序論
ベッセント氏はソロス・ファンド・マネジメント在籍中の2013年に日本円を売り仕掛けし、3か月で約12億ドルの利益を上げた。この時期はアベノミクス開始直後であり、円安進行を予想した賭けが成功した。その後トランプ政権で財務長官に就任し、2025年には日本の金融政策に対して「アベノミクスから12年が経ち条件は大きく変わった」と述べるなど、健全な金融政策と円の安定を求める姿勢を示した。同時期の関税騒動では、トランプ大統領が「解放の日」に関税を発表したことでS&P500が2月19日から4月8日の間に18.9%下落し、その後2か月足らずで20.5%上昇しほぼ元の水準に戻るというV字回復を演じた。Times of Indiaは、ベッセント氏が「トランプ政権2期目で最も影響力のある人物の一人」と評しており、政策と金融市場への影響力が大きいことは確かである。
正(テーゼ)
ベッセント氏の経歴や影響力に着目すると、次期中間選挙後に意図的または副次的に市場を暴落させ、再びV字回復させる可能性を主張する論者もいる。理由は次のように考えられる。
- 政策による相場変動の経験 – ベッセント氏はアベノミクス初期の円安に賭け巨額の利益を得た。この経験は、政策や通貨動向が投資機会となることを彼が熟知している証拠である。
- 関税騒動でのV字回復 – 2025年4月の関税発表によりS&P500は約19%下落したが、関税の一部撤回や交渉開始とともに2か月で20%超戻した。この急落・急騰局面では、大型ハイテク株への資金流入が牽引役となり、機関投資家が下落局面で買い増し、反発で利益を得た。政策変更が市場を揺さぶり、それに対応する投資家が儲けた事実は、類似のシナリオが繰り返される可能性を示す。
- 政治的・地政学的動機 – Times of Indiaが指摘するように、ベッセント氏はトランプ政権で最も影響力のある人物の一人であり、強硬な対中政策や関税を推進する姿勢を見せた。敵対国への牽制や国家の交渉力を高めるために、市場に痛みを伴う手段も辞さない可能性があると考える人もいる。
以上から、ベッセント氏や共和党政権が中間選挙後に意図的な株価急落を誘発し、内部者がそれを利用するというテーゼには一定の説得力がある。
反(アンチテーゼ)
一方、こうした陰謀論的な見方には反論も多い。主な論拠は以下の通り。
- 市場操作の困難さ – 米国株式市場は時価総額が非常に大きく、数百万の投資家が参加している。たとえ財務長官であっても、意図的に19%もの下落やV字回復を演出することは現実的ではない。2025年春の急落・急反発は、トランプ大統領の関税発表とその後の緩和に対する市場の反応であり、透明な政策変更が原因だった。
- 健全な金融政策への姿勢 – ベッセント氏は日本との会談で、「アベノミクス導入から12年後の状況は異なり、インフレ期待を安定させるためには健全な金融政策と利上げの余地が必要」と述べている。これは市場安定を重視する立場であり、意図的に市場を混乱させる意図とは矛盾する。
- V字回復は市場の自然な動き – フィッシャー・インベストメンツの解説では、2025年4月2日~8日にS&P500が12.1%下落し、その後90日ほどで28.7%戻したと指摘しており、関税交渉の進展に応じて投資家心理が揺れ動いた結果だと説明する。歴史的に、短期的な調整は突然始まり、同様に突然終わることが多く、V字回復は珍しくない。つまり市場の変動は偶発的な要素が大きく、誰かが意図的に動かせるものではない。
- 政治リスクと法的責任 – 政権が意図的に市場を暴落させた場合、企業や年金基金に甚大な損失を与え、政治的責任を追及される可能性が高い。またインサイダー取引や市場操作は米国法で禁じられており、現職の閣僚が関与することは考えにくい。
これらの点から、ベッセント氏が中間選挙後に市場を意図的に崩壊させるという考えは過度な推測であり、金融市場や政策運営の実態を無視していると指摘できる。
合(ジンテーゼ)
テーゼとアンチテーゼを総合すると、以下のような中庸的な見方が導かれる。
- 政策と市場は相互作用する – 政府による関税や金利政策は市場に大きな影響を及ぼし、その結果として急落や急反発が起こることがある。2025年春の関税騒動では政策発表が引き金となり、市場が19%近く下落し、政策修正で20%強回復した。ベッセント氏のような財務長官は政策の方向性を決定し、市場心理に影響を与えるため、その発言や決定には注意が必要である。
- 投資家はボラティリティを利用する – 下落局面で買い増し、反発局面で利益を確定する機関投資家は常に存在する。彼らは政策や経済データを分析し、急落・急騰に対応する戦略を持っている。したがって、関税騒動のようなV字回復で利益を得る投資家がいても不思議ではない。
- 陰謀論よりも制度的対応が重要 – 市場変動が政策に起因する場合でも、それが意図的な市場操作かどうかを示す証拠はない。むしろ、政策決定者は市場への影響を慎重に考慮し透明性を高めるべきであり、投資家は短期的な変動に振り回されないよう長期的な資産運用を心掛けるべきだ。
- 地政学と経済政策のバランス – 敵対国への牽制や貿易交渉の一環として強硬策を取ると、経済に副次的なダメージが生じることがある。ベッセント氏のような財務長官には、地政学的な目標と国内経済の安定をどう両立させるかという難題が課せられている。選挙後の市場変動を避けるためには、利害関係者間での対話と調整が不可欠である。
要約
ベッセント氏はアベノミクス初期に円安に賭けて12億ドルもの利益を上げた過去を持ち、現在はトランプ政権2期目で最も影響力のある人物の一人とされる。2025年4月の関税発表ではS&P500が18.9%下落した後、2か月で20.5%戻すV字回復を示し、機関投資家がこれを利用した。こうした経験から、次の中間選挙後に市場を意図的に暴落させ再度反騰させるとの陰謀論が生まれる。しかし、市場は巨大で操作が難しく、ベッセント氏自身は健全な金融政策とインフレ抑制を重視している。V字回復は政策の修正や投資家心理の変化に伴う自然な現象であり、意図的な操作と断定する根拠はない。政策決定者は市場への影響を慎重に考慮し、投資家は短期的な変動よりも長期的な視点でポートフォリオを維持することが重要である。

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