論点整理
- 会社法では、取締役の報酬は定款に記載がない限り株主総会の決議で定めなければならない。株主総会の決議を経ないで報酬を支払うことは原則として違法であり、過去の支給分についても後日株主総会で追認することが推奨されている。
- 一方、法人税法では損金算入を認める要件として「定期同額給与」という概念があり、毎月の支給額が一定である給与について「改定は会計期間開始の日から3か月以内に行う」ことが原則とされる。期首から3か月を過ぎた改定は違法ではないが、増額分が損金として認められない可能性がある。
- 定時株主総会で決議された役員報酬の改定を翌月の支給分から適用する場合でも、改定前後の期間ごとの支給額がそれぞれ同額であれば「定期同額給与」と認められる。
- 期首3か月を過ぎてからの改定でも、役員の就任・昇格や職務内容の重大な変更、業績悪化による減額など「臨時改定事由」がある場合は例外的に損金算入が認められる。
1.「9月決算で10月に決算が確定した場合、役員報酬の変更は11月でないと違法?」という命題
主張(テーゼ):
定時株主総会後すぐの10月支給分から報酬額を変更すると違法になるので、11月支給分から変更しなければならない、と考える論者がいる。この立場では、決算確定後に開く定時株主総会で役員報酬の改定を決議しても、その月(10月)に支給される給与は旧額のままでなければならず、翌月(11月)から新しい報酬を支給しないと「改定前後の期間で支給額が同額」という税務上の要件を満たさない、と推論する。
反論(アンチテーゼ):
しかし、会社法第361条は報酬額を株主総会の決議で定めることを求めているだけで、改定時期を制限する規定はない。税務上も、定時株主総会の直後の支給分から増額しなくても、改定前期間(例えば4~6月の支給分)と改定後期間(7月以降の支給分)それぞれの支給額が同額なら「定期同額給与」の要件を満たすと国税庁のQ&Aが明確に示している。9月決算の会社が10月の定時株主総会で報酬増額を決議し、その月の支給分から新額を適用しても、期首から9月末までの旧額と10月以降の新額がそれぞれ一定であれば税法上の要件を満たすため違法ではない。11月まで待つ必要はない。
2.「定期株主総会での役員報酬変更に法的な制限はない?」という命題
主張(テーゼ):
会社法上は株主総会の決議のみが要件であり、定時株主総会だろうが臨時株主総会だろうが、決議さえあれば役員報酬の改定は自由だとする見解がある。司法書士の記事では「役員報酬の改定は定時株主総会でなければならないわけではない。会社法上は『株主総会の決議』としか書いていないため、臨時株主総会でも問題ない」と述べている。同記事では定時株主総会で行うのが一般的な理由は、決算日から3か月以内であり法人税法の3か月ルールに合致するためだと解説している。
反論(アンチテーゼ):
一方で、役員報酬を決議せずに支給することは会社法361条1項に反し違法とされる。また、役員報酬の改定を期首から3か月以外で行うと増額分が損金として認められないため、多くの会社は定時株主総会の開催時期に合わせて改定している。税務上は3か月ルールを超えた改定でも違法ではなく、あくまで損金算入に関する問題である。さらに、期首3か月を過ぎてからでも「臨時改定事由」(役員の就任・昇格・職務内容の重大な変更)や業績悪化といった合理的な理由があれば損金算入が認められる。したがって、会社法上は定時株主総会でなければならないという制限はなく、株主総会の決議を適切に行えば法的に制限はない。
3.弁証法的総合
会社法は、取締役会による「お手盛り」を防ぐため、役員報酬の決定を株主総会に委ねているが、改定時期を具体的に定めてはいない。税法上は損金算入の要件として期首から3か月以内に改定することが原則とされ、これを守らないと税務上不利になるが違法ではない。国税庁のQ&Aは、株主総会の翌月支給分から増額しても改定前後の各期間で支給額が同額ならば定期同額給与と認めるとしており、決議月から直ちに支給額を変更しなければならないという法的制約はない。さらに、職務の変更・新任や業績悪化といった合理的な事情がある場合は期首3か月を過ぎても改定が認められる。
したがって、9月決算の法人で10月に定時株主総会を開き報酬を改定した場合、10月支給分から新額を適用しても、10月から翌年9月までの支給額が一定ならば「定期同額給与」として損金算入の要件を満たす。11月支給分からでないと違法という法律は存在しない。税務上の理由から翌月支給分から改定する事例が多いものの、それは事務処理の便宜や3か月ルールへの対応によるものであり、株主総会の決議を適切に行えば臨時株主総会や決議月の支給分での変更も可能である。
要約
- 会社法の規定:取締役の報酬は定款に定めがなければ株主総会の決議で定める。株主総会の決議なく報酬を支給することは会社法361条1項に反し違法であり、事後的な総会決議で追認する必要がある。
- 税務上の3か月ルール:役員報酬を損金算入するには、期首から3か月以内に1回だけ改定する「定期同額給与」であることが原則。3か月を過ぎても改定は可能だが、その増額分は損金として認められない場合がある。
- 決議後の支給タイミング:国税庁Q&Aによると、定時株主総会の翌月支給分から増額しても改定前後の期間ごとの支給額がそれぞれ同額であれば「定期同額給与」に該当する。したがって、10月決議・10月支給開始でも、旧額期間と新額期間の支給額が一定ならば違法ではない。
- 臨時改定事由:新任役員の就任や役員の昇格・職務変更、業績悪化など合理的な理由があれば、期首3か月を過ぎた時期でも損金算入が認められる。
- 結論:9月決算で10月の定時株主総会後に役員報酬を改定する場合、11月からしか適用できないという法的規制はなく、10月支給分から変更しても株主総会決議と定期同額給与の条件を満たせば適法である。裁量の余地が広い一方、税務上の不利益や株主総会決議の欠如はリスクとなるため、具体的な改定時期は税理士や弁護士に相談しながら慎重に検討する必要がある。

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