法定通貨(米ドル以外)を裏付け資産とするステーブルコインの可能性

概要

ステーブルコインは、基軸となる資産(通常は法定通貨)と価値を連動させることで価格の安定性を保つ暗号資産です。現在流通するステーブルコインの多くは米ドルに連動し、裏付け資産として米ドル預金や米国債等を保有しています。しかし米ドル以外の各国法定通貨(例:ユーロ、円、ポンド、シンガポールドル、スイスフランなど)を裏付けとするステーブルコインの発行も技術的には可能であり、既にいくつか実例が存在します。本稿では、各国通貨建てステーブルコインの技術的・経済的な実現可能性、主要国での規制上の扱い、そして実際の発行事例について整理します。

技術的・経済的な実現可能性

技術面: ステーブルコインの仕組み自体は通貨の種類に依存しないため、米ドル以外の法定通貨であっても、ブロックチェーン上にトークン化した電子マネーとして発行することは十分可能です。発行体が対応する法定通貨を十分量担保資産として保有し、トークンとの1対1の交換(償還)に応じることで、そのトークンを対象通貨にペッグ(連動)させることができます。ブロックチェーンのスマートコントラクトや台帳システムも通貨種別に依存しないため、円建て・ユーロ建てなど各種ステーブルコインを発行・流通させる技術的ハードルは高くありません。また、既存のステーブルコイン発行インフラ(例:Ethereumなどのパブリックチェーン、あるいは銀行連合が構築する許可制ブロックチェーン)を活用すれば、新たな通貨のステーブルコインも比較的容易に展開可能です。

経済面: 経済的実現可能性は通貨ごとの市場ニーズコスト要因に左右されます。現在、暗号資産市場では取引通貨として米ドル建てステーブルコイン(USDTやUSDCなど)が圧倒的に主流であり、他通貨建てステーブルコインの取引量・流動性は限定的です。しかし、地域経済内での決済ニーズや為替リスク回避ニーズによっては、自国通貨建てのステーブルコインにも一定の需要が見込まれます。例えばユーロ圏内のユーザーや企業が暗号資産取引や決済で為替変動リスクを避けるためにユーロ連動ステーブルコインを利用したり、日本国内でブロックチェーン上の決済手段として円建てステーブルコインを用いる、といったシナリオです。

もっとも、他通貨建てステーブルコインの発行・維持にはいくつかの経済的課題もあります。第一に金利・収益の差です。米ドル資産は近年金利が上昇しており、米ドル建てステーブルコイン発行体は準備金を米国債等で運用することでかなりの利息収入を得ています。一方で、例えば2020~2022年頃までのユーロや円は超低金利(円はほぼ0%、ユーロもマイナス金利)であったため、ユーロ建て・円建てステーブルコインを発行しても準備金から得られる利息収入がなく、むしろ保管コストがかかる状況でした。そのため発行体にとって収益が見込みにくい点が障壁となり、過去数年は非米ドル建てステーブルコインの普及が限定的でした。しかし現在は各国で金利水準が見直され、ユーロやポンドなどもプラス金利となってきたため、準備資産を安全資産で運用することで発行ビジネスとして成り立つ可能性が高まっています。

第二に為替リスクです。発行体が自国と異なる通貨建てステーブルコインを発行する場合、準備金として外国通貨資産を保有することになり為替変動リスクを負います。このため、発行体は為替ヘッジや各国の銀行口座開設など追加のリスク管理・コスト負担が必要です。したがって、多くのケースでは発行体自身がその通貨圏に所在すること(例:ユーロ建てなら欧州の機関、円建てなら日本の機関)が望ましく、実際のプロジェクトもそのように進められる傾向があります。

第三にネットワーク効果と流動性です。米ドル建てステーブルコインは既に世界中の取引所やDeFiで採用され流動性が高いためユーザーにとって利便性が高いですが、新規の他通貨ステーブルコインはまず流通量・対応先を拡大しなければなりません。流通量が少ないと価格安定性にも影響し(低流動性だとペッグ乖離が起きやすい)、利用者獲得にも時間がかかります。ただしこの課題は、各国の大手企業や銀行が発行主体となり信頼性・流動性を確保することで克服しつつあります。例えば今後、日本のメガバンクが円建てステーブルコインを発行すれば、国内での信用力や決済ネットワークへの統合によって利用促進が期待できます。

まとめると、技術的には各国法定通貨を裏付けとするステーブルコインを作ることは問題なく可能であり、経済的にも金利環境改善や地域ニーズの高まりにより実行可能性が増しています。ただし、通貨によってビジネス採算性や普及のハードルが異なるため、発行戦略にはそれぞれ工夫が必要です。

規制面の許容性と各地域の動向

各国規制当局はステーブルコインを金融商品や決済手段として法的に位置付け、利用者保護や金融安定性確保の観点から発行体に一定の規制を課し始めています。米ドル以外の法定通貨を裏付けとするステーブルコインについても、基本的には同様の規制原則が適用されるか、もしくは自国通貨に関わる場合に特有のルールが設けられています。以下、主要な暗号資産規制地域における状況を概観します。

米国の状況

米国では、現時点で連邦レベルの包括的なステーブルコイン法は成立していないものの、事実上ステーブルコイン発行が容認され広範に流通しています。USD連動型(USDC, USDTなど)の発行体は州の送金業者ライセンスやニューヨーク州金融当局(NYDFS)の信託会社チャーターなどを取得し、自主的に準備金証明や会計監査を行うことで当局の黙認を得てきました。米ドル以外の通貨について特別の禁止規定はなく、各種通貨建てステーブルコインの発行自体は可能です。ただし発行体が米国に拠点を置く場合、裏付け資産となる外国通貨の保管・管理において米国内の銀行で対応できないケースがあるため、パートナー銀行を海外に持つなどの工夫が必要です。

米国規制当局はステーブルコインを決済インフラやマネーマーケット的存在と捉え、将来的には発行体を銀行など預金取扱機関相当に規制する議論を行っています(2021年の大統領金融市場作業部会報告などで提言)。実際に議会ではステーブルコイン法案が審議中で、発行体に銀行免許取得や100%準備金維持、迅速な償還義務などを課す内容が検討されています。もっとも2025年時点で法案は成立しておらず、現行では州法に基づく枠組みとSECやCFTCなど既存法の適用可能性による断片的な規制に留まります(例:証券性の有無、商品取引規制の適用など個別判断)。

米国において米ドル以外を裏付け資産とするステーブルコインの例としては、円連動ステーブルコインの「GYEN」があります。これは日本のGMOインターネットグループ傘下の米国法人(ニューヨーク州認可の信託会社)が発行したもので、世界初の規制当局承認済みJPYステーブルコインとして登場しました。同様に、TrustToken社による**TrueGBP(英国ポンド建て)やTrueAUD(豪ドル建て)**など、米国外通貨を対象にしたステーブルコインも一部存在しましたが、市場規模は限定的です。総じて米国では、自国通貨たるUSDステーブルコインが圧倒的に支配的であり、他通貨建てはニッチな位置付けですが、規制上明確に禁止されているわけではないため、今後需要が高まれば適切な枠組みで発行される余地があります。

日本の状況

日本では、2023年6月に改正資金決済法などが施行され、ステーブルコインに関する初の包括的な法制度が整備されました。日本法はステーブルコイン(法定通貨建価値の暗号資産)を「電子決済手段等(デジタルマネータイプの暗号資産)」として位置付け、発行体を銀行、信託会社、資金移動業者といった一定の免許・登録を持つ事業者に限定しています。また、日本円など法定通貨を裏付けとする場合は常に1対1の償還請求権を保証し、額面価値での払い戻しを認めることが義務付けられています。これは「ステーブルコインは預金の代替となり得る」との観点から、利用者保護と金融安定を図るための措置です。

日本の新しい規制枠組みでは、裏付け資産として認められるのは日本円またはその他の法定通貨であり、ステーブルコインは円に限らず**「円またはその他の法定通貨」への連動を要件としています(暗に米ドルなど外貨建ても含まれる)。もっとも現実的には、多くの国内企業はまず円建てステーブルコインの発行に関心を示しています。既に北國銀行(地方銀行)が独自の私設ブロックチェーン上で地域通貨型コインを実験的に発行した例や、ソニー銀行がポリゴン上で試験発行を行った例があります。さらにメガバンクの三菱UFJ信託銀行は「Progmat Coin」というプラットフォームを開発し、他の金融機関と連携して円建てステーブルコインの発行インフラを構築中です。MUFGは信託会社としての立場から2024年以降に日本円連動ステーブルコイン**を発行する計画を発表しており、国内初の本格的な円ステーブルコインの登場が期待されています。

なお、日本では海外発行のステーブルコインの流通にも規制があります。改正法では海外で発行されたステーブルコインを日本国内で販売・媒介する場合、一定の登録業者を通すことが必要になる見込みです(具体的な運用基準は今後公表)。例えばUSDCやUSDTといった海外USDステーブルコインを日本の取引所で扱うには、発行体または仲介業者が日本の基準に適合する形で登録・報告を行う必要が出てくると考えられます。このように、日本は自国通貨建てステーブルコインの普及には前向きですが、その分厳格な発行者要件や資産保全ルールを設け、安全性・信頼性を担保しようとしています。

欧州連合(EU)の状況

EUでは2023年に「暗号資産市場規制(MiCA)」が正式成立し、2024~2025年にかけて段階的に施行されます。MiCAはステーブルコインを包括的に規制するもので、「電子マネートークン(EMT)」と「資産参照トークン(ART)」という分類を設けました。単一の法定通貨に価値を連動させたステーブルコインは**EMT(電子マネートークン)と定義され、発行体は電子マネー機関(EMI)または銀行等の信用機関としてのライセンスを取得しなければEU域内でトークン発行・サービス提供ができません。一方、複数資産や複数通貨のバスケットに連動するものはART(資産参照型トークン)**とされ、こちらも当局への認可申請や発行白書の公表義務などが課されます。

MiCAはユーロを含むEU加盟国通貨建てのステーブルコイン発行を明確に合法化する一方、域内の金融安定や通貨主権を守る観点からいくつか特徴的な制限を設けています。その一つが外貨建てステーブルコインの利用制限です。具体的には、ユーロ以外の法定通貨(例:USDやGBP)に連動するEMTがEU域内で日常決済手段として過度に使用されることを防ぐ目的で、一定の取引量上限が定められました。MiCAでは、非ユーロEMTが「単一通貨圏内の日常的な支払い手段」として1日あたり100万件超、かつ総額2億ユーロ超のトランザクションに用いられた場合、発行体に新規発行停止などの措置を取らせる旨が規定されています。これはもし将来、米ドル建てステーブルコインなどが欧州でコーヒー代や家賃の支払いに日常的に使われるほど普及した場合、ユーロの地位が脅かされる可能性があるための予防措置です。ただしこの上限には、暗号資産取引や投資目的での送金、域外との取引などは含めない運用になっており、あくまでユーロ圏内の実経済決済における利用を想定したものです。現状では欧州でステーブルコインが日用品決済に使われるケースはほとんどないため、当面この規定が発動される状況にはなりにくいですが、将来的な市場環境次第で外貨建てステーブルコインの用途に一定の歯止めをかける意図が読み取れます。

そのほかMiCAでは、ステーブルコイン発行体への厳格な義務(十分な準備金の保持・分別管理、所管当局への定期報告、経営ガバナンス体制の確保、利用者へのホワイトペーパー提供など)や、ステーブルコイン保有者に利息を支払うことの禁止(ステーブルコインが疑似預金のように利回りを生まないようにする措置)などが盛り込まれています。これらの規制に対応するため、既存の発行体はEU内でのライセンス取得を進めています。例えば米Circle社はフランスで電子マネー機関として登録を受け、ユーロ建てステーブルコイン**「EUROC」をMiCA準拠で発行する準備を整えました。一方でTether社は、自社のユーロ建てステーブルコイン「EUR₮」**についてMiCA施行に合わせた対応が難しいとして、2025年末までにサービス終了を予定すると表明しています。このようにEUでは、ユーロ建てを含む各法定通貨建てステーブルコインの発行そのものは許容されますが、発行体にとっては銀行や電子マネー業者並みの遵守負担が課され、規制面のコストが相応に発生する環境となっています。

シンガポールの状況

シンガポールは暗号資産分野に積極的なハブ戦略を取っており、ステーブルコインに関しても比較的早期から明確な方針を打ち出しています。2023年8月、シンガポール金融管理局(MAS)は単一通貨建てステーブルコイン(SCS: Single-Currency Stablecoin)の発行に関する新たな規制フレームワークを発表しました。このフレームワークはシンガポールドル(SGD)またはG10通貨(米ドル、ユーロ、円、ポンド、スイスフランなど主要10通貨)に連動するステーブルコインで、シンガポール国内で発行されるものを対象としています。具体的な要件として、発行体は以下を満たす必要があります。

  • 価値維持のための準備資産: 発行済みステーブルコインと同額の準備金を高い信頼性のある資産(例:発行通貨と同じ通貨建ての現金預金や短期国債など)で保有し、価値安定性を確保すること。
  • 償還対応: ユーザーからの償還要求に対し一定期間内(例: 5営業日以内)に法定通貨で額面払い戻しに応じること。
  • 自己資本などプリューデンス要件: 発行体は一定水準の資本を保持し、事業継続能力を担保すること。また準備金が損失を被った場合に備え、補填するための方策を持つこと。
  • 情報開示: 発行体はホワイトペーパーの発行などを通じて事業内容やリスク、トークン保有者の権利などについて透明性の高い情報開示を行うこと。

MASは銀行とノンバンクの双方にSCS発行を認めていますが、非銀行系の発行体には発行規模に応じた追加要件があります。発行残高が一定額(約500万シンガポールドル)を超える場合、決済サービス法に基づくメジャー支払い機関ライセンスを取得して「ステーブルコイン発行サービス」として正式に監督下に入る必要があります。逆に少額(500万SGD以下)の小規模発行はライセンスなしでも可能ですが、その場合は「MAS規制準拠ステーブルコイン」とは名乗れず、信頼性の表示(MAS承認済である旨の表記等)はできません。また銀行が発行する場合は既存の銀行免許でカバーされるため追加の免許は不要ですが、銀行であっても上述の準備金規律や償還義務などSCSフレームワークの実質的ルールには従うことが期待されます。

シンガポールには既にシンガポールドル建てステーブルコイン「XSGD」の事例があります。これは地元フィンテック企業Xfers(現在のStraitsX社)が発行するSGD連動トークンで、MASの支払いサービス業者ライセンスの下で運営されています。XSGDは東南アジア地域の決済効率化や、シンガポール国内取引所での基軸通貨として活用が進められており、シンガポール政府もこのような民間主導のデジタル通貨実験を支援する姿勢を示しています。MASの新フレームワーク導入により、今後はシンガポールドルのみならず主要外国通貨建てステーブルコインの発行拠点としてシンガポールが選ばれる可能性もあります。実際、米国のPaxos社など一部のステーブルコイン発行企業はシンガポールでライセンスを取得し、規制に準拠した運営を開始しています。総じてシンガポールは、規制の明確化を通じて健全なステーブルコインビジネスの発展を促す方向であり、米ドル以外の法定通貨ステーブルコインにも好意的な環境と言えます。

スイスの状況

スイスは伝統的に金融分野での革新に寛容であり、暗号資産やステーブルコインに関しても原則ベースで柔軟な規制適用を行っています。スイス金融市場監督局(FINMA)は2019年にステーブルコインに関するガイドラインを発表し、ステーブルコインの法的扱いはその設計によって銀行法、証券法、決済システム法など既存法規の下で判断するとの方針を示しました。例えば、法定通貨を裏付けとし償還請求が可能なステーブルコインは、預金類似の構造を持つため銀行業の範疇に入り得ます。ただし発行体が銀行免許を持たない場合でも、特定の条件(銀行による保証を付ける、トークンを有価証券的に構築する等)を満たせば例外的に許容される場合があります。これはスイスが**「原則主義(principle-based)」**のアプローチを取っており、新しいトークンも既存の法原則(預かり金の保全や投資家保護の原則など)に照らしてケースバイケースで判断するためです。

スイスでの具体的事例として、スイスフラン連動ステーブルコインが複数存在します。代表的なものの一つが**「XCHF」(クリプトフラン)で、これはSwiss Crypto Tokens社(Bitcoin Suisseの関連企業)が発行したERC-20トークンです。XCHFは1CHFと等価の価値を持ちますが、その法的設計はスイスフラン建て債券として扱われ、各トークンが債券の単位(1トークン=1CHFの額面)という位置付けになっています。こうすることで、発行体は銀行免許なしにスイスフラン相当額を集めトークンを発行できます(債券発行は証券法の範囲で可能)が、同時に発行残高と同額のCHF現金を銀行保証付きで保有することで実質的な価値裏付けも確保しています。また、スイスのデジタル資産銀行であるSygnumは「Digital CHF(DCHF)」というトークンを発行しています。こちらはSygnum銀行の預金をトークン化したものに近く、1DCHF=1スイスフランの価値が保証されています。Sygnumのような既存銀行が自社インフラ上でステーブルコイン的なトークンを発行するケースは、規制上も銀行の延長サービス**として認められやすく、他にもSEBA銀行などが類似の取り組みを検討しています。

スイスではFacebook(現Meta)主導のLibraプロジェクト(後のDiem)が協会本部を置いたことでも注目されました。Libraは複数通貨バスケット型のステーブルコインを構想していましたが、各国当局の強い懸念と規制要求に直面し、最終的に単一通貨型(USD連動)のDiemへ縮小しても実現せず終了しました。FINMA自体はLibraに対し決済システムとしての認可審査を行う用意があると表明し、国際協調の下で厳格な規制要件(システミックリスク対応等)を課す姿勢でした。これは、グローバル規模のステーブルコインが登場した場合、その発行地がスイスであっても多国間の規制連携が不可欠であることを示しています。

総じてスイスでは、各国通貨を裏付けとするステーブルコインの発行は基本的に可能ですが、構造によっては銀行免許取得が必要になるなど一定の制約があります。他国に比べると明文化されたステーブルコイン法はありませんが、その分プロジェクトごとにFINMAと相談しながら柔軟にソリューションを設計する余地があるとも言えます。規制当局はステーブルコインのイノベーションを頭ごなしに禁止することなく、安全網(銀行保証や資本要件)を用意させた上で容認する姿勢です。

主な法定通貨建てステーブルコインの事例

米ドル以外の各法定通貨を裏付け資産として実際に発行・流通しているステーブルコインには、以下のような例があります。

  • ユーロ(EUR)連動:
    • Circle社Euro Coin (EUROC) – ユーロ建てのステーブルコイン。米ドル建てUSDCの発行元であるCircleが2022年に発行開始。準備金はユーロ建て資産で管理され、現在EUの電子マネー機関ライセンスを取得してMiCA準拠運用に移行中。
    • Tether社EUR₮ (Tether Euro) – 最大手ステーブルコイン発行体Tetherによるユーロ連動トークン。時価総額は一時数億ドル規模に達したが、市場需要の伸び悩みもあり2025年内でのサービス終了予定が示唆されている。
    • STASIS社EURS – マルタ拠点のフィンテック企業が発行するユーロステーブルコイン。実在するユーロの預金および国債で100%裏付けされており、一部の欧州取引所で採用。ユーロ建てステーブルコインとしては比較的古参で、流通額は1億EUR前後。
  • 日本円(JPY)連動:
    • GMOインターネットグループGYEN – 世界初の規制承認済み円連動ステーブルコイン。ニューヨーク州金融当局の信託会社ライセンスの下、1GYEN=¥1として発行。主に海外の取引所で流通。
    • JPYC株式会社JPYC – 日本国内のスタートアップが発行するプリペイド型のJPYトークン。資金決済法上の前払式支払手段として発行され、1JPYC=¥1で流通。法的位置付けが電子マネーに近いため厳密な意味では暗号資産ではないが、イーサリアム等で利用可能な円連動デジタル資産として機能。
    • *三菱UFJ信託銀行(Progmat)*によるデジタル円(正式名称未定) – 上述のとおり、MUFGを中心に複数の金融機関が参加するProgmatプラットフォーム上で2024年以降発行予定。銀行が直接発行する円ステーブルコインであり、高い信頼性と国内ネットワークでの活用が期待される。
  • 英国ポンド(GBP)連動:
    • Tether社GBPT – 2022年に発表された英ポンド連動ステーブルコイン。イーサリアム等で発行されたが、市場規模は数百万GBP程度と小さい。
    • blackfridge社poundtoken (GBPT) – マン島籍の金融会社によるGBPステーブルコイン。監査法人による月次監査報告を公開し、英国市場向けに透明性をアピール。流通額は数千万GBP規模。
    • TrustToken社TrueGBP (TGBP) – かつて存在したGBPステーブルコイン。米TrustTokenが発行していたが、現在流通量が減少し市場ではほとんど使われていない。
  • シンガポールドル(SGD)連動:
    • *StraitsX社 (Xfers)*のXSGD – シンガポール初のSGDステーブルコイン。1XSGD=1シンガポールドルで発行され、MAS公認の支払いサービス業者ライセンスの下で運営。シンガポール国内の取引や地域間送金でユースケース拡大中。
    • Sygnum銀行Digital SGD – スイス・シンガポールに拠点を持つSygnumが試験発行したSGD連動トークン。Sygnumのシンガポール拠点が管理するSGD預金を裏付けとしており、銀行発行による安定性が特徴。現在利用範囲は限定的。
  • スイスフラン(CHF)連動:
    • Swiss Crypto Tokens社XCHF – 前述の債券型ステーブルコイン。1XCHF=1CHFで、発行体が対応するCHF現金を保有しつつ各トークンを債券扱いとして発行。流通規模は小さいものの、技術的実証として注目された。
    • Sygnum銀行DCHF (Digital CHF) – Sygnumが自社顧客向けに発行するCHFトークン。銀行口座上のCHF残高をトークン化した形式で、主にブロックチェーン上の決済(有価証券取引の決済通貨など)に利用される。
  • その他通貨連動:
    • Tether社MXNT(メキシコペソ) – 新興国通貨への展開として2022年にローンチ。ペソ建ての需要開拓を図ったが、流通量は限定的。
    • ReserveやCeloプロジェクトによる各種ステーブルコイン – ブラジルレアル(cREAL)やアルゼンチンペソ、ナイラ等、新興国の法定通貨にペッグする試みも複数存在。これらは経済不安定な国で米ドルに代わるローカル通貨価値のデジタル保持手段として期待されるが、法規制や信頼性の課題もあり普及途上です。

以上のように、主要通貨から新興国通貨まで幅広くステーブルコインの発行例が見られます。もっとも、流通額・利用範囲の面では米ドル建てステーブルコインが依然として桁違いに大きく優勢であり、第二位のユーロ建てステーブルコインですら米ドル建ての数%程度の規模に留まります。これは先述のネットワーク効果や市場習慣によるもので、暗号資産エコシステム全体がドル基軸で発展してきた歴史が影響しています。しかし各国規制が整い、銀行などの大手参入によって信頼性のある他通貨建てステーブルコインが登場すれば、今後は地域内決済やFX取引の効率化ツールとして徐々に存在感を高める可能性があります。

まとめ(要点)

  • 非米ドル通貨担保のステーブルコインは技術的に実現可能であり、既にユーロ・円・ポンド・シンガポールドル・スイスフランなどに連動するステーブルコインが発行されています。
  • 経済的側面では、米ドル建てが市場を席巻していますが、地域ニーズ次第で自国通貨建てステーブルコインの需要も拡大し得ます。金利環境や為替リスク管理のコスト次第で事業採算性は異なるものの、各国通貨での発行メリット(地元通貨でのデジタル決済手段提供など)は存在します。
  • 各国の規制当局も他通貨建てステーブルコインを許容する方向で、発行体にライセンス取得や100%準備金維持など厳格な要件を課す動きが進んでいます。日本では銀行等による円ステーブルコイン発行を解禁し、EUもMiCAでユーロ・外貨建てを含むステーブルコインを包括規制しました。シンガポールやスイスなど主要金融センターも独自の基準で安全性を確保しつつ発行を認めています。
  • 実例として、米ドル以外の法定通貨に連動するステーブルコインが複数存在します。ユーロ連動(Circle社EUROCなど)、円連動(GMO社GYENやJPYCなど)、ポンド連動(Tether社GBPT等)、シンガポールドル連動(XSGD)、スイスフラン連動(Sygnum DCHFやXCHF)などが既に発行済みです。これらの多くは市場規模こそ限定的ですが、各国での実証と利用が着実に進んでいる状況です。
  • 今後の展望として、主要通貨建てステーブルコインの普及拡大が予想されます。特に金融大手が参入する円やユーロのステーブルコインは信頼性の高さから利用機会が増え、各国のデジタル経済基盤の一部となる可能性があります。ただし、通貨主権や金融システムへの影響を懸念する規制も並行して強化されるため、発行体は各法域のルール遵守と透明性確保が不可欠です。

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