『5年で1億貯める株式投資』を考察

正:著者が提唱する投資戦略とその合理性

『5年で1億貯める株式投資』の著者kenmo氏は、サラリーマンとしての給料には一切手をつけず、過去に貯めた余剰資金だけを元手に株式投資を行い、わずか5年間で資産1億円を築き上げました。この戦略の核心は「生活資金と投資資金を明確に分ける」ことにあります。月々の給与収入は生活費や趣味(著者の場合はアニメグッズや声優の応援活動など)に充て、投資には4年間で蓄えた約300万円の貯金(ボーナス等を積み立てたもの)を初期資金として投入しました。その後は給与からの追加投入を一切せず、運用益と複利効果のみで資産を増大させています。

この手法にはいくつかの合理的な利点があります。

  • 生活を守りつつリスク投資: 給与という生活の基盤を手つかずに残すことで、万一投資が失敗しても日々の暮らしに直接の支障は出ません。精神的にも「たとえ負けても生活は維持できる」という安心感があるため、余裕をもって投資判断ができるのです。これは投資における心理的安定をもたらし、損切りなど冷静な判断を下しやすくする合理的戦略と言えます。
  • 余剰資金の有効活用: 銀行に眠らせておくだけでは増えない貯蓄を、成長が見込める株式市場に投じることで資金効率を高めています。著者自身、「銀行に寝かせておくのはもったいない」と考え、起業や出世よりも投資を選択しました。低金利の時代において、余剰資金を積極的に運用することは合理的な資産形成手段といえます。
  • 再現性のある明確な手法: 著者は資産を爆発的に増やすための4つの投資法(「新高値ブレイク投資」「株主優待需給投資」「決算モメンタム投資」「中長期投資」)を駆使しました。いずれも自身の実体験に裏打ちされた手法であり、株価が上昇トレンドにある成長株を見極め、適切なタイミングで売買する戦略です。例えば、新高値ブレイク投資では株価が過去最高値を更新した銘柄に注目し、さらに高値で売り抜けます。また、決算モメンタム投資では好決算後の短期的な株価急騰を狙います。こうした手法を組み合わせて資産規模に応じ戦略を切り替えることで、著者は段階的に資産を増やしました。このように具体的で再現性の高い戦略が提示されている点で、単なる幸運任せではなく計画的・合理的な投資法といえます。
  • 厳格なリスク管理: 著者は損失を最小限に抑えるため「買値から8%下落したら損切り」といった明確なルールを徹底しています。短期間で大きなリターンを狙う一方で、大損を避け資金を溶かさない工夫がなされており、これも理にかなった手法です。損切りラインを予め定めることで感情に流されず適切な撤退判断ができ、結果的にマーケットで生き残って資産を増やし続けることが可能になります。
  • 将来への備えと目標設定: 著者が1億円という目標を掲げた背景には、「人生100年時代」と言われ公的年金への不安が広がる中、老後資金として約1億円は必要だという認識があります。実際、著者は資金・知識ゼロの状態から「どうすればお金に不自由しない人生を送れるか」を真剣に考え抜き、株式投資という手段に行き着きました。5年で1億という大胆な目標設定は一見無謀にも思えますが、将来の経済的不安を早期に解消し、経済的自立を勝ち取るための合理的な選択だったのです。現役世代のうちにまとまった資産を築けば人生の選択肢(早期リタイアや転職、趣味や家族への投資など)も広がり、長期的な安心感を得られます。このように、本戦略は将来を見据えた計画的かつ理にかなった資産形成法と位置付けられています。

反:この戦略に潜む矛盾や限界、リスクと対立する視点

上記のような「余剰資金のみで爆発的に資産を増やす」投資法には、一方で内在するリスクや限界も指摘できます。また、こうした考え方に異を唱える対立意見もあります。主な反論点や注意点として、以下のようなものが挙げられます。

  • 高リターン追求ゆえの高リスク: 5年で元手を数十倍に増やすには、年間で見ても極めて高い利回り(平均して毎年数倍以上)を達成し続ける必要があります。これは株式市場の常識からすると異例であり、その裏には相応のリスクが伴います。著者は優れた洞察と手腕で成果を出しましたが、同じ手法を試しても誰もが同様に成功できる保証はありません。むしろ、大半の投資初心者がこれほどのハイリスク運用を真似すれば、資産を劇的に増やすどころか大きな損失を被る可能性の方が高いでしょう。**「爆速でお金を増やす」という魅力的なフレーズには、常に「爆速でお金を失う」**リスクが裏表一体で存在することを忘れてはいけません。
  • 「給料に手をつけない」方針の落とし穴: 給与を投資に充てないという方針は生活防衛の上では賢明ですが、見方を変えれば追加の資金投入がない分、運用が停滞すれば資産形成も停滞してしまいます。著者の場合、幸いにも運用益だけで雪だるま式に資産を増やせましたが、もし途中で資産が大きく目減りした場合、新たな資金投入なしでは元の額に回復するまで長い時間を要した可能性があります。多くの投資家は給与の一部をコツコツ投資に回し複利で増やす手法(積立投資)を取りますが、著者の戦略はそれとは正反対です。また、「給料に手をつけず」と言っても初期資金の300万円自体は元を正せば給与やボーナスから貯めたものです。結局のところ給与収入を原資に運用を始めており、「全くノーリスクで1億作った」わけではないという指摘も成り立ちます。
  • 再現性への懐疑と運の要素: 著者は本書で「再現性が高い」と謳っていますが、現実には2011~2016年頃の株式市場(いわゆるアベノミクス相場)の追い風があったことは否めません。株価が全体的に上昇基調にある時期には新高値ブレイクやモメンタム投資が奏功しやすいですが、相場が低迷期や急落局面では同じ手法が機能しにくい可能性があります。他の時期や異なる市場で同じように成功できるかは未知数です。したがって、この成功体験には相場環境や時の運も寄与している面があり、誰もが再現できると考えるのは危ういという批判もあります。
  • 集中投資の危うさ: 著者の方法論は、効率よく資産を増やすため時に少数の有望銘柄に資金を集中させるケースがあります(特に資産規模が小さい初期段階では1~2銘柄に集中的に投資したとされています)。しかし一般に、集中投資はリスクも集中するため**「諸刃の剣」**です。一つの銘柄選択ミスが資産全体に大打撃を与えかねません。分散投資による安全策をあえて捨てている点は、この戦略の脆さでもあります。「分散は安全、集中は危険」という伝統的な投資セオリーと正反対を行く手法には、当然ながら反対意見も存在します。
  • 人生観・価値観の相違: お金の捉え方や人生観によっても、この投資哲学への評価は分かれます。5年という短期間で「億」を目指すことに対し、「そこまで急がなくても着実に資産形成すれば十分ではないか」「投資ばかりに気を取られて人生を楽しめなくなっては本末転倒ではないか」といった素朴な疑問もあり得ます。実際、著者は給与で趣味を楽しんでいたとはいえ、平日の本業に加えて投資研究や銘柄選定に相当の時間と労力を費やしたはずです。家族との時間や自身の健康、キャリア形成との両立は容易ではなかった可能性も考えられます。人によっては、そこまでしてお金を増やすよりもう少しスローペースでも安定した運用人生の充実を優先したいと考えるでしょう。このように、資産形成のスピードと人生の充実度のバランスについて異なる立場からの疑問や批判が提起されるのです。

合:資産形成と個人の生き方に関する高次の統合的視座

正(テーゼ)と反(アンチテーゼ)で示された主張を統合(止揚)し、より高い次元で資産形成と生き方の意味を捉え直すと、以下のような視座が浮かび上がります。

まず、資産形成はあくまで手段であり、個人の幸福や生き方そのものが目的であるという原点に立ち返る必要があります。著者が5年で1億円を達成したのは、将来の不安を無くし自分らしい人生を送るための手段でした。その証拠に、彼は投資期間中も給料で自分の趣味や娯楽を満喫し、資産1億円達成後は会社勤めを辞めて投資や講演活動に専念する道を選択しています。つまり、金銭的自由を獲得することで自らの生き方の選択肢を広げたのです。この点で、お金を増やすこと自体が目的化してはいないことが重要です。合の視点では、「お金を何のために増やすのか」という問いを常に意識しなくてはなりません。

また、リスクテイクと安定確保の両立という統合的アプローチも導かれます。著者の戦略から学べるのは、生活基盤(給与による安定)を確保しつつ余裕資金で大胆なチャレンジをする姿勢です。これは保守と挑戦のバランスを取った生き方とも言えます。合の視座では、多くの人にとって無理なく実践できる資産形成策とは何か、という問いが浮かび上がります。例えば、「普段の収入で生活の充実と基盤固めをしながら、余剰資金で自分の信じる投資にトライする」という折衷案は、リスクとリターン、現在の幸福と将来の安心を両立させる一つの解となるでしょう。速さ(爆速)と安全(コツコツ)という両極を対立させるのではなく、双方を自分なりに最適配分する発想です。

さらに、正反両面の統合から浮かび上がるのは、自己成長と学習の重要性です。著者は全くの初心者から独学で投資を学び、試行錯誤しながら手法を磨き上げました。資産形成のプロセス自体が、金融知識や経済を見る目、意思決定力といった自己研鑽の機会になったと考えられます。単に「儲ける」ことだけに執心するのではなく、その過程で得た知識・経験こそが長期的に自分の糧となり、生き方を豊かにする糧となるのです。合の視点では、たとえ投資戦略が人それぞれ異なっても絶えず学び成長し続けることが資産形成と人生の両面で成功するカギだという洞察が得られます。

最後に浮かび上がるのは、「経済的自立」と「人生の充実」の調和です。短期間で1億円を築くことは確かに人生の選択肢を増やし得る大きな成果ですが、そのプロセスや結果が本人の価値観や幸福と合致してこそ真の意義を持ちます。ヘーゲル的な総合の立場から言えば、急速な資産形成(自由の拡大)と慎重な資産運用(秩序・安定)という一見矛盾する要素を統合し、各人が自分に合った「豊かな生き方」を設計することが望ましいと言えるでしょう。資産形成は自己実現や家族の安心のための手段であり、決して目的そのものではありません。この原理を踏まえるなら、急がず堅実な道を選ぶ人も、リスクを取って早期達成を目指す人も、それぞれの人生観に沿った正解となり得ます。大切なのは自分の生き方に照らして最適な資産形成のスタイルを見出すことであり、これこそが正と反を超えた普遍的な教訓と言えるでしょう。

まとめ

本書の主題をヘーゲル流の正‐反‐合の枠組みで分析した結果、短期間で資産1億円を築く戦略の合理性と、その危うさや限界の双方が浮き彫りになりました。最終的には、「お金」と「人生」の関係を包括的に捉える視点に到達しました。要するに、余剰資金を活用した大胆な投資は経済的自立への有力な手段である一方、常にリスクと隣り合わせであり万人に万能な解決策ではないということです。そして、資産形成のアプローチは一つではなく、各人の価値観や状況に応じて最適なバランスを見出すべきだという結論に至ります。お金は人生を豊かにするための手段であり、その築き方もまた自分らしい生き方と調和していることが理想と言えるでしょう。

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