金4,000ドルの攻防:テクニカル調整か長期上昇の助走か

以下では、ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)が2025年10月の金市場を分析した記事「Gold Market Commentary: Technical difficulties」(2025 年11月6日公開)を中心に、金価格の現状と見通しを弁証法的に検討する。まずは同記事の主張(テーゼ)を整理し、続いて他の情報源から得られる異論・反論(アンチテーゼ)を提示し、最後に両者を統合した見解(ジンテーゼ)を示す。

テーゼ:WGC「テクニカル面での調整だが上昇トレンドは維持」

WGCの10月レポートでは、10月20日に1オンス4,294ドルと過去50回目の史上最高値を付けた後、勢いの巻き戻しとドル高によって金価格は乱高下したものの、月間5%上昇して4,012ドルで終えたと指摘する。ドル建て以外の主要通貨でも10月の金価格は上昇しており、円建てでは月間9.3%上昇し年初来で50.4%高となった。

同レポートは、金価格の急騰は8月中旬以降に25%を超える乖離率で200日移動平均線を大きく上回り、週足RSIが売りシグナルを出すほど過熱したと分析する。このため短期的には調整が必要だが、長期的なモメンタム・シグナルは売りを示しておらず、今回の下落は長期上昇トレンドの「健全な一服」と評価している。テクニカル面では、55日移動平均線付近の3,800ドル、さらに4月高値近辺の3,500ドルが下値支持となり、上値は4,420ドルや4,500~4,520ドルなどの抵抗線が意識されるとした。

同レポートはアナログ分析(過去の相似局面)も検討したが、過去のパターンを根拠にした予測は「コイントス程度」の精度しかなく、4つのアナログのうち3つが下落を示唆しているものの信頼性は低いと結論づける。最終的な総括では、短期的な過熱感から調整は避けられないものの、長期的には金の基礎的要因は依然として強いと強調している。具体的には、金ETFが株式ヘッジとして戦略的に債券の代替となっていること、外国人投資家の米ドルヘッジ需要、実質金利が高くドルが実質的に割高であること、株式市場が集中して割高であること、地政学的緊張や投資対象の少なさからバー&コイン需要が強いこと、そして中央銀行の買いが価格感応度を低下させて拡大していることなどが挙げられている。

アンチテーゼ:調整は長引く可能性、背景要因にも変化

WGCの強気な見解に対し、他の分析ではより慎重な見方も多い。

トレンド継続を支える“デベースメント(通貨価値希薄化)取引”論

米投資会社スプロットは、10月末時点で金価格が4,002.92ドルと月間3.73%(年初来52.52%)上昇した一方、銀やプラチナなど他の貴金属も上昇し、「通貨の価値希薄化(デベースメント)取引」が広がっていると分析している。同社は、主要国が慢性的な財政赤字と財政主導の金融政策(“財政ドミナンス”)に陥りつつあるため、投資家が法定通貨ベースの資産から価値保存手段である金や銀へ構造的に資金をシフトしていると指摘する。地政学リスクや米中関係、米連邦準備制度の独立性への懸念、軟調な労働市場といった要因も金の上昇を後押ししている。この視点では、金の上昇は一時的なモメンタムではなく、財政・金融環境に対する長期的なヘッジとみなされている。

調整を買い場とみる投資家の楽観

投資情報サイトCrux Investorは、金が4,300ドルから4,000ドルに下落し金鉱株が15~20%調整したのはブル相場における「通常のボラティリティ」であり、下落局面は買いの好機だと述べる。同サイトのインタビューでは、オリーブ・リソース・キャピタルの経営陣が、四半期決算が史上最高益となる可能性や自社株買い再開が株価を支えることから、10月以降はネット・バイヤーに転じる計画を明かしている。金が週足RSIで史上最高の92まで達していたことから調整は必要だったものの、秋は季節的に変動が大きく例年調整が起こりやすいとし、追加の下押しがあれば11月後半から再び上昇に転じると見る。

強気要因の剥落と長期的な停滞を警戒する見方

一方、外国為替会社FxProは、ドル高と米国債利回り上昇により10月末に金価格が4,000ドルを割り込み、「上昇相場が既に崩れた」と警告する。彼らは金が4,000ドルを越えたのは通貨価値希薄化期待や米国の100%対中関税、地政学リスク、世界経済悲観論、中央銀行の積極的な買いが重なった結果だが、現在はホワイトハウスがFRBへの圧力を弱め、米中協調が進み、中東情勢も落ち着き、世界経済が予想外に強靭であるため、追い風が減退していると述べる。また、1979年や2011年の金高騰は急落後に長期的な停滞が続いたことから、今回も一段の下落リスクが高いと指摘している。

同社は11月の分析で、金価格が約4,000ドルで安定しているものの上昇トレンドは既に崩れており、売り圧力が続いていると再確認している。世界の中央銀行による金買いは2025年に750~900トンと過去3年の1,000トン超から減少が見込まれ、中国が宝飾用地金の付加価値税還付を廃止することで宝飾需要が縮小、ETF保有残高も減少しているなど、需要面のマイナス材料も挙げている。主要銀行が5,000ドルを目標とする見通しを維持しているものの、「上昇相場はすでに崩れた。戻り売りが適切」とまとめている。

ジンテーゼ:長期上昇基調を前提としつつ短期調整と需要の減速リスクを考慮

WGCの分析は、10月の乱高下を短期的な調整と位置付け、長期的な上昇トレンドと強い基礎的要因を強調する。金価格は主要通貨で大幅に上昇し、RSIが過熱水準に達するほどの急騰であったため、テクニカルに調整が必要だった点はアンチテーゼ側も認めている。

一方、FxProのように金の強気材料が剥落しつつあるという警戒感も無視できない。米中関係の改善や地政学リスクの緩和、中央銀行購入の減少などにより、短期的には下押し圧力が残る可能性がある。これまでの歴史では急騰後に長期的な停滞が続いた例もあるため、過去の相似局面を過信しないWGCの指摘も重要である。

他方で、スプロットの分析が示すように、主要国が財政ドミナンスの段階に入り、通貨価値の希薄化が進むという構造的背景は依然として金の長期的な需要を支えている。金価格が調整局面にあっても、長期投資家はインフレヘッジやポートフォリオ分散の観点から積極的に金への配分を維持・拡大している。Crux Investorの投資家が指摘するように、四半期決算の好調や自社株買いの再開などを背景に金鉱株への関心も高まっており、調整は買い場と捉えられている。

したがって、金市場の現状を統合的に評価すると、「金の長期的な上昇トレンドと構造的需要は継続しているが、短期的な調整や需要の減速リスクを無視すべきではない」という結論に至る。投資家は、金価格が急騰した局面では利益確定や過熱感の解消を念頭に置きつつ、財政拡大や通貨価値希薄化といった根本要因を踏まえて長期的なポジションを構築することが望ましい。特に、米ドルや金利動向、中央銀行の買い入れ動向、地政学リスクの変化を注視し、調整局面を利用する柔軟な戦略が鍵となろう。

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