序論
2025年10月20日、ホーチミン証券取引所を代表するVN指数は約95ポイント(5.5%弱)という歴史的な下げ幅を記録しました。背景には、最大手の不動産開発企業ノバランドやマサングループなどの企業債に対する政府監査の結果が公表され、複雑な資金流用や架空取引が発覚したことがあります。監査報告では、2015〜2023年に発行された一連の社債の中で約7,000億ドンが不正に循環していたこと、ノバランド傘下企業が実体のない資本取引を繰り返していたことが指摘されました。同社は2023年6月末の社債残高3兆4,900億ドンのうち、2025年9月までに44%を返済済みとし再建に取り組んでいるものの、報告を受けて投資家は一斉に株式を売却し、ほぼ全面安となりました。これに先立ち、2022年には不動産企業ヴァン・ティン・ファット(Vạn Thịnh Phát)グループの社債詐欺が明るみに出てサイゴン商業銀行で取り付け騒ぎが起きるなど、不動産セクターの相次ぐ不祥事が市場の不安を高めていました。
正(テーゼ):構造的な脆弱性の象徴と見る立場
この急落を深刻な警鐘と捉える立場では、ベトナム市場の構造的な問題が露呈したと考えます。まず、不動産業界がGDPの大きな割合を占めているため、同業界での不正は資本市場全体へ波及しやすいという点です。ノバランドのような巨大企業が社債資金を実体のない取引や販売許可のないプロジェクトに流用し、その額が数千億ドン規模に上った事実は、ガバナンスの欠如と規制当局の監督不足を示しています。また、ヴァン・ティン・ファット事件のような過去の不祥事がいまだに記憶に新しい中で再び同様の問題が発覚したことで、投資家の信頼は大きく損なわれました。こうした不祥事を繰り返さないためには、監査や情報開示の強化、債券市場の透明性向上など根本的な改革が必要ですが、改革が進まなければ市場は脆弱なままで再び混乱に陥る可能性があります。このため、この急落は単なる一時的な調整ではなく、構造的なリスクの顕在化とみるべきだという見方です。
反(アンチテーゼ):一時的な調整と前向きな兆候
一方で、この急落を過度に悲観する必要はなく、むしろ健全な調整と捉える立場も存在します。VN指数は米国による対ベトナム製品への相殺関税発表後から半年以上上昇を続け、時価総額の割高感が指摘されていました。そのため、市場関係者は今回の下落を「久々の調整」であり、株価バリュエーションを適正化する契機と分析しています。また、ノバランドは公表された違反が2015〜2023年の発行分であり、2024年以降は債務再編によって残高の半分近くを返済済みであることを強調しています。ベトナム経済そのものも外資の製造拠点移転で高成長を維持しており、政府の景気刺激策や金融緩和によって企業業績は改善傾向にあります。さらに、今回の監査と警察による捜査は、企業統治を改善し投資家保護を強化するための前進と評価され、長期的には市場の健全化につながるとの期待もあります。すでに多くの銘柄が「割安」となっており、長期的な投資機会として押し目買いを狙う投資家も少なくありません。
合(ジンテーゼ):危機と改革を踏まえた中庸的視点
総合的に見ると、今回の急落はベトナム市場の脆弱性と成長ポテンシャルの両面を浮き彫りにしました。ノバランドや他の企業による社債不正は、市場の透明性やガバナンスが依然として発展途上であることを示すと同時に、政府が不正を放置せず捜査に踏み切った点は前向きな変化とも言えます。実体経済は堅調で、製造業の移転や若い労働力による成長が続く一方で、不動産偏重の資金運用や脆弱な社債市場の改革は不可欠です。投資家にとっては、短期的なボラティリティと情報開示リスクを認識しつつ、長期的な経済成長と規制改革に伴う投資機会を見極めることが重要になります。政府や規制当局には、透明性の確保や社債市場の監督強化、金融教育の推進などの課題が突き付けられており、この危機を契機により成熟した市場へと進化できるかどうかが試されています。
要約
- 事件の概要: 2025年10月20日、VN指数は過去最大級の約95ポイント下落。不動産大手ノバランドやマサングループなどの社債に関する政府監査の結果が公表され、不正な資金循環や架空取引が露呈したことが引き金となった。
- 正(テーゼ)の視点: 不動産依存や企業統治の甘さなど、ベトナム市場の構造的脆弱性が表面化したとする見方。投資家信頼が損なわれ、抜本的な規制改革が必要との主張。
- 反(アンチテーゼ)の視点: 今回の下落は割高感の是正を伴う健全な調整であり、実体経済は依然好調。監査や捜査は市場健全化に役立ち、長期的には押し目買いの好機とする立場。
- 合(ジンテーゼ): 不祥事は市場の未熟さを示すが、政府による介入と企業の負債再編が進むことでガバナンス改善の契機となり得る。投資家はリスクと成長機会を天秤にかけ、長期的な視点で市場を捉える必要がある。
このように、ベトナム株急落は悲観と楽観の両側面を持つ出来事であり、今後の規制強化と経済構造改革の行方が市場の信頼回復と持続的な成長を左右するでしょう。
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