中露印の金準備比率と脱ドル化戦略

テーゼ(現状):米ドル基軸通貨体制と外貨準備の構成

米ドルは長年にわたり世界の基軸通貨として支配的な地位を占めてきた。各国の中央銀行は外貨準備を主に米ドル建て資産(米国債など)で保有しており、世界全体でも外貨準備の50~60%前後をドルが占める状況が続いている。中国・インド・ロシアといった国々も例外ではなく、自国通貨の安定や国際取引の決済手段として、潤沢な外貨準備を積み上げ、その多くを米ドルで保有してきた歴史がある。金(ゴールド)の保有はこれまで外貨準備構成の中で小規模に留まり、特に新興国では金の比率は長らく一桁台に過ぎなかった。例えば中国は世界最大の外貨準備(約3.3兆ドル)を抱えるが、その中で金の占める割合は以前は数%程度にとどまり、インドも同様に外貨準備の大半をドル資産が占めていた。つまりテーゼとして、現状では米ドルが圧倒的に優勢な準備通貨であり、金は周辺的な位置付けにあったと言える。

アンチテーゼ(対立):ロシアの脱ドル化と中国・インドの金準備拡大

この構図に対立する動きとして、ロシアが示した**「脱ドル化」戦略が挙げられる。ロシアは2014年のクリミア危機以降、西側諸国から経済制裁を受けたことを契機に、外貨準備の構成を見直し始めた。具体的には、ドル建て資産の比重を引き下げ、その代替としてユーロや人民元など他通貨への分散を進める一方、金の保有を急拡大させたのである。ロシア中央銀行は2010年代後半に大量の金を買い増しし、公式金保有量は2014年には約1,000トンだったものが2020年までに2倍以上に増加した。これにより、ロシアの外貨準備に占める金の割合は2014年時点の一桁台から2020年頃には2割前後**にまで上昇し、さらに2022年のウクライナ侵攻後に西側諸国がロシアのドル・ユーロ資産を凍結したことも背景に、自国で保管できる金の戦略的重要性が一段と高まった。その結果、足元ではロシアの外貨準備約6,000億ドル相当のうち実に3割台後半(約37%)が金という突出した構成になっている。

ロシアの例に刺激を受ける形で、中国とインドも金準備の積み増しを加速させつつある。中国人民銀行はかつて不定期にしか公表しなかった金準備を2015年以降増強し、特に米中対立や貿易戦争が激化した近年、およびロシア資産凍結を目の当たりにした2022年以降、毎月のように金の購入を報告している。中国の公式金保有量は2022年末から連続して増加し、2023年から2025年にかけて合計数百トン規模の純増となった。その結果、中国の金保有量は約2,300トンに達し、金準備額は2,400億ドル超と推計される。ただし中国の外貨準備全体が巨額であるため、金の占める割合は現時点で約7%前後とまだ一桁台後半ではある。それでもこの比率は一昔前の約2~3%から明らかに上昇しており、中国当局がドル資産依存を緩和しようとしている戦略の一端が窺える。

一方、インドもまた近年着実に金準備を増やしている。インド準備銀行(中央銀行)は過去にIMFからの購入(2009年に200トン取得)などを通じ金保有量を増やしてきたが、直近数年間は市場からの買い増しを続けている。インドの公式金保有量は2023年から2025年にかけて年間30トン規模で増加し、現在およそ880トンに達した。これは金額にして約500億~600億ドルに相当し、インドの総外貨準備(約6,000億ドル)の約13%を占める規模である。かつてインドの金比率は10%未満だったことを踏まえれば、こちらも顕著な上昇と言える。背景には、インド政府・中銀が通貨ルピーの安定確保や外部ショック対策として、外貨準備の分散を図る戦略があるとみられる。とりわけロシアに対する制裁や米ドル金利上昇による新興国通貨安リスクなどを受け、インドも外貨準備をドル一辺倒にせず金という実物資産で下支えする姿勢を強めている。

ジンテーゼ(統合):金の戦略的役割の再評価と多極的準備通貨体制への移行

ロシア・中国・インドの動向は、米ドル中心だった国際通貨体制に変化の兆しが現れていることを象徴している。ドルの支配的地位が揺らぎつつある中で、各国は外貨準備のリスク分散と通貨主権の強化を目指し、金の戦略的価値を再評価している。金は発行体の信用リスクを伴わない資産であり、地政学的緊張下でも没収や凍結が困難であることから、「究極のセーフヘブン資産」として中央銀行から注目を集めている。実際、世界の中央銀行による金購入量は近年急増しており、2022~2024年には各年とも年間1,000トン超の純買い越しとなって過去最高水準に達した。こうした潮流を受けて、世界全体の外貨準備に占める金の比率は約20%前後と推定され、ユーロのシェア(約15~16%)を上回って米ドル(5~6割前後)に次ぐ第2の地位を占めるまでになっている。このジンテーゼとして、国際通貨体制は徐々に多極化しつつある。米ドルへの過度の依存を避けるため、各国は金だけでなく人民元やユーロなど複数の通貨を組み合わせて準備資産を構成する方向に動いている。特に金はその中核をなす安全資産として位置付けが高まり、従来のドル一極体制に対する**バランサー(均衡要因)**になりつつあると言えよう。

まとめ

  • 米ドルは依然として世界の基軸通貨であり、各国の外貨準備の過半を占めているが、その支配力に対する懸念も広がりつつある。
  • ロシアは制裁リスクへの対応から外貨準備の脱ドル化を進め、金の保有比率を飛躍的に高めた(現在は外貨準備の約3~4割を金が占有)。
  • 中国とインドもロシアの例にならい金準備を拡大中で、**足元で中国は約7%、インドは約13%**を外貨準備の中で金が占めるまでになっている。
  • 世界的にも中央銀行による金の買い入れが加速しており、ドル一極集中から金を含む多極的な準備通貨体制への移行が進み始めている。

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