近年、資産運用の世界ではアクティブファンドが市場から退場を余儀なくされ、それに代わってインデックスファンドが急速に資産規模を拡大する現象が顕著である。実際、相対的に高コストで運用成績の振るわないアクティブ運用から、低コストで市場平均への連動を目指すインデックス運用へと投資マネーが大規模にシフトしている。このような潮流にもかかわらず、資産運用会社各社は十分な情報を持たない投資家(いわゆる「情報弱者」)から高額の信託報酬を徴収するビジネスモデルによって、なおも市場で生き残っている。この一見矛盾した状況は、資産運用業界にどのような構造的問題をはらんでいるのだろうか。
本稿では、経済・制度・倫理の観点を組み合わせつつ、この問題をヘーゲル哲学になぞらえた弁証法的(三段階のテーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼ)の枠組みで考察する。まずテーゼとして、アクティブ運用の存在意義や高い信託報酬が表向き正当化されてきた理由、そして業界が存続してきた論理を整理する。次にアンチテーゼとして、アクティブファンドの成績不振と投資家との利益相反、情報格差に基づく構造的搾取の問題点を指摘する。最後にジンテーゼとして、こうした矛盾を克服しうる制度的進化、低コスト運用モデルへの移行、投資家リテラシー向上などを通じた業界の新たな均衡点の可能性を論じる。
テーゼ:アクティブ運用の存在意義と高コストの正当化
テーゼ(命題)となる主張は、アクティブ運用には依然として存在意義があり、それが高い手数料(信託報酬)の徴収を正当化しうるというものである。経済の面で見れば、アクティブファンドは市場平均を上回るリターンの追求という付加価値を提供しようとする。熟練のファンドマネジャーやアナリストが徹底した調査・分析を行うことで、市場に歪みがあればそれを捉えて利益を上げ、投資家にインデックス以上の成果をもたらす可能性があると謳われてきた。市場が非効率な部分を抱えている限り、情報優位や運用の巧拙によって超過リターン(アルファ)を生み出す余地があるとの論理である。
また、インデックスファンドが市場全体の動きに受動的に追従してしまうのに対し、アクティブ運用であれば下落局面で現金比率を高める、ディフェンシブ銘柄に乗り換えるなど柔軟な対応で損失を抑制できるという期待もある。言い換えれば、機動的なリスク管理や市場の先読みといった、受動的な運用では得られないメリットを提供できる点がアクティブファンドの意義として強調されてきた。市場平均にそのまま追随することへ不安を覚える投資家にとって、プロが裁量で舵取りしてくれるという安心感は、高い手数料を支払う十分な動機付けとなりうる。
このようなアクティブ運用の付加価値を実現するためには、高度な人材や情報収集能力が求められる。ファンドマネジャーの経験や分析チームの調査にはコストがかかるため、アクティブファンドの信託報酬がインデックスファンドより高いことには一応の合理性があると業界側は主張する。優秀な運用プロフェッショナルには相応の報酬を与えなければならず、その対価として投資家も高い費用負担を受け入れるべきだという理屈である。特に、卓越した成績をあげている「スター・マネジャー」の存在は、高コストであってもその腕によって市場を上回るリターンが享受できる可能性を示す例としてしばしば喧伝されてきた。要するに、「手数料が高いのは優れた運用サービスに対する正当な対価である」というのが表向きの論理である。
制度的観点から言えば、長年にわたり金融業界はアクティブ運用を中心にビジネスモデルを築いてきた。銀行や証券会社などの販売チャネルでは、投資信託の販売手数料や信託報酬の一部が重要な収益源となっており、従来から高コスト商品を顧客に勧める構造が定着している。また、資産運用会社にとっても、多数のファンドを設定して運用成績の良いものを広告塔としてアピールする一方で、成績不振のファンドは統廃合によって市場から消していくという戦略が、生存のために採られてきた。投資家側にも「市場平均を上回りたい」という欲求が根強く存在し、金融機関の巧みなマーケティングや直近の好成績を強調した営業トークによって、高い手数料にもかかわらずアクティブファンドに資金を投じる層が一定数存在してきた。業界全体としてみれば、こうした需要に支えられて高収益を上げられるアクティブ運用ビジネスが維持されてきたというのが実情である。
アンチテーゼ:アクティブ運用の不振と情報格差による搾取
アンチテーゼ(反論)として提示されるのは、上述の建前に対し、実際のところ大多数のアクティブファンドは投資家にとって望ましい成果を残していないという現実である。経済的観点から言えば、株式市場は相当に効率的であり、プロの運用者が継続的に市場平均を上回ることは極めて難しい。統計的にも、長期的には大半のアクティブファンドがベンチマーク指数を下回るリターンに終始することが各種調査で示されている。仮に一時的に市場を上回るファンドがあったとしても、高い手数料控除後には投資家の手取り利回りがインデックスファンドの成果に劣後するケースが多い。結局、アクティブ運用は投資家全体で見ればゼロサムゲーム(あるファンドの勝ちは他のファンドの負けに相当)であり、そこにコストが上乗せされる分だけマイナスサムゲームになっているという厳しい指摘がある。
制度・構造の面でも、アクティブ運用ビジネスには投資家と運用会社の利益相反が内在している。ファンドマネジャーや運用会社は運用成績の優劣にかかわらず残高に応じた信託報酬を得られるため、投資家が被る損失よりも自社の収益を優先しがちだという批判がある。また、販売側の金融機関も高い販売手数料やキックバックが得られるファンドを優先して顧客に勧める傾向が強く、結果として顧客の利益にならない高コスト商品が売れ続ける土壌が生まれていた。これらは情報格差に依存したビジネスモデルとも言える。専門知識や市場データを豊富に持つ運用会社・販売会社に対し、一般の個人投資家は金融商品の良し悪しを判断する十分な知識を持たない場合が多い。そのため、運用業界は自らに不利な情報(例えば「同種のインデックスファンドの方が安価で成績も良い」といった事実)を積極的には知らせず、有利な宣伝ばかりを前面に出すことで、いわば「知らない」投資家から巧みに利益を引き出してきたのである。
倫理的観点からすれば、この構図は顧客の無知や錯誤に乗じた搾取であるとの強い非難を免れない。金融業界には本来「顧客の最善の利益を図る」というフィデューシャリー・デューティー(受託者責任)の原則があるはずだが、現実にはそれとは裏腹に高コスト商品を売りつける行為が横行してきた。結果として情報弱者の資産形成機会が阻害され、一方で運用会社や販売会社だけが肥え太る状況は公正さを欠いている。さらに、アクティブファンドの低調な成績が広く知れ渡るにつれ、投資家の金融業界に対する不信感も増大しつつある。成績の悪いファンドが乱立し、顧客本位ではない販売が続く限り、アクティブ運用から資金が逃げ出して多くのファンドが「退場」を余儀なくされるのは当然の帰結と言えよう。
ジンテーゼ:制度改革と低コスト化による新たな均衡
ジンテーゼ(総合)では、以上の矛盾を踏まえて資産運用業界が模索する新たな均衡について論じる。まず制度的な進化として、投資家保護と市場の透明性向上に向けた改革が各国で進みつつある。例えば規制当局は、投資信託の手数料やリスクを分かりやすく開示するルールを強化し、場合によっては販売手数料のインセンティブ構造にメスを入れ始めた。海外では独立系アドバイザーによるフィー・オンリー(手数料報酬型)の助言モデルが普及し、顧客本位の商品選択が促されている。日本でも金融庁が「顧客本位の業務運営」を業界に促すとともに、「積立NISA」のように低コストで質の高いファンドに資金が集まりやすい制度枠組みを整備するなど、徐々にではあるが構造是正の試みが見られる。
同時に、業界内部でも低コスト運用モデルへのシフトが進みつつある。多くの大手資産運用会社がインデックスファンドやETFを自社ラインナップに加え、業界最低水準の信託報酬を掲げた製品を競って提供するようになった。従来型の高コストファンドも、生き残りのために手数料引き下げや運用手法の改善を迫られている。運用会社によっては、成果報酬型で成功した場合にのみ高い報酬を受け取るファンドや、一定のベンチマークを下回ったら手数料を割引するなど、投資家と利害を共有する仕組みを導入し始めている。また一部のアクティブ運用は、インデックスでは得られない独自の価値(例:ESG重視の運用や未上場株式・オルタナティブ資産への投資など)を打ち出すことで、市場平均以上の成果を目指すと同時に投資家に差別化された選択肢を提供しようとしている。要するに、アクティブ運用側もコスト削減と付加価値向上によってパッシブ運用との差別化を図り、新しい環境下での生存戦略を追求し始めているのである。
さらに、投資家側のリテラシー向上も業界の力学を変えつつある重要な要因である。インターネットや書籍を通じて一般投資家が金融商品の本質や手数料構造を学ぶ機会が増え、「インデックス投資 vs アクティブ投資」といったテーマが広く議論されるようになった。かつて情報弱者だった層も、徐々に手数料の違いが長期リターンに与える決定的な影響に気付き始めている。金融機関任せにせず自ら商品を比較検討する姿勢が広まれば、安易に高コスト商品に飛びつく投資家は減少するだろう。その結果、運用会社も顧客本位の姿勢を打ち出さざるを得なくなり、商品ラインナップも自然と低コスト中心へと移行してゆくと考えられる。リテラシーの向上は業界全体に健全な緊張感をもたらし、長期的には情報格差に依存した搾取モデルを成立しにくくするだろう。
以上を総合すると、資産運用業界はテーゼとアンチテーゼの対立を経て新たな均衡点へと移行しつつあるように見える。その均衡点ではインデックスファンドが個人投資家の資産形成手段として主流となり、大半の投資資金は低コストで市場全体のリターンを享受できる商品に流入する。一方、旧来型のアクティブファンドは淘汰が進み、生き残るのは真に付加価値を提供できる一握りのファンドに限られるだろう。それらのファンドは、適切に抑えられた手数料水準や運用者自身の投資によるコミットメント等を通じて投資家との信頼関係を構築しつつ、特定分野で市場平均を上回る成果を追求すると考えられる。資産運用会社もまた、単に無知な顧客から収益をあげるモデルから脱却し、顧客に真の利益をもたらすサービスによって収益を得るビジネスへと転換を迫られている。このような構造転換によって、資産運用ビジネスはより健全で持続可能な形に進化しうる。すなわち、情報格差に基づく搾取ではなく、正当な競争と価値提供によって発展する新時代の資産運用業界が姿を現しつつあると言えよう。
結論
アクティブファンドの退場とインデックスファンドの成長という近年の潮流は、資産運用業界における旧来の高コスト・低成果モデルの限界を浮き彫りにした。一方で「プロに高い費用を払う価値がある」というテーゼが長く信じられてきたが、他方ではその前提が成り立たないという現実(アンチテーゼ)が広く認識され始めている。両者の対立はやがて業界構造の変革(ジンテーゼ)へとつながり、より透明で公正な新たな均衡が模索されている。今後、資産運用会社が市場で生き残るためには、情報弱者から搾取する安易な利益モデルに頼るのではなく、正当な付加価値を提供して顧客から支持される存在へと脱皮することが不可欠となるだろう。それは投資家にとっても社会全体にとっても望ましい方向性であり、健全な資産運用市場の発展につながると考えられる。
要約
以下は「アクティブファンドの退場とインデックスファンドの成長」の下で、資産運用会社が情報弱者から高信託報酬を得てなお生き残る構造を弁証法的に分析した要約である。
テーゼ(正当化)
アクティブファンドは市場平均を上回るリターンを目指し、プロによる高度な分析と運用を提供するため高い信託報酬を徴収する。市場の非効率性を捉え、柔軟なリスク管理や差別化された付加価値を顧客に提供するとして正当化されてきた。
アンチテーゼ(矛盾と搾取)
しかし現実には、多くのアクティブファンドが市場平均以下の成果に終始し、投資家利益と運用会社の利益に矛盾がある。運用会社や販売側が情報格差を利用し、高い手数料の商品を販売することで投資家を搾取しているという批判が強い。倫理的にも顧客本位に反している。
ジンテーゼ(構造変化と新均衡)
矛盾を乗り越えるべく、透明性向上や規制強化、低コスト商品へのシフトが進んでいる。投資家自身の金融リテラシー向上も進み、高コスト商品は淘汰される方向にある。今後は真に価値提供できる一部のアクティブファンドのみが生き残り、低コスト・顧客本位の運用モデルが主流になるという新しい均衡へと向かっている。
以上の弁証法的過程を経て、資産運用業界は情報格差に依存した搾取モデルから、透明性と公正性に基づく健全な構造へと進化しつつある。
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