テーゼ(住宅家賃が非課税とされる理由)
消費税は幅広い取引に課されるが、全ての取引が課税対象になっているわけではない。税法では「消費の概念にそぐわないもの」や「社会政策上、特別に消費税をかけないもの」を非課税とするルールがあり、住宅の貸付けはこの後者に該当する。住まいは生活に不可欠な基盤であり、消費税導入後しばらくは住宅家賃にも税金がかかっていたものの、平成3年10月からは国民負担を考慮して非課税となった。
税法上「住宅」とは、人の居住の用に供する家屋または家屋のうち居住部分を指し、一戸建て住宅のほかマンション・アパート・社宅・寮・貸間等も含む。居住用の建物を賃貸する場合、敷金や保証金のうち返還しない部分や共用部分の維持費も家賃に含まれ、これらすべてが非課税となる。借主が自ら使用せず転貸する場合でも、転借人が居住用に利用することが契約や状況から明らかであれば非課税である。
この考え方は法人が従業員のために借り上げる社宅でも同じだ。従業員用の住宅は「住宅」に含まれるため、会社が物件の所有者に支払う家賃も、従業員から徴収する使用料も非課税の住宅家賃とされる。社宅や従業員寮を取得したり借り上げたりしても、その家賃は住宅の貸付けに該当するため課税仕入れにならず、仕入税額控除の対象とならない。
アンチテーゼ(課税となるケースや論点)
住宅として借りていても、一定のケースでは家賃が課税される。
- 賃貸期間が1か月未満の短期貸しや旅館業:ウィークリーマンション・民泊など貸付期間が短いものや、旅館業法に該当する施設は非課税から除外され、家賃に消費税が課される。
- 店舗・事務所としての利用:物件を事業用に借りる場合、家賃・共益費・礼金・仲介手数料・更新料といった諸費用は消費税の課税対象となる。駐車場代も課税であり、住居と事務所を兼ねる場合は事務所部分のみが課税される。
- 住居兼店舗の場合の按分:店舗併設住宅では、住宅部分のみが非課税となり、家賃を合理的に区分して店舗部分には税金がかかる。
また、個人が居住用として借りた物件を事業用に転用する場合は注意が必要である。国税庁の通達によれば、賃貸借契約において用途変更の契約がなされれば、その変更後の貸付けは課税取引となるが、単に借主が事業目的で使用しても契約変更がなければ非課税のままである。この判定は賃借人が法人か個人かに関係なく、契約書と実際の利用状況で判断される。
税務上の別の問題として、住宅家賃が非課税であるため建物取得にかかる消費税を控除できない点がある。居住用賃貸建物の取得費は非課税売上に対応するため原則として仕入税額控除ができず、過去には高額な仕入税額控除を受ける「金地金スキーム」などが問題視された。令和2年度の改正では居住用賃貸建物の取得時の仕入税額控除が実質的に制限されるなど、政策面で調整が行われている。このことは「住宅家賃の非課税が必ずしも公平ではない」という批判の一端でもある。
ジンテーゼ(統合的考察)
住宅の家賃が非課税とされたのは、住まいが国民の生活の基盤であり、税負担を軽減する社会政策上の配慮が根底にある。これに対し、事務所や店舗の家賃は事業の対価であり、基本的な消費税の課税範囲に含まれる。社宅や従業員寮が住宅として扱われるのは、法人が借り上げていても実際には従業員が居住しており「生活のための住まい」と評価されるからである。
しかし、「居住用か事業用か」の線引きは契約書や利用実態に基づき判断されるため、フリーランスが自宅の一部を仕事場に使う場合や個人が法人に転貸する場合などでは判断が難しい。このため、税務上は「契約上の用途変更を行った場合のみ課税」「転貸の場合でも転借人が居住用として利用することが明らかなら非課税」といった細かい基準が設けられている。
税負担の公平という観点からは「住宅だけ非課税なのは不公平だ」との意見もあるが、居住用家賃の非課税とする社会政策には一定の合理性がある。一方で、非課税とすることで事業者が仕入税額控除を受けられずコストが増える問題もある。令和2年度改正のように、制度の悪用を防ぐための調整が継続的に行われており、今後も住宅政策と税収中立性のバランスが議論されるだろう。
要約
- 住宅の賃貸は消費税の非課税取引であり、住宅家賃や敷金・共益費等も含めて課税されない。この非課税は平成3年(1991年)から採用された社会政策であり、住居費の負担軽減が目的である。
- 「住宅」には社宅や寮も含まれ、法人が社宅を借りる場合でも家賃と従業員から徴収する使用料は非課税である。
- 店舗や事務所として借りる物件の家賃・共益費・礼金などは消費税の課税対象であり、住居兼店舗の場合は店舗部分のみ課税される。
- 用途変更や短期貸し、旅館業に該当する貸付けは住宅でも課税となる。社宅などの取得費や借上料は仕入税額控除の対象外となる一方、修繕費や備品購入費用は控除対象になるため、会社は費用区分に注意する必要がある。
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