税務会計と企業会計は同じ「利益計算」や「財産状況の表示」を行うものの、目的と規範が異なるために使われる概念や表示形式が違います。企業会計は投資家や債権者など利害関係者に対して企業の経営成績と財政状態を公正に伝えることを目的とするため、損益計算書(P/L)では「売上」や「固定資産売却益」を収益と呼び、「売上原価」や「減価償却費」を費用と呼んで、収益-費用=利益・損失として表示します。また貸借対照表(B/S)は企業の資産・負債・資本(純資産)の3区分で構成されます。
一方、税務会計は企業の所得に対して適正な課税を行うための計算体系であり、法人税法では収入は「益金の額」、費用は「損金の額」と呼び、その差額を「所得」(課税標準額)と表現します。企業会計の収益と税務会計の益金、企業会計の費用と税務会計の損金は必ずしも一致しません。会計は利害関係者への情報提供を目的とするのに対し、税務は公平な課税を実現するための制度であるため、会計で収益に計上しても益金に含まれない取引や、会計で費用計上しても損金として認められない取引が存在します。
利益計算の考え方
企業会計は「発生主義」に基づき、現金の受払いに関係なく経済的事象が発生した時点で収益や費用を認識します。たとえば、商品を出荷して顧客に支配が移転した時点で売上を収益に計上し、仕入れた材料は棚卸資産として計上したうえで販売に対応して売上原価として費用化します。税務会計も発生主義を基本としますが、「権利確定主義」や法人税法に基づく個別規定を重視します。請求権が確定した時点で益金に計上することが多く、費用については損金算入が認められない項目や時期が限定される項目があります。
具体的には、会計では交際費を費用として全額計上できても、税務では接待飲食費の50%までなど一定の限度額を超える部分は損金算入が認められません。貸倒引当金や退職給付引当金のように将来発生する費用を見積もって計上する場合、会計では費用に計上しますが、税務では厳格な要件を満たさない限り損金として認められません。役員給与も会計では費用ですが、税務では定期同額給与や事前確定届出給与など一定の要件を満たさない限り損金不算入とされます。こうした認識基準のズレが、会計上の利益と税務上の所得の違いを生み出します。
資産・負債の評価方法の違い
会計と税務は資産や負債の評価方法でも異なります。会計では固定資産の減価償却方法を企業の実態に合わせて選択でき(定額法・定率法・生産高比例法など)、期間損益の適正な計算を重視します。税務では償却限度額や償却率が法定され、これを超える減価償却は損金になりません。また中小企業投資促進税制など税法独自の特別償却制度があるため、会計上の減価償却費と税務上の損金算入額にズレが生じます。棚卸資産についても、会計では先入先出法や移動平均法など複数の評価方法が選択できますが、税務では選択しない場合には法定評価法(最終仕入原価法)が適用されるなど、評価方法が限られます。
税務会計でのB/S項目
企業会計の貸借対照表は「資産-負債=純資産」という関係で構成されます。税務会計には企業会計のような正式な貸借対照表はありませんが、法人税の申告書には別表5(1)「利益積立金額及び資本金等の額の計算に関する明細書」が用意され、税務上のB/Sに相当する役割を果たします。別表5(1)の第Ⅰ部では「利益積立金額」(税務上の留保利益)を計算し、第Ⅱ部では「資本金等の額」(株主から拠出された資本)を計算します。利益積立金額は、法人の所得のうち留保している金額として政令で定める金額であり、税務上の利益剰余金に当たると説明されています。資本金等の額は株主から拠出された金額を指し、企業会計上の資本金と資本剰余金に該当します。
また、別表5(1)では納税充当金や未納法人税等の項目が表示されます。これは会計のB/Sでは未払法人税等として負債に計上される項目ですが、税務会計では利益積立金額の調整項目として処理されます。結果として、会計の貸借対照表に記載された金額に別表5(1)の調整を加減算することで税務上のB/Sが成立する仕組みになっています。
税務会計と企業会計を結び付ける調整
会計上の利益(税引前当期純利益)と税務上の所得を一致させるための調整は、法人税申告書別表4「所得の金額の計算に関する明細書」で行われます。別表4は損益計算書に掲げた当期純利益または当期純損失を出発点とし、法人税法上の加算項目(会計では費用だが税務では損金とならないもの)や減算項目(会計では収益だが税務では益金にならないもの)を加減して課税所得を算出する明細書です。一方、別表5(1)は別表4の留保調整を受けて利益積立金額の増減を計算し、資本金等の額との違いを埋める役割を担います。このように、別表4が税務上の損益計算書、別表5(1)が税務上の貸借対照表と呼ばれるのは、両表が企業会計と税務会計の差異を整理し、課税所得および税務上の純資産を導くための調整機能を持つからです。
弁証法的考察
弁証法は「正(テーゼ)」「反(アンチテーゼ)」「合(ジンテーゼ)」の3段階で論じる方法です。この主題に当てはめると、企業会計は正(テーゼ)に位置付けられます。企業会計は発生主義に基づき、投資家や債権者に対して企業の経営状況を忠実に伝えることを目的とし、収益・費用や資産・負債・純資産の認識・測定を行います。反(アンチテーゼ)に位置付けられるのが税務会計で、法人税法に基づく権利確定主義や個別規定に従い、課税の公平を重視して益金・損金や利益積立金額・資本金等の額を計算します。
両者は同じ取引を別の視点で評価するため、収益認識や費用認識のタイミング、資産・負債の評価方法などで差異が生じ、会計上の利益と税務上の所得が異なります。これらの差異は個別の加減算によって調整され、別表4や別表5(1)によって双方が連携します。この調整機構が合(ジンテーゼ)に当たります。企業会計の正を維持しつつ、税務会計の反を組み込んで課税所得を算出することで、情報提供と公平な課税という両制度の目的が統合されます。
要約
- 企業会計は投資家・債権者への情報提供を目的とし、P/Lで収益・費用を計上して利益を求め、B/Sでは資産・負債・純資産を表示する。
- 税務会計は公正な課税を目的とし、益金と損金から所得を計算し、損益計算は別表4、貸借対照表は別表5(1)で処理する。
- 主な差異は収益・費用の認識基準や資産・負債の評価方法にあり、会計の費用でも税務では損金とならないもの(交際費・役員給与など)や、会計の収益でも益金にならないもの(受取配当金など)がある。
- 別表4は会計上の当期純利益を基に加減算して税務上の所得を算定する明細書で、税務会計におけるP/Lの役割を担う。
- **別表5(1)**は利益積立金額(税務上の留保利益)と資本金等の額(株主から拠出された資本)を計算する明細書で、税務会計におけるB/Sの役割を担う。
企業会計と税務会計は相互に矛盾するものではなく、それぞれの目的に合わせて異なる計算方法・概念を採用している点を理解し、別表4や別表5(1)を通じた調整によって両者を結び付けることが重要です。

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