陰謀論とは、世の中の出来事を「秘密の共謀」や悪意ある勢力の暗躍によって説明するものである。疫学や気候変動に関する科学的な説明を否定し、証拠を欠いた複雑で反証困難な仮説を組み立てることが多い。こうした説明は学術的基準では妥当性を欠くが、一定の人びとには強い訴求力を持つ。その一方で「情弱」(情報弱者)とは、インターネットやメディアからの情報に十分アクセスできなかったり、情報の取捨選択や評価を行う能力が不十分な人々を指す。彼らはメディアリテラシーが低く、SNSのアルゴリズムが優先的に拡散する感情的な投稿や陰謀論に影響を受けやすい。以下では、陰謀論がなぜ情弱と相性が良いのかを弁証法的に検討する。
陰謀論の魅力(テーゼ)
心理学的研究では、陰謀論が人間の三つの動機を満たすと指摘されている。第一に認知的動機である。人は複雑で不確実な世界を理解しようとするため、隠された因果関係を求める。陰謀論は「裏の計画」という形で分かりやすい因果関係を与えてくれる。第二に存在的動機で、無力感や不安を感じている人々に「秘密を知っている」という優越感や支配感を提供する。第三に社会的動機で、外部の悪人に責任を転嫁することで自らの集団を正当化し連帯を強める役割を果たす。陰謀論を信じることで、社会的に孤立した人々や低地位の集団が仲間意識や自尊感情を得ることができる。こうした「魔法のような説明」は、複雑な事象に対する不安や無力感を抱える情報弱者にとって魅力的であり、感情的に訴えるメディアやSNSがその受容を促す。
情報弱者の脆弱性(アンチテーゼ)
しかし、陰謀論には科学的な検証や合理的推論に耐えないという問題がある。研究では、陰謀論を信じる傾向が分析的思考力や教育水準の低さと関連している。教育の高い人ほど陰謀論を否定しやすいのは、偶然の出来事にパターンを見出したり、存在しない意図を感じ取るといった認知バイアスに対して批判的に対処する能力が高いからである。逆に、低い教育水準の人は意図性バイアスやパターン知覚に影響されやすく、無作為な刺激の中に因果関係や意図を見つけてしまう。例えば、無関係な出来事同士を結びつけて「誰かが裏で糸を引いている」と考える傾向が陰謀論の支持と相関している。
さらに、情報弱者はネット上のコンテンツを批判的に評価する能力が低いことが多い。境界の曖昧な情報環境では、感情的でセンセーショナルな内容がアルゴリズムによって拡散され、正確な情報よりも目につきやすい。デジタルリテラシーが低い人びとはこうした情報を真に受けやすく、誤情報や陰謀論を確認せずに共有する「仲介者」となってしまう。その結果、陰謀論は情報弱者のネットワーク内で自己増殖し、科学や政治に対する信頼をさらに損なう。陰謀論への曝露は、現実世界の健康行動や政治参加を抑制し、社会資本を減らすことが実験研究でも示されている。
弁証法的統合(ジンテーゼ)
テーゼとアンチテーゼの対立から見えてくるのは、陰謀論が情弱と親和的なのは単なる偶然ではなく、「情報が不足した状態で安心感や意味を求める心」と「批判的思考の欠如」という二つの要因が相互に作用しているという点である。情報弱者は社会的・経済的に周縁化され、既存の権威や科学を信頼する根拠を持ちにくい。それゆえ、陰謀論の提供する「裏情報」は、自分たちが知らなかった真実に触れているという錯覚を与える。また、不確実性や危機に直面するほど、人は偶然の中に意味を見出しやすくなる。こうしたパターン知覚や意図性バイアスが陰謀論を生み出し、それを信じることで不安や無力感を一時的に解消する。他方で、陰謀論は科学的に誤っているため、信じることでさらに誤情報にさらされ、権威不信や社会的不信を深める。その結果、情報弱者が陰謀論に引き寄せられる構造は再生産される。
この弁証法的視点から導かれる結論は、陰謀論と情弱の相性の良さは「知の欠乏」と「誤った知の代用品」を往復する循環構造に支えられているということである。この循環を断ち切るには、単に陰謀論を批判するだけでは不十分で、情報弱者が直面する社会的・経済的な不安定さや周縁化に対処するとともに、メディアリテラシーや批判的思考を育むことが必要である。デジタル環境では、アルゴリズムが感情的コンテンツを増幅するため、教育機関や市民社会による情報リテラシー教育やファクトチェック支援が重要である。また、情報の自由な流通や透明性を確保することで、陰謀論に代わる信頼できる情報源を提供し、情報弱者が自ら学び、疑問を持ち、検証する力を身につけることが求められる。
要約
- 陰謀論は、世界を理解したいという認知的動機、不安や無力感を軽減したいという存在的動機、外集団に責任を転嫁して自集団を正当化したいという社会的動機を満たすために人々に訴える。
- 教育水準が低い人や分析的思考が弱い人ほど陰謀論を信じやすい。無関係な事象の中にパターンや意図を感じてしまう認知バイアスや意図性バイアスが関与している。
- デジタル空間では、感情的で極端な内容がアルゴリズムによって拡散し、メディアリテラシーの低い人々は誤情報を確認せずに共有するため、陰謀論が広まりやすい。
- 陰謀論を信じることは短期的には安心感や連帯をもたらすが、長期的には科学や政府への信頼を損ない、権利行使や政治参加を低下させる。
- 情弱と陰謀論の結びつきは、情報不足と誤った情報の代替が相互に強化し合う循環構造にあり、批判的思考の育成と社会的な包摂、メディアリテラシー教育がその循環を断ち切る鍵となる。

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