テーゼ(正):ブラジルの金サプライチェーン改善の意義
ブラジル政府は2025年9月、国家鉱業庁が主導する「責任ある金のためのブラジル・フォーラム」を立ち上げ、世界金評議会や鉱業に関する政府間フォーラムと連携して、違法採掘の撲滅と小規模金採掘(ASGM)の近代化に乗り出した。アマゾン盆地の先住民居住区では1985年から2020年にかけて野放し採掘(ガリンポ)が1,200%以上増加し、Kayapo(カヤポ)、Munduruku(ムンドゥルク)、Yanomami(ヤノマミ)などの先住民地域に集中している。高騰する金価格に支えられ、違法なガリンポは森林伐採、河川の汚濁、生態系の破壊、マラリアや水銀中毒などの深刻な健康被害をもたらしている。金の輸出の約半分は違法採掘の影響を受けているという推計もあり、政府は新たな法令により、従来の「善意の推定」を廃止して電子インボイスと輸送ガイドによる取引登録義務を導入した。違法採掘の温床となっていた鉱業金融会社の利害対立を排除し、金の出所と採掘許可を厳格に紐付けることで透明性を高めている。
こうした背景のもと、フォーラムでは規制の強化、デジタル・トレーサビリティの導入、水銀の完全撤廃、違法ネットワークの解体、先住民コミュニティの保護などが議論された。ブラジル連邦警察は全国の金サンプルを蓄積したデータベースを構築し、地質学的な指紋で金の出所を特定できる技術を開発している。採掘者と売買業者を電子的に追跡する仕組みにより、資金洗浄や国境を越えた密輸にも対応できる。環境と人権を守る責任あるサプライチェーンは、ブラジル経済にとっても国際社会にとっても重要である。
アンチテーゼ(反):実施上の課題と潜在的な副作用
一方で、この構想には多くの難題がある。第一に、アマゾンの広大な熱帯雨林での監視は極めて困難であり、金価格の高騰が続く限り、違法採掘者はより深く森林に入り込む可能性がある。違法採掘は先住民や貧困地域の住民にとって主要な生計手段となっており、突然の規制強化は収入を断つ危険性がある。家族を養うために数十グラムの金を掘るしかないという実情がある中、金取引の電子登録や税の支払いは彼らにとって負担が大きい。水銀を使わない採掘技術への転換にもコストと技術支援が不可欠であり、デジタル・トレーサビリティが小規模採掘者を排除する懸念もある。
また、ブラジルの新法は国内の取引記録や監視体制を強化するが、ベネズエラやスリナムなど隣国との国境は多くが未監視であり、密輸ルートは依然として開かれている。地質学的なサンプル分析や電子インボイスも、腐敗した官僚や政治家が関与すれば改ざんや形骸化する危険がある。水銀は環境中で分解せず、過去数十年の汚染が先住民の母乳や胎盤から検出されており、採掘が完全に停止しても長期的な健康被害は残る。さらに、国際的な金需要が違法採掘を後押ししていることから、ブラジルだけで問題を解決するのは難しい。手続きの複雑化が闇市場の肥大化や金の密輸を助長するリスクも否定できない。
ジンテーゼ(合):持続可能な金採掘への包括的戦略
テーゼとアンチテーゼの対立を踏まえると、ブラジルの金サプライチェーン改革は単なる規制強化に留まらず、多角的なアプローチが必要である。第一に、政府は監視と取り締まりを強化しつつ、小規模採掘者の生活再建を支援する施策を充実させるべきである。例えば、合法的な小規模採掘を認可し、低水銀または無水銀技術や環境回復の研修を提供するとともに、適正な価格で金を買い取る公的市場を整備して資金洗浄の余地を減らす。また、鉱区近隣の先住民と住民が教育・保健・インフラを享受できるよう投資し、代替収入源としての農業やエコツーリズム、カーボンクレジットなどを推進する。
第二に、デジタル・トレーサビリティはコストの安さとアクセス性を重視し、ブロックチェーンや携帯アプリなどを用いて現場の採掘者が簡便に利用できる仕組みにする必要がある。国境を越えた違法取引に対しては、周辺国や国際機関との協力体制を築き、金の流れに関するデータ共有や捜査を共同で行う。国際社会、とりわけ宝飾品業界や金融機関は、ブラジル産金のサプライチェーンの透明性を評価し、違法産金を排除する購買基準を採用すべきである。
最後に、環境と健康の影響は時間軸を超えて残るため、汚染地域のリハビリテーションや医療支援、研究を長期的に続けることが重要である。政府やNGOは、川や土壌に蓄積した水銀を減らす技術開発や、先住民コミュニティの栄養改善プログラムを支援する必要がある。これらの方策を組み合わせることで、ブラジルの金サプライチェーンは環境と人々の生活を守りながら持続可能な発展へと転換できるだろう。
要約
ブラジルは2025年に責任ある金のサプライチェーン構築に向けたフォーラムを創設し、違法採掘撲滅と透明性向上に取り組んでいる。違法な小規模採掘は過去数十年で急増し、アマゾン先住民の土地や生態系を破壊し、水銀中毒による健康被害も深刻である。政府は2013年の「善意の推定」法を撤廃し、電子インボイスや輸送ガイドの導入により取引の監視を強化しているが、採掘に依存する住民の生活や国境を越える密輸など多くの課題が残る。真に持続可能な改革には、取り締まりと同時に小規模採掘者の支援、環境回復、国際協力を推進し、金の需要側も責任ある購買を行う包括的なアプローチが必要である。

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