米国債務膨張が招くドル信認低下と金回帰の行方

米国の対外債務が増大し、それに伴う利払い費(利息負担)が急増することで、基軸通貨ドルへの信認が揺らぎつつある。この結果、各国は外貨準備の運用を見直し、安全資産としてのの購入を増やす一方、米国債の保有を縮小する動きを強めている。本稿では、この現象をヘーゲルの弁証法(三段階の正・反・合)の枠組みで論じる。

正:米国債務膨張によるドル不信と各国の金志向

米連邦政府の債務残高はGDPの100%を超え、その利払い費は国防費をも上回る規模に達している。財政の持続可能性への不安から米国債の信用格付けも引き下げが相次ぎ、ドル体制の基盤にヒビが入り始めた。このような米国の信用力低下は基軸通貨ドルへの信頼を損なわせ、各国に備えを促している。

具体的に、各国の中央銀行は外貨準備の資産構成を見直し、実物資産である金の保有比率を高め始めた。1971年のニクソン・ショック以降、各国は「金を売って米国債を買う」ことでドル体制を支えてきたが、半世紀を経た現在、その潮流は逆転しつつある。例えば世界の中央銀行による金の純購入量は:

  • 2022年に年間約1,100トンと過去最高を記録し、2023年も高水準を維持した。
  • その結果、外貨準備に占める金の比率はかつて10%前後だったものが直近では20%台に上昇している。
  • 一方、外国中銀が保有する米国債は減少傾向にあり、全米国債残高に占める割合は2013年頃の約34%から現在は23%程度まで低下した。

各国別に見ても同様の動きが顕著だ。ロシアは外貨準備に占める金の割合を2013年の約8%から直近で25%超に引き上げ、その裏で米国債を含むドル資産を大幅に削減している。中国も依然として巨額のドル資産を抱えるものの、米国債保有高は減少傾向にあり、人民銀行(中国中央銀行)は2022年以降、公表ベースで数百トン規模の金購入を継続している。さらにトルコ中東の産油国なども、自国通貨の安定策や対米リスクヘッジとして金準備を積み増し、米国債への新規投資を控える方針を強めている。このように米国の債務・利払い負担の増大による「ドル不信」を背景に、各国は外貨準備の軸足をドル資産から金へと移し始めている。

反:ドル基軸体制の持続力と代替資産の限界

しかし一方で、ドルが直ちに世界の信認を失い基軸通貨の座から陥落すると考えるのは時期尚早である。現在でも**国際通貨基金(IMF)**の統計によれば、各国の外貨準備に占めるドルの構成比は約58%(2024年末時点)と依然突出して高く、次位のユーロ(約20%)や人民元(2%強)を大きく引き離している。円やポンドも各5%前後に留まり、依然として世界の金融・貿易システムはドルを中心に回っている。巨大な米国債市場の流動性やドル決済ネットワークの利便性は他の追随を許さず、ドルの優位性を支える根幹となっている。

また、代替となりうる通貨や資産にも明確な限界が存在する。例えば:

  • ユーロや人民元を大量に外貨準備に組み入れれば、その通貨が急騰し発行国の輸出競争力や物価安定に打撃を与えかねない。欧州や中国が自ら進んでドルに代わる基軸通貨の座を狙う可能性は低い。
  • **金(ゴールド)**は価値の裏付け資産として有用だが、利息を生まないうえ価格変動も大きい。準備資産のすべてを金で置き換えるのは非現実的であり、あくまで補完的な位置づけに留まる。
  • 米国債は流動性と利回りの両面で依然魅力的で、多くの中央銀行にとって手放せない資産である。一度に米国債を大量売却すれば自国の保有資産価値を損ねるため、その売却はどうしても漸進的にならざるをえない。

さらに、米国は基軸通貨国としての信用維持に努めており、財政悪化にもかかわらずドルの安定を揺るがしかねない政策は回避している。米財務当局者は「強いドル」政策を繰り返し表明し、必要に応じて金利差調整や協調介入によってドル相場を下支えしてきた。実際、**米連邦準備制度理事会(FRB)**による急速な利上げは金利差拡大を通じて海外からの資金流入を促し、2022年前後にはドル指数の上昇(ドル高)をもたらした。米国の利払い負担増という「悪い金利上昇」が進行しても、それが即座にドル売り・ドル安に直結しないことを示す例と言える。

このように構造的な優位性と他通貨の制約を踏まえれば、ドルの基軸通貨地位が短期的に揺らぐ可能性は低い。各国による外貨準備の分散は進んでいてもその歩みは緩慢であり、当面はドル資産が世界の信用秩序の中心にあり続けるだろう。

合:多極化する準備資産による新たな均衡

正と反の主張を統合すると、国際通貨体制はドル一極支配から緩やかに多極化した準備資産体制へ移行していくと考えられる。すなわち、ドルへの信認低下から各国が金などへの分散を進める一方で、ドルの覇権もなお存続し、その両者を組み合わせた新たな均衡が模索されるだろう。

この新たな均衡の下では、ドルは依然として最大の基軸通貨として機能し続けるが、その独占的地位は相対的に和らぐ。各国はドル建て資産と並行して金やその他の主要通貨(ユーロや人民元など)にも一定割合で分散投資し、リスクと利便のバランスを図るようになる。例えば、BRICS諸国を中心にドルに依存しない決済ネットワークや共通通貨の構想(金を裏付けとするデジタル通貨など)が進めば、IMFの**特別引出権(SDR)**などと併せてドル体制を補完する役割を果たすかもしれない。また各国が準備資産としての金の重要性を再評価し続ければ、将来的に金を部分的に裏付けとする国際デジタル通貨や、複数通貨のバスケットによる新たな価値基準の検討につながる可能性もある。

同時に米国自身も、こうした国際環境の変化に応じて財政健全化や通貨信認の維持に向けた努力を迫られるだろう。膨張する債務と利払い費を放置すれば基軸通貨国としての信用が低下し自国経済にも跳ね返るため、歳出削減や増税を含む財政再建策に取り組まざるをえない。実際、ドル体制の維持には米国の金融・財政運営に対する信頼確保が不可欠であり、米国が一定の財政規律を取り戻すことで初めて、多極化する通貨体制の中でもドルが安定的な中心であり続けることができる。

要するに、世界はドルの利点(流動性・信用)と金など代替資産の安定性を組み合わせたハイブリッド型の通貨秩序へと向かいつつある。これがヘーゲル的に言う「合」の段階であり、ドルに対する信認低下(正)とドル体制の根強い継続(反)という対立が、最終的にはドルと金・他通貨が並存する新たな均衡点(合)へと収斂していくと考えられる。

まとめ

米国の対外債務膨張による利払い負担増はドルへの信頼低下を招き、各国に金購入や米国債売却といった「脱ドル化」の動きを促している。しかし同時に、ドル基軸体制の優位性と代替資産の制約から、ドルの支配的地位は依然として維持されている。最終的には、ドルと金(および他の主要通貨)が併存する形で国際通貨体制の安定を図る新たな均衡へと移行しつつある。このような漸進的な変化により、各国はドルの恩恵を享受しながらリスク分散を図り、通貨秩序の持続可能性を高めていくことになるだろう。

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