米国は外貨準備に組み入れている金を法定簿価(1オンス42.22ドル)で評価し、その外貨準備に占める金の割合を実質的に低く見せている。この政策の背景と意図を、ヘーゲル弁証法のテーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼという枠組みで考察する。まず、簿価評価によって外貨準備高の安定・制度的一貫性を演出するという**テーゼ(正)を整理し、その対立軸として金の実質価値を隠蔽しドル基軸体制維持を図るとの批判的視点であるアンチテーゼ(反)を検討する。最後に、この両者の対立がもたらすより高次の統合的な視座、すなわち金とドルの覇権対立が金の重要性を浮き彫りにし、単一通貨覇権なき「通貨Gゼロ」へ向かう動きを生むというジンテーゼ(合)**的展開を論じる。
テーゼ(正):簿価評価による安定性演出と一貫性
- 外貨準備高の安定化:金を簿価(固定価格)で評価することで、金価格の変動を会計上で除外し、外貨準備高が大きく増減しないよう演出する。
- 制度的一貫性の維持:1970年代末に法律で定められた金の評価額(1オンス=42.22ドル)を踏襲し、ブレトンウッズ体制崩壊以来の会計規則や財務政策の整合性を保つ。
- 市場・政策信頼の確保:簿価評価により金保有額の含み益が表面化しないことで、外貨準備の急激な増加による市場ショックを回避し、ドル体制下での金融政策や国際交渉の安定性を演出する。
米国政府は保有金を長年にわたって簿価(法定価格)で評価し続けている。これは、金価格の上昇局面でも外貨準備額の数字に変動を与えず、一貫して安定的な財務状況を示すための措置とされる。例えば、現在の金市場価格が1オンス当たり数千ドルで推移していても、簿価評価では金準備高の帳簿価値はわずか数十億ドル程度に留まり、外貨準備全体に占める割合も見かけ上非常に低い。この結果、米国の公式発表する外貨準備高は極めて安定的に推移し、市場や国際機関に対して「準備高に極端なゆらぎはない」という信頼感を与えることができると主張される。また、この簿価評価方式は法律で固定された仕組みであり、中央銀行や財務省の会計処理における制度的一貫性を保つものとも説明される。いわば、過去に決められたルールを遵守し続けることで、国際金融秩序と整合した姿勢を演出しているというわけである。
さらに、簿価評価には財務上のメリットも指摘される。金価格変動による含み益・含み損が発生しても、会計上は動かないため、金価格急騰時に準備高が急増し予算や金融政策に影響を与えるリスクを回避できる。財務当局から見れば、金を固定価格で計上することで政策の予見可能性を維持し、インフレ懸念や資本流出入による市場混乱を未然に防ぐ効果がある。以上のように、テーゼ的立場では「簿価評価は外貨準備の安定性を演出し、制度的一貫性を担保する」というポジティブな意図が強調される。
アンチテーゼ(反):金の価値軽視とドル依存維持の意図
- 金の実質価値の隠蔽:金を時価ではなく簿価で評価することで、実際に巨大な価値を持つ金準備を意図的に過小評価し、外貨準備に占める金の割合を事実上無視していると批判される。
- ドル基軸体制維持の戦略:金の比重を低く見せることで、他の通貨(ユーロ、人民元、デジタル通貨など)が米ドルに取って代わるリスクを避け、ドル信認を維持しようとする意図があるとされる。
- 安全資産機能の歪曲:金の伝統的な安全資産・価値保存機能を公的には認めない姿勢は、実際にはドル中心の金融秩序を優先し、国民・市場に対して金依存への潜在的不安を抑え込むものと見る向きがある。
批判的な視点では、米国の簿価評価は一種の「策略」として捉えられる。すなわち、金本来の価値を隠蔽し、世界の中央銀行や投資家に対して金よりドルを信じさせることで、ドル一強の金融秩序を維持しようとする目論見があるとされる。実際、米国が保有する金準備は約2億6千万オンスに達するが、簿価評価では10数億ドルとしかされていない。一方で、現行価格(1オンス3000ドル超)で計算すれば数千億ドル規模に膨れ上がる。もし米国が金を時価評価すれば、外貨準備高は一晩で何千億ドルも増え、米国政府の財政状況やドル信用の見方が激変するだろう。この「含み益」を意図的に発表せず秘匿するのは、財政上の穴埋めや債務削減ではなく、金の存在感を薄め、ドルへの依存関係を固定化するためと批判されるのである。
さらに、「金の割合を極端に低く見せることで、他国が金を代替資産とみなす動きを抑制したい」という解釈もある。金を安全資産と捉えれば、金の比率が上がれば市場はドル以外の選択肢を強く意識する。そこで米国は簿価評価でこれを回避し、米ドルの優位性を相対的に高める意図ではないか、という見方だ。また、簿価評価により金の実力が表に出ないようにすることで、米財政の脆弱性や通貨発行余力(例:債務上限問題の回避策として金再評価案など)の話題化を避ける狙いも指摘される。要するにアンチテーゼでは、簿価評価は表向きの合理性を装いつつ、本質的には金の価値を軽視し、ドル基軸の依存関係を維持するための政治的戦略だとする立場である。
ジンテーゼ(合):隠蔽が生む逆説と「通貨Gゼロ」秩序への推進力
- 金とドルの覇権競争の顕在化:簿価評価によって抑え込まれた金の価値と、それを維持しようとするドル支配への抗いが対立し、両者の覇権争いが明確化する。
- 金の戦略的位置づけの浮上:米国の隠蔽努力にもかかわらず、かえって金の潜在的価値が国際的に認識されるようになる。各国中央銀行や投資家は金準備の重要性を再評価し、金を積極的に保有・活用しようとする動きが強まる。
- 「通貨Gゼロ」への動き:以上の動向が、従来の単一通貨覇権から脱却し、多極的・混沌的な通貨体制への移行を推進する逆説的な力となる。金とドルの衝突が、新たな国際通貨秩序(覇権通貨不在の「通貨Gゼロ」)への流れを加速させる。
このようにテーゼとアンチテーゼがぶつかることで、両者を包括超克するジンテーゼ的状況が生じつつある。米国は金を簿価に留めておくことでドル優位の演出を続けたいが、世界の潮流はむしろ金の存在感を浮かび上がらせている。例えば、中国やロシアをはじめとする各国は近年、積極的に金準備を増やしており、金を外貨保有の一部として重視する姿勢を示している。また、投資家もインフレ懸念などから「デジタルゴールド」と呼ばれるビットコインなど代替資産への注目を高めており、従来型の金融秩序への不信感を募らせている。こうした動きは、「もし金が十分に評価されずドル依存が続くなら、むしろドル以外の選択肢を持つ必要がある」という認識を拡散させる。
ヘーゲル弁証法では、正・反の対立から生まれる合が現実に新しい発展を促すとされる。今回の例でも、簿価評価(テーゼ)とその批判(アンチテーゼ)の対立が、より高次の認識へ昇華しつつあると考えられる。すなわち、金の価値を隠蔽する米国の意図は、逆説的に金の戦略的重要性を際立たせ、従来型のドル一強体制では対応できない「通貨Gゼロ」のような多極化した秩序への動きを促す。金とドルという二つの「支配通貨」の相克は、やがてこれらを超越する新たな通貨・金融体制の到来を予感させている。
まとめ
米国による金簿価評価には、外貨準備高の安定演出や政策一貫性の維持といった表向きの意図(テーゼ)があるとされる。一方で、批判的には金の実質価値を隠し、ドル覇権を維持する意図(アンチテーゼ)が指摘される。ヘーゲル的に見れば、これらの対立が新たな合を導く。結果として、米国が金の価値を抑え込む行為は逆説的に金の重要性を際立たせ、複数通貨が競合する「通貨Gゼロ」的秩序への転換を後押しする動きを生んでいるという結論が得られる。
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