中央銀行による金購入の急増(2022~2024年)
2022年以降、各国中央銀行による金の購入が過去に例を見ない規模で急増しています。2022年には世界全体で約1,136トンもの金を中央銀行が純購入し、これは記録が残る1960年代以降で年間最大量となりました。2023年もその勢いは衰えず、約1,037トンと2022年に次ぐ歴史的水準の購入量が報告されています。2024年も引き続き1,000トン超の大規模な購入が行われ、中央銀行の金需要は3年連続で1,000トンを上回りました。この結果、中央銀行による金購入は世界全体の金需要の20%以上を占めるようになり、2010年代平均(全体の約一割)から大きく構造が変化しています。
こうした中央銀行の金買い増しの背景には、地政学リスクの高まりや経済制裁リスクへの備え、外貨準備の多様化ニーズなど戦略的な動機があります。特にロシアのウクライナ侵攻(2022年)以降、ドル資産への依存を下げる「脱ドル化」の動きが強まり、金がインフレヘッジや信用リスクの無い外貨準備資産として再評価されています。中国、ロシア、トルコ、インドなど新興国を中心に金準備の積み増しが顕著で、ポーランドやハンガリーなど東欧諸国も大規模購入を実施しました。世界黄金評議会(WGC)の年次調査でも、回答した中央銀行の約3割が「今後12か月で金準備をさらに増やす意向がある」としており、これは調査開始以来最高の割合です。つまり2022年以降、中央銀行の金購入はブームとも言える状況にあり、その勢いは現在も続いています。
中央銀行の金保有形態:現物(金地金)中心
中央銀行が購入した金の保有形態は、伝統的に現物(金地金)が中心です。各国中央銀行の外貨準備に計上される「金(Monetary Gold)」は通常、延べ棒など実物の金地金として保管されます。ロンドンやニューヨークの金庫、あるいは自国の金庫に直接現物を保有・保管することで、他国の信用リスクや金融システムから切り離された「価値の独立性」を確保できるためです。例えば、米ドル建て資産は米国の金融制裁等のリスクに晒されますが、金地金であれば発行体リスクが無く、自国で厳重に管理することで真に自律的な準備資産となります。ロシアの外貨準備が凍結された事例も踏まえ、多くの国が**「自国で現物を保有する」姿勢を強めています。近年は購入した金の国内保管や海外からの金準備の本国送還**(リパトリエーション)を進める動きも見られ、中央銀行の金保有はますます現物重視となっています。
一方、金ETFや金先物などの金融商品によって金のエクスポージャーを得る方法もありますが、中央銀行が公式準備資産としてこうしたペーパーゴールド(紙の金)を大量に保有するケースは極めて限定的です。金ETF(上場投資信託)は現物裏付け型の商品が多く、民間投資家には金投資の手軽な手段として普及しました。しかし、中央銀行が外貨準備としてETFシェアを保有すると、自行が直接金地金を保管するわけではなく管理主体が第三者となるため、準備資産としての独立性や透明性の観点から敬遠されます。同様に、金先物や金価格連動ファンドも短期的な価格変動に対応する金融商品であり、長期・安定志向の中央銀行準備にはそぐわないと考えられています。結果として、中央銀行の金保有はほぼ全てが現物(金地金)で占められており、金ETF・先物など金融商品の占める割合は無視できるほど低いのが実情です。
ただし例外的に、中央銀行が金の運用で金融市場を活用する場面もあります。いくつかの中央銀行や国際機関(BISなど)は、市場で金のスワップ取引やリース(貸出)を行い、金準備を担保に短期流動性を得たり金利収入を得たりする場合があります。しかし、これらは保有する現物資産を裏付けとした運用であり、金準備そのものをETFや先物に置き換える動きではありません。要するに、中央銀行の金購入=自らの金庫に現物を積み増すことを意味し、保有形態の比率は現物100%に極めて近いと言えるでしょう。
金ETF・先物・ファンドによる金需要の位置づけ
中央銀行による金需要が高まる一方で、**民間部門の「金融商品としての金需要」**の動向も注目されます。ここでは金ETF、先物、金投資ファンドなど金融商品の市場を通じた金需要が、世界全体の金購入に占める割合と近年の傾向を見てみます。
金ETF(上場投資信託)は、現物の金を裏付け資産として保管しつつ、その受益権を株式のように取引できる商品です。2000年代以降に登場し、機関投資家から個人まで幅広く金への投資手段として利用されるようになりました。特に市場不安が高まった2020年には、世界の金ETF残高が年間で約874トンも純増し、史上最大の資金流入となりました。この年はパンデミック下で金価格が急騰し、ETF経由の金投資が全需要の20%以上を占めるほどでした。しかしその後、金利上昇などを背景にETFから資金流出が続きます。2021年は約189トンの純減、2022年も約110トンの純減となり、ETF部門は金市場で需要を削ぐ要因となりました。つまり2022年~2023年は、中央銀行が記録的な量の金を買い支える一方、金ETFからは資金が流出していた構図です。2023年も年間で約244トンのETF純流出があり、金価格の上昇にもかかわらず西側投資家は金ETFを売却して利ざやを求めた側面があります。
しかし2024年に入ると状況は転換しました。インフレ高止まりや景気減速懸念が漂う中で、欧米を中心に金ETFへの資金流入が復調し始めたのです。世界黄金評議会のレポートによれば、2024年通年では欧米市場のETFに資金が戻り、年間を通じたグローバル金ETF残高は純増に転じました。その結果、投資家部門(バーやコインの現物投資とETFを合わせたもの)の金需要は約1,180トンに達し、同年の中央銀行需要(~1,000トン強)を再び上回りました。ただしこれは、2020年のような極端なETFブームというよりは、金現物への直接投資(地金やコイン購入)は高水準を維持しつつ、ETFにも適度な資金流入が戻ったという構図です。投資用金地金・コインは2022~2023年にかけて欧米でやや減少したもののトルコなど新興国で旺盛な需要が続き、2024年も引き続き高い水準にあります。結果として2024年の世界金需要は過去最高の4,974トンに達し、そのうち約20%を中央銀行、約24%を投資家(ETF含む)、残りを宝飾品需要(約40%前後)と工業用途(5~7%程度)が占める構造となりました。
金先物市場にも触れておきます。先物取引は金の価格変動に対する短期売買やヘッジ手段として大変大きな役割を持ち、ニューヨークやロンドンで取引高が膨大です。ただし先物はあくまでデリバティブ取引であり、多くは現物の受渡しを伴わず決済されます。したがって先物市場での建玉増減は、直接的には「需要」として金消費量に表れません。とはいえ、市場心理を反映する先物動向も無視できません。例えば2024年末から2025年初頭にかけては米国の通商政策不透明感などから先物市場で契約の現物受け渡し希望が増加し、COMEX倉庫の在庫引き出しが増える動きも観測されました。これは**「先物市場を使って実物の金を確保しようとする投資家が増えた」ことを示しており、経済・政治リスクが高まる局面では単なる価格投機より実物志向が強まる傾向を裏付けています。もっとも、中央銀行自身が先物市場で売買しているわけではなく、こうした動きは主に民間投資家や金融機関によるものです。加えて金投資ファンド**(金価格連動型の投信など)も、実際には先物やETFを組み入れて金相場に連動する商品が多く、最終的には上記と同じ市場経路で金需要に影響します。
最新の傾向と構造のまとめ
- 中央銀行の金購入は2022年以降急増し、年間1,000トン規模の買い越しが続く歴史的局面となっています。地政学リスクやインフレへの備えから、新興国を中心に外貨準備の金比率を引き上げる動きが顕著です。
- **中央銀行の保有する金はほぼ全て現物(金地金)**であり、公式準備において金ETFや先物などの金融商品が占める割合はごく僅かです。自国で現物を保有・管理することで通貨主権や資産凍結リスクへの耐性を高めている点が特徴です。
- 民間部門の金ETF・投資ファンドによる需要は変動が大きく、 2020年に記録的流入となった後、2021~2023年は流出超に転じました。しかし2024年以降は再びETFへの資金流入が見られ、バー・コイン現物投資と併せた投資需要が増加に寄与しています。
- 2024年時点での世界の金需要構造は、宝飾品需要がおよそ4割と最大シェアを占めつつ、中央銀行が約2割、投資家(バー・コイン・ETF)が2割強を占めるバランスになっています。中央銀行のシェアは過去十年と比べ倍増しており、市場における「長期志向の強力な買い手」として金価格を下支えする存在感が一段と増しています。
- 金先物市場は金価格形成に影響を与えるものの、現物需要への直接寄与は限定的です。ただし不安期には先物から実物引き取りを目指す動きも出てくるため、金融商品の枠組みからも最終的に**「実物への回帰」**が起きやすいことが示唆されています。
以上のように、2022年以降の金市場では中央銀行による現物金の大量購入が最大の新潮流となりました。一方で、金ETFなど金融商品の需要は景気や金利動向で増減するものの、直近では中央銀行の戦略的購入と相まって市場全体の需要を押し上げています。中央銀行の物理的な金保有への回帰と、民間の金金融商品需要の動向という二つの側面が、現在の金市場を形作る重要な構造と言えるでしょう。
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