る目的の資産であるため、従来の取得原価では経営成果を適切に把握できないという考え方です。実際、トレーディング目的資産は“活発な市場”で売買される点で貨幣性資産ともみなせることから、取得原価主義の枠内でも時価評価は妥当とされていますkoara.lib.keio.ac.jp。
総合(ジンテーゼ):両者の調和と現代的アプローチ
以上を踏まえると、現代会計においては、資産の性質や企業の事業モデルに応じて取得原価主義と時価評価を使い分けるハイブリッドなアプローチが必要です。取得原価主義はその客観性・検証可能性により基礎的な信頼性を提供しますが、すべての資産に適用すると重要な情報を見逃す恐れがあります。一方、時価評価は関連性を高める一方で評価変動による利益操作や不確実性の増大につながるため、適用範囲を慎重に設定する必要があります。実際、IFRS第9号や概念フレームワークでは、金融資産を償却原価(取得原価主義的評価)で測定するか公正価値で測定するかは、保有目的とキャッシュフロー特性に基づき判断すべきと定めています(混合属性モデル)accaglobal.com。すなわち、安定的に保有してキャッシュフローを重視する資産は取得原価ベースで評価し、市場変動を捉える必要がある資産は公正価値で評価するといった対応です。このように、取得原価主義と時価評価は対立する概念ではなく、取得原価主義を拡張した形で一部に公正価値を取り入れた混合モデルと位置づけられますcatalog.lib.kyushu-u.ac.jpkoara.lib.keio.ac.jp。例えば、先述のようにトレーディング目的棚卸資産は貨幣性があるため時価評価を許容し、それ以外は原価または正味実現可能価額で評価することで、両制度の整合を図っていますkoara.lib.keio.ac.jpcatalog.lib.kyushu-u.ac.jp。これにより、財務情報の**信頼性(コスト基準)と関連性(時価基準)**のバランスが取れ、企業価値や経済実態をより適切に開示できると考えられますaccaglobal.comcatalog.lib.kyushu-u.ac.jp。
要約
- 取得原価主義は取得時の実際の支払額を基準とし、客観性・信頼性に優れた評価方法ですnomura.co.jpclouderp.jp。利益は資産売却時まで計上されないため、安定した経営活動のモニタリングに有効ですが、価格変動の大きい資産では実勢価値との差が生じやすいという限界がありますclouderp.jp。
- トレーディング目的棚卸資産の時価評価は、金地金のように市場価格変動で収益を得る資産に適用され、市場価格を貸借対照表価額とし、差額を当期損益としますpdca-accounting.comifrs.org。これにより実勢価値が財務諸表に反映され、企業の業績をタイムリーに示すことが可能となります。
- 統合的視点では、資産の性質に応じて両制度を併用します。一般的な棚卸資産や有形固定資産は取得原価ベースで評価し、コモディティ取引など特殊な取引では時価評価を採用することで、信頼性と関連性を両立させます。これは「拡張された原価主義会計」とも呼ばれ、取得原価主義の枠内に公正価値会計を取り込む考え方ですcatalog.lib.kyushu-u.ac.jpkoara.lib.keio.ac.jp。上述の通り、現代会計では測定基準を状況に応じて使い分ける柔軟な混合モデルが実務上採用されていますaccaglobal.comcatalog.lib.kyushu-u.ac.jp。
引用
https://www.nomura.co.jp/terms/japan/si/A02807.html取得原価主義会計https://www.clouderp.jp/glossary/acquisition-cost-accountingトレーディング目的で保有する棚卸資産とは|会計処理を解説https://www.pdca-accounting.com/fs/01091001_commodity_trading.htmlRB2024-A – Issued IFRS Standardshttps://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/publications/pdf-standards/english/2024/issued/part-a/ias-2-inventories.pdf?bypass=onhttps://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/download.php/AN10088763-20150930-0027.pdf?file_id=105154The Conceptual Framework for Financial Reporting | ACCA Globalhttps://www.accaglobal.com/us/en/student/exam-support-resources/professional-exams-study-resources/strategic-business-reporting/technical-articles/conceptual-framework.htmlhttps://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/1959071/econ0230.pdfhttps://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/download.php/AN10088763-20150930-0027.pdf?file_id=105154
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