国債暴落と資本統制

「政府が国債の暴落を防げない局面では歴史的にほぼ必ず資本統制が行われてきた。よって米国債の行方が資本統制発動のカギであり、それが金融システム全体に影響を与える可能性がある」という命題は、金融システムの脆弱性に対する危機管理の在り方を問うものである。資本統制とは、居住者に基づいて資本市場から流入・流出する資金に税や制限をかける政策であり、為替取引の規制や海外送金の限度額設定など多様な手段を含む。以下ではこの命題を、歴史的・現代的事例を踏まえた弁証法によって検討する。

テーゼ:国債暴落時には資本統制が用いられてきた

歴史を振り返ると、国債や金融システムが深刻な危機に陥った際に資本統制が導入されることが多い。第一次世界大戦以降、多くの国は戦費調達や通貨防衛のために厳しい資本規制を導入し、大恐慌後には世界的な資本流出の中で各国が規制を強化した。ブレトンウッズ体制では、固定為替レートと独立した金融政策を維持するために資本統制が制度として組み込まれ、主要国が国内金利を低位に保ち国債市場を安定させる役割を果たした。

近年の危機でも類似した対応が見られる。ギリシャ債務危機では、政府が支援延長を得られず欧州中央銀行からの緊急支援が途絶えると、銀行閉鎖と1日60ユーロの引き出し制限を含む資本統制が導入され、大規模な取り付け騒ぎと国債暴落を防ぐために20日間以上銀行が閉鎖された。2013年のキプロス危機では、銀行再編のために二週間の銀行休業と資本統制が実施され、預金流出を防ぐために引き出し規制が課せられた。これらの事例は、国債価格の急落や銀行危機と資本流出が相互に悪化する局面で、資本統制が金融システムを守るために採用されたことを示している。

アンチテーゼ:資本統制の弊害と代替策

資本統制には重大な副作用もある。1970年代以降、自由市場を重視する経済学者や主要国政府は、資本規制が投資効率を損ない、国際金融市場の発展と両立しにくいと批判し、多くの国が規制を撤廃した。リッチモンド連銀の報告によれば、欧州諸国は戦後の外貨不足を乗り切るために資本統制を用いたが、金融市場の自由化と企業の国際化が進むと、規制を潜り抜ける手段が増えたため1980年代には大部分の規制が撤廃された。資本統制は一時的に資本流出を止める一方で、投資家の信頼を損ない長期的な資金調達コストを上昇させる危険がある。

また、米国債市場は世界最大の資本の通り道であり、日平均取引額は9000億ドル、ハイボリュームの日には1.5兆ドルに達する。この市場は米国政府の低コスト資金調達や金融政策の伝達、リスクフリー利回りのベンチマークを提供するなど、世界の金融システムの中核的機能を担っている。2020年3月のコロナ危機では、資金繰りに苦しむ投資家が流動性確保のために大量の米国債を売却し、金利が急騰して市場の機能不全が生じたが、連邦準備制度理事会(FRB)が大量の米国債を購入して流動性を供給することで市場を安定させた。このような中央銀行による債券買い支えは、資本統制を導入せずに市場安定を図る代替策となる。しかし、将来インフレ抑制のために金融引き締めが必要な局面では、FRBが無制限に米国債を買い支えることは難しく、資本統制の議論が再燃する可能性がある。

ジンテーゼ:米国債の行方と資本統制の相互作用

テーゼとアンチテーゼを統合すると、国債暴落時の資本統制は「最後の砦」として歴史的に機能してきた一方で、規制の副作用や自由化の進展により恒常的に用いることは難しいことが分かる。現在の金融システムでは、米国債市場が世界の安全資産市場として重要な役割を果たしており、その流動性と安定性が世界中の資本フローの方向を左右する。米国債利回りが急騰すれば、他国の国債も売り圧力を受け、政府債務の持続性が疑問視される国では資本流出に拍車がかかり、1998年のアジア危機や2015年のギリシャ危機のように資本統制に追い込まれる可能性がある。

一方で、資本統制は危機管理のために一定の役割を果たすものの、その導入は慎重で限定的であるべきだ。キプロス危機でIMF当局者が述べたように、資本統制は預金流出を防ぐための緊急措置だが、長く続けると経済活動を阻害するため徐々に撤廃する戦略がとられた。近年はIMFも資本フローのボラティリティ管理の一環として資本統制を容認する姿勢を見せているが、それはマクロプルーデンシャル政策や金融規制と組み合わせた暫定的な措置として位置付けられている。

要約

歴史的に、政府が国債暴落や銀行危機を抑えられない局面では資本統制が導入され、資本逃避を防ぐとともに国債市場と通貨価値を守る役割を担ってきた。第二次大戦後のブレトンウッズ体制や近年のギリシャ・キプロス危機は、その具体例である。ところが資本統制には市場効率の低下や国際金融との断絶といった副作用があり、多くの国で1980年代以降廃止された。また、米国債市場は世界の金融システムの基盤であり、その流動性や安全性が損なわれれば世界的な金利上昇や資本流出を招き、資本統制の再導入圧力が高まる。政府と中央銀行は市場の安定性を確保しつつ、危機時には一時的な資本統制や流動性供給策など適切な手段を組み合わせることが求められる。

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