序論
2025 年 10 月の金価格は年初から約 30% 上昇し、北米やアジアで金 ETF の買いが強まりました。その一方で欧州の投資家は大型の売却を行い、10 月は米ドル換算で約 45 億ドルの資金が金 ETF から流出しました。この現象は単なる利益確定だけではなく、ポートフォリオ調整や今後の市場環境への備えといった複数の要因が絡んでいます。本稿ではテーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼの三段構造によって、欧州の投資家が金を売却してどのような資産に資金を移したのかを分析します。なお、参考資料は本文中に組み込んでおり、最後に要約を付しています。
テーゼ:欧州投資家はリスク資産へシフトした
金価格が高値圏に達した 2025 年 10 月、欧州投資家の多くは利益確定とポートフォリオのリバランスを目的に金を売却しました。テーゼでは、売却資金が主にリスク資産に向かったという視点を採用します。
- 株式 ETF への資金流入:リフィニティブ社の 2025 年 7 月時点の欧州 ETF フロー分析では、株式 ETF が 220 億ユーロと圧倒的な資金流入を記録し、特に「エクイティ・グローバル」「エクイティ・米国」「エクイティ・新興国」などが買われました。同報告では欧州株式への資金流入も回復しており、投資家がリスクを取って世界や米国の株式に資金を回したことが示唆されています。金を売却した欧州投資家が、このような株式 ETF へ資金を再配分した可能性が高いと考えられます。
- ハイイールド債への需要:同じ報告では、ユーロ建てハイイールド債 ETF が約 10 億ユーロの流入で債券分類のトップに立ち、投資家が信用リスクを取る姿勢を強めたことが強調されています。またユーロ建て企業債 ETF も 8 億ユーロの流入でした。金よりも利回りの高い資産にシフトする動きが読み取れます。
- BetaBuilders Europe ETF の急増:米ヤフー・ファイナンスの 2025 年 10 月 ETF フロー記事では、米国上場の「JPMorgan BetaBuilders Europe ETF(BBEU)」が 40 億ドルの流入と国際株式 ETF で最大となり、年初来では 25%も残高が増えたと報じています。これは米国投資家による欧州株式への関心を示すものですが、欧州投資家が自国市場に強気の姿勢を強めたことの裏付けとも考えられます。
これらの事実から、欧州が金を売却した資金はリスク資産、特に株式やハイイールド債に向かい、景気回復への期待や金利上昇局面に対するリターン追求が背景にあるというテーゼが成立します。
アンチテーゼ:欧州投資家は安全資産や現金化を選んだ
テーゼに対して、金の売却資金がすべてリスク資産に向かったとは限らないという反論が存在します。アンチテーゼでは、投資家がより慎重な姿勢を取り、現金や安全資産へ資金を移した可能性を論じます。
- マクロ不確実性への懸念:2025 年 10 月は米国と中国の貿易摩擦が再燃し、ユーロ圏ではフランスの政局不安や欧州中央銀行と米連邦準備制度の政策乖離が議論されていました。このような不確実性の高い状況下では、投資家が金を手放してリスク資産に移すよりも、現金や短期債券で様子を見る選択も考えられます。
- 金利上昇による債券魅力の低下:欧州ではインフレ抑制のために金利が上昇しており、長期国債は価格下落のリスクがある一方で利回りは高まりました。金利の上昇局面では金利の付かない金の保有コストが意識されるため売却が進みますが、その資金が必ずしも高リスク資産に向かうとは限らず、短期国債や定期預金で利子収入を得る戦略も見られます。
- 金へのローテーションの一時停止:金価格が高値圏にある時に一旦利益を確定し、価格調整のタイミングを待って再度買い直す戦略もあります。この場合、売却資金は一時的に現金のまま待機することとなり、表面的には別資産への転換が確認できないものの、リスク回避的な行動とみなせます。
以上のように、金の売却資金が必ずしもリスク資産に流入するとは限らず、欧州投資家の間でも現金化や安全資産への逃避が存在したというアンチテーゼが成り立ちます。
ジンテーゼ:リスク選好と安全追求の二極化が同時並行した
テーゼとアンチテーゼを統合すると、欧州投資家の行動は一方向的ではなく、リスク選好と安全追求という二極の動きが併存したと総合できます。
- 分散の拡大:金価格の急騰でリスク・リターン特性が変化したため、資産配分の見直しが促されました。株式やハイイールド債などリスク資産へのシフトが強調される一方、一部では現金や短期債券へのシフトも進み、結果的にポートフォリオの分散度合いは高まりました。
- 地域分散と業種分散:欧州投資家は北米やアジアの株式だけでなく、自国を含む欧州株式にも資金を配分しました。また、テクノロジー株中心の米国 ETF や、経済再開に伴う景気循環株への投資も見られ、地域・業種の両面で分散を意識しています。これにより金から得た資金は様々な市場に再配分されました。
- 安全資産とのバランス:株式・ハイイールド債への投資が進んだとはいえ、安全資産への需要も根強く、投資家は現金比率や短期国債保有を通じて下落局面への備えを維持しました。金利の上昇局面では短期債券の利回りが魅力的であるため、これらへの移行は合理的な判断といえます。
このように、欧州が金を売却した後の資金はリスク資産と安全資産の両方に分散され、投資家のリスク耐性や相場観に応じた多様な配分が行われたと考えられます。弁証法的な観点からは、金売却による投資行動の動学は単純なリスクオン/リスクオフの二項対立ではなく、それぞれの要因が対立しながらも全体としてはより高次のバランスに向かったと評価できます。
要約
- 2025 年 10 月、金価格の上昇を受けて欧州の金 ETF から約 45 億ドルが流出した。これは利益確定とポートフォリオ調整が主な要因だった。
- テーゼでは、この売却資金が株式やハイイールド債などのリスク資産へと再配分されたと考える。リフィニティブの分析によれば欧州 ETF の主要な資金流入はグローバル株式や米国株式であり、ユーロ建てハイイールド債も好まれた。米国上場の「JPMorgan BetaBuilders Europe ETF」など欧州株式 ETF への資金流入も急増している。
- アンチテーゼでは、不透明な政治・経済環境と金利上昇を背景に、金売却資金の一部が現金や安全資産に退避した可能性を指摘した。投資家が再度金に投資する機会を待つ「待機資金」として保持しているケースもある。
- ジンテーゼでは、欧州投資家の行動はリスク追求と安全追求が同時進行し、金売却資金は株式・ハイイールド債・現金・短期国債など多様な資産に分散されたと総合した。弁証法的には、対立する動きが相互補完し、新たなバランスを形成したといえる。

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