アクティブファンド運用の難しさ – 弁証法的考察

アクティブファンド(積極運用)は、市場平均を上回る成績を目指す投資手法である。しかしながら、この運用手法の有効性や難しさをめぐっては、金融業界や学術界で長年議論が絶えない。本稿では、ヘーゲル的弁証法の枠組み(テーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼ)を用い、アクティブ運用が直面する本質的な困難について多角的に論考する。

テーゼ: アクティブ運用の意義と可能性

テーゼ(命題)としてまず唱えられるのは、「市場には攻略可能な歪みが存在し、優秀なファンドマネージャーであれば市場平均を上回れる」という主張である。効率的市場仮説によれば市場価格は常にあらゆる情報を織り込むとされるものの、現実の市場では人間の非合理な行動や認知バイアスによって価格形成に歪みが生じることが多い。たとえば過度の楽観や悲観といった投資家心理の偏りにより、ある銘柄の価格が本来の企業価値から割高または割安に乖離する局面が生まれる。こうした市場の非効率性は、鋭い分析力と洞察力を持つアクティブファンドにとって恰好の狩場となる。実際、卓越したファンドマネージャーは徹底した企業調査やマクロ分析を通じて割安な資産を発掘し、割高に評価された資産を回避・売却することで、インデックス以上のリターン(超過収益)を狙えると信じられているのだ。

さらにアクティブ運用には、単に平均を追従するインデックス投資にはない柔軟性能動性があると指摘される。市場環境の変化に応じて機動的にポートフォリオを調整し、暴落時には現金比率を高めたり有望な資産へ乗り換えたりできるため、下落局面で損失を抑制したり上昇局面で有望セクターに集中投資したりといった巧みな戦略が可能になるという期待がある。加えて、企業のガバナンス改善を促すエンゲージメント(企業との対話)や、まだ世に知られていない新興企業への成長資金の供給など、アクティブファンドは単なる受動的な市場平均追従者ではなく、資本市場の効率化と健全化に寄与する積極的な参加者だと位置づける見方もテーゼ側には存在する。このようにテーゼとしての立場からは、アクティブ運用には市場の歪みを是正し投資家に付加価値をもたらす潜在力があると強調される。

アンチテーゼ: アクティブ運用を阻む要因と限界

しかしそれに対するアンチテーゼ(反命題)では、アクティブ運用の理想と現実のギャップが鋭く指摘される。第一に挙げられるのが、市場には既に多くのプロが参入し情報は瞬時に価格へ反映されているため、市場は十分に効率的であり容易に勝てるような歪みは滅多に残っていないという点である。無数のヘッジファンドや機関投資家が熾烈に競争する中で、仮に一時的なミスプライス(誤った価格付け)が生じても瞬く間に裁定されてしまい、誰もが気付く明白な割安銘柄などそうそう見つからない。効率的市場仮説に立脚すれば「プロでさえ市場平均に勝てない」のが基本であり、統計的事実としても大半のアクティブファンドは長期的にインデックスに劣後することが各国の調査で示されている。これはゼロサムゲームの論理でも説明できる。すべての投資家の平均は市場平均そのものであり、アクティブ運用全体で見れば勝者の裏で必ず敗者が存在する。ファンドに支払う信託報酬(運用コスト)や売買手数料は確実にパフォーマンスを押し下げるため、手数料分だけ平均以下の負け越しゲームになるのは避けられないというわけである。

第二に、投資家心理の現実はアクティブ運用の理論をしばしば裏切る。人間は合理的な判断より感情に左右されやすく、一般のファンド投資家は高値掴みと安値撤退を繰り返す傾向が指摘される。たとえば直近で好成績のファンドに資金が殺到し、ブームが過ぎて成績が低迷し始めると解約が相次ぐといったプロサイクルな資金流入出が典型だ。これはファンドマネージャーにとっても悩みの種である。人気化に伴う過剰な資金流入は運用規模を肥大化させ、本来の投資戦略を歪めたり流動性制約で身動きを取りづらくしたりする。また大量解約のリスクは、ファンドマネージャーに短期志向の戦略をとらせがちだ。市場全体が熱狂している局面で慎重姿勢を貫けば一時的に出遅れてしまい、評価ランキングの低下や資金流出に繋がりかねない。このため多数派に迎合しバブルに加担するような行動をとらざるを得ない場合もある。つまり、大衆迎合的なマーケティングや流行に乗った商品設定が横行し、本来長期視点であるべき運用判断が歪められる構造的な問題がある。

第三に、ファンドマネージャーのインセンティブ構造もしばしば投資家の利益と相反する。多くの運用会社にとって収益源は信託報酬による残高商売であり、ファンドマネージャーには運用成績よりも資金を集めることが重視される誘因が働きやすい。優れた成績を上げても、自社ファンドの資金流入額が増え自分の運用規模が肥大化すれば次第に身動きが取れなくなり、成績が平凡化してしまう「成功のジレンマ」も存在する。また、運用成績が基準指数から大きく乖離すると解雇や評価悪化のリスクがあるため、インデックスに極めて近い構成で運用する隠れインデックスファンド」が横行する傾向も指摘される。これでは高い手数料を取っていながら実質的には指数と大差ない運用しかしておらず、投資家にとってコスト倒れになってしまう。加えて、日本の投信業界では販売会社の論理が幅を利かせ、顧客本位より販売しやすさが優先されがちとも批判される。派手なテーマや直近好調な資産クラスを題材に据えたファンドが乱立し、販売現場では手数料稼ぎのために流行の商品が過剰に売り込まれる。その結果、資産形成という観点では望ましくないタイミングで高値のリスク資産を掴まされる個人投資家も後を絶たない。以上のように、市場の効率性による構造的ハードルから投資家心理制度・業界要因に至るまで、アクティブ運用の現場には多面的かつ本質的な困難が横たわっていると言えよう。

ジンテーゼ: 矛盾の統合による活路と展望

テーゼとアンチテーゼの対立を経て浮かび上がるジンテーゼ(総合)は、上記両面の真実を踏まえたバランスの取れた見解である。すなわち、「アクティブ運用は原理的に難易度が高く多数の敗者を出すが、それでもなお一定の役割と価値を持ち得る」という認識だ。一方では、効率的市場仮説が示す厳しい現実から目を背けることはできない。平均的なアクティブファンドがコスト控除後に市場平均を下回りやすい現状は、投資家に受動的なインデックス運用の有用性を再認識させている。しかし同時に、完全なパッシブ一辺倒では市場に情報反映の仕組みが働かなくなり、価格形成メカニズムが麻痺してしまうというパラドックスも存在する。市場が効率的であるためには、その裏側で非効率を探求するアクティブなプレーヤーが不可欠なのである。このジレンマは経済学者グロスマンとスティグリッツが示した情報のパラドックスでも語られており、完全に効率的な市場では誰も分析や調査を行わなくなるため、かえって市場は非効率になってしまうとされる。ゆえに、市場の番人としてのアクティブファンドの存在意義は否定できない。優れたファンドマネージャーは厳しい環境下でも独自の視点と高度な運用技術でわずかな市場のほころびを突き、資本の最適配分や新たな価値創造に貢献している。そうした真に卓越したアクティブ運用が報われる余地は、今後も残り続けるだろう。

ジンテーゼとしてはまた、アクティブ運用業界自体の進化と改革の方向性について言及できる。近年、低コストのインデックスファンド台頭に押される形で、伝統的なアクティブファンドも手数料引き下げ成果報酬型フィー体系への転換、運用戦略の高度化(AIの活用やESG重視など)を迫られている。これは逆説的に言えば、投資家に真に利益をもたらせる**「少数精鋭のアクティブ運用」への収斂ともみなせる。玉石混交だったファンド群から、厳しい環境を生き残れるだけの卓越した才能と明確な付加価値を持つ運用者だけが選別されていく過程と捉えれば、市場全体として健全な方向だろう。投資家側も、安易に流行や宣伝文句に飛びつくのではなく長期的視野で実力ある運用者を見極める目が求められる。パッシブ運用を土台に置きつつ、その上で一部を厳選したアクティブ戦略に配分するバーンズ方式のような手法や、あるいは市場全体のボラティリティが高まる局面でリスク管理を委ねる手段としてアクティブファンドを活用する、といった併用戦略**も現実的な解として浮上している。

結局のところ、アクティブファンド運用の難しさは「効率的な市場」という揺るぎない壁と「非効率な人間」という複雑な相手を同時に相手取ることに由来している。ヘーゲル的弁証法になぞらえるなら、能動的市場参加の意義(テーゼ)と市場参加者の限界(アンチテーゼ)という一見相反する命題の相克から、アクティブ運用の適切な役割と立ち位置(ジンテーゼ)が浮かび上がると言えよう。市場の効率性、投資家心理、コスト構造、インセンティブ設計、さらには金融ビジネスの在り方に至るまで、複雑に絡み合う要因を総合的に勘案するとき、初めてこの難題の全体像が見えてくるのである。困難さを直視しつつもそれを建設的に乗り越える道を探ることで、アクティブ運用は今後も資本市場において静かにしかし重要な役割を果たし続けるだろう。

以下は、アクティブファンド運営の難しさについて弁証法(テーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼ)に基づいて論じた要約である。

テーゼ(正):アクティブ運用の意義

  • 市場には価格の歪みがあり、優れたファンドマネージャーはそれを利用して市場平均を上回る収益を得られる。
  • 柔軟で機動的な運用により、市場変動への対応力を持ち、企業の価値向上にも積極的に関与できる。

アンチテーゼ(反):アクティブ運用の限界

  • 実際には市場の効率性が高く、情報は瞬時に価格に反映されるため、大半のファンドは手数料を差し引くとインデックスに勝てない。
  • 投資家の短期的思考や感情的判断に振り回され、大衆迎合的なマーケティングや短期主義的運用が横行しやすい。
  • ファンドマネージャーの報酬体系や販売側の都合が運用の歪みを生みやすく、投資家利益との乖離が生じる。

ジンテーゼ(統合):現実的な役割と将来的方向性

  • アクティブ運用は困難だが、市場効率性維持には不可欠な役割があり、完全なインデックス化も現実的ではない。
  • ファンド業界の競争激化や手数料低下、成果報酬導入などにより、本当に付加価値を出せる優秀な運用者への淘汰・収斂が進む。
  • 投資家もパッシブ運用をベースにしつつ、厳選したアクティブファンドを併用することで最適なバランスを探ることが望ましい。

結論として、アクティブファンド運営は、市場効率性という壁と人間の非合理性という複雑さの両方を乗り越える必要があるため、構造的に困難である。しかし、厳しい環境下で生き残る一部の運用者は市場の健全化と資本配分に貢献し続けるだろう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました