定立(テーゼ)
米国は長年にわたり巨額の財政赤字を続け、債務残高は対GDP比で100%を超える水準に達している(CBO予測では2035年に118%)。金利も昨今上昇しており、債務の利払い負担は歴史的に高まっている。このような状況下では、一般に国債の信用リスクへの警戒感が強まる。例えば、ムーディーズやフィッチなど格付け機関が米国債格付けを引き下げており、政治的に債務上限問題が顕在化すると支払い遅延への懸念も生じる。過去の米国史においても、1814年や1933年のように戦費や金本位制変更などを契機とした元利払いに問題が生じた例がある。現代では中央銀行発動の金融緩和が可能とはいえ、財政赤字の拡大と金利上昇の組み合わせは、投資家の間に「万が一」のリスク意識を芽生えさせる要因となっている。実際、市場では長期金利の急騰に伴い投資家の慎重姿勢が示される場面も見られ、需要の後退や国債価格の下落が懸念される状況にある。
反定立(アンチテーゼ)
他方で、金利上昇は国債の利回りを高め、投資家にとっての魅力を増す側面もある。10年物国債利回りが5%台に達するような環境では、低金利に苦しむ他国債券市場と比べて米国債の利回り優位が目立ち、世界中の資金を米ドル建て資産へ誘引しやすい。加えて、米ドルと米国債は伝統的に世界の安全資産と見なされており、地政学的リスクや経済的不透明性が高まる局面では、投資家は相対的に安全な米国債やドル資産への逃避を選好しやすい。実際、新興国や欧州が金融不安定になると、ドル高に振れる例が多く、金利上昇期でも米国債が安全資産として買われることがある。加えて、米国経済が世界平均を上回る成長を維持している場合、国内金利の高まりは外国からの資金流入を促し、ドルの魅力を一層強める。言い換えれば、高金利はリターン利点として投資家を呼び込み、米国債需要やドル高要因となるポジティブな側面を併せ持っている。
統合(ジンテーゼ)
このように、米国債市場には「信用リスク上昇による需要減少(価格下落)」と「高利回りによる需要増加(価格上昇)」という相反する力が同時に働いている。現実にはこれらの力が均衡・拮抗する中で、その他の変数も加わることで動向が決まる。たとえば、連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策や他国の金融政策動向、世界景気や地政学的リスクの変化が影響する。仮にインフレ抑制と成長が両立し、米国経済に自信がつけば、相対的な資産の魅力から米国債への資金流入が増えドル高圧力が強まる可能性がある。一方で、財政懸念が支配的になれば、米国債のリスクプレミアム上昇が続き、投資家は他国債や株式・金などへのシフトを検討するかもしれない。また、米国債の大量発行ペースや外国中央銀行のドル準備売買、ヘッジファンドの取引動向など、市場の需給環境も常に変動する要素である。こうした諸要因は単純な線形で作用せず、相互に影響し合いながら需給バランスと為替レートをダイナミックに決定する。結果的に、米国債の安全性と魅力は一律ではなく、状況に応じて両者がせめぎ合う形で市場価格やドル相場が形成される。
要約
- 米国の財政赤字拡大や格付け引き下げ、金利上昇は、理論上米国債の債務不履行リスクや信用リスクを意識させ、投資家の慎重姿勢を強める要因となりうる。一部では投資家離れ懸念が指摘される状況にある。
- 一方、金利上昇は国債利回りを高め、相対的に安全で流動性の高いドル建て資産への需要を押し上げる効果もある。世界の主要国より高い利回りは外国資金の流入を促し、安全資産への逃避もドル高・国債需要増につながる可能性がある。
- 最終的には、これら相反する力が市場で拮抗する形となる。FRBの金融政策や世界情勢、他国の金利動向なども絡みながら、需給と為替は動的に決まる。米国債の安全性は依然高いが、信用リスク増大の懸念と高利回りの魅力が複雑に交錯し、需給とドル相場の行方は常に均衡点を模索している。
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