プラザ合意40年:金に群がる中央銀行と通貨Gゼロの到来

ヘーゲルの弁証法的視点からすれば、1985年のプラザ合意以降、米ドルを基軸とする通貨秩序(テーゼ)は新興国通貨や金の興隆(アンチテーゼ)との対立を経て、新たな秩序(ジンテーゼ)へと移り変わりつつある。以下、プラザ合意以降の世界の通貨動向をテーゼ/アンチテーゼ/ジンテーゼの三段階で整理し、通貨Gゼロ時代の兆しを論じる。

テーゼ:プラザ合意以降のドル支配的秩序

1985年に締結されたプラザ合意以降、米ドルは国際通貨体制の中心的な役割を担った。プラザ合意によって米国は意図的にドルを弱め、日本円やドイツマルクを含む主要先進国通貨が上昇し、米国の貿易赤字是正が図られた。その結果、国際金融市場では米ドルの供給量調整や介入によって為替相場が安定化し、世界経済は米国発の成長に牽引された。1990年代のITブームや米国株の好調も追い風となり、米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策は比較的安定して市場の信頼を高めた。

この時期は、ドルを中心とする体制が確立し、米国債やドル建て資産は「安全資産」として世界中の中央銀行や投資家に広く受け入れられた。外貨準備の多くは米ドル建てで保有され、金(ゴールド)は中央銀行の準備の一部に組み入れられてはいたが、実質的な役割は相対的に低下していた。世界の金融秩序は米ドルを基軸とし、ユーロ誕生後もドル基軸体制は依然維持された。こうしてプラザ合意後の数十年は、米ドル主導の通貨秩序(テーゼ)が世界経済の中軸として支配的構造を確立したといえる。

アンチテーゼ:新興通貨・金の台頭と米欧通貨への不信

2000年代以降、世界の経済環境は大きく変化し、ドル主導体制への信頼に陰りが見え始めた。リーマン・ショック(2008年)の発生は、米国金融市場の脆弱性と巨額の金融緩和の必要性を露呈させた。米国はゼロ金利政策と量的緩和を繰り返し実施し、財政赤字も拡大した結果、ドルの実質的価値と米国債への信頼が一部で揺らいだ。さらに、2010年代以降の欧州債務危機や英国のEU離脱(Brexit)など、欧州でも不安定要素が増加したことから、ユーロやポンドなどへの信頼感も相対的に低下した。

こうしたドル・ユーロへの不信感が台頭する中、新興国の通貨や金が注目を集めた。中国経済の成長に伴い、人民元は国際決済や外貨準備への採用が徐々に拡大し、IMFの特別引出権(SDR)バスケットにも組み入れられた。ロシア、インド、ブラジルなどの新興国も、貿易決済や通貨スワップ協定を通じてドル依存度の低減を図っている。また、ビットコインをはじめとする暗号資産(仮想通貨)は「デジタルゴールド」として注目され、法定通貨以外の新たな価値保蔵手段として議論され始めている。

同時に、中央銀行による金の買い増しが顕著となった。特に中国人民銀行やロシア中央銀行は過去10年余りで保有金を大幅に増加させ、金は「希少でありかつ価値が毀損されない資産」として注目された。これは、米欧による経済制裁や政治リスクの高まりを背景に、特定の法定通貨に依存しない資産でリスクヘッジを図ろうとする動きと一致している。以上のように、新興国通貨の国際化と金の再評価という潮流(アンチテーゼ)は、ドル・ユーロ一極支配への挑戦となって現れた。

ジンテーゼ:通貨Gゼロへの移行と多極化する金融秩序

テーゼとアンチテーゼがぶつかり合うなか、世界の通貨秩序は徐々に「通貨Gゼロ」への移行を示唆する多極化した新たな段階へ向かっている。通貨Gゼロとは、かつてのドル覇権のように一国通貨が全世界を支配するのではなく、複数の通貨が相互に競合・補完し合う状態を指す概念である。実際、各国は外貨準備の分散化を進めており、ドル以外の米欧通貨の比重が減る一方、人民元や金、さらには国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)など非伝統的資産の比率が増えている。

このような多極的秩序において、金の地位は再び相対的に高まっている。金は中央銀行準備のうち一定の割合を占めつつあり、「不換紙幣の価値が揺らいだときの最後の安全資産」として再評価されている。技術革新の進展とともにデジタル資産への関心も高まっているが、現状では法定通貨に替わる基軸とはなっていない。しかし、金や多通貨の組み合わせによる価値保全は、通貨Gゼロ時代の枠組みの一翼を担っているといえる。

このように、プラザ合意以降のドル基軸体制(テーゼ)と、21世紀に顕在化した新興通貨・金需要(アンチテーゼ)の対立は、互いを包含する形で統合されつつある。新たなジンテーゼとして現れつつあるのは、特定通貨に覇権を委ねない多極的かつ流動的な通貨秩序であり、金はその中で重要な保全手段となることである。

要約

プラザ合意以降、米ドルを中心とする国際通貨秩序(テーゼ)が長らく世界を支配してきたが、2000年代以降は新興国通貨の国際化や金の買い増しを通じて反対勢力(アンチテーゼ)が台頭した。これらは共に現在進行形で交錯し、新たな「通貨Gゼロ」の時代へと向かいつつある。すなわち、単一通貨の覇権が薄れ、通貨の多極化・分散化が進む中で、金は不換通貨時代のリスクヘッジ資産として再評価されている。

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