2025年10月21日の金相場暴落

背景:記録的な上昇から突然の急落へ

2025年に入ってから金相場は新型コロナウイルス収束後の世界経済や中東情勢の緊張に加えて米国の金融緩和観測が重なり、大きな上昇トレンドを描いていました。国際指標となるニューヨーク市場では9月に4,000ドル台を突破し、その後も上昇が続き、10月20日には史上最高値となる1トロイオンス=4,381ドル台を記録しました。金が「究極の安全資産」として買われ、米ドルの信用低下やインフレ懸念、各国中央銀行の金購入などが強気材料として働いたのです。日本国内の小売価格も2万3,000円/グラムに迫り、金投資ブームが過熱気味となっていました。

ところが翌21日、状況は一変します。米中通商協議の進展や株高によるリスク選好の回復で米ドルが買い戻され、地政学的な緊張が一時的に緩和したことで金への避難需要が減少しました。加えて前日までの急騰によりテクニカル指標は過熱領域に入り、利食い売りが雪崩のように拡大。ニューヨーク金先物12月物は1日で200ドル以上(約5.3%)下落し、1オンス=4,100ドル前後まで急落しました。日中の値動きとしては2013年以来の大幅下落率で、東京市場でも1グラム当たり1,500円を超える過去最大の値下がりが記録されました。これが2025年10月21日の「金暴落」です。

下図は10月15日から22日までの金価格(概算値)の推移を示しています。20日まで右肩上がりだった相場が21日に急落し、22日には4,125ドル付近で下げ止まっている様子が見て取れます。

弁証法的視点で読み解く暴落の構造

弁証法は、相反する要素の対立と統合によって物事が発展するという考え方です。ヘーゲルの「正–反–合」やマルクスの歴史的弁証法を金市場に当てはめると、暴落を単なる偶発的な事故ではなく、市場が内包する矛盾の表面化として捉えることができます。

正(テーゼ):急騰を支えた強気の物語

  1. 通貨価値下落へのヘッジ需要 – 米国の財政赤字拡大や利下げ観測、主要国の金融緩和により法定通貨の信認が低下し、投資家や中央銀行は価値の保存手段として金を選好しました。中国やインドなど新興国の中央銀行は外貨準備の多様化を目的に金を積極的に購入し、金ETFへの資金流入も過去最大規模に達しました。
  2. 地政学リスクと経済不安 – 中東情勢の悪化や米中対立などが続き、株式市場が不安定になると「有事の金買い」と呼ばれる避難需要が高まりました。金は伝統的に安全資産とされ、この局面では「どんな危機でも金は裏切らない」という信念が強い推進力となりました。
  3. 自己強化的な楽観心理 – 金価格が連日最高値を更新すると、群集心理は「まだ上がる」という期待に傾き、短期投資家もトレンドフォローで買いに参入しました。急騰によって生じた含み益はさらなる買いを呼び、相場の過熱感が高まっていきました。

この「正(テーゼ)」は金の価値を絶対視する楽観論に支えられていました。しかし、過度な楽観は往々にして反動を招きます。次に、急落を引き起こした「反(アンチテーゼ)」を考察します。

反(アンチテーゼ):暴落をもたらした逆風と矛盾

  1. 安心材料の出現とドル高 – トランプ米大統領がアジア太平洋経済協力会議(APEC)に合わせて習近平国家主席と会談する意向を示すなど米中通商協議の進展期待が高まり、株式市場は上昇しました。これに伴い「安全資産」の役割が後退し、米ドル買いが進んだことでドル建て金価格は割高感を強めました。
  2. テクニカル指標の過熱と利益確定売り – RSIやストキャスティクスなどのテクニカル指標は買われ過ぎを示し、短期トレーダーの多くが利益確定に動きました。過熱相場は自らの重みで崩れやすく、売りが売りを呼ぶ負の連鎖が発生しました。米政府機関の一部閉鎖によりCFTCの先物ポジションデータが公開されず、投資家が市場の偏りを把握できなかったことも不安材料となりました。
  3. 需給面の変化 – インドや中東では宗教祭礼や婚礼シーズンが終了し、現物需要が一服しました。また国内外で金価格高騰を背景に宝飾品など実需の買い控えが起き、実物の引き合いが弱まっていたところへ投機的な売りが殺到しました。

これら複数の要因が重なり、強気のテーゼへの反動として急落が起きました。暴落は、市場が抱えていた矛盾――安全資産としての過度な信仰と投機的な過熱、そして実需との乖離――が露呈した結果と見ることができます。

合(ジンテーゼ):矛盾の止揚と新たな均衡

急落後、金価格は4,000ドル近辺で下げ止まり、数日間4,000〜4,500ドルのレンジで推移すると予想されています。市場参加者は、金が有用な保険であることと同時に短期的なリスク資産でもあることを再認識しました。以下が「合(ジンテーゼ)」として得られた教訓です。

  1. バランス感覚の獲得 – 金は通貨の信用リスクやインフレから資産を守る役割を持つものの、短期的には急変動のリスクも大きいことが明らかになりました。過度な楽観も悲観も避け、中長期的視点で保有比率を調整する姿勢が強まっています。
  2. 押し目買いの好機と長期要因 – 暴落によって過熱感は冷まされましたが、米ドルへの不信感や中央銀行の金購入、金ETFへの資金流入といった長期的な強気要因は続いています。一部アナリストは調整局面を押し目買いの好機と捉え、目先の下値メドを3,900ドル〜3,950ドル、上値メドを4,200ドル〜4,300ドルと予想しています。
  3. 市場の自己修正機能 – 金相場の急騰と急落は、ヘーゲル流に言えば市場が自らの矛盾を止揚し、新たな均衡へと収束するプロセスでした。外部ショックや政策の変化に応じて需給が調整され、行き過ぎた評価が修正されることで持続可能なトレンドが形成されます。

経済・社会的含意

金暴落は単なる商品市場の出来事に留まらず、現代経済のいくつかの重要なテーマを浮き彫りにしました。一つは通貨価値への信認とインフレへの警戒です。財政赤字や累積債務の拡大が続く中、法定通貨の価値下落を懸念する投資家が増え、金やビットコインなどの代替資産に資金が流れています。一方で、金価格が短期間でこれほど急変動することは、代替資産自体も市場心理に左右されるリスク資産であることを示しました。

もう一つは投資家心理の振り子現象です。群集心理が一方向に傾くと価格は行き過ぎ、やがて逆方向への大きな揺り戻しが起こります。弁証法的には、これは正と反の対立が表面化した瞬間であり、その結果として投資家の認識が発展します。今回の暴落は「金は絶対安全」とする単純なテーゼを相対化し、「安全資産であってもボラティリティは避けられない」というより複合的な理解へと成熟させました。

さらに、政策や国際情勢の影響も無視できません。米中対立の緩和や米政府機関閉鎖などは市場心理に大きく影響し、金を含むコモディティ価格を揺さぶります。中央銀行の金準備政策や通貨政策も金相場に長期的な影響を与えるため、今後もマクロ経済と金融政策の動向を注視する必要があります。

要約

  • 金価格は2025年10月20日に史上最高値を更新した直後、21日に一日で200ドル超(約5%)の急落となり、東京市場でも1グラム当たり1,500円を超える過去最大の値下がりを記録した。急落の背景には米中通商協議の進展や株高による安全資産離れ、ドル高、テクニカル指標の過熱感、米政府機関閉鎖による市場情報不足、インドなどの実需減少が重なっていた。
  • 弁証法的に見ると、上昇局面では「インフレヘッジ」「安全資産」「楽観的群集心理」といったテーゼが金を押し上げ、暴落局面では「リスク選好の回復」「過熱相場の自己崩壊」「需給の反転」というアンチテーゼが顕在化した。
  • 暴落後は4,000ドル近辺で下げ止まり、過去数カ月の急騰と急落を踏まえたよりバランスの取れた見方が市場に定着しつつある。長期的には中央銀行の金購入や米ドル不信が支えとなり、今回の調整局面は押し目買いの好機と捉えられている。
  • 今回の出来事は、金相場が持つ二面性—価値保存手段であると同時に投機的商品でもある—を浮き彫りにし、投資家心理とマクロ環境が価格に与える影響を示す教訓となった。弁証法的視点は、市場の内在的矛盾とその止揚を理解する上で有用である。

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