新自由主義 ― マネタリズムとサプライサイド経済学の統合と矛盾

新自由主義が隆盛するきっかけは1970年代のスタグフレーションだった。戦後のケインズ主義は財政支出と金融緩和を組み合わせることで失業とインフレの安定を狙ったが、二桁インフレと不況(スタグフレーション)には対応できなかった。その結果、米英の政府は「マネタリズム」と呼ばれる技術的政策に注目した。マネタリストは「通貨供給量の管理こそが景気をならす主な手段であり、過剰な通貨供給は本質的にインフレの原因である」と主張し、価格安定を最優先すべきだと説いた。ミルトン・フリードマンに率いられたシカゴ学派は自由市場の効率性を信奉し、中央銀行がマネーサプライを厳格に制御すべきだと提唱した。この考え方は1979年に米国連邦準備制度理事会議長に就任したポール・ボルカーの政策で実行され、金利の大幅な引き上げによって1970年代末のインフレを抑え込んだ。しかし、急激な金融引き締めは深刻な景気後退を招き、失業率を押し上げた。ここで矛盾が生じる。マネタリストの技術的なインフレ退治策は自由市場の信奉と結びつけられたが、実際には中央銀行が強権的に金利を操作する「国家介入」であり、自由放任とは相容れない。

1970年代末から1980年代にかけて、もう一つの柱である「サプライサイド経済学」が登場した。サプライサイド派は「需要管理から供給刺激に政策の焦点を移すべきだ」と主張し、規制緩和と富裕層への大規模な減税によって投資が拡大し、経済成長が加速するという「トリクルダウン」仮説を提唱した。米国では1978年の減税に始まり、1981年の包括的税制改革で所得税が25%削減され、減税による経済波及が財政赤字を自動的に縮小させると唱えられた。アーサー・ラッファーのラッファー曲線は「税率を下げれば税収が増える」と説明した。しかし実際には、カータ-政権からトランプ政権に至る六度の大規模減税のたびに財政赤字は拡大したことが検証されている。しかも、減税によって得た資金は企業の株価対策や富裕層の資産に向かうことが多く、労働者の賃金や生産性向上への投資は限定的だった。

新自由主義はこの二つの理論を対立しながらも結合させている。マネタリズムが政府の主要責務を「インフレ退治」に限定し、金融政策による物価安定を強調したのに対し、サプライサイド経済学は財政支出の縮小と減税を通じて「民間投資の活性化」を目指した。両者ともに「市場メカニズムが社会的ニーズを最も効率的に調整する」という自由市場信仰を共有しており、政府規制や労働組合、福祉国家を経済の障害とみなした。実際、米国や英国では、金融引き締めや減税を組み合わせた政策装置が導入され、中央銀行はマネーサプライ目標や財政赤字削減を公表してインフレ期待を抑えようとした。ただし、理論上の整合性は低く、多くのマネタリストはサプライサイド減税に懐疑的であり、ラッファー曲線は過度に楽観的であると批判した。

弁証法的に見ると、マネタリズムとサプライサイド経済学には矛盾する側面がある。マネタリストは「通貨供給を絞ればインフレ期待が沈静化し経済主体の行動が変わる」と主張し、短期的な高金利や財政緊縮を容認する。これに対してサプライサイド派は減税と規制緩和で投資意欲を刺激しようとするが、その前提は将来的にインフレや財政赤字を容認することであり、結果的に金利が上昇すれば投資が抑制されるという矛盾を内包する。この矛盾は政策運営でも現れ、英国の中期金融政策(MTFS)は貨幣供給と財政赤字の目標を組み合わせたが、実際には両目標を達成できず、金融緩和と減税のどちらを優先するかで路線対立が起きた。米国でもボルカーの高金利政策がレーガン減税と衝突し、不況と財政赤字が同時に進行した。

さらに、両理論に共通する市場万能主義は、社会的なコストを無視するという批判にさらされている。市場を最優先する新自由主義思想は「規制緩和が競争と効率を高め、格差は能力差の結果である」と強調したが、実際には独占力の強化や格差の拡大、労働者の賃金停滞を招いた。市場の成果を重視しすぎることは労働者の権利や教育、医療など数値化しにくい公共財を犠牲にすると批判され、反グローバリズムやポピュリズムの台頭につながった。

このような批判を受け、近年では「現代的サプライサイド経済学」と呼ばれる潮流が登場している。これは従来の減税・規制緩和型サプライサイドとは異なり、労働供給・人的資本・公共インフラ・研究開発・環境への投資など国家の積極的な役割を強調し、成長と社会的公正の両立を目指す。米国のバイデン政権はインフラ投資法やCHIPS法、インフレ抑制法を通じて「ミドルアウト」戦略を掲げ、巨大投資で雇用や技術革新を促進している。英国でも「セキュロノミクス」を掲げるリベラル勢力が国家戦略の重要性を強調し、従来の新自由主義から脱却しようとしている。こうした動向は、マネタリズムやサプライサイド経済学の経験から学び、市場だけに依存しない経済運営を模索する弁証法的な試みといえる。

要約

  • マネタリズムは貨幣供給の制御を通じてインフレを抑制しようとする技術的政策であり、1970年代のスタグフレーションを背景に採用された。ボルカーの高金利政策などでインフレは沈静化したが、不況と失業を招いた。
  • サプライサイド経済学は需要管理から供給刺激へ政策の焦点を移し、規制緩和と減税によって投資や生産を拡大することを狙った。しかし、ラッファー曲線に基づく減税は税収を減少させ、財政赤字と格差の拡大を招いた。
  • 新自由主義はこの二つの理論を結合し、市場万能主義や規制撤廃を正当化した。だが、マネタリズムの緊縮姿勢とサプライサイドの減税政策には矛盾があり、現実には不況と赤字が同時発生した。自由市場への過信は独占化や格差拡大を引き起こし、労働者保護や公共財供給を弱体化させた。
  • 現代的サプライサイド経済学はこの経験から、公正な成長のために国家がインフラ・教育・環境など供給能力への投資を行うべきだと主張し、新自由主義を修正する潮流を生み出している。

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