制度の概要と法的根拠
- 推計課税の仕組み:推計課税は、帳簿や領収書など直接資料がない場合に、課税庁が資産負債の増減や収入・支出の状況、生産量・販売量などの間接資料を用いて所得額を推計し、税額を決定する制度です。所得税法第156条は、税務署長が居住者の各種所得を推計して更正又は決定できると規定し、青色申告書に係る年分の不動産所得・事業所得・山林所得を推計対象から除外しています。そのため、雑所得は推計課税の除外対象ではなく、法文上は推計課税の対象になります。
- 推計課税の要件:国税庁の研究によれば、推計課税が許されるのは①納税者が帳簿を備え付けておらず、収入・支出を直接資料から確認できない場合、②帳簿の内容が不正確で信頼できない場合、③納税者や取引先が調査に協力せず直接資料が入手できない場合です。さらに、推計方法は事案に即して合理的であり、推計の基礎となる資料も正確であることが求められます。
- 記帳義務との関係:雑所得には基本的に帳簿保存義務はありませんが、令和4年(2022年)からは前々年の「業務に係る雑所得」の収入が300万円を超える場合、現金預金取引等関係書類の保存が義務付けられています。帳簿保存義務がない少額の雑所得であっても領収書や証憑を残しておくことが推計課税回避につながります。
定立(推計課税肯定論)
- 法的根拠の明確さ:所得税法156条は、不動産・事業・山林所得の青色申告分を除く所得の金額や損失の金額を推計できると定めている。したがって、雑所得は条文上明確に推計課税の対象に含まれます。
- 公平な課税の確保:推計課税は、帳簿のない納税者が他の納税者より過度に低い税負担となることを防ぐ補充的手段です。帳簿や領収書がない雑所得者は必要経費を証明できず、公平な課税のためには間接資料による推計が必要とされます。
- 実務上の扱い:税務調査の現場では、帳簿や領収書がない雑所得に対し比率法・効率法などを用いた推計が行われ、必要経費が合理的に見積もられます。税理士ドットコムの相談でも「雑所得も推計課税の規定が適用される。経費を証明するものがないため推計される可能性は高い」と説明されています。
反定立(推計課税否定論)
- 帳簿義務がないこととの矛盾:雑所得は事業所得や不動産所得と異なり帳簿記帳・保存義務を課されておらず、前々年の収入が300万円以下の場合は現金預金取引等関係書類の保存義務もありません。帳簿保存義務がない所得に対し帳簿の不存在を理由に推計課税を行うのは納税者の予見可能性を欠くという批判があります。
- 推計課税の恣意性:推計課税は「推計が合理的であれば足りる」とされ、真実の所得と一致する必要がありません。そのため実際より過大な所得が算出され、納税者が不利益を受ける恐れがあります。推計方法が合理的とされれば税務署の推計が正しいと推認され、納税者は帳簿等による実額反証で覆す必要があります。
- 所得区分による不均衡:青色申告者の事業所得・不動産所得等は推計課税の対象から除外されていますが、同様に事業的規模の副業でも帳簿がなければ雑所得とされ推計課税を受ける可能性があります。この点は所得区分によって課税方法が大きく変わり納税者に分かりにくい制度となっています。
総合(調停・統合)
- 適用の妥当性:所得税法156条により雑所得も推計課税の対象であり、帳簿や領収書がない場合に間接資料を用いて推計する合理性は認められます。しかし、推計課税はあくまで実額課税が不可能な場合の補充的手段であり、必要性と合理性がなければ適用すべきではありません。
- 防衛策:雑所得者であっても領収書や支払証憑を保存しておけば経費を主張できます。令和4年の改正で、業務に係る雑所得が300万円超の場合には現金預金取引等関係書類の保存が義務化されている。この範囲に該当しなくても、取引の記録を残すことが推計課税を回避する有力な手段です。また、同業者のデータや実際の取引資料を示して税務署の推計が不合理であると反証する余地があります。
- 制度運用の改善:課税庁は推計課税を適用する前に納税者に実額証明の機会を十分に与え、推計の基礎となるデータや計算方法を説明するなど裁量の透明化を図るべきです。納税者は税務調査に協力し、必要な資料を補完することで過大推計を防ぐことができます。
表:推計課税に関する要点のまとめ
| 観点 | 内容 |
|---|---|
| 法的根拠 | 所得税法156条は、不動産・事業・山林所得の青色申告分を除き各種所得の金額または損失額を推計できると規定しており、雑所得も対象となる。 |
| 推計課税の要件 | 納税者が帳簿を備え付けていない・帳簿が不正確・調査に非協力で直接資料が得られない場合に推計課税が許される。推計方法や基礎資料が事案に即し合理的であることが求められる。 |
| 雑所得への適用 | 雑所得は帳簿保存義務が基本的にないため領収書等がなければ必要経費を証明できず、推計課税が適用される可能性が高い。 |
| 批判・課題 | 帳簿義務のない所得に推計課税を適用するのは納税者に過度な負担を課すとの批判があり、推計が合理的であれば真実の所得と一致しなくてもよいことから過大な課税となる危険がある。 |
| 防衛策・改善 | 領収書や取引記録の保存は推計課税回避の基本であり、令和4年から収入300万円超の業務に係る雑所得には書類保存義務がある。課税庁は推計の合理性を説明し、納税者に実額反証の機会を保障するなど運用の透明化が求められる。 |
要約
所得税法156条は税務署長が納税者の各種所得を推計して更正・決定できると規定しており、不動産所得・事業所得・山林所得の青色申告分を除き雑所得も推計課税の対象となります。推計課税は帳簿不備や調査非協力などで実額が把握できない場合に公平な課税を図るための補充的手段であり、雑所得でも領収書がなければ必要経費が認められず推計課税が適用される可能性が高い。一方、雑所得には記帳・帳簿保存義務が基本的に無く(ただし令和4年以降、業務に係る収入が300万円超の場合は書類保存義務あり)、推計課税の乱用や過大課税への懸念があるため、必要性・合理性を厳格に判断し納税者に反証の機会を与える公正な運用が求められます。

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