金と銀の価格の動きは表面的には同じ「貴金属の相場高騰」の現象ですが、背後にある買い手と構造要因は対照的です。この違いを弁証法的に捉えると、中央銀行による金の積極的な買いと、一般市民や投資家が銀に目を向け始めた現象の間に矛盾と緊張が存在し、それが将来の価格変動の核心となります。
テーゼ:中央銀行の金買いによる構造的な支え
近年の金価格急騰の主因は各国中央銀行の買い越しです。ウクライナ戦争後、米国による制裁リスクや米国債の信用不安から、BRICS諸国や中東諸国などが外貨準備のドルを減らし、金に振り替えています。金は国際通貨基金(IMF)の準備資産として認識されており、少量でも高額な価値を持つため中央銀行が容易に保有できる資産です。また金は長期的に供給が限られていること、金利が実質的に低下する局面では無利息資産である金の相対的な魅力が増すこともあり、2022年以降は年間1,000トン規模で買い増しが続いています。こうした「構造的な買い手」がいるため、金価格には強固な下支えが存在し、金融市場における安全資産としての地位が強化されてきました。
アンチテーゼ:中央銀行が保有できない銀と市場の不安定さ
それに対し銀は、国際的な準備資産として認められていないため中央銀行の保有対象になっておらず、構造的な支えがありません。銀の市場規模は金の約9分の1と小さく、ちょっとした資金流入でも大きく値動きします。また銀は投資資産である一方で約6割が工業用途に用いられる「産業用金属」であり、太陽電池、電気自動車、5G機器などの成長が需要を左右します。生産面では銀の7割以上が銅や亜鉛などの副産物として採掘されているため、価格が上がっても供給を急激に増やすことが難しく、近年は供給不足が続いています。2025年にはロンドン市場の在庫減少とインドの需要急増をきっかけに現物不足が顕在化し、銀価格は一時1オンス53ドル台まで急騰しましたが、中央銀行の「安全網」がないため、投資家の心理が悪化すれば急落するリスクも高いというアンビバレントな性格を持ちます。
対立の深化:庶民の避難先としての銀か、投機的なリスク資産か
現代の貨幣体制に対する不信が拡大する中で、金に加えて銀もインフレヘッジとして注目されています。しかし銀の性質に対する評価は二分されています。ある立場は、インフレが長引くほど一般の人々も紙幣の購買力低下を意識し、高価な金よりも手の届きやすい銀貨や銀製品を購入するようになるとします。歴史的にも銀貨は庶民の通貨として流通し、金貨は王侯や大商人が保有する富の象徴でした。そのため、貨幣への信認が揺らぎ庶民が退避先を求めるとき、銀が再び脚光を浴びると見るわけです。
他方、銀は工業需要に大きく依存し、市場規模が小さいため投機的な資金流入による変動が激しいという現実もあります。大手投資銀行の分析によると、銀は中央銀行の支えがないため金よりもはるかにボラティリティが高く、短期的な調整に巻き込まれやすいと指摘されています。また、国際的な準備制度上は銀を保有できないことから、金価格が高騰しても中央銀行が銀に乗り換えることはないと断じられています。
総合と展望:二つの貴金属の役割と行方
金と銀の価格動向を弁証法的に見ると、中央銀行という「制度的買い手」が支える金と、一般投資家や産業需要に翻弄される銀という二つの対立する力が交錯しています。中央銀行は地政学的リスクやドル信用不安から金への移行を続けるため、金の長期的な上昇圧力は維持されるでしょう。金は資産価格のボラティリティに対して安定した避難先として機能し続け、ポートフォリオの長期保有資産として認知されています。
銀は金よりも安価で購入しやすく、インフレヘッジや産業需要の成長ストーリーによって上昇する余地が大きい一方、価格変動は激しく、工業生産の減速や投資マネーの逆流によって深い調整に見舞われるリスクもあります。今後インフレが恒常化し、庶民が貨幣への信認を失っていく場合には、銀への需要が高まり金との価格差が縮まる可能性がありますが、中央銀行による金の買い支えが続く限り、銀が金の上昇を完全に追い越すことは難しいでしょう。
要約
金価格の急騰は米ドル離れを進める各国中央銀行の買いが主因であり、金は高価で希少かつ準備資産として認められているため、中央銀行が今後も買い増すと見込まれる。一方、銀は国際的な準備資産ではなく、産業需要と個人投資家の動向に左右されるため市場規模が小さくボラティリティが高い。2025年に銀価格が急騰した背景には供給不足と短期的な現物逼迫があり、インフレや通貨不安が長期化すれば一般市民の避難先として需要が高まる可能性がある。ただし中央銀行による安定的な買い手が存在しない以上、銀は金よりも投機的な性格を持ち続けると考えられる。

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