序論 – 背景と問題意識
米国の2026年中間選挙は現地時間で11月3日予定である。トランプ氏は2018年11月6日の中間選挙で共和党が下院を失い、「ねじれ議会」が生まれた結果、政策が停滞し、2020年の再選も失敗した。現在(2025年)トランプ大統領は再び政権を担うが、議会多数はわずかであり、2026年中間選挙を乗り切れるかが政権基盤の存続に直結する。また、パウエル議長の任期は2026年5月に終了し、トランプ氏はその後任として自らに近い人物を起用する意向を示している。こうした政治・金融の日程を踏まえ、株式市場がどのように動き得るのかを考える。
テーゼ – 米国市場は中間選挙まで堅調になるとの見方
- 金利低下と金融緩和への期待
- ゴールドマン・サックスは2025年に3回、2026年に2回の利下げが実施され、政策金利は3~3.25%に低下すると予想している。トランプ氏の側近であるベッセント財務長官も「金利は過度に引き締め的で、150〜175bp下げるべきだ」と述べ、積極的な利下げを求めている。利下げは企業の資金調達コストを下げ、株式市場に追い風となる。
- FRB議長の後任選びでは、トランプ氏がケビン・ハセットとケビン・ワーシュの二人を候補として挙げ、両者は利下げに積極的な姿勢を示している。ワーシュ氏は連邦準備制度の運営に「体制の変更が必要だ」と述べ、金利引き下げを強く訴えている。FRBがトランプ氏に近い人物に交代すれば、市場はさらなる金融緩和を織り込む可能性が高い。
- 政策的配慮による景気下支え
- トランプ政権は2026年の中間選挙で2018年のような敗北を避けるため、経済を優先するだろう。2018年の中間選挙では、トランプ政権への不支持が強まり民主党が下院で41議席増やし、その後の政策推進が困難になった。政権側はこの教訓から、選挙前に財政出動や規制緩和を打ち出し、景気を支えることが予想される。
- U.S.バンクの分析では、過去60年のデータで中間選挙後の12か月間のS&P500平均リターンは16.3%と歴史的に高く、最も低かったのは1939年の景気後退期だった。政策不確実性が解消されると市場は上昇しやすいとの実証があり、選挙前に好調を維持すれば、選挙後の「リリーフ・ラリー」に繋がる可能性がある。
- AIブームや企業収益の追い風
- 2024年の大統領選挙後、AI関連株が大きく買われた。AIは高い生産性をもたらし、米企業の利益成長を支えている。市場全体でも、利下げと相まって投資家のリスク選好が高まりやすい。
以上のように、金融緩和期待と政策的な景気維持策、AIブームが重なれば、市場は中間選挙まで堅調に推移するとの見方が成立する。
アンチテーゼ – 堅調さを崩す要因
- 関税政策とインフレ再燃のリスク
- トランプ政権は、選挙に向けて貿易収支の改善をアピールするため強硬な関税政策を続けている。2025年3月の時点で、S&P500は1月20日の就任以来7%以上下落し、ナスダック総合指数は11%以上下落した。この背景には、トランプ氏の関税がインフレ再燃やスタグフレーションへの懸念を招き、景気減速や企業投資の縮小を引き起こしたことがある。経済学者らは関税がインフレを再加速させると警告しており、保護主義の継続は市場の重荷になる。
- 関税による不確実性はAI関連を含むグロース株の調整を招き、投資家心理を冷やした。
- 中間選挙における歴史的な逆風と政治的不安定
- ブルッキングス研究所は、1938年以降の22回の中間選挙のうち20回で大統領の所属政党が議席を失ったと指摘し、大統領の支持率が低いほど損失が大きいと説明する。共和党は下院でわずかな多数しか持たず、2026年に議席を失う可能性が高いと分析されている。議会が再び「ねじれ」れば、減税や規制緩和などの政策が停滞し、市場に不確実性を生む。
- U.S.バンクは、選挙前年(特に選挙前数カ月)のS&P500平均リターンは0.3%に過ぎず、政策不確実性が市場を抑えると示している。選挙直前に雇用統計や政局が混乱すれば、市場は調整する可能性が高い。
- FRB独立性の低下と中長期的な副作用
- トランプ氏は、FRB議長パウエルが金利を下げるのが遅いと批判し、議会に対して同氏の解任を検討するよう促している。後任候補のワーシュ氏は「政策運営の体制変更が必要」と述べ、財務省とFRBの協定を1951年のように見直すべきだと主張している。大統領の意向に沿った金融政策は短期的には株価を押し上げても、インフレ期待の上昇やドルの信認低下を招くおそれがある。
- Loomis Saylesのリサーチは、トランプ政権がパウエル再任を拒否し、よりハト派の議長を指名する可能性を指摘する一方、巨額の財政赤字が新議長の政策運営を難しくし、長期的には「財政主導(fiscal dominance)」による物価上昇リスクが高まると警告している。
以上のように、関税による景気悪化とインフレ再燃、歴史的に与党が議席を減らす中間選挙のジレンマ、FRB独立性の低下による長期的な副作用が、市場の堅調さを崩す要因となる。
ジンセシス – 統合的見解
弁証法的に整理すると、短期的な金融緩和期待や政権の景気下支え策は2026年中間選挙まで株式市場を押し上げる要因になる。ただし、保護主義的な関税政策はインフレ再燃や企業の投資意欲低下をもたらしやすく、トランプ政権の支持率が低迷すれば中間選挙前の市場は不安定になる。また、パウエル後任が大統領の意向に沿って利下げを急げば短期的には株価を支えるが、長期的には通貨価値や物価に悪影響を及ぼすリスクがある。
このため、「2026年の中間選挙まで米国市場は堅調」という命題は、短期的な追い風を評価すれば一理あるものの、政策の不確実性と中間選挙の歴史的逆風を考えると確実とは言い切れない。投資家は、利下げやAIブームといった追い風を享受しつつも、関税政策や政治リスクに注意を払い、分散投資やリスク管理を徹底する姿勢が求められる。
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