ロシアのウクライナ侵攻以降、西側諸国による経済制裁でロシアはドル・SWIFTを使えなくなり、対策として中国との人民元・ルーブル決済を急速に拡大している。中国も人民元国際化を推進しており、人民元建ての国際決済システム(CIPS)を通じて中露間取引を拡充している。両国は地政学的に西側に対抗する立場を共有し、制裁下で補完関係を深めている。以下、主にエネルギー、軍需・技術分野の取引、SWIFT排除後の代替決済網、そして金保有増加による脱ドル化の動きを詳述する。
1. エネルギー・軍事・技術取引における人民元決済の具体例
- エネルギー分野: 中国はロシア産エネルギー輸入で人民元決済を急増させている。2022年以降、ロシア産原油輸入のほとんどが人民元建てに切り替わり、海上輸送分は事実上全額が人民元で支払われるようになった。ガス分野でも「シベリアの力」パイプライン契約などを通じ、ロシアは輸出代金をルーブルと人民元で半々に受領している。例えば、中国国営の石油・ガス企業(CNPC、シノペックなど)は、ガス代金を人民元で送金したり事前に人民元を預託するなどして取引を成立させた。これらエネルギー取引では、中国人民銀行運営のCIPS網を経由して送金情報と資金がやり取りされ、人民元決済インフラが活用されている。
- 軍事・技術分野: 公的な武器売買は表立ってはいないものの、中国からロシアへの軍事・技術関連の輸出が拡大している。報道によれば、2024年にロシアが輸入したマイクロエレクトロニクス(半導体やマイクロコントローラ、FPGAなど)の大部分は中国製であり、これらは軍事用途にも転用されている。中国企業は無人機(ドローン)や通信機器などもロシアに提供しており、輸出代金は人民元建てで支払われているケースが増えている。こうしたハイテク製品の取引でも、人民元による決済が用いられ、中国側金融機関がCIPS網を通じて送金を処理しているとみられる。中国製技術の対露供給はロシアの軍需産業を支える重要な要素となっており、人民元決済がその資金チャネルを支えている。
- その他の具体例: このほか、例えば中国企業がロシアでの天然資源開発やインフラ建設に出資する際の資金移動にも人民元が使われている。中国による原子力発電所建設などの大型案件でも、輸入機材の代金が人民元で決済されるケースが報告されており、経済協力の決済面でCIPSが利用されつつある。
2. SWIFT排除以降の非ドル決済網活用
ロシアは2022年3月以降、欧米によるSWIFT排除措置に対抗し、複数の非ドル決済手段を総動員している。まず、ロシア国内では2014年に構築された金融メッセージングシステム(SPFS)や国産クレジットカード「ミール」の利用を拡大した。これにより、制裁対象銀行間の送金メッセージはSPFSで代替し、ロシア国民のカード決済もミールへの移行が進んでいる。
同時に中国との経済取引では、CIPSなど中国側の人民元ネットワークが重要な役割を果たしている。ロシア中央銀行は中国人民銀行との通貨スワップ協定を結び、人民元・ルーブルの直接決済ルートを整備した。これにより、エネルギー資源輸出の代金も人民元やルーブルで受け取る体制が強化されている。実際、ロシア副首相や大統領らは「中国との貿易の2/3は人民元・ルーブルで決済されている」と公言しており、政府主導で非ドル化を推進している。中国側も、CIPS参加銀行を通じて人民元送金サービスを拡大し、欧米制裁下の取引に安全な決済インフラを提供している。
その他の取り組みとして、ロシアは暗号資産やデジタル通貨の活用、BRICS(ブラジル・ロシア・インド・中国・南ア)諸国による共同決済システム構想などにも着手している。インドルピーやトルコリラ、さらにはインドとのルーブル・ルピー協調決済の拡大など、他国との双方向決済でドルを介さない方法も試みられている。これら非ドルネットワークの整備により、ロシアは金融制裁の回避策を多角的に講じている。
3. 金保有増加と脱ドル化の関連
経済制裁下でロシアは外貨準備の組み換えも進めている。特に米国債やユーロ建資産の凍結リスクに対抗して、金の保有を大幅に増加させた。2014年には外貨準備に占める金の割合は10~15%程度であったが、2020年代に入ると急速に積み増しを行い、現在では準備全体の2~3割近くを金が占めている(2024年末時点で約29%)。ロシアはドル資産を売却して得た外貨で金を買い増しし、国内に蓄積している。
この金保有の増加は、ドルやユーロへの依存度を下げる脱ドル化戦略の一部と見なされている。ロシアは世界有数の金産出国でもあり、自国生産分を国内準備に留める政策も徹底している。さらに、中国はロシア産金の主要な輸出先となっており、ロシアから安価に買い取っている。このように、人民元決済ネットワークの利用拡大と並行して、外貨準備を金に振り向けることで、ロシアは通貨資産の非西側シフトを進めている。ただし、G7によるロシア金買い手への禁止や金融市場の制限もあり、金の国際決済利用には依然として制約がある。
4. まとめ(要約)
ウクライナ侵攻後、ロシアは欧米制裁によるSWIFT排除に対応し、中国との経済協力を深化させてきた。中露間ではエネルギー資源や技術製品の取引で人民元決済が急増し、中国側のCIPSネットワークを通じて送金が行われている。ロシアは自国の決済システム(SPFS・Mir)や人民元ネットワークを活用し、ドルを介さない取引網を構築した。また外貨準備の面でも金の比率を引き上げ、ドル・ユーロ依存からの脱却を図っている。これらの動きは両国の「脱ドル化」を象徴するが、中国依存が強まる課題やCIPS自体のSWIFT依存度など制約も残されており、完全な非ドル化には依然として時間と調整が必要である。
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