以下では、極右と極左がなぜ似ているといわれるのかを弁証法的に検討し、その根底にある社会的矛盾として労働力の搾取に注目し、ブラック企業の問題とマルクス経済学の関係にも触れる。
弁証法的枠組み
弁証法はヘーゲルやマルクスが発展させた考え方で、対立する要素(テーゼとアンチテーゼ)が相互作用することで新たな総合(ジンテーゼ)に進むという歴史の運動を強調する。この視点では、極右と極左という一見対極の立場を「対立から統一にいたる運動」として捉える。
テーゼ:極右と極左の違い
一般に極右は民族主義や伝統的な価値観を重視し、強い国家や階層秩序を訴える。一方、極左は社会的平等や集団主義を強調し、資本主義的な私有財産に対抗する。このようにプログラム的な主張には大きな違いがある。
アンチテーゼ:極右と極左の共通性
しかし政治学では、両者に共通する心理的・行動的特徴が報告されている。政治学者マクロスキーとチョンは、米国の左翼・右翼過激派を比較し、両者が社会に対する疎外感を共有し、自分たちの目標を阻む陰謀勢力が存在すると考えていること、政治を「善と悪の戦場」とみなし妥協を裏切りと受け止める傾向があることを指摘した。また最近の研究では、ポピュリズムは「純粋な民衆」と「腐敗したエリート」を対立させる「薄い中心イデオロギー」と定義されるが、ポピュリズム的態度は左右の両極に多く見られる。極左と極右はともに「我々対彼ら」という二項対立で世界を理解し、世界を単純化して自信を持って信じ込む認知的硬直性を共有している。さらに心理学的研究では、強い政治的信念を持つ人々は保守かリベラルかに関わらず、政治的内容に対して同様の感情的反応を示し、恐怖や脅威検知に関わる脳領域(扁桃体や中脳水道周囲灰白質)が強く反応することが報告された。この研究では、極左と極右の参加者の脳活動は中道の参加者より同期しており、信念の方向よりも信念の強度が似た神経反応を引き起こしている。つまり、極端な信念自体が共通の心理的・神経的パターンを生み出している。
ジンテーゼ:共通性の根拠とその限界
弁証法的に見ると、極右と極左は対立するイデオロギーとして生まれるが、どちらも現状への不満や疎外感、社会の急速な変化への不安といった根源的矛盾の産物である。マクロスキーらが述べたように、両者は「堕落した社会に対する道徳的退廃への怒り」と「陰謀的支配者への不信」を共有し、妥協や漸進的改革よりも「完全勝利」を求めるゼロサム思考に陥りやすい。心理学的研究が示すように、極端な信念を持つ人々は恐怖や怒りに敏感で、敵対する情報に強い感情反応を示す。これらの共通性は、資本主義的モダニティにおける社会的疎外や不平等という矛盾から生じる感情的反応の表れと解釈できる。ただし、極右と極左が常に同じではないことも注意が必要であり、歴史・文化的文脈によって右傾ポピュリズムまたは左傾ポピュリズムの強さは変わる。また、極右が排外主義や人種差別を伴いやすいのに対し、極左は階級平等や反資本主義を志向するなど、価値内容は異なる。共通するのは手法や心理的特性であり、主張そのものではない。
マルクス経済学とブラック企業の問題
極端な政治が台頭する背景には経済的不平等や労働環境への不満がある。日本では、長時間労働や賃金不払い残業、パワハラを強いる企業が「ブラック企業」と呼ばれる。厚生労働省はブラック企業に明確な定義を設けていないが、一般的特徴として①極端な長時間労働や過大なノルマ、②賃金不払残業やパワーハラスメント等企業全体のコンプライアンス意識の欠如、③合意以上のシフトを入れたり退職を妨げたりするなど劣悪な労働環境を挙げている。別の同省のQ&Aでも「極端な長時間労働やノルマ」、「賃金不払残業やパワハラ」がブラック企業の特徴として示されている。
マルクス経済学では、資本主義の根本的矛盾として労働力の搾取を論じる。労働者の労働時間は自分が再生産に必要な財をつくる「必要労働」と資本家のために働く「剰余労働」に分けられるとされ、この剰余労働が資本家の利潤源である。したがって労働者が自らの生活維持に必要な時間以上に働かされる構造そのものが搾取であり、ブラック企業は単に法令違反の度合いが顕著なケースであるに過ぎない。松尾匡氏は「ブラック企業に不当な契約を結ばされているわけではなく、搾取は経済全体の連関のなかで起こっている」と述べ、搾取の根源を個別企業の道徳性ではなく社会構造に求める。さらに彼は、疎外論に基づき、人間の労働が自己目的化し制度や貨幣が人間を支配する「物象化」を批判する。ブラック企業問題を理解するためには、長時間労働やパワハラといった表面的な問題の背後に、労働力商品が持つ「必要労働」と「剰余労働」の分裂や、分業による人間疎外など構造的な矛盾があることを認識する必要がある。この点で、マルクス経済学を学ぶことは、なぜ過重労働やサービス残業が生じるのか、企業間競争がなぜ労働者に負担を転嫁するのかを分析する上で有用である。
まとめ
- 弁証法は対立する要素が相互作用し新たな総合を生む過程を重視する。
- 極右と極左はプログラム的には対極だが、社会に対する疎外感や陰謀論的世界観、善悪二元論、妥協を拒むゼロサム思考などを共有し、共に「純粋な民衆」対「腐敗したエリート」というポピュリズム的構図に頼る。
- 心理学研究でも、強い政治的信念を持つ人々は左右を問わず恐怖や脅威に敏感で、同じような脳の領域が活性化する。極端な立場の人々同士は脳活動が同期しやすく、信念の方向より強度が類似性を生む。
- こうした共通性は、資本主義社会における不平等や疎外といった矛盾への反応であり、極端な政治はその矛盾を解消しようとする方法の違いに過ぎない。歴史的・文化的文脈により内容は異なるため、極右と極左を同一視するのは不正確だが、行動様式や心理的傾向には重なりがある。
- ブラック企業問題は資本主義的搾取の一例であり、厚生労働省は長時間労働・賃金不払・パワハラなどを特徴として挙げている。マルクス経済学では労働時間の一部が剰余労働として資本家に吸収される仕組みを明らかにし、搾取は個々のブラック企業だけでなく経済全体に内在すると説明する。マルクスの疎外論は、労働者が制度や貨幣に支配される「物象化」の問題にも着目し、ブラック企業の背後にある社会構造を理解する上で重要である。
このように、極右と極左の共通点やブラック企業問題を弁証法的に考察すると、表面的な対立の背後にある社会的矛盾や心理的メカニズムを見通すことができる。

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